錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

60 / 138
〝 嵐の前の騒々しさ 〟


No.14『失楽園』ー立食ー

 準備は全て滞りなく完了した。あとは一時間後のパーティ開始を待つのみとなっている。

 実は仕掛けや煽り以外に費やした時間で倉庫以外のほとんどの掃除が完了しているのだ。ほとんどと言っても、大広間以外の場所は見栄えをよくするくらいしかできていないが十分だろう。

 なんせ大広間の床は黒ずんでカビだらけ。部屋中に蜘蛛の巣がびっしりな上になにか分からない虫がひっそりと視界の端を動き回る。それだけでもう嫌になりそうなのに隙間だらけで転びそうになるわ、Gがその先に待ち構えているわ、ギリギリ避けたと思ったら蜘蛛の巣に頭から突っ込むわで不運続きだった。

 罪木さんもびっくりの転びっぷりを一人で虚しく披露し、床をある程度綺麗にしてからはもう転ぶ心配はなかった。スーパーから花村クンに協力してもらって運んだ絨毯を四枚、床一面に敷いたからどうにかなったからね。

 本当は床から掃除をするのは邪道だけれど、どうしても絨毯を先に敷いて転ぶ対策をしておきたかったのだ。

 それから椅子を使って天井付近の蜘蛛の巣を取り除き、壁の埃をはたきで落とし、照明器具を綺麗にした。それだけで大分時間を取られたが、その後はテーブルの設置や花瓶などの小物の設置くらいだったのでなんとか午後3時には作業を終わらせることができた。

 余った時間は気になったところを見栄えよくするのに使い、今に至る。

 

 なんということでしょう!

 蜘蛛の巣だらけだった玄関横のフロントは綺麗に掃除され、傾いた絵画もかけなおされて気持ちよく人を迎えられる場所となりました!

 事務室の埃は取り払われ、3メートル近くの高い位置にあるブレーカーの下には大きめの椅子を設置。デスクの本棚はキチンと整理され、隠れモノクマは日向クンのコテージポストに投函(とうかん)

 広間前は掃き掃除され、倉庫も古臭くてカビ臭い造形は崩さないように、床の扉の上にカモフラージュを施しました。

 大広間の中は三つの大きな横長のテーブルが中央付近に置かれ、そのさらに中心に小さな丸テーブルと造花を活けた花瓶。

 左右の壁際に二つずつ中央と同じ丸テーブルと同じ数だけの花瓶が飾られています。これで壁の花にもなれるし、人の中でわいわいするのが苦手な辺古山さんでも楽しむことができるでしょう! さらにさらに、十神クンがテーブルを占領する勢いで食べ始めても皆が避難できる場所になるのです!

 

 と、脳内劇場を繰り広げつつ仕掛けを確認。

 余ったテーブル二つは奥の方に固めて置き、雰囲気の良いテーブルランプを設置している。窓が鉄板で塞がれている以上、少しは灯りを増やした方がいいだろうからね。

 あと、大広間に入る扉は三つあるが、全部開け放っていると廊下の残った埃が侵入してきそうなので真ん中の一つを除き、両端の二つの扉に「Close」の札をかけている。

 

 もう一度言おう、準備は滞りなく完了したと。

 厨房に籠ってしまった花村クンの邪魔をしないようにと、パーティの時間までやることを頭の中で復唱しながら待った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 そして、運命の時間がやってきた。

 

「おい、準備は終わってるか?」

 

 ドカドカと大きな足音を立て、旧館の床が盛大に悲鳴をあげる様をまるで気にせず十神クンがやってきた。

 腕時計を見ると、午後9時半。開始まで30分も前だ。彼の気合の入りようは目を見張るものがあるだろう。

 

「うん、終わってるよ。早かったね…… あれ? そのケースはどうしたの?」

 

 まるで今しがた気が付いたように視線を動かして、彼の持つ二つのジュラルミンケースに向ける。

 すると十神クンはその場にドカリとケースを降ろすと私の体全体を眺めてから声を出した。

 

「危険物を持っていないかボディーチェックをする。なにか発見した場合にこれに入れるんだ。勿論、それはお前も対象だ。腕を広げろ」

「え? う、うん……」

 

 当然のことながら、こうなることを予見して鉄パイプはコテージに置いて来ている。だから普段身に着けている太腿のホルダーも取り外しているし、彼に危険物扱いされそうなものは何一つ持っていない。

 一つ、気になるのは花瓶が危険物扱いされるかどうかだが…… 陶器の花瓶は一つだけだし、軽くて割れやすいものだから凶器になったりはしないだろう。

 自己申告しておけば隠すよりも信用がおけるだろうし、訊いておいたほうが特かもしれない。

 

