錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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I am not concerned that you have fallen(あなたが転んでしまったことに関心はない) I am concerned that you arise(そこから立ち上がることに関心があるのだ)


No.14『失楽園』ー不穏ー

 ああ、夢を見ている

 

 お腹が痛い。

 目を開いた私はそこが密室であることを確認すると、首を動かしただけで体中に走った電撃のような痛みに眉を顰めた。

 よくよく見ると、四角く真っ白な部屋の端から私のお腹へとピアノ線が通っているようだ。痛くて後ろを見ることは叶わないが、そのピアノ線はどうやら腹から背へと貫通しているらしい。痛いはずだ。

 身じろぎひとつするにもピアノ線が内臓に擦れて酷く痛む。

 ピアノ線は少し動く度に、体に開いた穴を大きくしていき、体液で濡らされた部分がテラテラと光っているのが見えた。

 

 隣には、私と同じようになった、久方ぶりに見た足のあるりん子姉さんがいるが、他の場所にはピアノ線で両断されたのであろう肉片が散らばっていた。

 白く、四角い部屋に大量の肉塊と、それを踏みにじって立たされている私とりん子姉さん。

 暫く無言で目線を交わし合ってからじっと痛みに耐えていたが、幾らか時間が経ってとうとう限界が来てしまった。

 ああ、夢の中でさえも私は体力がないのか。なんだか虚しくなってくる。

 

「姉さん、どうしよう…… 疲れて、座りたいんだけど……」

「そうね…… 疲れたね、座りたいね。でも無理だよ、生きたい(・・・・)なら動いてはいけない。糸でがんじがらめになったキミは動いたら死んでしまうだろうからね」

 

 足が震え、少しよろけただけで腹と背中を貫通したピアノ線が食い込んでいく。その恐怖に歯をカチカチと鳴らしながら姉さんの名前をひたすら呼び続けた。

 

「ね、姉さん、怖いよ、痛いよ、もうやだ…… 死にたくないよ」

「私も怖いよ、痛いよ、もう…… いやだよ。でも、私は立ち続けることにも疲れてしまったんだ」

 

 遠くを見つめる彼女に不安を覚えて手を伸ばす。

 ごぽりと内臓がかき混ぜられる音がした。

 

「…… 空に手を伸ばすのにも、なにもかもに疲れてしまったんだ。だから気づいてしまったんだ。足があったって、絡みつく()がある限りどこにも行けないんだ。逃げ出すことも、自由を手にすることもできない。それならいっそ、足などなければいいんだよ……」

 

 私が初めて彼女に会ったときから変わらず濁ったような、けれど綺麗な、絶望に染まった瞳がこちらに向けられる。

 そう言った姉さんは長い黒髪を鬱陶しそうに背中に払いのけ、ピアノ線が食い込むのにも構わず言葉を続けた。

 

「ねえ、凪。暗闇の先には何があるんだろうね…… そこに希望を持ってしまうのはいけないことなのかな」

 

 それ(・・)に希望なんてない。

 

 それは私が一番よく知っている。死んだって、次があるのだ。絶望は一生どころではなく、永遠に続いていくのだ。悲劇は循環していく。だけれども、最後の希望に縋った彼女にそれを告げることなど、とてもできなかった。

 

「凪…… 私を、殺してよ」

 

 縋るような瞳を、綺麗だと思ってしまったから、ダメだったのだ。

 自身の中にある何かが彼女の願いに応えようと動き出す。

 

「ダメ、ヤダ! ムリだよ! そんなこと…… !」

 

 そして、彼女は立つのをやめてしまった。

 バヅン、と嫌な音が辺りに響く。縦に裂けたはずのその体にはなぜだか足がなかった。

 

 その数日後、パレードが始まるのだ。

 彼女の望み通りに私の幸運が彼女を殺した。それは本当に良かったことなのか、それともいけないことだったのか。制御など欠片もできない才能に彼女が殺された。

 その濁った瞳は、無機質な瞳は誰も責めてはいなかったけれど、それが深い錆となって私の中に刻まれる。

 彼女は死ぬ必要なんて、なかったのに。永遠に許されぬ罪を背負って墓場まで持っていくしかないのか。寿命で死ぬまで、彼女たちの、彼らの分を生きるまで私は死ねない。死んではいけない。それを望んだって、実行してはいけないのだ。

 

 私の命は私だけのものではなくなってしまったのだから――

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 絶叫をあげながらベッドから跳ね起き、汗だくになった部屋着の襟元をパタパタと扇ぎながら机の上にある手帳を眺めて数分。

 

 

 十神クンに脅迫状出し忘れたぁぁぁぁぁぁ!

