錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 それをしたから意味が生まれるのか、それとも意味が生まれたからそれをしたのか 〟


No.14『失楽園』ー漫才1ー

 腹痛に耐えつつ、少し早めに終わった自由行動後は暫く自室で休んでいたのだが、夕方になり、気分転換にと私は砂浜を歩いていた。

 現在時刻は夕方の5時30分。3時のおやつにビバ氷で酷い目にあったので常夏といえど朝夕は涼しくなる島内では常にパーカーを羽織っている。いつも着ているとか言ってはいけない。

 

「足跡くっきりだなぁ」

 

 ブーツと靴下を脱いで裸足で砂浜を歩く。

 じんわりと熱い足の裏と、ときおり埋まっている貝殻。海の奥の方で跳ねている尖ったダツのような魚。…… ダツって跳ねたっけ? ていうか、危険はないとか言ってるのになんでダツ? あれがジャバ魚? かなり危険じゃないか?

 そんな疑問が尽きないが、海に入ることなど滅多にないだろうから保留にしておこう。もしかしたらモノクマのせいで危険な生物が増やされたのかもしれないし。むしろ、モノクマはモノミと張り合って色々追加していっているようなのでそれが正解なのかもしれない。不運には十分注意せねば。

 スカートを広げて濡れないようにチャプン、チャプンと薄く張った海水を蹴りながら歩く。太腿につけたホルダーが見えないように気を遣ってはいるが、傍から見れば水辺で遊んでいる白い少女だろうか……なんだか自分で少女と言うには抵抗があるが、これが私みたいな白髪の女でなければきっと絵になるのだろう。

 終里さん…… は、泳いでいる方が似合うからソニアさんや澪田さんならきっと似合う。

 別に狛枝の容姿が整っていないと言っているわけではなく、自惚れではないがそれなりに整っているのだろうとは思っている。しかし、自分で言うのは抵抗感が凄いのだ。そんなことを言っている人がいたら、私だったら「なに調子乗ってんだテメェ」とでも言ってやりたいくらいだ。フリではない。

 …… 盛大なブーメランである。まったく、私は馬鹿だ。

 

 愛おしい物に触るようにスカートの上から鉄パイプを押える。

 あんなにダメだ、ダメだ、手を伸ばしてはいけないのだと思っていた罪の象徴がこんなにも大切なのは何故なのだろう。一度吹っ切れてしまったからだろうか。それとも私はあんな出来事に焦がれているとでもいうのだろうか。もし後者なら、私はとんだ殺人鬼だな。

 そうだとしても、きっと織月(りづき)は気にせず笑い 「後輩の誕生だね」 とでも言いそうだ。うつろちゃんはどうだろう。きっと 「今更?」 と言って釘バットを持って蔑んだ目で見られるだろう。織月はその手で直接罪を犯したから、象徴は思い出の品となっているらしい。私は手を下した道具がそれで、ならうつろちゃんの釘バットは…… まだ話してくれない〝 罪 〟に関係しているのだろうか。

 〝 罪 〟を犯しても私たちは悪びれるでもなく、それしかないのだと手を出して来た。罪を犯せば生きる価値もない。そんな風に思う人もいるのだろうが、私たちは皆ある意味〝 生 〟に執着しているようなものだ。

 私は死にたくないから××した。織月は奪われたくないから××した。うつろちゃんは…… 分からないが、あの嘘吐き娘がなにか理由を話したとしてもそれが本当かどうかは本人でさえ分からないだろう。

 皆自分勝手だ。自分勝手だからそうするしかなかった。そして、私たちは永遠に許されることがない。それだけが確かなのだろう。

 神様だなんて信じてはいないけれど、私がこうして生きていると言うことはそういう世界もあったということで…… でも、やはりなんの手助けもしてくれない、見ているのかどうかさえ分からない存在など唾棄に等しい。少なくとも、私にとってはだが。

 

「死にたくない…… 平穏でいるためには、やっぱりずっとココにいたほうが……」

 

 いいのかもしれない。その言葉は島中に響くようなチャイムの音に遮られた。暗くなっていく気分と、恐らく最悪な見た目になっているだろう私の目元を人差し指でぐにぐにと押え、最後に一発両手で頬を叩き沈んだ気分を晴らす。