「よし、危険物は持っていないようだな」

「あのさ、一つだけ陶器の花瓶があるんだけど、一応チェックしておいてくれるかな? 凄く軽いし割れやすいから凶器にはなりずらいと思うんだけど、一応さ」

「なぜ一つだけ陶器なんだ?」

 

 訝し気な表情。ああ、確かに故意に一つだけ陶器にしてあるけれどそれは初日(・・)に買った花瓶なんだよね。勿論理由だってある。

 

「商品リストを作ったときに一緒に購入した奴だよ。窓際とかテーブルの上は割っちゃうと大変だけど、テレビの横に置く花瓶はよっぽどのことがない限り割ったりしないだろうし、そこのは少し拘ってもいいかなって思ってさ。パーティなんだし、テーブルの上が寂しかったから置いてみたんだけど……」

「しかし入れている花は造花か。中は変な音もしないし…… まあいいだろう」

 

 陶器の花瓶を軽く振り、他の花瓶がプラスチックであることを確認しつつ十神クンが辺りを見渡す。

 

「料理はまだ並べていないのだな」

「30分あるからね。多分時間通りになるように調整してるんじゃないかな?」

「なら、そっちは後回しだな……」

 

 まあ、調理器具を今から取り上げちゃうとお楽しみの料理が出てこないからね。見ちゃうと取り上げたくなっちゃうのかな。

 

「俺は玄関でボディーチェックをする。こっちは任せたぞ」

 

 そう言って床を軋ませながら十神クンは玄関に向かって行った。

 

 それからはあまり変わりもなく、10分前にきっちり来た小泉さんやゲーム持参の七海さん。あ、七海さんはパーティが始まればゲームをやめるそうだからコミュ力は問題なし。

 西園寺さんはまだなにも料理がきていないことに不満そうにしている。どちらにせよ、時間になるまでは食べられないと思うけどね。

 田中クンは端の方で塞がれた窓を観察し、なにやら呟いている。魔法陣がどうのと呟いている気がするのはきっと気のせいだ。

 そして泣きそうな左右田クンが入って来て辺りを見回し、更に落ち込む。お気に入りの工具が取りあげられちゃったんだっけか。ソニアさんもさっき大広間の前を通って倉庫の方へ向かっていたようだから見つけられないのも無理ない。

 このあたりでパーティ開始5分前になったので花村クンが料理を運び始めたようだ。弐大クンと共に来た終里さんが涎を垂らしながら目を光らせている。

 どうやら小泉さんが花村クンの手伝いで料理を運ぶようなのでご一緒させてもらうことになった。

 

「そうだ。凪ちゃんこれ」

「ん? わっ、クッキーだ!」

 

 料理をある程度運び終えたあと、再び大広間に二人で入ると小泉さんが皆で作ったクッキーを差し出してくれた。

 

「皆で1つずつ小分けにしたのよ」

「ありがとう、小泉さん!」

 

 中に大きめのツノのようなものがあるが…… 澪田さんの胸像、結局皆で食べたのかな? そこだけが気になるが、それは今度女子会に参加したときに自分の目で確認しよう。

 

「まだパーティ始まってないよね! お腹と背中がランデブーしちゃいそうっす!」

 

 お腹を空かせるために運動して一風呂浴びて来たのであろう澪田さんが来て、時間になったので外にいたソニアさんや辺古山さんも大広間へと入って来る。

 

「なあ、これ全部お前がやったのか?」

 

 隣にやってきた日向クンが周りを見渡しながらそう言ってきたので、 「掃除のこと?」 と言葉を返すと静かに頷いた。

 

「うん、最初は埃とか蜘蛛の巣とかですごかったんだよ? お陰で大広間一つ終わらせるのにもかなり時間食っちゃったよ。玄関とか事務室も少しだけやったけど、倉庫は手付かずなんだよねぇ」

 

 隙間だらけの床に絨毯を敷いたことや絵画の傾きを直したことなどを話しつつ全員集まるのを待つ。

 西園寺さんはいつまでも十神クンのボディーチェックに不平不満を漏らし、それを困った顔をした小泉さんが窘めている。そんな彼女に西園寺さんは冷たく当たりつつも満更でもなさそうだ。

 珍しく私の近くにいた左右田クンが日向クンの方へと避難しつつこちらもボディーチェックの愚痴。誰かに話したくて仕方なかったようだ。泣きそうだった表情は落ち着いているが、日向クンを捕まえてこんこんと話し続けているので相当ショックだったのだろう。なんせ、 「後で返してくれるよ、きっと」 と言った私の言葉に 「だったらいいけどな」 と返してくれたのだ。

