錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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No.14『失楽園』ー謎ー

「つ、いた……」

「ちょっとナギちゃん大丈夫?」

 

 お約束のようにまたビリである。

 最後の方に残っていた小泉さんも一緒に走り彼女も疲れているようだが、先に着いていた澪田さんや終里さんが元気に跳ねたりしているせいで余計もやしな感じが否めない。

 両手を膝に当て、下を向きながらぜいぜいと息を吐いていると、上から小泉さんの心配気な声が降って来る。

 それに私は 「大丈夫だよ」 と返して大きく深呼吸をし、息を整えた。

 

「どいつもこいつも痩せている割に遅いぞ」

 

 ダメ押しが来たが、私はめげないぞ。

 十神クンの足の速さと見た目のギャップからソニアさんや左右田クンが弾んだ息を整えながら声を漏らしている。少なからず、ホテルからのマラソンがきつかった人物もいるようなのでほっとする。

 

「これが、お前たちに見せたかったものだ」

 

 そう言って彼が指さしたものは、とても奇妙で、機械的な物だった。

 

 

 タイマー アト21ニチ 03:42 11

 

 

 そこにはモノクマの黒い部分だけを丸くボールにしたようなオブジェが、銅像の立っていた場所に建てられていた。

 歯車が下で回り、ボールの中心には意味深な数字の羅列。数字は刻一刻と減って行っているので制限時間のようなものにも思える。

 

「時計みたいだけど…… でも違うよな? カウントダウンしてるみたいだ」

 

 日向クンがタイマーのようなものを見上げて数字を確認したようだ。

 そこで、息を整えていた小泉さんや罪木さん等がタイマーに気が付いた。

 

「こ、これって前に来た時もあったっけ?」

「ななな、なんですかぁ!?」

 

 混乱し始める数人と、 「否ッ、見んかったはずだぁ!」 と冷静に状況分析をする弐大クンのような人物もいる。その様子を見た十神が口を開いた。

 

「今朝、改めて島の中を見回っているときに見つけたんだ。いつの間に設置されたのかは…… 不明だな」

 

 昨夜のことは言わないのか。まあ、私が目的地に行くだけでバテているところを何度も見られているし、昨夜のうちに私が用意するのも到底無理な話だと分かっているだろう。

 一度こちらをチラリと見た彼はそのまま視線を逸らし、タイマーへと目を向けた。

 

「あのモノクマが設置した物のようだが…… このカウントダウンは何を意味しているのだ?」

「うーん…… 心当たりすらないっすねー」

「モノクマが設置したってのは、デザインからして分かりやすいよね!」

 

 辺古山さんはタイマーの傍に歩み寄り、澪田さんは手で頭を抱えながら一生懸命頭をひねっているようだがすぐに諦めたようだ。

 私も、あまりにモノクマらしいそのデザインをじっくりと見ながら隣にいた小泉さんに笑いかける。彼女は引きつった笑みを浮かべながら 「確かに、そうだね……」 と返事をしてくれた。

 

「ンフフ、まーた訳の分からない物が出て来たみたいだね…… でも、ぼくには関係ないかな。だって何も信じてないからね」

 

 タイマーを一向に見ようとしない花村クンが指をつんつんと合わせながら下を向いている。

 他の皆も、あの日向クンでさえも、起きてしまった出来事に関してはゆっくりと飲み下しているというのに彼はまだ認めるつもりはないようだ。分かりやすい現実逃避。だからこそ、余計に人間らしい一面が見られて私は嬉しい。

 ほら、超高校級の皆って画面の向こうのヒーローヒロインってイメージがあるからね、こうやって人間らしく怯えている様子を見るとなんだか安心するんだ。ああ、彼らも人間なんだな。私と同じ、死や恐怖に怯える人間なんだって思えるから。アニメや漫画の中の超人なんかじゃない。私なんかと同じ人…… だからこそ、人は恐怖によって、死から竦んで動けなくなってしまう。それは犬も猫も同じ。道路に飛び出した猫が、急激な恐怖に硬直して轢かれてしまうのと同じ現象。

 

 硬直から立ち直った人間たちの集団の中に、立ち直れない人間が一人。

 

 危うい。危ういね。うん、すごく危うい。

 冷静になるということは現状を受け入れるということだ。

 十神クンも、それにはきっと気づいている。さて、彼は花村クンを導けるのかな?