 そうしなければ、あの胡散臭い熊に会うことなどできないだろう。ましてや声を聴くことさえも。シャットアウトしようとする脳を無理矢理働かせて放送に耳を傾ける。そうすると、不自然なまでに陽気な濁声が響いた。

 

「えーと、希望ヶ峰学園実行委員会が、お知らせします…… やっほー! お楽しみのレクリエーションタイムが始まるよー! どんな楽しい催しかは後の祭り……じゃなくて、後のお楽しみ! 若干グダグダになったけど、とにかく、ジャバウォック公園にお集まりください!」

 

 砂浜をブラブラしていて時間が経っていたようだ。

 腕時計を確認すると現在午後6時。夕日は隠れ、夜の暗さが空を覆い始めている。

 

「ここからなら近いな」

 

 今度はビリにならなければいいけど。

 歩いて考えながら砂浜に製作していた巨大なSOSという文字は、その頃には波ですっかりその存在意義を失われていた。波が届かない場所で書いていたというのに、だ。まったく、自分の運が恐ろしいよ。

 

 

 

 

 

 走って15分程で公園に着いたときには、既に十神クンがその場にいた。誰よりも早く来たのであろう彼は私をその目で見るなり少し驚いたように息を漏らすとこちらに歩み寄り、 「今回は早かったようだな。放送がかかる前から分かっていたのか?」 と喧嘩腰の皮肉を浴びせて来た。

 

「それを言うなら、いっつも早くに来ているキミのほうがよっぽど怪しいんじゃないのかな? 実はその服、着こんでるだけで痩せてたりするんじゃないの?」

 

 ムカッときたのであくまで冷ややかな目を意識して私はそう返した。舌が絡まないように細心の注意を払って話したからか、すこしねっとりとした嫌みな口調になってしまったが、威圧感と圧迫感で演出してくる彼相手なのだからそれくらいが丁度良いだろう。迫力負けするのはなんだか嫌なのだ。自分がこんなにも負けず嫌いだったということはこの島に来て初めて知ったことだが、そのきっかけが十神クンとの皮肉り合いとは何とも言えない。

 

「ふん、お前の目は節穴か? この立派な肉が偽りでないのは一目瞭然だろう。筋肉はぜい肉よりも重い物だ。その両方があるというのは素晴らしいことなのだぞ」

 

 え、なに言ってるのこの人。なんでぜい肉自慢してるの?

 うーん、私には彼の価値観はよく分からない。

 

「お前こそもっと肉をつけて体力をつけることだな。そんな有様では緊急事態にも対処できんぞ」

 

 あれ、もしかして心配してくれているのだろうか。本当に、彼の言いたいことはよく分からない。ともかく、忠告してくれているのは確かなのだろうし、そろそろ険悪な雰囲気でいるのはやめておいたほうがいいかもしれない。

 

「ご忠告感謝するよ。こほん…… それよりも、ビバ氷の処理手伝ってくれてありがとうね」

「ん? ああ、あのことか。…… あの程度の量で根をあげるとはな。食糧は残さず食べるものだぞ、狛枝。勿体ないことをするのではない。しかし、俺に話を通してきたところを見ると、頼るべき者のことは理解しているようだな。喜べ、褒めてやる」

「あー、あー…… それはどうも」

 

 物凄い遠回りな返答に、反応に困ってそっけなく答える。

 それから改めて周囲を観察すると、あのタイマーのようなものの前に仮設舞台が設置されているのが目に入った。

 

「あれがなにか分かる?」

「知らん」

 

 あ、はい。簡潔な返答ありがとうございます。

 そっぽを向いて興味ないとばかりにそう言った彼に、私も 「そう」 と簡潔に返してから黙った。

 気まずい空気が流れるかと思いきや、沈黙が下りてからすぐに澪田さんが走って来るのが見えたのでその空気も霧散する。

 澪田さんの後ろからは二つの影が高速で迫って来るのが見える。そして明るい笑顔を浮かべた澪田さんを追い抜いた二つの影…… 終里さんと弐大クンは競争するように公園へと駆け込んできた。息一つ乱していない弐大クンの後ろで、終里さんが悔しそうに歯噛みしている。競争には負けてしまったようだ。