 快挙だ。左右田クンがまともな会話をさせてくれた。それに嬉しく思いつつもぐいぐい行ってしまうと逃げられてしまいそうなので 「十神クンなら返してくれるよ」 と返す。

 なんだか警戒心の強い野良猫を相手にしているような錯覚さえ覚える。少しずつ警戒心を解いてもらうにはこちらも付かず離れず、絶妙な距離感を保ったままじりじりと近づいて行くのだ。勿論、時折立ち止まって待つことも重要である。少し近寄って来たからと言ってずかずかと歩みを進めてしまえばきっと逃げてしまうだろう。

 

「左右田クンって猫っぽいよね」

「はあ? いや、あんま嬉しくねーけど……」

「臆病なところとかそっくりだよね」

「うっせうっせ! 嬉しくねーって言ってんだろォが!」

 

 ちょいとつつくと威嚇してくるとかもそっくり…… なんてことを言ったらまたフーッ! と威嚇してきそうなので我慢だ。

 しかし、彼の〝 カケラ 〟はなかなか手に入れることができないな。私は十分このやりとりが楽しいが、彼にとってはそうではない。

 互いに楽しめる会話ができているようなら二つ目のカケラはすぐ手に入るだろうし、心を開いてくれてはいないのか。

 

「うーん……」

「どうした? 七海」

 

 そうやって私が左右田クンで遊んでいるときょろきょろと辺りを見ている七海さんに日向クンが話しかけていた。

 

「モノクマが…… 入って来ないか心配だなって」

「ああ、確かに心配だけど窓…… だよな? 窓も塞がれて外からは見えないだろうし大丈夫じゃないか?」

「…… うん、それもそうだね。入り口も一つだけみたいだし、レストランよりは安心できる…… かな?」

 

 首を傾げる動作がこれほど似合う女の子がいるのだろうか。彼女の親は良い趣味してるよ、本当。

 

「時が来た! 今宵の宴はいかようなものとなるのか…… ふははッ! 精々俺様が楽しめるようなものとなればいいがな! なあ、お前達」

 

 ハムスターを順に撫でていきながら田中クンが時間が来たことを告げた。

 …… そして、時間がきてから少し経ってから十神クンが大広間に現れた。

 

「待たせたな…… 花村は厨房か。それに、やはり九頭龍は来なかったか」

 

 時間がきてから数分玄関に留まっていたのはきっと九頭龍クンに来て欲しかったからだろう。少し寂し気に言った十神クンに、 「すまない。パーティの件は伝えたのだが……」 と辺古山さんが目を伏せながら言った。

 そういえば先程小泉さんから貰ったクッキーの詰め合わせの中に、一緒に皆で買って食べたらしいキャンディやらチョコレートやらが入っていたが…… その中にあったかりんとうはきっと、うん、辺古山さんのものなんだろうな。今度一緒にお菓子作りするときはかりんとうの作り方でも調べてみようか。

 小泉さんがな何気に 「ペコちゃんは謝らなくていいよ。こないのはアイツのせいなんだからさ」 と地雷を踏んでいるような気もするが、辺古山さんは普通にしている。平然とした振りをしているのか、それとも本当になにも思っていないのか…… 彼女の方がポーカーフェイスは上手なので私には分からない。

 

「本来であれば、全員強制参加なのだが…… まあいい。欠席者が一人だけなら問題はないだろう…… 一人ではなにも起こしようがないからな」

 

 そう言って十神クンが視線を下から上に上げたとき、ぎんっ、と目を見開いた。

 

「目ェこわッ!?」

 

 左右田クンが驚きつつその視線を追う。

 

「おいっ、あれはなんだ!?」

 

 急に険しい顔になったその視線を追うと料理の置かれたテーブルがある。

 そこにはテーブルの中央にデンと置かれた串刺しの肉があった。

 

「危険だ」

 

 十神クンはそうぽつりと言うと、そのままドスドスと足を踏み鳴らしてテーブルに突進していく。

 そして辿り着いたと思ったら、その串料理をむんずと掴んでものすごい勢いで料理を頬張り始めた。

 まるで歯磨きかなにかをするように、鉄串に刺さった肉を次々と胃袋へ送り込んでいく。キミの胃はブラックホールかなにかなのか、と突っ込みたくなったのを抑えて 「どうしたの!?」 と声を出す。

 

 

「お、おいっ! なにしてるんだよ!?」

「ずりーぞ! 勝手にオメーだけ食いやがって!」

 