 

「もしや、爆弾ではあるまいな?」

「ばっ、爆弾んんんッ!?」

「島を爆破するのが目的ならすぐにやるはずだ。わざわざカウントダウンする意味がないだろう。常に最悪の状況を考えるのもいいが、これがはったりであるという可能性も視野に入れたほうがいいだろうな」

 

 弐大クンと左右田クンが爆弾である可能性に大声をあげるが、十神クンがその可能性を否定する。

花村クン越しに合った目線を逸らし、私は目を伏せた。

 

「だったら、なにをカウントダウンしてるんですかねぇ?」

「意味なんてなかったりして」

「さ、さすがにそれはないんじゃないかな?」

 

 罪木さんの言葉にわりと真剣に答えたのだが、小泉さんの呆れ声と一緒に周囲から否定の声があがる。

 ま、そうだよね。

 

「…… 謎だな」

「…… 謎でちゅね!」

 

 間…… そして、すぐ彼女に気が付いたソニアさんが、幽霊でも見たかのように悲鳴をあげた。

 

「きゃあっ!」

「きゃああああ!」

「も、モノミっ!?」

 

 ソニアさんの悲鳴に釣られてか、同じく悲鳴をあげた彼女に小泉さんが悲鳴にも似た声をあげる。

 すると、その反応と悲鳴でモノミに気づいた皆の間に波紋が広がるように次々と驚きの声があがる。

 当たり前だ。モノミはモノクマとモノケモノの手によって無惨にハチの巣になってしまったはずなのだから。

 

「ど、どうしてアンタがここにいるのっ!?」

「パトロールしてたらみんなの話が聞こえたので、寄ってみたんでちゅけど……」

 

 小泉さんの捲し立てるような質問に、相変わらずズレた答えを述べるモノミ。

 それに少なからず安心した私は、コテージに置いてきた穴だらけのリボンを思う。生きているのならば、いや、動いているのならばあれは遺品でなくなり、ただの悪趣味な拾い物になるわけだが…… 彼女に返してもどうしようもないだろうし、そのままにしておくことにした。

 

「そうじゃなくって…… モノクマに殺されたはずじゃないっすか? なんでいるんすか!」

「あー、それでビックリしちゃってるんでちゅか? 心配しなくても大丈夫でちゅよ! あちしは死にまちぇん!」

「そうか…… 貴様は黄泉の国より蘇りし不死のモノか…… ハッ、俺様に狩られ、飼い慣らされてみるかッ!?」

 

 田中クンの言葉はつまりモノミの生態が気になるからペットになってってことかな。彼女、生き物じゃないけど彼にとっては許容範囲なのだろうか。

 

「モノミって機械仕掛けのヌイグルミなんでしょ? そもそも死ぬもなにもないんじゃない?」

「そういやそうか…… スペアがあればいいってだけだもんな」

「スペアって…… なんか嫌な感じ!」

 

 七海さんと左右田クンが納得の流れにしようとしていたが本人がそれに否を唱えている。スペア以外になんて言えばいいんだ。

 

「じゃあ…… 残機とか?」

「うーん……」

 

 七海さんの言った一言をモノミが吟味し始めたところで十神クンが彼女に話しかける。

 

「だが、いいタイミングで現れた。ちょうど話を訊きたかったところだ。おい、答えろ。このカウントダウンのタイマーにはどんな意味があるんだ?」

 

 モノミは現在ヌイグルミと言う点ではモノクマと同じだし、内部事情をなにかしら知っている可能性もあるだろう。しかし、逆にコロシアイを提唱してくるような輩の仲間が素直にそれに答えるだなんて思えない。十神クンも鵜呑みにするつもりはないのだろう。だが、それでも訊かないよりは訊いたほうが良い。

 答えを出すための間の式はいくらあっても困らないものだ。

 

「ほえ? カウントダウン? ほわわっ、これって! え、えっと、すみまちぇん。あちしにはちょっと分かりかねますね……」

「本当に知らぬのか?」

「ご、ごめんなちゃい。モノクマのすることまではちょっと把握してなくてでちゅね……」

「モノクマの妹なのに知らないんだー?」

「あちしはお兄ちゃんの妹なんかじゃありまちぇーん!」

 