 チラと牛を持ち上げる弐大クンの図を思い出して、私はすぐに頭を振った。あんな非常識な場面、あまり覚えていたくはない。自分の中の常識が思い切り崩されてしまうし、夢の中ならともかく現実であんな場面に遭ってたまるもんか。

 別に、弐大クンや終里さんのことが苦手なわけでも嫌いなわけでもないが、なんというか、信じたくない。この島を五周することとかの時点で私にとっては常識外だ。あれ、もやしって私だけ? いや、まだ罪木さんや西園寺さんという仲間がいる…… しかし、西園寺さんも舞踊家だから体力はありそうだな…… 本格的に体力づくりをしたほうがいいのかもしれない。

 

「れくりえーしょん、とか! なにが始まるんすかね!」

 

 少しだけ言いにくそうにそう言った澪田さんが走ってきた体制のまま私に突進をしかけてきた。尖った頭がそのまま胸に飛び込んでくるのを察知した私は一旦突進を横に避け、それから手を上に挙げて彼女を歓迎した。

 

「や、澪田さん早いね」

「凪ちゃんも今回は早かったっすね! ばびゅーんってなってる凪ちゃんちょっと見てみたいかも、とか!」

「ば、ばびゅーん?」

 

 ハイタッチを要求してきた彼女に応えてから首を傾げる。擬音が多いとニュアンスではなんとなく分かるが、どうしても想像がつかない。ばびゅーんな私…… うーん。

 

「それとも、ワープとかして来たのかな?人間卒業おめでとう?」

「や、七海さん私はまだ人間だよ。後、人間以外になる予定もないよ」

「人間以外のクマとウサギはワープしているようなものよね」

「あ、小泉さんも早いね」

 

 あとから来た七海さんが眠そうな目をきらめかせるという器用なことをしながら話に入ってきた。それにモノクマとモノミのことを思い浮かべてか言った小泉さんも話に加わった。

 確かに、いつも背後から現れるクマとウサギはその場に駆け寄る場面をあまり見たことがないのでワープしているようにも見える。

 十神クンはそうして集まってきている皆を静観しながら仮設舞台の上を睨みつけていた。

 

 そして私が来てから10分程経つと、日向クンを最後に全員が揃った。

 

「遅い…… 臆病風にでも吹かれたか? ともかく、これで全員揃ったようだな」

 

 日向クンを睨みつけてから十神クンはそう言った。しかし当の日向クンは私が先に来ていたことに驚いている。私をなんだと思っているのだ。ああ、もやしか。正解だよチクショウ。

 

「狛枝…… その、体調は大丈夫なのか?」

 

 ああ、驚いてると思ったらそっちか。早とちりしてしまったみたい。

 

「うん、もう大丈夫だよ。心配ありがとうね」

「そりゃあ、あれだけ顔色悪くしてたらな……」

 

 日向クンって気が利くよね。こうだから皆の信頼を勝ち取っていけるんだろうなぁ。他称、超高校級の相談窓口はやっぱり違うね。

 

「で、今度はなんだっつーんだよ…… メンドクセーなァ」

 

 頬をポリポリと掻いて左右田クンが言った。

 しかし、それにすぐさま噛みついた人がいた。不機嫌そうな顔で辺古山さんに連れられて来た九頭龍クンだ。

 

「だったら、来なきゃいいだろーが」

「だってよォ…… 逆らったらなにをされるかわかんねーし」

「へッ、わからねーからこそ、テメーに試してもらいたかったところだけどな」

 

 まあ、なにをされるか分からないのは怖いよね。実は小粋な悪戯をされるだけかもしれないし、殺されてしまうかもしれない…… どちらか分からないからこその恐怖があるだろう。

 実際には、ただ殺されるだけではなく、おしおきという精神的な侮辱と才能に泥を塗る最悪な処刑が待っているわけだが。

 

「アンタ、いちいち嫌みっぽいよ! 自分だって怖いから来たクセにさ!」

「あぁッ!?」

 

 そんな九頭龍クンに向かって臆すこともなく意見していったのは気の強い小泉さんだ。九頭龍クンも、まさか女子から意見されるとは思っていなかったのだろう。

 

「さすがの極道さんでも、あの化物はおっかなかったってわけ?」

「んだとぉ、テメェ!」

 

