錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

62 / 138


〝友人の信頼の度合いは人の死や緊急事態、困難の状況のときに分かるものである〟


No.15『奈落』ー捜査ー

 ルールその13

 生徒内で殺人未遂が発生した場合は、その一定時間後に、全員参加の義務付けられる『学級闘論』が行われます

 

 ルールその14

 学級闘論で正しいクロを指摘された場合は、そのまま『修学旅行が続行』されます

 

 ルールその15

 学級闘論で正しいクロを指摘できなかった場合は、『殺人の成立』および『校則違反』として被害者が処刑されます

 

 ルールその16

 クロを指摘できても、できなくとも、どちらの場合も残りの生徒は修学旅行を続行します

 

 注意

 なお、修学旅行のルールは、学園長の都合により順次増えていく場合があります。

 

 

 

 なんというか、無茶苦茶にも程があるだろう。

 なぜ被害者が校則違反扱いになるのかさっぱりだ。しかし、学級裁判のルールでもクロを当てることができなかった他全員が〝 校則違反 〟扱いで処刑と書かれていたし、〝 先生は生徒に干渉しない。ただし校則違反があった場合は別 〟というルールに則ったものなのだろう。

 新しいルールを電子生徒手帳で確認し、全員に分かるように日向クンが読み上げた。それぞれに反応があったものの、次に声を発した十神クンにより騒めきは収まりを見せる。

 

 

 被害者は狛枝凪。

 現場はホテル・ミライ旧館の大広間。

 事件発生時刻は午前1時30分頃。

 怪我の箇所は左手と額。額は皿の破片によるものだが左手は完全に貫通しており、人為的によるものだと予想される。

 それ以外には外傷もなく、気分の悪さなどもないことから毒物摂取の可能性は否定できる。

 自力で壁に寄りかかり、停電が終わるのを待つ気力はあったようだ。

 

 

《 コトダマ モノクマファイル1 》

 

「…… 以上だな」

 

 読み上げた内容を頭の中で復唱する。確かに嘘は書かれていないが、どんな凶器による犯行かは一切書かれていない。そこは〝 超高校級の保健委員 〟である罪木さんがいるからいいものの、やはり自力で謎解きをさせるつもりのようだ。

 これは、迂闊に犯人の心当たりを口に出してはいけない気がするな。謎解きをさせて楽しもうとしているモノクマに、さっさと終わらせるような真似をするのは危険行為だ。あとで訊いてみるしかないか。

 

「ひとまず、これから俺と日向で情報を纏める。七海は…… 後で旧館の外を調べてもらう。おい、狛枝。怪我は平気なのか?」

「うん。応急処置はしてもらったし…… でも左手は動かせないよ?」

 

 気遣いのできる男、十神白夜。ただ、捜査協力を求める目をしているので単純に心配してくれたわけではない。そこは少し悲しいかもしれない。日向クンが優しい目で心配してくれるから尚更だ。

 

「お前は確か手帳を持っていたな。証言を纏める手伝いを頼みたかったんだが……」

「私が?」

 

 意外だと言わんばかりに大げさに声をあげると、日向クンは言いにくそうに頬を掻いた。

 

「ああ、狛枝は今までも情報を纏めてくれてたし、そう言うのは得意かと思ったんだけど……」

「ああ、あの、狛枝さんは右利きですから字を書くこと自体はできます…… ですけど字を書くのには左手で手帳を押さえていなければなりませんから…… 安静にしていただかなければならないので、それは……」

 

 保健委員としての言葉を言う罪木さんは吃りながらもその口調は強い。そこは決して曲げることなどできないのだろう。医者としては本当に頼りになる子だ。これで病人を見下したり、病んでいなければ完璧なのだが、世の中完璧なものがあってしまったら不公平だからね。

有名なブラックジョークのように、豊か過ぎるものには大きな弊害がつけられるものなのだ。

 

「そうだよな……」

「あああ! 生意気に意見してごめんなさぁい!」

「いや、そんなに謝らなくても……」

 

 全て言い切ってから慌てたように謝り倒す彼女に日向クンが慌て始める。しどろもどろに 「俺は専門家じゃないんだから、罪木の判断に従うのは当たり前だろ!」 と優しく宥めている横で、私は貫かれて感覚のない左手を見つめてから、懐からそっとユビキタス手帳を取り出した。

 

「うーん、そうだな…… じゃあ罪木さんに代筆をお願いしてもいいかな? 彼らについて回ってメモするなら罪木さんと一緒にいたほうが怪我の様子を見るのにもいいと思うし、助かるんだけど……」