驚き方や喋りが独特なせいか分かりづらいが、彼女は本当にさっきこれを知ったのだろうと思う。胡散臭げなモノクマに比べると彼女は純粋すぎる気がするのだ。辺古山さんと西園寺さんの言葉にも、本当に申し訳なさそうにしながら返事をしている。

その兄妹設定をどうするかはさておき、モノミがモノクマの仲間である可能性は薄くなっている。

 

「と、とにかく…… 一緒に頑張りまちょうね! あの下劣なモノクマを、この島から追い出しまちょうね!」

 

健気に彼女が言うが、モノミに質問をした張本人はそれを唾棄にした。

 

「カウントダウンについて知らないなら用はない。さっさと消えろ」

「えーっと…… 一緒に頑張って……」

「消えろ!」

「きゃあ! ごっ、ごめんなちゃーい!」

 

モノミもモノミで押しが弱すぎるというかなんというか、ここまでくるとなんだかいじめみたいだね。警戒する気持ちは分かるけれども。

 

「あの…… ちょっといじめすぎではないですか?なんだか可哀想になってきました」

「ソニアさん! ソニアさんと呼んでいいですか! いやっ、呼ばせて頂きますよ! あんなヤツに同情なんか必要ないですって。どうせモノクマとグルなんですから」

 

 去って行く哀愁漂う背中を見ながらソニアさんが悲しそうに呟き、左右田クンがそんなソニアさんの元に一気に詰め寄って熱弁している。そのときにさりげなく手を握ろうとしていたが、突然近くに来た彼に驚いたソニアさんが一歩下がり、それを避けた。

 最初の内は皆辛辣な部分がありながらもモノミの提案や遊びに付き合っていたが、それに比べると皆の態度はあまりにも変わり過ぎている。

 いきなりコロシアイだ処刑だと言われ、混乱の末に自衛をしているのだろうが、それにしたって空気が悪い。皆どこかピリピリとしていて、糸がピンと張りつめたような緊張感が漂っている。

 罪木さんが転んだり、思わぬことがあるとそれも緩むのだろうが、得体のしれない恐怖感が次々と与えられるのだからそれも仕方ないのかもしれない。

 

「ヌイグルミのことはいいからよ、それよりあの時計はなんなんだ?」

「不気味だろう? 誰がどうやってたった一晩であのオブジェを設置したんだろうな?」

 

 九頭龍クンと十神クンが話している。

 ジェバンニが一晩でやってくれましたって? いや、凄いけど素晴らしくはないね。違うか。

 

「うーん、想像もつかないな」

「つまり、リアリティーがない! それって致命的だよね!」

「だが、想像もつかないのはそれだけではない…… この島で起きていることは、俺達には想像もつかない謎だらけだ。たとえば、俺達16人はどうやってこの島に連れて来られたんだ?」

 

 日向クンが考えるような仕草をしながらタイマーを見上げた。

 確かにそうだ。花村クンの言う通りリアリティーがない。この島に来たときだって、動くウサギのヌイグルミが喋って杖を振り回したら、教室にいたはずなのに南国の砂浜にいたっていう非現実的な状況だったし…… うん、訳が分からないね。こんなこと、体験してなかったらカウンセリングを勧めるくらいだ。

 

「メンドクセーから考えないようにしてたけど…… 確かに謎だよな」

「謎はまだあるぞ。リゾート地として有名なはずのジャバウォック島が、どうして無人島になってしまった?この島には観光客はおろか島民さえもいない。そんなことが、本当に可能なのか?」

 

 一晩で有名リゾート地が無人島になんてなるはずがない。バイオハザードが起きたにしたって、不気味なほどに生活感の痕跡、カケラさえないというのはおかしい。様々な場所に存在する違和感を十神クンは警戒しているのだ。

 それはまるで、海に漂う豪華客船の中に物はあるのに人物のいないような…… そこにいた痕跡はないのに全てがお膳立てされた無人の民家のような…… そんな違和感。

 

「ダンジョンの道中に落ちてる道具くらいに違和感ばりばり…… だと思うよ」

「ゲームやる人にしか分からないんじゃないかな、それ」

 

 立ったまま船を漕いでいた七海さんがハッとした顔で言ったことに私が言及する。ゲームでは当たり前の定番なことだけれど現実にしてみると違和感があると言いたいのだろう。

 皆の長話が子守歌になっているようだ。日向クンの隣で今にも眠り込んでしまいそうになっている。

 