 彼は酷く苛立ったように一歩前に出ようとしたが、斜め後ろでその様子を見ていた辺古山さんに腕を掴まれ、止められた。

 

「止めるんじゃねぇよ!」

「やめるんだ、九頭龍。手をあげるのはよせ」

「ほらほら、今は仲間同士なんだからいざこさを起こすのはやめたほうがいいって!」

 

 今は、と含みを持たせて私が言った言葉は正しくは受け取られずに浸透していったようだった。現に、九頭龍クンは私の言った〝 仲間 〟という言葉に対して大袈裟に声をあげたあと、鼻で笑うようにして辺古山さんの腕を振り払った。

 

「あぁ? 仲間だぁ? 勘違いしてんじゃねーぞボケ! オレがいつテメーらの仲間になった!?」

「…… え?」

 

 せっかく団結し始めていた輪がここに来て乱れた。

 彼のその発言に、皆で団結しあえばどうにかなると信じていただろう幾人かが反応を示している。

 ショックは計り知れない。やってくれるな、と思いながら 「言わせていいのか?」 と十神クンに目線で訴えると、彼はいつもと一変した穏やかな瞳で静観する態勢を崩そうとしない。

 チラとこちらのアイコンタクトを受け取った素振りはあったが、喧嘩に介入するつもりはないようだ。

 

「フン、この機会にハッキリさせとこーじゃねーか…… オレは()れるぜ?」

 

 そして、彼は今一番言ってはいけないことを口走ってしまった。

 

「…… はい?」

 

 花村クンが目を見開いて固まった。先程まで震えていたというのにその震えさえも信じられないことを聞いたせいでピタリと止まってしまっている。

 

「ア、アンタ…… 今なんて言ったの?」

 

 威勢よく噛みついていた小泉さんもさすがにその言葉には愕然としてしまっていた。彼女の語調が僅かに震え、大きくはっきりした声は小さくすぼんでしまっている。

 しかし、そんな怯えを含んだ反応に彼は勢いなのか、いけない方向に興奮してしまっているのか、僅かに頬を紅潮させて啖呵を切っている。後ろで硬い表情をした辺古山さんがなにか言おうとしたが、彼女は目を一旦瞑り、もう一度開いたときになにかを我慢したように俯いた。

 

「あ? 聞こえなかったか? だったら、もう一度言ってやんよ。オレは殺れる…… そう言ったんだよ」

 

 信じたくない…… そんな小泉さんの気持ちを知っていながら彼は同じ言葉を続けた。その表情は不敵な笑みを浮かべてはいるが、どことなくやけくそになっているようにも伺える。しかしそう思っているのはきっと先入観があるからなのだろう。

 しかしそんな私とは違い、極道という先入観も手伝ってか皆の表情は強張っている。

まるで信じられないとでもいうような、恐ろしい物でも見てしまったかのような、敵を、見つめる目のような…… 様々な視線に晒されて尚、彼は不敵な笑みを崩さない。

 

「なぁ、九頭龍…… とりあえず少し落ち着いたらどうだ?」

「気安くオレの名前を呼んでんじゃねーぞ! オレはなぁ、テメーらなんぞとは、違う世界の人間なんだ…… 殺るか殺られるか…… 元からそういう世界に生きてる人間なんだよ。へっ、最初の〝 みんなで仲良く 〟なんてルールより、今の方がよっぽどわかりやすいぜ!」

 

 日向クンが興奮気味の彼に話しかけるが、彼にはそれすらも耳障りに聞こえたのだろう。今まではまったく気にしていなかったというのに、苗字を呼ぶことすら否定しに入る。

 しかし、彼のその言葉はどこか自分に言い聞かせているようでもあり…… 壁を作っているように私は感じた。極道の自身が仲間であることに違和感や抵抗感を感じているのだろうか。

 

「いい加減にしないと、本気で怒るよ!」

「テメー、俺をガキ扱いしてんじゃねーぞ!」

 

 怯えを振り払うように首を振った小泉さんが怒鳴るが、九頭龍クンは別のところに怒っている。その癇癪を起したような態度と、動かない十神クンに少し苛立ちを覚えて私は吐き捨てるように口を開いた。

 