「ええ!? わわわっ、私でよければよろしくお願いします! あっ、きゃぁぁぁ!」

 

 うん、お辞儀した拍子にテーブルへ頭をぶつけるのはお約束なのだろうか。

 

「これならいいでしょ? 要点は私が言うから、罪木さんはそれを書き込んでね」

「はい!」

 

 手帳とペンを渡して立ち上がる。相変わらず服は血だらけのままだったが、着替える余裕もないのでそのまま参加するこたにした。手の傷だけは罪木さんが包帯で覆ってくれたので気にならない。

 

「じゃあ、まずは聞き込みからだな」

「ああ」

 

 暫くどうするか2人で話し合っていた彼らが動き出す。

 それと同時に、辺古山さんと九頭龍クンを除いた全員が集まった大広間を見渡した。

 しかしその前に、ずっと気になっていたことを私から十神クンに質問した。

 

「その前にさ、そのゴーグルみたいなのはなに? さっきから気になってたんだけど……」

 

 そう言うと2人は互いに視線を交わし合い、日向クンが答えた。

 

「暗視スコープじゃないか? スーパーにあるのを見たことあるぞ。十神は今までも慎重だったし、大方防犯用に持ってたんだろ」

 

 十神クンは頷いて 「俺が保管していた方のジュラルミンケースには防犯グッズを入れておいたんだよ」 と答えた。

 なぜ日向クンが先に答えたのだろう? そんな疑問はあるが罪木さんに記録してもらう。

 

《コトダマ 暗視スコープ》

《コトダマ ジュラルミンケース》

 

「これでいいか?」

「うん、疑問は解消したし大丈夫」

 

 最初に声をかけたのは捜査協力することになっている七海さんだ。

 

「七海、停電中なにをしていたか覚えてるか? それをできるだけ詳細に教えてほしい」

 

 声をかけるのは日向クンだ。十神クンも 「とりあえず関係のなさそうな情報でもなんでもいいぞ。そんななんでもない情報でも、ないよりはマシだからな」 と言っている。

 

「うーん…… 私は停電してからずっと、じっとして明るくなるのを待っていたからよく分からないんだ…… あ、でもなんだか皆の声に違和感を感じたんだよね。それがなんだかは、ちょっと分からないんだけど…… 役に立たなくてごめんね?」

 

 申し訳なさそうに言った彼女の言葉を思い出しながら私は考える。

 停電直前に彼女がしていたことといったら? なんだっただろうか。怪我の衝撃で忘れてしまっているが、少なくとも私は違和感なんて感じなかったし、日向クンも「違和感?なんだろうな……」と分からないようだ。

 罪木さんに訊いても 「ごめんなさい、分からないですぅ…… 役立たずでごめんなさぁい!」 という返事だけ。

 

「ねえ、七海さん。停電直前ってなにしてたか分かる?」

「…… えっと、停電の前は…… あ、そうだ。田中くん、イヤリングがないって言ってたよね? 床下に落としたんじゃないかって2人で下を覗き込んでたんだ…… 狛枝さんたちは感じなくて私だけ違和感を感じてたってことは、それが関係するのかもしれないね。だから…… 田中くんにも訊いてみたらどうかな?」

「そうだね。あとで訊くときに一緒に質問するよ」

 

《コトダマ 七海の証言》

 

「じゃあ、私は旧館周辺を調べてみればいいんだよね?」

「ああ……よろしく頼む」

 

そう言って、七海さんと別れた。

次に声をかけたのはお腹が空いて不満そうな終里さんだ。

 

「なあ終里、さっき言ってた臭いのことなんだけど……」

 

 落ちた料理を見て唸っている彼女に日向クンが話しかける。すると〝 臭い 〟という言葉の条件反射か、鼻をひくひくと獣のように動かしながら終里さんが答えた。

 

「路地裏のラクガキみたいな臭いのことか? オレがそう思っただけだからあんまりアテにすんじゃねーよ。それより、無事な料理はないのか? オレ、満腹になるまで諦められねーよぉ」

「ふん、無事な料理は残念ながらない。特別にこれを分けてやるからちゃんと話すんだな」

 

 そう言って十神クンが取り出したのは菓子パン袋だ。自分の好物でもあるはずなのになかなか太っ腹だ。物理的な意味でも精神的な意味でも。

 