「お、おい七海起きろ!」

 

 それに気が付いた日向クンが慌てて七海さんの肩を揺する。ガックンガックンと揺れていた七海さんは 「うーん」 と唸ってから目を開いた。

 この短時間によだれを流すほど寝入ってしまうというのもなかなか凄いな。

 日向クンがポケットティッシュを七海さんに手渡し、仕方ないなとでもいうように微笑む。

 正直和んだ。警戒心のなかなかとれない日向クンのことだからもっと打ち解けるのにも時間がかかると思っていたが、杞憂だったようだ。

 皆を紹介した形になる私としても嬉しいことだね。仲良きことは美しきかな。

 

「あれだけリゾート地としては有名だったのに人がいないなんておかしいし、島民までいなくなるのはなおさらおかしいよね。近くの島に活火山があるらしいし、噴火して避難でもしたのかな? でも、それにしては綺麗すぎるというか……」

「か、火山っ!?」

「はあああ!? そんなのまであるのかよっ! も、もうおしまいだー! ソニアさーん、せめてもう少し一緒にいたかったー!」

 

 それぞれが疑問を口にし、たまに外野の関係ない話なども混じってくる。

 その中で十神クンの言外に示した議題に戻る各目で話を振ると、元気に花村クンと左右田クンが反応してくれた。でも結果的に話は戻らず、左右田クンなんかは火山と聴いて私をチラ見しながら絶叫している。

 

「ああ、火山噴火に襲われたことはないね…… なになに、左右田クンは熱いのがお好みなのかな?」

「うっせ、うーっせ!オメーの策略にはぜってー乗らないからな!」

 

 フラグかな?

 

「分かっているとは思うが自然災害の線はないぞ。街並みが整い過ぎているからな」

「おごる文明は没落する運命にある。無は有に…… そして有は無に……」

 

 おっと、見かねた十神クンが軌道修正に入ってくれたようだ。

 それを聴いて静観していた田中クンも意見を出す。

 

「滅びちゃった…… んですかぁ?」

 

 一拍置いて、その意味を理解した罪木さんが絞り出すように疑問を口にした。

 

「…… 文明と言うには果実とよく似ています。成熟したのち必ず腐敗してしまうのです。裕福になれば民業が凝り固まります。官僚主導となり、自然と老人の力が強くなっていき…… 結果、既得権益が力を持つ保守的な風潮に陥り、そして新しい改革の芽を潰してしまう…… 悲しい風潮です」

「盛者必衰の理、だね」

 

 それよりも、そんなに難しい日本語が使えるのに、どうしてアニメなんかの発想は古かったりズレてたりするんだろうか。ソニアさんの語学力は本当にすごいけれど、そこだけが気になるのだ。昔の名作アニメやドラマを見て語学の勉強をしていたのだろうか。いや、でもそうなるとお城でどんな教育の仕方をしているのだという疑問も湧いてくる。

 謎が謎を呼ぶんだね、今の状況と同じように。

 

「んー、難しいことはよく分かんないけど、なんか違う気がするんだよね……」

「ゆっくり滅んだにしては、リゾート地としても有名すぎるよね。衰退していたらもっと知名度が低いはずだよ」

 

 リゾート地がいきなり無人島になることなんて普通はないだろう。

 短い期間で滅んだにしても逆にニュースになって注目されるし、十神クンと私しか知らないというのは違和感がある。

 ネット界隈で騒がれている私の噂を知っている左右田クンも、ニュースになっていたらこの島のことを知っているだろう。

 左右田クンが知らないということはニュースにもなっていないということだ。

 

「単純にさ…… あのモノケモノを使って、島民を皆殺しにしちゃったとかじゃないのー?」

「そんで、無人島になったかぁ!?」

 

 飽きて公園内のアリの巣を襲撃している西園寺さんがそう言うと、話の流れに任せていた弐大クンが想像でもしてしまったのか、眉を顰めて拳を握りながら叫んだ。

 

「その可能性はあるかもしれんが…… 確かではない。結局のところ…… 謎は謎のままだ」

 

 虐殺があったなら痕跡がないとおかしいし、殆どその可能性はないと思うけどね。結局幾ら考えても答えは見つからないわけだ。

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎ! なんもかんも謎だらけじゃないっすかぁ!」

 