 叫ぶ日向クンと、涙目になっている終里さん。ちゃんと皆が来るまで待っていたのは偉いけど、食べ物に関する執着はすさまじい。

 

「食っているのではない!」

「どう見たって食べてるじゃん!」

 

 肉を頬張ったままくぐもった声で叫ぶ十神クン。叫ぶたびに少しだけ飛んでいく肉汁は食事マナーもへったくれもない。小泉さんの言うことはごもっともである。

 

「そうではないと言っているだろう! この料理をよく見てみろ」

「よく焼けた美味そうな肉のようじゃが……」

 

 弐大クンが言う。

 しかし、誘導するくらいなら最初から答えを言ってしまえばいいのに。若干回りくどい彼の質問に周囲の人間が順に答えていく。

 

「そのよく焼けた肉にはなにが刺さってる?」

「…… ん? 鉄串か」

「そうだ、この鉄串は立派な危険物だ。となれば…… 俺が責任を持って回収せねばなるまい!」

 

 回収するだけなら鉄串から肉を外せばいいのにね。食べる必要はないと思うのだけど。

 

「おーい、みんな揃ったみたいだね! それじゃあじゃんじゃん料理を運んで…… って、えーっ!? もう食い散らかしてるー!?」

 

 花村クンが新たな料理を持って大広間にやって来たが、すぐに顔だけムンクの〝 叫び 〟のようになって愕然とした。うん、まだパーティ始まってもいないのに食い散らかされたら困るよね。

 

「この料理を作ったのは誰だ?」

「ぼ、ぼくですけど…… えっと、美食倶楽部の方ですか…… ?」

 

 美味しんぼかな?

 

「一体どういうつもりだ? こんな危険物を料理に使うとは……」

「き、危険もなにも…… それはシュラスコといって、鉄串に肉を刺して焼く南米の伝統料理で…… ほら、南国っぽいからパーティの雰囲気にもぴったりかと思ってね」

「その鉄串が問題だと言っているんだ」

「えっ!? 鉄串もダメなの!?」

 

 まあ、木の串だったらまだ大丈夫だったかもしれないけどね。

 

「その様子だと、他にもまだあるかもしれんな…… おい、日向付いて来い。お前も手伝うんだ」

「ああ、分かった」

 

 険しい顔をして飛び出した十神クンを追って日向クンが出ていく。

 やっぱりどこか理解が早いような気がする。なんでだろう? もう少し慌てる日向クンを見ていたかったのだが…… 最近はそういえば落ち着いているな。

 

「そういえば、モノクマにここが見つかっちゃった場合ってどうする?」

「うーん、見つからないようにするのは難しい…… かもしれないね」

 

 彼らが出て行った扉を見つめて呟けば、七海さんが私の言葉に同意してくれた。

 

「って言ってもよォ、止めようとしても危険な目に遭うだけじゃねーか?」

「モノクマのせいでパーティ始められないのか!? ならオレが一発ぶん殴って……」

「そんなことをしたらなにをされるか分かったもんじゃないぞぉ、やめとくんじゃ」

「だ、だったら餓死するのを待てってか!? さっきから待たされてオレ……!」

 

 終里さんに是非とも頼みたいところだけどそれだと逆にそこでなにかしてるってことだしね。それにルールのこともあるからおしおきされても文句を言えない。

 

「それでモノミみたいに見せしめにされたらどうするのよ! アタシ達の命はモノミと違って一つしかないんだからさ、そういうのはやめてよ……」

「そうですよぉ! あんな…… あんな残酷なの…… 見たくありませぇん…… !」

「奴に分身がある限りその身を魔物としてどこまでも追って来るだろうな…… 血に飢えた魔物の狂爪から逃れるのはいくら俺様であろうと難しいだろう。ふははっ、どうしたジャンP よ、今日の貴様はやけに毛がざわつくな……」

「そうだね、モノミみたいに今のモノクマを壊したって替えはあるだろうし、見せしめかおしおきかは分からないけど、とんでもないことをされちゃうのは変わらない。あんまり強行手段はとらない方がいいよ」

「たはー、通訳いらず! さすが凪っちゃんっすね!」

「では、一体どうするというのだ?」

 

 話が少し逸れてきたので辺古山さんに軌道修正してもらったのはありがたい。

 

「えっと、私がなんとかしてみるよ」

 

 そこで暫く考えていた七海さんが手をあげる。ふんす、と息を吐いて気合の入れようは十分だ。

 

「えっ、千秋ちゃんが!? 危ないわよ!」

「オメーみたいな女の子になにができるって言うんだよ! 危ねーだろ!」

「危なくはないよ…… 私自身がなんとかするわけじゃないから」

 