「おおお! そ、それくれよ! は、はやくはやく! オレ我慢なんてできねぇって!」

「それはやる…… が話が終わってからだ。真面目に答えろ」

 

 終里さんが犬のように舌なめずりをしながら手を伸ばしたが、ひょいと高く掲げられたそれに届くことはない。むちむちの手を高く上げて牽制している十神クンは一息ついてからその態勢のまま終里さんを睨む。

 

「って言ってもなぁ…… 血の臭いも確かにするけど大部分がその路地裏のラクガキみたいな臭いってことぐらいだぞ。狛枝からは血の臭いしかしねーけどな」

「ええと、じゃあ停電中はなにをしてたんだ?」

 

 日向クンが質問を続ける。ここまですらすらと終里さんが答えているのはきっと、十神クンが問答をスムーズに進めるために色々しているからだろう。

 

「ずっとメシ食ってたぞ。途中で誰かがぶつかってきてメシも全部床に落ちちまったみたいだ。くんくん嗅いで分かったことといえばそこら中落ちた料理だらけだったことぐらいじゃないか?オレにはそんくらいしか分からねーって」

「ふむ、終里から訊けるのはこれくらいか……」

「そ、それで約束の…… !」

「ああ、やるよ」

「うぅおっしゃぁぁぁぁ!」

 

 また1つ彼女のボタンがお亡くなりになった。南無。

 

《コトダマ 終里の証言》

 

「ああ、そうだ罪木。お前の話も訊いておきたい」

「わ、私ですかぁ?」

 

 停電前の位置取りを紙に書いている小泉さんの元へ向かおうとしたとき、ふと気がついたかのように十神クンが言った。

 

「そうだ。狛枝の怪我の詳細と、停電中なにが起こったかを詳細に頼む」

「ええと…… 狛枝さんの怪我は〝 直径5㎜程度の細く鋭利なものによって思い切り刺し貫かれたことによる出血 〟が大部分ですぅ。完全に貫通していて、暫く感覚はないと思います。腕を動かすことはできるでしょうけど、絶対安静ですね。停電中は…… その、慌てて誰かにぶつかってしまって…… びっくりして飛びのいたときになにかを踏んづけて、滑って転んでしまったんです…… その後は踏ん張ったりもがいたりしているうちにあんなことに…… ひぅぅ、恥ずかしいですぅ……」

 

 忘れてほしそうにしているのでここは転んでしまったことだけをメモしておくことにしよう。彼女に書いてもらっているので余計なことは省き、怪我の具合と起こった出来事だけだ。

 

《コトダマ 罪木の証言》

《コトダマ 罪木の証言2》

 

「あとは狛枝、お前もだ」

 

 十神クンが鋭い目でこちらを射抜き、そう言った。

 

「それを言うなら日向クンは…… ?」

「俺はああいうことに慣れてなくって、その場からずっと動けなかったよ」

「日向が動かなかったのは分かっている(・・・・・・)。問題は被害者のお前だ」

 

 まあ、そう来るとは思ってたよ。被害者の言葉が一番重要だからね

 

「ええと、あの真っ暗闇だったでしょ? だから壁かなにか(・・・)を伝って移動してみようと思って…… そしたらなにかにつまずいちゃってさ。傷つけられたのは多分そのときだね。手をついたときに物凄く痛くなって…… ついでに誰かがぶつかってきてテーブルと一緒に倒れて…… あのざまだよ」

 

 一部だけ嘘が混じっているが、かね本当のことである。

 

「そうか…… 床に落ちてた破片に手をついたわけじゃないよな?」

「それはない…… っていうのは罪木さんがよく分かってるよ」

「はい、直径5㎜程度の細くて鋭い凶器…… ですので破片はありえませぇん!」

「アイスピックとか、千枚通しレベルの細さってことだもんね」

 

 彼女の言葉に補足を付け加えて、 「それだけだな?」 と確認してくる十神クンへ頷く。

 

「ふん、次は小泉だな…… そろそろ位置取りも把握できているだろう」

 

 そう言ってドスドスと音を立てながら、十神クンは小泉さん、澪田さんペアの元へ向かって行った。

 

「捜査なんてなにをすればよく分からないから、言われた通りにしたけど…… これでいいのかな。写真を見比べたり記憶を頼りに書いてみたのよ…… 役に立つかは、分からないんだけどさ」

「いや、十分だよ小泉」

「そう? ならよかったわ」

 

 自信なさげな小泉さんに紙を受け取りながら朗らかに言う日向クン。十神クンもふん、と鼻を鳴らしてすぐさま紙を受け取って見ている。問題があれば言うだろうし、大丈夫ということだろう。