 頭の横を両手の指でグルグルと高速で回していた澪田さんがオーバーヒートを起こしたように前屈みに項垂れた。風船から空気が抜けていくようにテンションが下がって行っているのが分かる。

 と言っても、彼女のテンションは通常よりも高いのだから、こちらから見れば十分高いままなのだが。

 

「そうだな…どれもこれも謎だらけだ…… だが、これだけ壮大な謎が重なると、もはや並大抵の組織ではどうにもならないはずだ」

「な、なにが言いたいんだよ?」

 

 十神クンの考察を真剣に聴いている日向クンは、今にも夢の世界へ旅立ってしまいそうな七海さんを支えながら話の続きを促している。

 役得だね、羨ましい限りで。

 

「つまりだな、この件には間違いなくなんらかの巨大な組織が関係しているはずだということだ」

「巨大な組織、ですかぁ?」

 

 現実的に考えるならば、かなりの資源と制圧力がないと島一つを無人島にしたうえ、設備を均一に整えるだなんてことはできないだろう。

 

「モノミやモノクマや、モノケモノ。どれも相当の技術力を要する機械だったな」

「それに…… かなりの資金が必要だろうな。とても遊びで造れるレベルじゃねーよ」

「超高校級のメカニックであるキミがそう言うくらいなんだから、やっぱりあの機械ってすごいんだね」

「あったりめーだろォが! 材料も高いしプログラムもまともなのが必要だし動かすのにも技術がいるし、その辺のラジコンじゃねーんだぞ! あんなんじゃ視界も狭いし動かすのにも一苦労だっての!」

 

 さすがメカニック。

 プログラム系はやはり専門外のようだけれど、嫌いな私に熱弁してくれるほどには機械のことに詳しくて好きなようだ。

 

「あれ、会話してくれるんだ。嬉しいなぁ」

「っ…… うっせ! とにかく、並大抵の資金じゃァあのヌイグルミ一つ動かせねェってことだよ」

 

 熱が入っていると誰と話しているのかも気にしないのかな。気が付いた途端に物凄い勢いで視線逸らされたけど。

 

「おそらく、そのなんらかの組織は島の監視カメラを確認しながらあの機械を同時に操っているのだろうな」

「モノクマとモノミを操ってるのは一緒の組織なのかな? モノミの対応を見るに別々の組織が動いて対立してるようにも見えるけど」

「その可能性もあるにはあるが、あれが黒幕の茶番でないという証拠などどこにもないだろう…… 決め打つにはまだ早い」

「そうか、そうだよね……」

 

 両方の可能性も追っているのか、十神クンはすごいな。最初から知ってる私はともかく、疑うべき可能性は全部吟味しているところが凄いよ。きっと私はそんなにできないから。

 

「そいつらは、この島のどこかに潜んでいるのか?」

「いや、この島にいるとは考えにくい。どこか別の安全な場所でやっているはずだ」

 

 辺古山さんの言葉に十神クンが答える。

 なんだか質問責めのようになってしまっているが…… 十神クンは涼しい顔だ。

 

「それは、どこだ?」

「それは分からんが…… とにかく、この件の裏で巨大な組織が動いているのは間違いない」

 

 それを知っていたらなんでそんなことを知っているのかという話になるしね。知っている人がいるとしたら、それはその組織の人間に他ならない。

 

「ふーん、巨大な組織ねぇ…どんな連中なのか想像もつかねーや…」

 

 頭を文字どおり捻って考えている終里さんの言葉に、十神クンが顎に手を当てながら発言する。

 

「そうだな、たとえば…… 俺の十神財閥やソニアのノヴォセリック王国、それに九頭竜組…… それらに匹敵するくらいの組織だろうな」

 

 分かりやすい例えとして用意したのだろうが、その場にいる関係者にとってはドキリとする内容だ。

 しかし、その例えの中に自身の所属する組織の名前を真っ先に挙げている所は印象が良い。視野が広く、自分を棚にあげることなく多くの可能性を追う…… 普通の人にはできないことだろう。

 

「えっ!?」

「疑われんのは慣れっこだ。勝手にしやがれ……」

 

 だからか、名指しで例えられたソニアさんは驚いたように声をあげ、九頭龍クンは不貞腐れたように下を向いた。

 

 

「待て! オメーや九頭竜はともかく、ソニアさんを疑うのは承知しねーぞ! いいか、ソニアさんは金髪の王女様なんだ! 金髪の王女様なんだよ! オメーらみてーなパンピーとは一線を画してんだ!」