 小泉さんと左右田クンは危険だからと声をあげたが当の本人に言葉を遮られるようにされて黙った。

 

「さては、モノミを利用する気だな?」

「うん、モノミを上手いこと利用すれば少しは食い止めてくれるかなって思って」

「なるほどっ! モノミちゃんとモノクマちゃんはライバル関係っぽいっすからね!」

「まー、いつも一方的にやられちゃってるけどねー? あいつもたまには役に立つんだねー」

 

 田中クンの予想は当たっていたようだ。

 順調にモノクマ対策が決まって行っているみたいだし、もう私が誘導する必要もなさそうだ。

 

「でもよォ、モノミだけに見張りを頼んでもアイツらがグルだった場合筒抜けになるんじゃねーか?」

「それでは、交代で見張りをするというのはどうでしょう?そうすれば皆さんでパーティを楽しむことができます」

「30分か一時間交代なら時間的にもいい感じなんじゃない?」

 

 私の言葉には七海さんが反応して 「…… せっかく夕飯を食べずに来たのに一時間も見張りをするのは…… 最初の人がかわいそうだよね」 と言う。つまり、30分置きの見張りにしようということか。

 

「朝までコースっすから、外の空気に当たるのは眠気を覚ますのにもよさそうっすね!」

「では、二人が戻ってき次第、見張りの順番を決めるとしよう」

「ふははははっ! 蜃気楼の金鷹ジャンP、侵略する黒龍チャンP、滅星者たる銀狐サンD 、重鉄の赤像マガG…… そしてこの制圧せし氷の覇王である俺様…… 番犬とするには強大すぎるくらいだ!」

 

つまりあんまりやりたくないってことかな。

 

「わぁ! ハムスターさん達の名前、メタンコ格好良いです!とっても頼もしいですね!」

「っふ、こいつらもどうやら力を振るう機会を狙っているらしい…… 全力を投じてはこの世界が崩壊してしまうだろう。貴様はその片鱗だけでも、とくと見るがいい…… !」

 

 チョロい。

 ソニアさんに言われたからってそんなに気合を入れなくても。

 ほら、そこで左右田クンもギリィッってなってるし。

 

「本当は 徹夜って体によくないんですけど…… 私が看病しますから、体調が悪くなったらすぐに言ってくださいねぇ?」

「食べ続けたら胃にも優しくないわい……」

「いっ、胃薬なら常備してますから! なんでもおっしゃってくださぁい!」

 

 ん? 今なんでもって…… ていう冗談は飲み込んでおくとして……

 

「ええと、決定でいいのかな? じゃあ……」

「あ、十神さんたちが帰ってきましたぁ!」

 

 そう私が言ったところで、大広間の扉が開いて十神クンと日向クンが帰って来た。

 その手には鉄串やら包丁やらを入れたジュラルミンケースを持っている。長い鉄串もきちんと入れることができるほど大きなケースなので重そうだ。

 

「おい、そろそろ始めようぜ! 腹が減って仕方ねーよ!」

「…… いや、片付けなければならない問題がまだ残っている」

「え? まだなにかあんのか?」

 

 終里さんがものすごくショックを受けたような顔をしている。

 さっきの話し合いの最中もチラチラと料理を覗き見ていたし、相当我慢しているようだ。

 

「どいつをぶちのめせばいいんだッ!? やってやるから教えろ!」

「そういう話ではない。危険物を入れたこのジュラルミンケースをどこに保管しておくかという問題だ」

 

 十神クンがケース2つを下敷きにして座っちゃえば誰も取れないと思うんだけどね。

 

「ここに置いておくんじゃダメなのかよ?」

「ケースには鍵をかけてあるから、問題ないとは思うが…… やはり念には念を入れて、どこか安全な場所に保管しておくべきだな」

 

 そういえば、このケースを旧館の中に置いておくこと自体があまりよくないと思うのだけど、コテージに置いてきたりはしないのかな?