 

《コトダマ 停電前の位置取り》

 

「唯吹もね、纏めてみたんすよ! さっき白夜ちゃんが言ってたように思い出しながら一生懸命書いたっす! きゃはー! 唯吹ったら容姿育ち性格もいい上に耳もいいっすからねー!」

「容姿育ち性格はともかく耳だけはいいんだねー? くすくす、モノミと同類だってさー!」

 

 澪田さんが自画自賛しつつ纏めた紙を十神クンに提出する。

 鼻高々でえっへんと声をあげる姿は可愛らしいが、すぐさまそばにいた西園寺さんがからかいはじめた。

 

「うひゃぁ! 正論のナイフで滅多刺しっすね! いいじゃないっすかぁ、モノミちゃんも可愛い、ウサギも可愛い、唯吹も可愛い。それでいいじゃないっすかー!」

「和の生き物って言ったら錦鯉とか金魚でしょ! あの可愛い柄の小物はいいけど、ウサギって毛皮しか脳がないじゃーん!」

「異議あり! ウサギも和の生き物っすよ! 鳥獣戯画にもいるっす! たはー! 〝 異議あり! 〟 だって! 唯吹らしからぬ賢いフレーズっすよねー!」

「…… 耳が痛い」

 

 呆れたようにそう言いながら十神クンはその場を去ろうとする。

 

「あれ、停電中のことは訊かなくていいの?」

「西園寺は先程なにもなかったと言っているし、澪田の話はこの紙があれば十分だ。行くぞ」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争う両者に小泉さん(おかあさん)のかみなりが落ちるまであと5秒…… 。

 

「あんたたちっ、こんなときに喧嘩するんじゃないわよ!」

「うっきゃぁぁぁぁ!」

「びえーん! 小泉おねぇが怒ったぁぁぁ!」

 

 2人の悲鳴を背景に次に向かった。

 

《コトダマ 澪田の証言》

 

「お、おいあれ放置していいのかよォ」

「あれ、私がいるのに逃げないんだ?」

「今回はお前が被害者だからな。さすがに自殺するようなヤツじゃねーってのは分かる」

 

 左右田クンは苦々しげにそう答えた。

 実は近づいたときに一歩足が引かれたところを目撃してしまっているのだか…… そこは言わないでおいてあげよう。

 どうやら勇気を出して聞き込みに協力してくれるようだし。

 

「なあ左右田、停電中なにをしていたか教えてくれるか?」

 

 日向クンがさっそく質問をしていく。すると、 「聞こえていたとは思うけどよォ……」 と目を泳がせながら彼は扉を指差しながら言う。

 

「オレは事務室まで壁を伝ってブレーカー上げに行こうとしてたんだ」

「あ、あれ? でもブレーカーを上げたのは…… 十神さん…… ですよねぇ?」

「そうなんだよなァ。結局、目も暗闇になれねーし、色々落ちてるし、皿の破片踏んで転びそうになるし、四苦八苦しているうちに明るくなっちまったんだよ。幸い、大広間から廊下に出ることはできてたみたいだけどな。ただそれだけってだけでよ、大広間の丁度前のところで明るくなったんだ。そのあとはすぐ大広間に戻った。ま、オレには外に出るだけで精一杯だったってわけだ」

 

 悔しそうにそう言った彼の視線は私の左手に向かっている。

 ああ、なんだかんだ言っていても左右田クンって真面目で優しいんだよなぁ。大方、もっと早くブレーカーを上げていれば私が怪我をすることはなかった。または犯人の姿も暴けた。そんなことを思っているのだろう。死神だと思っている私を疑っているわけでもないし、本当にいい人だよね。

 

「つーわけで、あんまり役に立たなくて悪ィな」

「ううん、なんとかしようとしてくれただけで十分だよ。ありがとう」

「おー……」

 

 笑顔で礼を述べて十神クンと日向クンに次を促す。

 左右田クンは意外そうに目を見開いて私を凝視していたが、ふっと息を吐いて素っ気ない返事をした。

 背中を向けたところと、自身の懐からピロリンと音が響いて笑みが溢れる。

 なんだかこういうのも…… 悪くないな。大事に生徒手帳を撫でてそう思った。

 

「よかったな、狛枝」

「…… うん」

 

 日向クンは私が彼に嫌われていることを知っている。だからこそ、そうやって声をかけられたことも、笑顔を向けられたことも嬉しくて笑う。

 