「はいはい、モブキャラは黙ってなって……」

 

 そういえば左右田クンっていつからソニアさんのことを好きになったんだろうか。前々から尊敬しているような節があったが、モノクマが登場してから持ち上げが更に増えた気がする。

 なにか切っ掛けでもあったのか、それとも一方的な片思いなのか…… この動向を観察して追ってみるのも面白いかもしれない。

 性格悪い? なんのことやら。

 

「モ、モブキャラって!? オレのことか!?」

「その服ってキャラが薄いから、外見だけは派手にしようと頑張ってるんでしょー? クスクスッ、モブキャラ業界も生き残るのに大変だねー」

「ト、トラウマだ! これトラウマになっちまうレベルだぞッ!」

 

 西園寺さんの言っていることって結構当たってるよね。理由はキャラが薄いからではないけれど、元々はあんな派手ではなかったと私は知っている。

 まあ、それを知っているのは余計な知識を持っているからだが…… それは、真面目で小心者な性格が格好と少し合っていないというところでも十分に予想がつくだろう。

 

「なぁ、十神…… さっきのは本気なのか? お前のトコとかソニアのトコが関係してるって…」

「…… たとえばの話をしただけだ。本当に怪しいと言っているわけではない」

 

 日向クンが恐る恐る訊くが、十神クンは安心させるように柔らかい口調でそう言った。

 

「もしそうなら十神クンもソニアさんも九頭竜クンも、なんで一緒に巻き込まれてるのかが分からないからね」

 

 私もそう言って彼のフォローをする。

 日向クンは十分納得したようなので別にいいだろうが、本当は組織の人間が内通者として紛れ込んでいるかもしれないという選択肢があるのだ。

 しかし、それを言えば悪い方向にばかり話が進んで肝心の話し合いが無駄に引き延ばされるだけになってしまう。

 こういう話は聴きながら自分で考えてくれないと困るのだ。

 

「だけど…… 巨大な組織ってのは確かなんだよな?」

 

 確かめるように日向クンが言った。

 

「そんな組織が存在するとしても…… なんのために私たちをこんな目に遭わせるのだ?」

「…… ところで、その話はいつまで続くのかな? もっと現実的な話をしないかい?」

 

 辺古山さんが話の発展にかかる。

 しかし未だ現実逃避をしている花村クンが、僅かに苛立った様子で議論に口を挟む。

 

「敵の目的に関しては不明だが、正体さえ掴めればそれもわかるはずだ。つまり、まずは敵の正体を探ることだ。そうすれば必ず打開策も見つけられるはずだ。幸い、電子生徒手帳によれば、この島を探索することは自由らしい…… いいか、どこかに必ず敵の手がかりがあるはずだ。のんびりしているヒマはないぞ。死に物狂いで探せ」

 

 円の中心にいる十神クンは、ビシィッと効果音がつきそうなほどにそれぞれを指差して演説している。

 自然に輪ができて、しかも中心に十神クンがいる…… なんだかんだ皆は彼がリーダーであることを認めているのだろう。

 外側から揺さぶられたくらいでは揺るがない…… そんな結束力を感じる。十神クンがいれば皆は精神的にも平穏が保たれるだろうね。

 

「おーし、やってやろうじゃねーか! で、なにを探せばいいんだ?」

「赤音ちゃん、話し聴いてなかったのかな? 敵の正体につながる手がかりを探すんだよ」

「…… とりあえず、怪しい人を探せばいいんじゃないかな?」

 

 気合い十分だけれど分かっていない終里さんに小泉さんが訂正を入れ、七海さんがアドバイスをした。七海さんは話が長引いているかが、まだ眠そうだ。

 

「怪しい奴ー? あーそこの…… なんだっけ。チビ、こっち来いよ」

「あぁ〝 ?」

「喜んでイクよー! さあ、その胸でこのぼくを受け止めてー!」

 

 終里さんは花村クンを見て言っていたので、彼のことだろう。怪しいと聴いて真っ先に花村クンとは、彼女のカンは鋭い。危ない人だというのもあるし、1番不安定な人であるというのもある。ただ、彼女は単純に挙動の理解できない人物を指したのかもしれないが。