 

「それなら旧館の奥に倉庫のような部屋がありましたよ?」

「しかし、倉庫に放置しておくわけにもいくまい」

「ならば、誰かが見張っていればいい。それなら安全だろう?」

 

 そうか、見張りを立てるにしても別々にする必要はないよね。

 

「じゃあさっき決めた、モノミと見張りに出る人が外で保管しておくとかどう? これなら沢山の人が見張りにつくわけだしモノミも見てるから手を出しづらいと思うよ」

 

 私の言葉に 「見張り……? いつのまに決めたんだ」 と眉を顰めていた十神クンだが、 「それも必要なことではあるな」 と結論付けて頷いた。

 

「その見張りというのはどういう話だったんだ?」

「皆お腹空いてるだろうし、最初に見張りになる人がずっと放置されてるのは可哀想だから…… 30分ごとに交代して、モノミと外で見張りをしようって話してたんだよ」

「ふん…… ならば順番を今決めてしまうか……」

「じゃんけんで負けた人から近い時間で埋めて行こうか…… えっと、朝のモノクマアナウンスが鳴るまでやるんだよね? なら、最初の3人は2回見張りをすることになるんだけど…… 異議はなさそうだね」

 

 そうして大人数でじゃんけんをしていった結果、時間はかかったけれど無事に見張り当番が決定した。私は勿論、最後までじゃんけんに勝ち残ったので、見張りも一番最後だ。

 

 

 

【見張り当番表】

22:30~23:00 辺古山

23:00~23;30 七海

23:30~00:00 澪田

00:00~00:30 左右田

00:30~01:00 小泉

01:00~01:30 西園寺

01:30~02:00 ソニア

02:00~02:30 日向

02:30~03:00 田中

03:00~03:30 十神

03:30~04:00 罪木

04:00~04:30 終里

04:30~05:00 弐大

05:00~05:30 狛枝

05:30~06:00 辺古山

06:00~06:30 澪田

06:30~07:00 七海

 

 

 

「よし、これで決定だね」

「ああ、では私がこれを持って行こう」

「ちょっとだけでもお腹に入れた方がいいんじゃない? ペコちゃんだってお腹空いてるでしょ?」

「いや、30分くらいなんてことはない」

「そう? なら…… いいんだけど……」

 

 小泉さんと辺古山さんのやりとりが終わり、彼女がこっそり渡したクッキーの袋を見なかったことにして仕切り直すことにする。小泉さんの分のクッキーを渡されて、ほんの少し照れて礼を言う辺古山さんなんて見てないよ。うん、微笑ましいね。

 

「でもさー、そっちのジュラルミンケースは持って行かなくても良かったのー?」

 

 クスクスと笑いながら西園寺さんが、もう一つのジュラルミンケースを指さした。

 

「これか…… いや、こっちのケースは大丈夫だ」

「あー、ずるいんだー。自分だけ私物持ち込んじゃってさー! わたしらにはあーんなにねっとりとしたボディーチェックしといてさ……」

「特別扱いは当然だ…… 俺は特別だからな」

 

 嫌み混じりな言葉に臆すこともなく十神クンが答える。そのどうどうたる態度に臆病な気がある左右田クンなんかは小さな声で 「それを言われたらもうなにも返せねーよ」 と愚痴っていた。

 

「このジュラルミンケースを手放すわけにはいかん。あっちのケースの鍵も入っている

からな。俺が責任を持って見張っておく。他のヤツに任せておくわけにはいかないんだよ」

「そ、それよりもう問題も片付いたんだろ? だったらパーティを……」

「そうだな、始めるとするか」

「いよっしゃあああああああ!」

 

終里さん、服! 胸元のボタンがはじけ飛んでるよ!

 

「こらっ! 男子は見るな! ああーもう、赤音ちゃん!ちょっとこっちに……」

「うおおおおおお!」

「聴いてない…… ね?」

 

小泉さんが 「ボタン縫うくらいならすぐ終わるから!」 と言っているが聞く耳持たず。ちょっと危ない恰好のままテーブルに突進していく終里さんを止めることはできなかった。

 

「…… ひと段落ついてから縫ってあげることにするわ」

「そうした方がいいみたいだね」

 

 そして各々テーブルに向かい、歓談を始める。

 

「ククク…… ついに宴が始まるか…… フハハハッ! せいぜい俺様を楽しませてくれよッ!」

 

 一人楽し気な田中クンの、そんな一言が合図となってパーティが始まった。

 

「おい、んぐ、いいのか? もう食っていいのか?」

「とっくに食ってんじゃねーか!」

 

 早速テーブルを一つ占領して終里さんが肉を頬張って泣いている。

 あまりの美味しさに涙すら出て来るらしい。花村クンの料理にますます期待が膨らんだ。

 

「ハハッ…… ハハハッ…… と、止まらねーよぉ…… ハッハッハッハ! メシを食う手が止まらねーよ!」

「まあ、止まらなくて当然だよ。だって、世界一美味しいパーティ料理だからね! たとえ、満腹になったとしても、あまりの美味しさ故に食べ続けざるを得ない…… それがぼくの作る世界一美味しい料理なんだよねー!」

 

 なにそのオカルト。

 