《コトダマ 左右田の証言》

 

「次は花村クンだね」

「ああ」

 

 真剣な顔で十神クンが頷いた。

 

「え、停電中なにをしてたかって…… 最初は厨房だけ停電しちゃったのかと思って慌てて飛び出したよ。それで大広間に行ったんだ。大広間でも停電してるみたいだったから事務室に行こうと思ってさ、廊下に出たところで丁度明るくなって、その後は鉢合わせた十神くんと大広間に戻ったよ」

「……」

「ど、どうしたの?」

「ああ、いや、厨房のコンロなんかは使えなかったのか?」

 

 十神クンが黙り込んでしまったが、日向クンがなにかを察したように慌てて話を続ける。そしてその質問を待っていたとばかりに花村クンは嬉々として答えた。

 

「厨房のコンロは全部電気で制御するタイプだったからね、全滅してたしなんにも見えないからかえって危ないと思って使わなかったよ。チャッカマンも同じ理由だね」

 

 そう言う彼は、一切私とは目線を合わさずに質問に答えていった。

 

《コトダマ 花村の証言》

 

「ソニアさんは停電中なにしてた?」

「そうですね…… わたくしは停電というのも初めてで、どうすれば良いのか分からなかったのですが、ひとまず動いてはいけないと思ってその場でじっとしていました。留学してくる前に日本は地震大国だからと事前知識を詰め込んでおりましたが、停電は予想外でしたので…… お役に立てずすみませんです」

「いや、停電なんて滅多に起こらないからそう落ち込む必要はないぞ」

 

 ソニアさんも動かず、じっとしていたのか。

 これでじっとしていたのはソニアさんと七海さん。小泉さんも動き回って皿をひっくり返す人に注意していたし、女性陣はどうやら停電の中冷静に行動していたようだ。

 

「…… そういえば田中はどこへ行った?」

 

 十神クンがふとそう言って辺りを見回したが、田中クンの姿は見えなかった。

 

「そういえば、いないな」

「弐大といい、辺古山といい、自分勝手すぎるぞ」

「ま、まあ弐大クンは仕方ないんじゃないかな? …… ほら、ずっと我慢してたみたいだし……」

「それもそうか…… なら、見つからない連中は後回しにしてテーブルを調べるとするか」

 

そう言って、いよいよナイフの見つかったテーブル周辺に近づいた。

 

「…… すごい臭いだな。これは…… シンナーか?」

 

 十神クンがしゃがみこみ、テーブルの下を覗くと同時に顔を顰めた。テーブルクロスによって遮断されていたためか、相当臭いがこもっていたようだ。

 テーブル周辺に飛び散っている液体からその刺激臭は漂ってくる。真っ赤なその液体はところどころが黒く変色しているが、それ以外の大部分はより赤を濃くして膜を張ったように固まり始めている。

 

《コトダマ テーブル周辺の刺激臭》

 

「気になるのはやっぱりこのナイフだよな」

 

 日向クンがそう言って張り付けてあるナイフに手を伸ばすと、 「触るなっ!」 と鋭い声をあげた十神クンがその行動を制した。

 

「な、なんだよ!」

「危険物は俺が没収する。一箇所に集めておいた方が安心できるだろう」

 

 飄々と言ってのけた彼はべったりと緑色の蛍光塗料のついたガムテープを外し、そのナイフをひとまず持っていたタオルハンカチで包んでいく。随分大きく分厚いタオルハンカチを使っているな。自身の大きな手をキチンと拭くためだろうか。それとも首に垂れ下げて巻くためのものか。それで麦わら帽子でも被っていたら農家の出来上がりだ。

 

《コトダマ ナイフ》

《コトダマ ガムテープ》

 

「まあ、保管してくれるならそれでいいけどな」

 

 日向クンは言いながら床に転がった絨毯の切れ端を手にする。

 その絨毯の切れ端は大広間全体に敷かれた4枚の絨毯に非常にそっくりで、一辺30㎝程度に切り抜かれた正方形になっている。ナイフの設置されていた下に無造作に置かれていて、なんのためにあるのかさっぱり分からない代物である。

 

「これは、かなりの血痕がついているようだな」

「あ、おい、裏に蛍光塗料がついてるぞ!」

「なんだとっ!?」

 

 絨毯の切れ端を持ち上げて模様のある表を眺めていた十神クンに、ハッとした日向クンが絨毯の切れ端の丁度真ん中を指差した。

その裏には確かに緑色の蛍光塗料が塗られている。

 