 

 

 ベッドの上で天を仰ぎ、その体勢で頭を抱える私はギリギリ声に出さず心の中でそう叫んだ。

 

「しかも6時半だと!? 間に合うわけないでしょうが!」

 

 あと30分でモノクマアナウンスが鳴る上に、そのすぐ後にはレストランへ集合しなければならない。

 手紙も文面も決めてない以上、適当に脅迫状を書くわけにもいかない。定規も用意していない。定規なしで丁寧に書いたらすぐに筆跡でバレてしまいそうだ。そもそもくじも用意できていないし、昨日の私はなにを考えていたんだ! ヤシの実がぶつかったときに全部すっぽ抜けて行ったに違いない! そうだ、全部ヤシのせいだ! ヤシのせいで一日自由行動が増えるよ! やったね凪ちゃん!

 

「ま、まあ、掃除当番になったら女子会参加できないし? 結果オーライだよね。一日延びたくらいじゃ、死ぬような変化なんて起きないでしょ」

 

 女子会に参加できなくなるのは勿体ないし、一日伸ばすくらい平気平気。きっと昨日出してたら寝不足で失敗続きだったろうし、すぐバレてただろう。多分。

 酸っぱい葡萄とか、言っちゃいけない。

 

「今の時間じゃあ、どうせ十神クンは起きて島を周ってるだろうしなぁ……」

 

 皆のために、誰も死なせないために…… なんて、本当、憧れちゃうね。

 ゲームで朝、狛枝クンが言ってたことが身に染みる。確か、 「皆十神クンみたいに強くなれるわけじゃない。逃げてたわけではないけど、なにかを乗り越えるなんて意識したことなく、なんとなく生きていたんだろう……」 だったか。

 その通りだ。なんとなく生きていたわけではないが…… 乗り越えるだなんて思ったことはないな。

 私は十神クンみたいになれるわけじゃない。生きたいと思っている限りは、あんなに体を張ることができないのだ。それに、積極的に皆を先導したとして、 「誰も死なせない」 なんて言葉、私には言えない。きっと嘘になってしまうから。嘘を吐くのは、あまり好かない。誘導はするけれど、嘘はあまり吐きたくないのだ。あれ、これって モノクマと一緒じゃないか? ええ、それは嫌だなぁ。

 しかし、蝶はモグラでないからといって嘆いたりはしないものである。私には翼もなければ尾ひれがあるわけでもない。彼が持っていて私が持っていないものがあったとしてもそれはそれ、これはこれだ。

 

「はぁ…… そろそろ行かないと」

 

 気づけば7時直前。アナウンスが鳴る前に移動してしまおう。

 

「おはいただきますよう!」

「え? あ、おはよう?」

 

 ホテルロビーで澪田さんに会ったのだが、謎のご挨拶をされて困惑気味に挨拶を返す。

 すると少しだけ不満そうな顔をした澪田さんがもう一度 「おはいただきますよーう!」 と言った。

 

「お、おはいただきますよう?」

「おはいただきますよう、凪っちゃん! えへへ、おはようといただきますの画期的な挨拶を考えたんだー! 唯吹はこれを広めるために旅に出るっす…… うん! これは流行るね!」

「う、うん…… ええと、頑張ってね?」

 

 後から来た小泉さんや日向クンに絡みに行っている姿を横目に、階段を上がる。七海さんが真剣な顔で某落ち物ゲーをやっていたが、ものすごい連鎖を組み上げているようだったので声はかけなかった。

 

「……」

「…… おはよう」

 