「な、なんか逆に怖いんですけどぉ……」

「…… 食わねぇのか? だったらオレが、一人で食っちまうぞぉ!」

「厨房でじゃんじゃん作ってるから、こっちにじゃんじゃん持ってくるねー!」

 

 そう言って花村クンが大広間から出て行く。厨房に料理を取りに行ったのだろう。

 

「でも、とっても美味しそうですぅ……」

 

 誘惑に負けた人物が次々と皿を手にし、料理を取り分けていく。

 

「へへへっ、どうです? ソニアさん! これとかとっても美味しそうですよ!」

「あら、ハムスターさんのお食事もあるのですね! うふふ、口いっぱいに頬張る姿がとっても可愛らしいですわ」

「破壊神暗黒四天王のためにと花村が用意したようだな…… この俺様の話をちゃんと覚えているとは、後で礼を言わなければならない」

 

 左右田クンが沢山料理を盛った()つの皿を持って振り返ると、悲しい現実が目の前に広がっていたようだ。ドンマイ左右田クン。自分自身の分が1皿増えただけでも虚しいだろうけど、うん頑張れ。

 それにしても、どうやら会話を聴いている限りだと花村クンと田中クンは互いにカケラを手にしているようだ。とても意外だったな。

 

「なあ、狛枝は食べないのか?」

 

 視界の端に大皿を使って吸引していく十神クンと、それに対抗するように馬鹿食いしている終里さんの姿が入ったが、それを見なかったことにして日向クンの方へと向く。

 

「食べるよ? どれにしようかって迷っててさ」

「お腹空いてないのか? なら軽食くらいだと、あそこのハンバーガーが美味しかったぞ」

「ホント? うん、じゃあオススメされてみようかな……」

 

 そう言ってテーブルの方へ歩み寄る。

 時間はまだ22時50分。記憶ではあまり食べる時間がなかったはずだから、少しだけこの時間が長く続くように仕掛けは設定してある。

 暫くは皆と歓談でもしながら過ごして、後から壁の花にでもなろうか。

 

 テーブルの上を見ると全体的には肉料理が中心で、日向クンの言うようにハンバーガーやポテトのようなジャンクフードもあるようだった。

 他にはバナナやマンゴーなどの果物を豪快に盛り付けた皿。バジルがふんだんに使われた冷製パスタ。海産物を利用したと思われる料理の数々。ふと目についたぷりぷりのエビはそれでいて艶やかで、まるで 「eat me」 という札でもついていそうなほど美味しそうな自身を皿の上からアピールしている。

 思わずごくりと喉が鳴った。

 南国特有のトロピカルジュースや果物を搾って作られたストレート果汁100%のジュースまである。ヤシの実を使ったものも当然あり、ジュースと、実をスライスしたヤシミも並べられている。

 デザートもたくさん種類があるが、肉もその勢いに負けてはいない。

 肉はギトギトとまではいかずとも脂が乗っているが、脂っぽいかと言えばそうでもない絶妙な焼き加減。時間が経っているというのにまだ肉は温かく、切り分けた断面から良い匂いが漂ってくる。

 

 様々な誘惑にかき立てられながらも日向クンにオススメされた、スタンダードなハンバーガーを頬張った。

 ツヤツヤのバンズに挟まれた肉汁たっぷりなパティ。それに新鮮なスライストマト。ピリッとしたピクルスが口の中ではじけ、チーズは形を保たせながらもとろりと口内に広がっていく…… 本当にこれはハンバーガーなのかと疑ってしまうほどだ。

 ついでに取った付け合わせのポテトをかじるとほど良いカリカリさでいてほかほか。塩味が良く効いていてこれまた美味しい。

 以前聞き逃してしまったけれど、ゲームでは頬っぺたどころではなくパンツまで落ちるとまで言っていた花村クンの料理だがなるほど、これはそう豪語したくなるというものだ。

 花村クンが変態でさえなければ一瞬で堕ちていたかもしれない。胃袋を掌握されるということは人生の半分を掌握されるということに等しい。メイの手料理によって育てられた私が言うのだから間違いない。

 

 大広間に入って右手側の壁際、奥の丸テーブルの上に取り皿を置いて私は皆を眺めてみる。

 涙を流しながら肉を目一杯腕に抱え、食べ続ける終里さん。

 グラス片手に格好つける左右田クン。

 皆から離れた所で料理をチラチラと見ている罪木さん。

 笑顔で歓談するソニアさん。

 