「小泉さんはそういう意味で言ったんじゃないよ、自意識過剰なんじゃない?」

「ああ゙っ!?」

「もう、やめよう…… そんな言い争いは不毛だ」

 

 ますます怒って声を荒げる九頭龍クンの腕をそっと押えるように手を添え、辺古山さんが静かに言った。しかし、啖呵を切ることに夢中になっている九頭龍クンは止まらない。優しいその腕をも振り払い、彼女が少し傷ついたような表情をしたのも、当然気づくことはない。

 

「うっせーんだよ! こんな仲良しごっこに付き合ってられっか! おい、殺されて―ヤツは前へ出ろ…… オレがこの場で殺ってやるぜ」

「おもしれ―じゃねーか、是非ともやってもらいてーもんだな!」

 

 これには私も限界が来た。キレている終里さんの言葉に同意する。

 辺古山さんが傷ついているのもなんだか気に入らない。眉を下げたその困った微笑みが私の大好きな人の、寂しそうな笑顔と被ってしようがない。

 ああ、くそ。誰が傷つこうと関係ないけれど、なんでだろう…… 辺古山さんには傷ついてほしくない。あの九頭龍クンと辺古山さんの関係を知っているからか、どうしても自分たちと被って見える。調子が狂ってしようがない。

 

「やれるならやってみなよ…… 絶対勝てない学級裁判になるだけだよ。どんな恐ろしい処刑をされるのか、見ものだね?」

「そ、そんな簡単に挑発に乗ってどうすんだよっ!」

 

 怒りと勢い任せに出た言葉はますます辺古山さんを傷つけてしまった。

 こちらを睨むように動かされたその視線と、日向クンの言葉で一気に頭が冷やされて私は押し黙った。

 ああ、怒らないでよ、お願いだから。

 睨む赤くて少し鋭い目が彼女と被る。ああ、ああ…… 敵意を向けないで。まるでメイに嫌われたみたいでそれは嫌だ。 嫌わないで、軽蔑しないで、憎まないで。

 本当、なんて面倒くさい女なんだ私は。こんな気持ち、辺古山さんにもメイにも失礼なのに。

 

「そこまでだ。おい、狛枝言い過ぎだ」

「…… ごめん。冷静にって言ってた私が一番冷静になりきれなかったね…… でもさ、死にたくないならそんなこと簡単に言っちゃいけないと思うよ。ここじゃあ、自分の身一つしかないんだからさ」

 

 私はとうとう彼女の瞳を見られなくなって視線を落とし、呟いた。

 九頭龍クンは自分の後ろ盾に頼るのが嫌いだろうから直接的には言えないが、ここでは極道だろうが王女だろうが立場は同じだ。大きな力に頼れない以上、身一つではできることが限られる。幾ら慣れていたとしてもその慣れは後ろ盾があったからこそなのだ。この場では皆等しく〝 外 〟への人質にすぎない。

 ―― 殺人鬼であれば身一つでもどうとでもできるわけだが。

「九頭龍よ、お前の考え方は分かった。俺はその考え方自体を否定するつもりはない。かつて、俺にもそういう時期があったな」

 

 口論を止めた十神クンは、どこか懐かしむように宙を見つめて話し始めた。

 

「…… テメーまでガキ扱いするつもりか?」

 

 九頭龍クンのその言葉からは、十神はそんな愚かなことは言わないはずだという確かな信頼が感じられた。

 ああ、やっぱり彼はリーダーとしては最高だ。反発する九頭龍クンまでも無意識のうちに彼を信頼している。

 九頭龍クンの言葉が終わると同時に十神クンは諭すような口調で優しく言葉を続けた。初日の威圧感も、リーダーとなった今はどこか遠くへと行ってしまったかのようだ。確かに彼は十神クンだというのに、尊大な一面は(なり)を潜めている。

 

「だが、無暗に殺してどうなる? 逃げ延びなければ、お前も処刑されるんだぞ? それともそれが望みか? だとしたら…… この苦境から逃げるだけの遠回りな自殺だな。それこそ本当のガキだ」

「なっ、なんだとッ!」

 

 説得のために本人のコンプレックスも上手く利用している。

 これでまだなにか言うようなら自分自身でガキだと認めるようなものだ。

 