 レストランに入ると、誰もが沈んだ顔をしていた。そして、話そうとはしなかった。

 私が軽い挨拶をするとしっかり反応があったが、どうにも元気がないように見える。あの弐大クンでさえ、お世辞にも元気とは言い難い雰囲気を漂わせていた。

 そしてそのまま全員が集まるまで静かに待った。するとやがてゲームを切り上げたらしい七海さんが階段を上がってきて、後に続く辺古山さんや、小泉さんに引きずられるように連れて来られた左右田クンなど、続々と人がやって来た。

 静かだったレストランは徐々に賑やかさを増していき、とうとう全員に話しかけたらしい澪田さんが日向クンと一緒にやってくるといよいよ騒がしくなっていく。

 彼女のテンションに一体何人が救われているのだろうか。ふと思って周囲を見渡すと笑顔。彼女の元気な笑顔から静かだった人たちに笑顔が伝染していく。これもある意味希望の伝染だろうか。

 私も思わず顔を綻ばせてその様子を眺める。

 

「…… 全員揃ったか?」

 

 黙ったままではあったが、私と同じように微笑みを浮かべてその様子を見守っていた十神クンが確認するように話した。

 

「あれれ、九頭龍くんがまだみたいだね?」

 

 十神クンの言葉に反応した七海さんがその場にいる全員を見渡してそう言うと、悪い顔をした西園寺さんが着物の袖で口元を覆いながらくぐもった笑いを零す。

 

「あはっ、もう殺されちゃってたりして……」

「ぎゃあっ! ついに死者が!?」

 

 西園寺さんの言葉に真に受けたのだろうか? 澪田さんが目を見開いたすごい顔でリアクションを取ったが、入り口付近で腕組みをして立っている辺古山さんから訂正が入った。

 

「勝手に殺すな…… さっき外で会ったぞ。だが、今朝は欠席すると言っていたな」

「こんなときまで一匹狼ぶってどうすんのよ…… なにかあってからじゃ遅いのに」

 

 小泉さんが苦々し気な顔で呟く

 一人だけ孤立して、誰とも馴れ合おうとしない彼を心配しての言葉だろう。

 しかし、左右田クンはそうは思っていないようで不安気な顔をして頬を指で掻いている。

 

「ひょ、ひょっとして…… 一人でこっそり誰かを殺す作戦を練ってるとか……」

「左右田さんっ! お仲間を疑うのは良くありませんよ!」

「だって、あいつって極道なんですよ? わかります? ジャパニーズヤクザです!」

 

 それってジャパニーズマフィアの間違いなんじゃ?

 まあ、左右田クンが危機感を持っているのは分かる。あれだけ啖呵を切っていたら誰だって怖いよ。私だって、記憶がなければ彼を真っ先にターゲットにしていただろうしね。現在のターゲットは花村クンだからちょっかいはかけないけど。

 

「でも、心配ではあるよね。目の届くところにいてくれたほうがどっちの意味でもありがたいんだけれど……」

 

 彼が殺されないか、と彼が殺さないか、でどっちもだ。

 

「おそらく、あいつは呼んでも来ないだろうな。そういう男だ…… 仕方ない、俺達だけで話を進めるぞ。あいつには後で誰かが伝えておいてくれ」

「話って…… なんの話だ?」

 

 あれ、今日はなにもしてないし、あっさり終わると思ってたんだけどな。まだなにか懸念することでもあるのだろうか。

 もしかして動機についての話し合いか? それとも裏切者についての? 確かに、もうちょっと掘り下げてもいい話題だし、議題にするにはちょうど良いだろうが裏切者については十神クンが否定しているから違うかな。

 記憶については全員証拠となるものも持ち合わせていないから水掛け論に推測だけが飛び合うことになってしまうし、モノクマの定めたルールについて詳しく話してもなにか収穫があるとは思えないからどうなのだろう。

 

 それとも……

 

「喜べ…… 今日の夜、パーティを開催することにしたぞ」

「え?」

 

 …… え?