 終里さんの胸に飛び込もうとした花村クンはその腕でホールドされて首を固定されているが心なしか嬉しそうである。というか鼻血が出ている。その顔どうにかしろ。

 どうでもいいが、〝 チビ 〟に反応しちゃったあたり気にしているのが丸わかりな九頭龍クンが可愛い。

 

「問題ない…… どれほど巨大な組織であろうと、俺様の前に立ちはだかることすらできないだろう…破壊神暗黒四天王によって、一切が灰燼と化す運命だからな!」

 

 田中クンのストールの中からタイミングよくハムスターたちが出てくる。ソニアさんはそれを見て嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「わぁ! ハムスターさんがストールの中から出て参りましたよ! うふふっ、かわいいハムスターさんですね!」

「かわいい…… ハムスターだと? …… あ、ありがとう……」

「そこは普通に嬉しいのね」

 

 田中クンが照れて口元をストールで覆い隠してしまった。

 分かりやすい照れ方に小泉さんが呆れ口調で言い、澪田さんも下がったテンションを巻き返すように動き出した。

 

「ギャップ萌えーってやつっすね? うっきゃー! 眼蛇夢ちゃんカアイイっすー!」

 

 照れる田中クンとハムスターの動きに夢中になり、距離が近くなったソニアさんの周りをぐるぐる回りながら、澪田さんがしきりに田中クンの顔色を確認している。

 

「あいつ…… ソニアさんと気軽に話しやがって…… 後で絶対シバいてやるからな……」

 

 ますます赤くなっていく田中クンに、側から見ている左右田クンがじとりと嫉妬の混じった視線を向けた。

 

 澪田さんも喜んでいるが、そこはいいのか。

 やはり左右田クンはソニアさん限定で嫉妬をしているのか。

 修羅場発生? コロシアイ起きちゃう? といつの間にか現れてワクワクしているモノクマは誰も気づいていないのでさておき、皆は話し合いに飽きてしまったのだろうか。あちらこちらで話が脱線している。

 

「皆、すごいな……」

「ん、どうしたの? 日向クン」

 

 眉をハの字に曲げて呟いた日向クンに訊く。

 大方、この緊急事態でも立ち直りの早い皆のことをさすが超高校級なのだとでも思っているのだろう。頼もしい十神クン。場を盛り上げる澪田さん。意見を言うことのできる数人。マイペースな面々。

 その揺るがなさに頼もしさでも感じているのだろう。そして自分に自信がないのだ。彼は記憶が抜け落ちているのだから。

 

「なんか…… 皆すごいよな。狛枝、お前は怖くないのか?」

「え? 怖いよ。怖い怖い。得体も知れないし、不気味だね」

 

 あまりに真剣な顔をしているものだから、安心させようとわざと軽い口調で言い、手をひらひらと振りながら笑う。

 

「マイナスなことばっかり考えてると事態もそっちの方向に向いちゃいそうだからね。皆も同じだよ。あんまり深く考えたくないんだ」

「…… そういうものなのか?」

「そういうものだよ。ねえ、日向クン。あんまり焦ると思い出せるものも思い出せないんじゃないかな? だからさ、モノクマには警戒しつつ皆といるときくらいは力を抜いていいと思うよ」

 

 心配する気持ちは分かるが、それでは疲れてしまうだろう。まだなにも起きていないのだから気楽に行こう。そういう気持ちで言ったのだが、分かってくれるだろうか。…… まあ、長丁場になればそのうち自然体になれるだろう。

 

「とにかく、これだけは言っておくぞ」

 

 あちこちで話が脱線し、皆の集中力が限界になっていることを察したのだろう十神クンが再び話し始めた。

 

「殺し合いなんてバカげたことを考えるヒマはない。その前に、自分がすべきことをしっかりとするんだ。観察し、推測し、認識し、理解しろ。それが無理でも…… とにかく体を動かすんだ。そして俺について来い。俺がオマエラ全員を日常に帰してやる。わかったな。これはリーダー命令だ」

 

 早口気味に紡がれるその言葉は早く話を終わらせてやろうという気遣いが見られた。

 一息に宣言された最後の文句には誰もが心を動かされたように目を瞬いた。彼について行けばどうにかなるかもしれない。彼の言葉には、そんな安心感が込められていた。

 

「うはっ、超カッコイイんですけどっ!」

 