「いいか、この島にいる限りは誰も死なせんぞ! 一切の犠牲者はこの俺が許さん! それは九頭龍…… お前も同じだ。俺はお前を死なせん!」

「な、なんだそりゃ、キレイごとばっか言いやがって!」

 

 困惑気味ではあるが、先程までの怒りはもうどこにもない。

 いつのまにか消えた興奮と怒りに本人さえも気が付いていないとは、流石だ。

 十神くんは順々に皆を見渡して行ってからこちらを見、そして九頭龍クンに視線を戻した。強い意志を感じさせる瞳だ。

 なんだか見ていられなくて、私はすぐさま合ったその視線から逃れてしまった。

 見透かされた気がした。とっくに諦めてしまった私には真似できない、その強い意志に悔しさを感じた。それと同時に小さな憧れを抱いた。

 

「誰も…… 死なせない…… か」

 

 私が欲しがって、でもできなくて、諦めてしまったことを彼はやろうとする。

 挫折を知らないから、だからきっと、失敗を恐れていないのだ。そう、自分に言い聞かせて息を飲み込む。潤んだ瞳を、眠そうに軽く欠伸をして誤魔化した。

 

「確かに、一般人が言ったら、ただのキレイごとだろうな…… だが、俺は十神白夜だ。そのキレイごとを可能にする選ばれし男だ」

 

 そう、宣言した。

 

「案外、言うじゃない……」

 

 感心したように小泉さんが言う。

 

「十神さんがリーダーで良かったです。わたくしでは、〝 誰も死なせない 〟だなんて言えなかったでしょうから…… 見習わなければなりませんね」

「ソ、ソニアさん? あんなにゴーインにならなくてもいいんですよ?」

 

 力不足に嘆く王女様に、始め強引にことを進めていた十神を見習わないでくれと言いたげな左右田クン。

 

「くぴー! シビれるくらいカッコイイっす!」

「ンフフ、同感ですね!」

 

 両腕で体を抱きしめながら澪田さんが絶賛し、いつものように笑った花村クンが同意する。

 

「おう、燃えてきたぜ! 守るんなら任せろ!」

「チームメイトを守るんのもマネージャーの務めじゃ、ワシも尽力しよう」

 

 拳と拳をぶつけながら大声を出す終里さんに、静かに頷いて腕を組んだ弐大クン。うん、心強いね。

 

「ま、まもる…… ? 私も…… ? あ、い、いや、そんなことないですよねぇ。ごめんなさぁい、早とちりしましたぁ! ひうぅ……」

「ゲロブタは黙ってろよ!」

「勿論、罪木さんもその中に入ってると思うよ。全員って言ってたでしょ? あと西園寺さんはもう少し柔らかく……」

「うるさい! 狛枝おねぇってホントに八方美人だよねー? 恥ずかしくないわけ?」

 

 うぐ、これは結構グサっと来たぞ。止まっていた潤みが再発しそうだ。でも、負けちゃダメだ。これで怯んでたら皆からの冷たい視線にポーカーフェイスで対応できる自信がなくなる。冷静に冷静に……

 

「八方美人なのは自覚してるけどね…… ま、いいじゃない別に」

 

 今日は精神的に色々キてるからもういっそ泣きたいよ……

 

「へッ、オメーらが何て言おうと……オレはオレの好きにやらせてもらうからな」

 

 わいわいがやがやと賑やかになる皆の言葉に虚勢を張った九頭龍クンが吐き捨てるように言ったが、威勢は先程よりもなくなっている。

 

「勝手にするがいいさ。だが、さっきの俺の言葉だけは覚えておけよ〝 決して犠牲者は出させない 〟それは、俺が俺自身に課した義務だ」

「チッ!」

 

 少ない言葉で九頭龍クンを鎮静化した十神クンを見ると、また目が合った。

 「大丈夫だったろう」 と訴えかけて来るそのアイコンタクトに苦笑いを返して手を振る。一応感謝のつもりで振った手だったが、ちゃんと意味は伝わっただろうか。フンと満足げに声を漏らした彼の反応を見るに、恐らく大丈夫だろう。

 

「あのう……」

 

 不意に、声がした。

 

「うわっ!」

 

 バッと振り向いた日向クンが声をあげ、一斉に声のした方を見た全員の視線が一ヵ所に集まった。

 そこには、白いシャツに赤いネクタイ。青いスーツのジャケットだけ着たモノクマが頭を掻く仕草をしながら、酷く居心地悪そうに立っていた。

 