「ええと、裏地の中央に蛍光塗料……それと血痕」

「はい、ちゃんと書いてますよぉ」

 

《コトダマ 絨毯の切れ端》

 

「あとはこのビニールみたいなやつかな」

「ビニール片か…… 随分ボロボロになっているが、これは元は袋だったものかもしれんな」

 

 ナイフの真下から周辺に飛び散るようにビニール片が落ちている。かなりの赤い液体で濡れてしまって大部分は読めなくなっているが、床で軽く擦ってから見てみるとなにかの文字のようなものがあるのが分かる。

 

「このロゴって、ロケットパンチマーケットのじゃない?」

「そうみたいですねぇ…… あそこで無料配布している袋のロゴだと思います。たくさん包帯を買ったときにお世話になりましたぁ」

「そ、そっか……」

 

《コトダマ ビニール片》

 

 一通りテーブルの下を調べ終え、ふと十神クンがこちらに向くと「おい」と声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

「このナイフやガムテープはロケットパンチマーケットで見かけたことはあるか?」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「ガムテープは確か生活用品の項目にあったはずだよ。……この投げナイフみたいな形状のナイフは料理関係でも危険物関係でも見かけなかったと思う。別のリストには載ってるかもしれないけど……」

 

 そりゃあそうだ。だってあのナイフは危険物関係のリストにあるはずがない(・・・・・・・)もの。

 

「そうか、ならあとでリストも見直してみるよ」

 

 日向クンは素直にそう言ってくれたけれど、意地の悪い十神クンは 「本当に、知らないんだな?」 と念を押す。

 私はそれに 「だってあとあるリストは家具とか娯楽品だけだよ?」 と、とぼけてみせた。

 暫く睨み合いが続き、罪木さんと日向クンが止めてくれるまでずっと互いに火花を散らしていた。まったく、頑固なんだから。

 

《コトダマ 商品リスト》

 

「あとはほら、狛枝がぶつかったっていうテーブルとか花瓶とか、念のために調べておかないか?」

 

 必死に話題を捜査に向けようとする日向クンは 「時間もないだろ?」 と時計を気にしながら私たち2人の間に入る。

 

 午前2時20分。そろそろ眠くなる時間帯か、ハイになってくる時間帯だ。

 停電して西園寺さんが交代の時間から10分も過ぎていると文句を言っていたから捜査開始は午前1時50分頃。実に30分も捜査していることになる。モノクマの設定した時間がどのくらいかは分からないが、ともかく、急いだ方がいいのは確かだ。

 

「そうだね…… 時間もないし、皆好き勝手してるみたいだし、外も調べてみないといけないもんね」

 

 そう言って倒れた丸テーブルに近づく。角に血痕がついているから、もしかしたらここに左手でもぶつけたのかもしれない。

 

《コトダマ 倒れた丸テーブル》

 

「造花や羽毛も散らばってるし、これは…… なんだ?」

 

 日向クンが花を支えるために入れていた羽毛と、5㎝程に短く茎が切られた造花を手にした。どちらも私が近くに倒れていたためか、血に濡れている部分があるようだ。

 割れた花瓶は原型を留めてはいるが、口の部分は見事に割れ、手がすっぽり入る首の部分も無残に割れている。きっと口の部分から落ちたのだろう。ただでさえ壁が薄く割れやすいのにこれでは致命的だ。

5つのうちこれだけが陶器だったことでかなりの被害を受けている。

 

《コトダマ 造花》

《コトダマ 散らばった羽毛》

《コトダマ 割れた花瓶》

 

 日向クンが拾ったのは手首程とまではいかないがとても小さく、白いプラスチックの皿のようなものだ。それが割れた花瓶の破片に紛れて落ちているのを発見し、なにか分からずに疑問符を浮かべているようだ。

 

「それは恐らく水受け皿だろうな」

 

 十神クンがそれを受け取り上から下から眺めて確認している。

 

「…… これくらいか。よし、次は一旦七海に経過を訊きに行くぞ」

 

 すっくと立ち上がり、十神クンはドスドスと大広間を出て行く。スタスタと軽い足音で出て行く日向クンが後ろについているのでなんだか間抜けだがそれは仕方ないことだろう。

 

《コトダマ 落下した水受け皿》

 

 途中、事務室のエアコンを確認したがった日向クンに従って事務室に入ったが、タイマーが午前1時30分に設定されていて、ブレーカーの下にデスクから引っ張ってきたのであろう椅子が置いてあるくらいで特に変化は見受けられなかった。