「ねぇ、みんな! せっかくだから写真撮ってあげようか?」

「わぁ、素敵ですね! お願いします」

「輝々ちゃーん! 明日も明後日も、ずーっと料理を作ってほしいっすー!」

「それは告白かな? ウェルカムだよ澪田さん! さあ、ぼくの胸に飛び込んでおいでー!」

「これで子豚ちゃんでさえなければ完堕ちしてたっすよ!」

「ええっ! だめなの!? そんな理由で!?」

 

 しきりに写真を撮って周っている小泉さんに、料理を頬張って感動している澪田さん。変態発言をしながらも、輝く笑顔で嬉しそうな花村クン。

 

 そんな時間が続き、次々と交代していく見張り番を横目に腕時計を確認する。

 

 そろそろ壁の花にでもなろう。

 

 カシャ、カシャ、と響くカメラのシャッター音に目を向け、皆の位置取りを確認する。

 十神クンは相変わらず反対側で料理を独占しているようだ。作ってあったとはいえ、アレに料理の供給を追いつかせている花村クンもすごいよね。

 花村クンの顔が時間が経つにつれて青くなっていくのは、きっと過労のせいだろう。

 

 時刻は午前1時25分。

 

「あら、もうすぐ交代の時間ですわね」

 

 ソニアさんは、私が設置した壁掛け時計を目にしてそう言う。

 

「む…… う…… むぅぅぅぅぅ…… !」

 

 先程から大広間と廊下を行ったり来たりしている弐大クンが唸りをあげながら膝に手をついて、俯くように立っている。

 

「…… ん、弐大? どうかしたのか?」

「す、すまないが…… ワシはちょっくらホテルに戻らせてもらうぞぉ!」

 

 あげた顔には脂汗が浮かび上がり、かなり苦しそうにしているし、ちょっと泣きそうになっている。あの大柄で豪快な彼にしてはちょっと意外な表情だ。

 

「バカを言うな…… 勝手な行動は許さんぞ」

「止めてくれるな、十神よぉ…… 漢には行かねばならぬときがあるんじゃあ…… ! 今、行かねば…… 漢がすたる…… クソを漏らしたとあっては、漢がすたるんじゃああああああああああああああ!」

 

 その魂の叫びによって何人かがぎょっとした顔でそちらを見ているが、彼はそれどころではないのだ。

 

「トイレなら旧館にもあるだろう。なぜホテルに戻るんだ」

「さ、さっきから何度もトイレに行っておるのだが、一向に空く気配がないのだ!」

 

 あー、お手洗いは男女共用なうえに1つしかないからね。せめて2つあればちがうのかもしれないけど……

 

「こ、これは一体…… ッ!?」

「そっちはなんだ?」

 

 今度は静かにハムスターやソニアさんと戯れていた田中クンだ。

 

「お、俺様の魔犬のイヤリングが…… 消えた! 亜空間に消し飛んだだとッ!?」

「騒ぐな、どこかで落としただけだろう」

「…… 床下とかに落としたんじゃないかな? ほらここの床、絨毯が敷ききれてないし、木が縮んで隙間だらけだから」

 

七海さんがどんなイヤリングなのか特徴を訊きつつ二人で床下を覗き込んでいる。

 

「クソだ! クソが出るぞおおおっ!!」

「うるさい、出すな!」

 

 それは無茶ぶりじゃないかな。

 

「おーい、こっちの皿も食っちまっていいかー?」

「ふ、ふざけるな! それは俺の分だ!」

「おーい、十神―! みんなもほらっ! 写真撮るよー! ハイ、チーズっ…… ってね!」

 

 カシャ、とまたシャッター音が鳴る。

 うん、なんだか深夜テンションになってきたのかカオスなことになってるね。

 

「なぁ、お前達…… もう少し大人しくできないのか…… ?」

 

 そのとき、ピピッと小さな音がして辺りが真っ暗になった。

 午前1時半ジャスト…… その言葉は誰にも拾われぬように飲み込み、場に混乱が訪れた。

 

 さあ、停電だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




・交代制の見張り
 某笑顔動画のやつと、すわ被ったかと焦りましたがその後の展開を見る限りだと杞憂だったようです。よかったよかった。

・目ェこわッ!?


【挿絵表示】


「十神クンがうさみちゃんだから、花村クンがクマ吉くん役だね! だからにゃにゃみさんの下着どろぼ…… あっ」
「…… ? どうした狛枝?」
「…… 日向クン、クマ吉くん役…… やろっか?」
「…… !? あれは同意の元に、というか皆が押し付けてくるんだろ!?」
「日向、お前…… !」
「十神目ェこわッ!?」
「わぁ! 十神くん! 顔、顔戻してくだちゃーい!」
「やっぱうさみちゃん役は十神ね」

 なんてやりとりがあったりして…… ?


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。