「なんか揉めてるみたいだったから…… いつ出ればいいのかわかんなくなっちゃって、中途半端な感じで出て来てしまいました!」

「…… ねぇねぇ、その恰好って?」

 

 吹っ切れたようにいつもの無駄に高いテンションに戻ったモノクマに、マジマジとその珍妙なスタイルを眺めてから七海さんが言った。

 

「あぁ、さっきの放送でも言ったでしょ? レクリエーションタイムのための衣装だよ」

「では、まさか」

「はい! 南国の島っぽく漫才を!」

 

 南国の島っぽいとは一体…… さっきまでのいい空気がモノクマのせいで台無しにされた気がするな。これは確信犯だろう。

 

「どこが南国っぽいんですかぁ!」

「ですが、漫才というのはお一人でもできるものなのですか?」

「もちろん無理なので、相方を用意してきました」

 

 罪木さんのごもっともなツッコミが入るがモノクマは我関せずだ。

 ソニアさんはどこか質問がズレているような気もするが、まあ一人では漫才とは言えないよね。

 

「ほわわっ! なんでちゅか、これ?」

 

 モノクマが手を指した方向に現れたモノミが困惑の声をあげた。

 涙目になったモノミは白いフリルで埋まったドレスと、左胸にバラの意匠を施したコサージュを小さな手で確認して驚いている。

 モノミ可愛いなぁ、意外といいセンスをしている。でもそれは口には出さない。モノクマが調子に乗ったら困るからね。

「まあ、そうだろうとは思っていたが……」

 

 呆れたようにひとつ、弐大クンが溜息を吐いた。

 

「それじゃあ、さっそく!〝 大笑いモノクマ漫才ライブ 〟を始めるよー!」

「えっ? 聞いてないよー! まさかのぶっつけでちゅかー!?」

 

 慌てるモノミがなんとも可愛らしい。もうそれだけで笑えるから漫才なんてやる必要ないんじゃないかな?

 

「…… やれやれ、だぜ」

 

 それをずっと眺めていた田中クンが大袈裟に手を広げて言った。その動作一つ一つは舞台の演技のように大袈裟だというのに彼がやると違和感がないのは、きっと何度も何度も、それこそ自然にその動作が出るくらいその表現を使っているのだろう。筋金入りの厨二病っぷりだ。

 

「まったく、緊張感もなにもないね」

「くだらないわね、ホント」

 

 〝 monoTV 〟と書かれた白と赤の、記者会見でありがちなデザインの背景に、これまた紅白の提灯が頭上にぶら下がっている。そんな即興の舞台の上で、一つのマイクを真ん中にしてモノクマとモノミが立った。

 

 

 

 

 




長くなったので1、2に分けました。
丁度良い区切りどきがなく、2の方は普段よりも少し短くなってしまいましたが、誕生日小説も書いていたということでここは1つお願い致します。

・ダツ
 光に向かって一直線に突き進む魚。夜など、光が目立つ時間帯にダイバーへ突っ込み、その尖った部分が刺さって大怪我をする事例が絶えない危険な魚。ゴーグルも突っ込まれると割れる。危ない。

・罪
 ゆめにっき関係の人たちは誰もがなにかしら罪を犯していたり、巻き込まれているイメージがありますね。そんな夢を見るってことは病んでるってことですから。
 まあ、そんな皆が好きなんですけどね!基本、にっきキャラの独自解釈は私の趣味が入り混じってます。
 ちなみに、1、2キャラで特に好きなキャラをあげるのであれば腐川冬子(ジェノ)と狛枝凪斗です。ぶっとんだキャラが好きなのです。罪木さん好きになった理由が裁判の台詞というくらいなので……

・確信犯
 本日は誤用の方でお送りしております

・「おう、燃えてきたぜ! 守るんなら任せろ!」
 終里さんは兄弟姉妹も多いし、そういう責任感は強そうですよね。本編では影が薄くなりがちでしたが、お化け苦手だったり、結構キャラは濃い。良くも悪くも純粋というイメージです。

・言葉のない意思疎通
 あれ、自然にやってるけど、それって結構上級テクニックじゃない?

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