 

《コトダマ エアコンのタイマー》

《コトダマ 大きな椅子》

 

 外に出ると、再びモノミがその場にいて七海さんと丁度話しているところだった。

 

「…… あ、捜査は終わったの?」

「いや、聞き込みと大広間の調査が終わっただけだ。この後倉庫にも行ってくるからまだ終わらないな」

「外の調査はどうだ?」

 

 七海さんの言葉に日向クンが返し、素っ気なく十神クンが進歩状況を確認する。

 すると一歩おいて七海さんが床下の見える金網を指差して言う。

 

「…… えっと、外から床下に入るのは無理みたい。さっきまで田中クンと床下に入る方法を探してたんだけど…… 外から入ろうとするのは諦めて旧館の中に戻っちゃったよ。会わなかった?」

 

 首を傾げる彼女に可愛いなと感想を抱きつつ、先程の道程を思い出し私が答える。

 

「いや、会ってないから丁度すれ違っちゃったのかもしれないね」

「そっか…… あ、そうそう。話してないことがあったんだけどね……」

「おい、この捜査には人の生死が関わってるんだぞ」

 

 話しだそうとする七海さんに十神クンがかなり怒った口調で言った。

 

「分かってる…… それは分かってるよ…… ただ、停電までに随分時間があったからすっかり忘れてたんだよ……」

 

 申し訳なさそうに、悲しそうに声を出す彼女に日向クンが見かねて 「それで、言い忘れたことって?」 と話の続きを促す。

 

「えっとね、私が見張りをしてるときに九頭龍くんが来たんだ。私が交代制の見張りをしてることを言ったら 『なんだ……』 って残念そうに呟いてどこかに行っちゃったけどね。…… モノミも見てたよね?」

「はい! あちしもバッチリ見てました! あ、でも補足するなら、辺古山さんが見張りをしているときにも九頭龍くんは来てまちたよ! 辺古山さんが女子会で渡されたお菓子袋を……」

「ストップモノミ。らーぶらーぶなのは確かだけど、そういうのはあんまり他の人に広めちゃいけない…… ってお父さんが言ってたよ」

「そ、そうでちゅか? 乙女の秘密ってやつでちゅね! ならこれ以上は言いまちぇん!」

 

 そうか、それなら仕方ないね。小泉さんに渡されたものを見たら、お菓子袋の中にはかりんとうも入っていたみたいだし…… 納得だ。

 仲良さげにしている2人の会話を聴きながら罪木さんに書き込むことを伝える。

 そして最後に、倉庫へと向かうことになった。

 

《コトダマ 七海の証言2》

《コトダマ モノミの証言》

 

 あと残った弐大クンと田中クンは大広間の中にいるようだったので戻ったら証言を訊く必要があるだろう。

 倉庫に着くと、そこには終里さんがいた。

 

「あれ、なんで終里がここにいるんだ?」

「んー、んー? ああ、あの臭いを辿ってたらここに来ただけだぞ?」

 

 犬並みの嗅覚というか…… なんか人間離れしすぎているような気もするけど。

 

「あー、これだこれ! これが臭いの元だな! あとこっちからも臭いがすんぞ」

 

 終里さんが指差したのは棚の上に無造作に置かれた大きな缶2つ。棚や、棚に保管されたテーブルクロスには埃がついているのに、この缶にはついておらずどこか真新しい。

 蓋を開けるとドロリとした赤い液体が大量に入っており、刺激臭が辺りに広がる。その隣にあったもう1つの缶は蓋の端から暗闇で光る筋が漏れている。こちらは蛍光塗料の缶のようだ。

 そして終里さんがこっちも、と言ってカゴから取り出したテーブルクロスにはこの赤い液体がべっとりと付着し、付着した部分は乾いてバキバキに固くなっていた。

 

《コトダマ 終里の証言2》

《コトダマ 倉庫のテーブルクロス》

 

 日向クンが追加で見つけた3台のアイロンを罪木さんに頼み、記してもらう。つけっぱなしになっていたそれらに日向クンは電気量が…… と呟いているがそれは後回しにするようだ。

 

《コトダマ 3台のアイロン》

 

「おい、大広間に戻るぞ」

「あ、ちょっと待って。私ちょっと…… その、花を摘んでくるよ」

「は? いや、こんなときになにを言って」

「ひ、日向さんは後で説明しますからそっとしておいてあげてくださぁい!」

 