 

 なんで? どうして十神クンがその話をするんだ。

 私、脅迫状なんて出してないのに…… 私はなにもしていないのにどうして、なんでパーティー開催の話になるんだよ。

 そんなことがあるのか、どうして、どうして。その言葉ばかりが頭の中をグルグル回ってグチャグチャに混ざり合って周囲の会話を聞き流していく。

 

「パ、パーティですかぁ?」

「そうだ、朝から一晩中の盛大なパーティにするぞ」

「ガビーン! しかも朝までコース!?」

「言っておくが、欠席は認めんぞ。これは全員強制参加のパーティだ」

 

 そして思考停止した脳が緩慢に動き出し、空回りでない回転をしていく。

 今までにないほどによく働く自身の脳を褒め殺ししてあげたいくらいに視界が明瞭になっていく。なにをするべきかを、今私ができることを、生存のために起こすべき行動を正確無比に叩きだしていく。

 

「お、おい…… パーティとか…… こんなときになに言ってんだよ!」

「こんなときだからこそ、なんだよ…… 言っただろう、強制参加だと。反対意見ははなから聞く気など毛頭ないぞ」

 

 …… まったく、予想外もいいところだ。だけれど、だからこそこのチャンスに乗っかっておくべきなのかもしれない。誰かの犯行を乗っ取ってしまえば相手も動きづらくなるだろうし、乗っ取ってしまえば殺される心配も減るのだ。

 結局行きついたのはそんな答え。

 何者かの犯行を妨げ、自分が計画を乗っとる。そうすればいい。今はそうするのが正解だろう。

 盛大なドッキリを仕掛けてやろうじゃないか。少し悪質だけれど、皆の意表を突いて犯行を頓挫させる。そして、私が生き残り、ついでにほんの少しだけ本音で語り合えるようにするのだ。

 私にできることは、私の役割を造るとするならば…… って、つまり結局女子会参加できないってことじゃないですかー! やだーっ!

 

「でも、やっぱりパーティなんてしてる場合じゃ……」

「…… うーん、私は賛成かな」

 

 小泉さんの言葉に被せるように落ち着いて言葉を重ねる。そうして言い訳じみた建前と本音の混じった言葉を続けていくのだ。

 

「むしろ、こんなときだからこそ、私たちで親交を深め合うべきなのかもしれないよ。ほら、私も昨日言ったでしょ? 何も知らないモノクマより、互いの方が信用できる…… さらに互いのことを知って仲良くなればもっと信頼できる仲間になれるかもしれないよ! 皆で生き残るためには信頼が必要だよね。ねえ、十神クンもそう考えたんでしょ? だから、パーティなんて言い出したんだよね?」

 

 まあ、私一人だけ生き残るのに信頼なんて必要ないんだけど…… あったほうが殺されずに済んで得だしね。

 そんな最低で打算的な言葉が脳裏を掠めるが、ぐっと飲み込んで微笑む。

 

 ああ、なんて白々しいのだろう。

 

「…… 意味などどうでもいいだろう。とにかく、今晩は俺達全員が一つの場所に集まっておく〝 必要 〟があるんだ」

「…… 随分と含みのある言葉だな?」

 

 田中クンが探るように言った。もしかして疑ってるのだろうか。田中クンも厨二病に必要不可欠なだけに語彙力があるほうだ。それだけ語彙力があって、その場その場で相応しいと思う難しい言葉を言えるくらいなのだし、頭の回転は速い方なんだろう。

 

「とにかくこれは決定事項だ! パーティを開催するぞ!」

「で、ですけどぉ…… 一晩中やる必要はないような……」

「なければ、そんなことは言わん」

「す、す、すみません! でしゃばって、本当にすみませぇん!」

「ああ、俺も賛成だ。親交を深め合うのも悪くないよな……」

 

 日向クンが賛成の声をあげる。

 あの日向クンがなにも疑問に思っていない…… ? むしろ、納得した顔をしている。いつもの日向クンなら 「なんでこんなことするんだ?」 って疑問だらけになっているはずなのに、一体どんな心境の変化だ。パーティの話が出たよりも、その変化が一番の驚きだ。

 成長だろうか、それとも慣れだろうか。知っている記憶との些細な齟齬が気になってしようがない。しかし、彼らは生きている。私と同じように、生きているのだ。気まぐれにいつもとは別の道を歩くように、風で乱れた髪を整えるか整えないかの些細な違い。