 一瞬の間が開き、彼の言葉に対する第一声は澪田さんから放たれた。

 少女漫画にありがちな握りこぶしを口元に当てて大げさに驚いたポーズをとっている。マンガ調ならば、きっと彼女は白目を剥いていただろう。

 きゃっきゃとはしゃぎながら十神クンの伸ばした腕にぶら下がる。

 前に感じていた威圧感は何処へやら。澪田さんがぶら下がってもビクともしない彼の腕に、私は驚愕を禁じえない。

 

「伸ばした手がむちむちだねー? クスクス、〝 豚足ちゃん 〟ってあだ名がピッタリだよー」

「と、豚足ちゃん…… だと…… ? 」

 

 そのまま復唱しないでくれるかな。なんか、十神クンが自分で豚足ちゃんって言うと違和感が……

 

「フン…… この俺が、他人からそんな風に呼ばれる日が来るとはな…… おもしろい」

「あれ、怒らないんだな?」

 

 感慨深げに呟いた十神クンに、意外なものを見たというような表情をした日向クンが言葉をこぼす。

 

「その程度で怒るわけがないだろう…… 俺自身を見て、そして付けられた呼び名だ。そこには〝 ウソも偽りも 〟ない」

 

 十神クンはそう言った後に少し間を置き、呟くように続きを言った。

 

「あるいは…… それこそが俺の望んでいたモノかもな。こんな状況で気づくとは皮肉だが…… なぁに、気にするな。今のは独り言だ。」

「そ、そうか、わかったよ……」

 

 困惑の混ざった日向クンの声は、尻すぼみになって消えて行く。

 意味深な十神クンの発言にどう反応していいか分からなかったのだろう。

 

「じゃあ、十神クンの言う通り、今は余計なことは考えずにやれることをやるのが一番だね。島を探索して、なんでもいいから手がかりを見つけるんだ。そうして情報交換し合って、黒幕の思い通りにさせないようにするんだよ! 大丈夫、皆で立ち向かえばきっと生きて帰れるよ!」

「くっさ! セリフがくっさいんだよ!」

「え? あ、なんか、ゴメン西園寺さん……」

 

 そうして長引いていた話し合いが終わり、皆はそれぞれ気落ちすることもなくコテージへ戻って行く。

 カウントダウンやら謎は増えるばかりだが、誰も生きることを諦めていないように思う。うんうん、生存欲があるってとても素晴らしいことだよね。

 

 皆で立ち向かえれば必ず、みんな生き残って戦える。そう思うのは本心だ。団結、できたらの話だけど。

 その中で輪を乱すような人がいた場合…… ちょっとしたきっかけで殺人を企てるような人間がいた場合は、生存競争の邪魔となりえる。そういうのは早々に無力化する必要があるよね。

 いつ爆発するか怯えるより、安全に、被害が小さなタイミングで起爆してしまうほうがより良いのだ。

 でも、人が死んで恨まれるのは嫌だなぁ。人死にが出ないように、やれるだけのことはやろうかな。うん、やっぱりこの路線で行くしかないよね。

 

「あ、凪ちゃーん! ちょっといいかな」

 

 考えながら歩いているとどうも早歩きになっていたようで、公園に残っていた小泉さんが駆け寄って来た。

 私はそれに、一旦思考を打ち切って歩速を緩め、彼女が隣に並ぶのを待つ。

 

「ねえ、昨日言ってたことやるでしょ? 写真はバッチリだからすぐにでもとりかかれるわよ」

「うん、ありがとう…… 地図作りの協力よろしくね」

 

 そう言って私は、小泉さんとホテルのレストランに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …… もし、もしもそれでも犠牲が出たときは、馬鹿だねって笑って 「キミの分まで私が生きててあげるよ」 って言ってやろう。

 

 私さえ生き残れるなら、誰が死のうと知ったこっちゃないんだから。

 

 

 

 

 

 






・自然災害
 「ああ、火山噴火に襲われたことはないね…… 」
 「火山噴火には(・・)ね」
 爆炎を背後に高笑いの暗示かな(原作並感)

・左右田クン
 モノクマモノミが機械なのにメカニックの彼が疑われないのはおかしいと思うんだ。
 あのビビリな感じで黒幕だったら、ソニアさん黒幕コラと同じくらい納得しちゃいますよ。


次回から二回分は自由行動回となります。
自由行動1 小泉
自由行動2 ??


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