 そうか、男の人はそういうフレーズを知らない人もいるのか。

 十神クンも眉間に皺を寄せて 「仕方ないな、後で大広間に来るんだぞ」 と言って去っていく。珍しく強気になって大広間へ誘導しようとする罪木さんに、日向クンもされるがままになって連れていかれた。

 

「…… おーい、モノクマー」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

 

 彼らが十分離れたことを足音で確認してモノクマを呼ぶと、待ってましたと言わんばかりにすぐさまダンボールの影から現れた。本当に神出鬼没なやつだ。

 

「ねえ、今回のルールのことなんだけどさ……」

「狛枝さんの言いたいことは分かるよ! アレでしょ? ソレでしょ? コレでしょー?」

 

 あちこちをその丸い手で指し示しながらふざけるモノクマに呆れた声をぶつけ、続きを促す。

 

「それじゃあ伝わんないってば……」

「つまり、犯人の名前を狛枝さんが言っていいかってことだよね? ダメだよ! ダメダメだよ! メタメタのメタ推理でショートカットできるなんて、そんなゲーム面白くないでしょ? もしそんな 『解答編! 華麗なる狛枝凪の推理』 なんてことしたらボクが食っちまうぞ! がおー、たーべちゃーうぞー!」

「だよねぇ……」

 

 モノクマのふざけた言葉を適度に受け流しつつ話を続ける。

 

「なら、やっぱりヒント役しかできないわけ?」

「そうそう! キミは 『日向くん、ここまで言えば分かるわね?』 ってな感じに誘導していけばいいのです!」

 

 うぷぷ、と笑うモノクマの目は監視カメラへと向かっている。

 いくら私が知らない体でいるからといってもそんなあからさまに煽りに行くこともないのにね。

 

「それ以上のヒントは許さないよ? …… もし、核心に迫る言葉なんて吐こうとしたら、校則違反で闘論に参加する資格も剥奪してボッシュートだからね! そしたら例え間違った方向に闘論が進んでいってもキミは軌道修正すらできない状態になっちゃうよ! 分かったね?」

「そっか、そうだよね…… つまり、うまいさじ加減でいろんな人にヒントを出せばいいわけだ」

 

 自分がいなくても闘論は正しく進む。

 そんな可能性すら視野に入れられないほど、信じきれないほど私は日向クンを信頼していなかったのだろうか。

 日向クンなら大丈夫かもしれない。正しく進めて私が死なないようにしてくれるかもしれない。なんたって主人公なんだから。

 でも彼には失敗の未来も当然あるわけで…… 万が一私が手出しできない状態で失敗したら?

 そんな数%の可能性に怯えて私はモノクマのルールに従う。

 自分で自分に呆れながら、僅かな死の可能性すらをも潰していくのだ。

 

 それがたとえ、彼らを心から信頼することができないという状況を生み出すとしても。

 

 モノクマは、そんなわたしを見て、1人きりで怯えるわたしを見て、とても楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーン、コーン……カーン、コーン

 

「はーい、時間でーす、そうでーす! お待ちかねの学級闘論の時間でーす! では、全員ホテル・ミライ旧館の大広間にお集まりください! そこで記念すべき第1回、猛烈な殴り愛…… じゃなくって、精神的な殴り合いがはっじっまっるよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響くダミ声に、暫く倉庫で呆然と立ち尽くしていたわたしはふらふらと大広間へと向かう扉を開ける。

 人がこの姿を見たら、きっと幽鬼のようだと形容していただろう。そう、わたしは確信できた。

 

 

 

 

 




 モノクマの探偵煽りについてですが、あれは原作でもよくあるメタ発言のようなマジ発言に分類されます。モノクマシアターとかのあれですね。
 モノクマを通した作者のメタ発言ではありませんので悪しからず。モノクマはモノクマとして発言しており、このくらいの発言であれば原作範疇であると判断しております。
 と、いうことで誤解のないようにそこら辺を少し修正致しました。

・コトダマ
 分かりやすくするためにどのコトダマが手に入っているかを表しています。
 原作では生徒手帳に自動的に記されていきますが、現実ではそんな整理の仕方はできません。ですので、凪の手帳に書き込まれた情報をコトダマ一覧とすることにしました。
 書き込んでいるのは罪木さんですのでついていった日向の情報も手に入れています。

・農家
 そういえば、アニメの未来編に超高校級の農家さんが出ました。有名声優さんだった時点でああなるのはなんとなく予想はしてました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。