 私の髪が黒かったとして、私の目が黒かったとして、この指先がほんの少し長かったとして、世界は変わらず周っていくような些末な違い。そんな違和感。しかし、誰が成長しようが私には関係ないことなのである。

 再び思考に耽った私を置いてけぼりに話は進んで行く。

 

「何事にもオンとオフの切り替えが重要…… こんなときだからこそ気晴らしが必要かもしれんのう」

「んじゃ、パーっとやろうぜ!」

「あ、そういうことなら、ぼくも料理の腕を振るっちゃうよ?」

「で、パーティを開催する場所は? このレストランでいいのかな?」

 

 海から空へ。思考から浮上し、七海さんの言葉に頷きかけた十神クンを見て私は慌てて言葉を遮った。

 

「そうだな。ここで……」

「ちょっと待って」

 

 今日は予想外なことばかりだ。

 まさか十神クンがモノクマの干渉のことを考えていないなんて、思うわけがないじゃないか。考えなしと批判するつもりはないが、当然旧館の流れになると思っていた私としては予想外も予想外。言葉は焦って介入したが、内心の動揺は悟られないように眉を顰めて提案をする。

 

「親交を深めるならモノクマに邪魔されるのは避けたいよね。レストランじゃあ邪魔されちゃうんじゃない? 開けた場所だとすぐに見つかっちゃうしさ」

「開けてない…… 閉ざされた場所ってこと?」

 

 七海さんの言葉に考えるフリをしながら頷く。

 どっちにしろ私が場所を言わなければならないのだ。しかし、提案してからすぐに場所を指定するなど目も当てられない。なにか企んでますというようなものだ。

 考えるフリをしながらレストランの窓からふと外を見渡す仕草をする。

 

「ここがダメならロビーも同じか…… あちらも閉ざされた場所とは程遠い」

 

 田中クンも考えながら言う。確かに、ロビーではすぐに見つかるだろう。

 極論を言うと、正直どこでもモノクマの目はあるのだが…… それを言っちゃあダメだろうな。

 

「誰かのコテージというわけにもいきませんよね…… この人数だとぎゅうぎゅう詰めになってしまいます」

「ぎゅうぎゅう詰めなら、むしろコテージで決まりだね! いやー、女子とぎゅうぎゅう詰めなんてラッキーだ。女装して女子専用車両に紛れ込む手間が省けたよ」

 

 …… やったことはないんだよね? そうだよね? そうだと言ってほしいんだけど。

 

「オメーって、よく平気でそういう変態発言かませるよな」

「ンフフ、ぼくは変態だけど、人から好かれるタイプの変態だからね!」

 

 それはごもっとも。多分花村クンが超絶イケメンでスリムな人だったらあまりお近づきになりたくなかっただろうし。彼は彼だからこそ愛嬌があり、憎めないのだ。

 

「だから、その自信がスゲーんだって」

 

 左右田クンはツッコミお疲れさまです。なかなか絡めないから眺めてるだけになっちゃうけど。

 

「うーん、あ、そういえばあそこって閉ざされた場所って言えるよね! ほら、ホテルの離れにある…… ロッジ風の旧館だよ!」

 

 うん、白々しいね。

 

「あのボロボロの?」

 

 首を傾げて大きな窓から外を眺める七海さんに頷いて話を続ける。

 

「ボロボロだけど、きっと頑張って掃除すればキレイになると思うんだよね。それに、閉ざされた場所ってあそこくらいしかないし……」

「だが、旧館への立ち入りはモノミが禁止していたぞ。なんでも…… 改築予定だからと言ってな」

 

 と、辺古山さんが言ったときだった。

 

「話は聴かせてもらいまちた! この耳で聴かせてもらいまちた! えっへん、耳がいいんでちゅ! ウサギでちゅからね!」

 

 耳を短い手でピコピコと動かしながらモノミがレストランに現れたのだ。

 しかし皆の反応は冷たい。ひやっひやに冷たい。だって目が怖いもん。あんな目を向けられて挫けないモノミは凄いよ。

 

「そうか、貴様は耳を頼りにしているのか。だが、それは妙な話だな……」

「ほえ?」

「だったら、あの監視カメラはなんのためにある? あれはモノクマ専用ということか?」

「……」

 

 モノミはキノコでも生やしそうなほどしょんぼりしていじけている。

 可愛いからもう少し眺めていたいが、さすがに可哀想なのでフォローを入れることにする。

 

「最初はモノミもモニターで放送してたんだし、あれはモノクマに盗られちゃったんじゃない?」

「それもそうだが…… まあいい。それよりも旧館の件だ。貴様もそれを伝えるために来たのだろう?」

 

 十神クンはまだ気にかけているようだが、一旦保留にするようだ。

 

「ええ、ミナサンの結束を固めるためなら、あちしも協力は惜しみません。であれば、旧館への立ち入りを許可しまちょーう!あちしも協力するから一緒にパーティしまちょう!」

 

 そういえば女子会にはモノミも参加していたんだっけ。ああ、女子会…… ちょっとだけ憧れてた女子会……

 

「一緒は無理だよー。だってあんたって気持ち悪いもーん。鏡とか見ない方がいいと思うよ…… 身の程を知ったら生きていけないレベルだからさ……」

「ううっ…… 涙が出るほど温かい叱咤激励でちゅね……」

 

 いや、モノミ可愛いと思うんだけどな…… というか、叱咤はあっても激励はされてないんじゃないかな。

 

「えっと、じゃあ旧館で決まりってことでいいんだよね? でもさ、準備はどうするの? 改築予定で放置されてたなら掃除も必要でしょ?」

 

 小泉さんが少し嫌そうに言っている。

 皆が集まる前、段々賑やかになってきた辺りで女子会をしたいという話を聴いていたので、残念に思っているのだろう。彼女の中では全員で掃除する流れが想像できているらしい。さすがは委員長タイプ。

 

「わたくしは掃除という汚らわしい行為は初めてなので、めたんこワクワクしてしまいます!」

「いやっ! 王女様の手を汚すなんてとんでもない!」

 

 左右田クンは多分ソニアさんを純粋に心配してるのだと思うけれど……〝 王女様 〟に拘っているうちはきっと打ち解けられないんだろうなぁ。

 ソニアさんは同い年の対等な友達が欲しかったと言っていたのだし、自分を立てる人物に嬉しくは思っても、それでは友達にはなれないだろう。彼女を讃えるほど、彼女を大切に扱うほどソニアさんと友達になる道は遠のくのだが…… いつか気づけばいいね。

 せめて 「女子にさせるわけにはいかない」 とでも言っていれば株も稼げたと思うんだけどね。

 

「えー、わたしもヤだよー! 着物じゃ動きにくいしー」

「なんじゃあ…… 誰もやらんのかい?」

 

 自由行動でキッチン使っててよかったなぁ。

 

「じゃあさ、くじ引きで決めるのはどうかな?」

「くじ引き?あみだくじでもやるのか?」

 

 日向クンがきょとんとして私の方を見る。

 

「そ、キッチンに割り箸があったでしょ? 一つだけ色をつけておいてそれを引くんだ。印のついた当たり(・・・)の割り箸をひいた人が掃除当番ってことでどうかな? 勿論、作る私は最後に残ったやつをひくってことで。これなら公平だよね?」

 

 花村クンが気を利かせて人数分の割り箸を持ってきてくれたので、先端を赤いペンで塗って他の割り箸と一緒に握り込む。手にペンの色がつく可能性もあるが、どうせ後で汚れることになるんだし気にしない。

 

「では、全ての命運をこのくじ引きに委ねるとしよう!」

「じゃあ、恨みっこなしね」

 

 そう言いながら全員が順番に引いていく。十神クンを最後にして手の中に残った割り箸が一本になった。皆の割り箸には印がない。見事に私が当たりを引いたようだ。

 

「え、私が当たり!?」

「はは、昨日の怪我といい、超高校級の幸運って言う割には全然ツイてないんだな」

「うー、仕方ないね…… まあ、掃除だったら任せてよ。それなりにはできるから安心してね」

「そっか、凪ちゃんが掃除当番かぁ…… なら女子会はまた今度にしたほうがいいわね」

 

 小泉さんが残念そうに言ったが、私一人の欠席で親交を深める女子会を止めるのは勿体ない。

 

「私が参加しないからって女子会中止は悪いから気にしなくていいよ。何度も女子会したっていいんだしさ、そのときに私は参加するから大丈夫だよ」

「でも、それじゃあなんか悪いわよ」

 

 歯切れ悪そうにする小泉さんは、今にも 「皆で早く掃除を終わらせて女子会をしよう」 と言い出しそうだ。それも十分魅力的ではあるが、今回限りはそれに乗るわけにはいかないのだ。

 

「うーん、そうだな…… じゃあ、皆で作ったお菓子を後で分けてもらえたら嬉しいかな。それでいい?」

「そう、だよね。うん、分かった。皆でとびきり美味しいお菓子作るから楽しみにしててちょうだい!」

「うん、楽しみにしてるよ」

 

 和やかに纏まった話にほっと息を吐き、 「ただ、あれだけ大きな旧館だし、夜まで集中したいから尋ねて来られても門前払いしちゃうよ」 と手を振る。

 

「女子会とはこれはまた興味をそそられるけど…… パーティの料理はぼくに任せるといいさ。よーし、まずは食材を調達だ、それから旧館で料理にとりかかるとしようかな。この花村輝々がビチッと! 〝 世界一美味しいパーティ料理 〟をご馳走しますよ!」

「それじゃあ、花村クンと私は引きこもったりマーケットに行ったり忙しくなっちゃうからこの後すぐ取り掛かるよ」

 

 パーティの準備に関しても上手く纏まったようだ。よかった、これでなんとかなるだろう。

 

「では、そのパーティの件を九頭龍に伝えておけばいいのだな?」

「ああ、いったん解散して夜のモノクマアナウンス後、旧館に集合だ」

 

十神クンのその言葉ともに皆がその場で解散する。女子はそのままレストランに残って女子会をするようだ。立ち話を始めた男子が次々と追い払われていく様は圧倒的である。

 

「あれ、狛枝さんはマーケットに行かないの?」

「うん、一応先に中を見てみようと思ってさ。どんな内装にするかとかも考えたいし」

「そっか、じゃあ先に行ってくるね!」

 

そうして花村クンとも一旦別れる。

暗い旧館に入ると、思ったよりも埃臭くて早くも心が折れそうだ。事務室や廊下、大広間の確認をしてからふと気になってトイレを覗く。

 

「水道とか電気は大丈夫かな…… あとで色々とモノクマに訊いておかないとね」

 

 それから倉庫へと移動し、蜘蛛の巣だらけのその中で適当に置かれた荷物を露になっている(・・・・・・・)床下への扉の上へと軽く積んでおく。埃を被ったテーブルクロスは新調するとして……メダル足りるだろうか。いや、モノミに頼めばきっとタダで手に入るだろう。心配はいらない。

 再び大広間に戻って端の方に避けられたテーブルの数を数え、頷く。大きなテーブルも小さなテーブルもあるし数も十分だ。人数的には全然問題ない。

 普通に掃除道具と小物と、あとは絨毯を用意するだけで済むだろう。

 ギシギシと足を取られそうになりながら隙間だらけの床を確認し、位置取りを簡単に決めていった。

 それらの確認を全て終え、あとは買い物に行ってくるだけになったので外に出るため廊下に出る。

 

「さてさて、女子会は残念だけれど、色々と準備しなくちゃね……」

 

 マーケットの商品リストを片手に、私は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・夢
 元ネタは悪夢(怖い夢)スレ。どこで見たかはちょっと覚えていませんが、夢関連は 「ゆめにっき」 以外でこれが元ネタになっている場合が多いですね。

・「ダメ、ヤダ! ムリだよ!」
 ダメッ、ムリッ。ゆめにっき派生でお約束の、外に出ようとすると発せられる言葉である。

・女子会に憧れるさび枝
 病院組のお茶会もある意味女子会なはずなのだが、当たり前にあったからカウントしていない模様。


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