錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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 現本編とは関係なしの番外編です。
 無印~絶望少女に至るまでのどこか。


No.??『絶対絶望××』ー収集癖ー

 歩くことを止め、進むことを拒否し、前を向くことさえできなくなったモノクロームのあの子と、大人とエゴと、僅かな希望に裏切られた二つ結びの目隠しさんがいた証は小さな小さな写真の中にしかない。

 間違いなく私の理解者だった暖かい夕焼け色のあの子もそっと閉じられた写真の中に。

 諦めきった目をした母親と、狂ってしまった憎い父親は、生まれ落ちた際に分けられた私の血肉の中に。

 白兎のように走り去っていなくなってしまった白い毛並みのあの子と、私の代わりに轢き倒されたあの子の一部は大事に大事に編み込んでずっと共に。

 優しかった第二の両親。手に掴んだ小瓶の中には、染められた大きな石ころの、小さな欠片がカラカラカラリと音を鳴らす。

 

 私から離れていった大好きなあの子は今頃幸せだろうか。便りがないのが良い頼りであると思いたい。彼女だけは私から離れたのだから生きている。どこかで、きっと。

 1番1番大好きな人がこの世のどこかにいるという事実だけで私も幸せになれる。幸せなのだ。絶対に。

 欲を出してはいけない。私の中の呪いは最高で最悪で最低なタイミングを巧妙に見計らっているのだ。きっと私の大切な物はその最悪なタイミングで攫われていってしまう。

 今までがずっとそうだった。全て、全て奪われた。私のせいで。だから私は彼女に呪いをかけた。勝手に死なないように。私が生きている限り、目に見えなくとも彼女はこの世のどこかにいる。そう思えるだけで幸せだった。

 

 だけれど…… 最期に父に立ち向かった勇敢な怪物たち。

 名前のない怪物たち。彼らがこの世にいたという証はない。ない。ないのだ。どこにもない。全て焼け落ちてしまった。あのとき、あのときに。

 私は彼らがこの世にいたという証を持つことができない。それはなんて残酷なことだろうか。

 記憶という不変でないものの中にしか彼らは存在しない。

 強烈な血みどろの姿は思い出せるのに、怪物弟の顔が思い出せない。怪物妹の声が思い出せない。

 

 …… 最後に一押ししてくれた、怪物兄の言葉が思い出せない。

 

 なんて薄情なんだろう。なんて最低な奴なんだろう。記憶が不変でないことなど分かっているが、そう思わずにはいられない。

 いつか私は彼らの存在を忘れてしまうのではないか。僅かな時間しか経っていないというのに顔が思い出せない、声が思い出せない、言葉が思い出せない。

 

 忘れてしまうのが、私は怖い。

 

 私のせいで、私が関わって死んでいった皆を忘れてしまいたくない。忘れてしまうのがとてつもなく怖い。

 過去の犠牲を忘れてしまえば、いつか私はまた同じことを繰り返す。私はそれが怖い。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 だから思い出を、証を残して、形に残して側に置くのだ。

 形あるものは永遠だから。

 絆など、死んでしまったら一方的に断ち切られてしまうのだ。永遠なんて尊い物ではない。形ある物こそ永遠。壊れていても、形が崩れていても、そこにあればこそ安心する。

 

 生きるために必要な精神安定剤。それが形ある思い出。

 生きている人から貰った新しいものも大切だけれど、思い出が側にある方がより安心できる。

 真新しいヘッドフォンはラックに掛け、ベッドの上で膝を抱えたまま私は思い出たちを抱き寄せる。壊れて何も聴こえないヘッドフォンを頭につけて、その上からパーカーのフードを深く被った。

 絶望に塗れた狭い部屋の中でたまにゲームをして、食べて、寝るだけの生活。

 

 〝 彼女 〟に提供された平穏。〝 彼女 〟の望み通りに受け取った生活。何もかもが揺らがぬ外に出ないだけの、普通の生活。

 ここには私の望む平穏がある。形ある物たちがそばに存在する。あの子が今もどこかで生きている。それだけで私は生きていける。

 たとえ変化のないツマラナイ日常でも愛おしい。

 生きることができるのなら〝 彼女 〟の望み通りに籠の鳥になってあげよう。排他的で、退廃的で、絶望的で、諦観さえ逃げ出すような箱庭。私だけの部屋。もうどこにも行かない、行けない。

みんなと一緒の部屋。わたしの部屋……

 

 そういえば〝 彼女 〟はテレビを見るといいことがあるって言ってたっけ。テレビ中継でなにが起こっているかなど、前の知識があるのだから知っている。だけれど、やっぱり少し気になった。

 そしてリモコンに手をかけ、ポチりとボタンを押す。

 

 始まった中継に、その光景に、その大勢の中にいる1人に、私は、目を奪われ、奪われ…… 全身から力が抜けていった。虚脱感と絶望感、それに疑問、確信、憎悪、殺意。

ごちゃまぜになった思考は確かに絶望していて、私は握っていたリモコンを思い切り叩きつけた。

 

 

 

 




 苗木と同じようで真逆。
 そんな存在の狛枝は、身近な人の死を引きずらないor引きずり過ぎて後ろ向きのどちらかですよね。原作の狛枝はふっきれた前者でしょうが、ここのさび枝は後者です。

 御察しの通り場所、状況だけは.flow本編です。
 そういえば.flowにはテレビってエフェクトがあるんですよね……

 ほのぼのを書きすぎて絶望成分が足りなくなったので、シリアスついでに遺品収集癖を掘り下げる短編を書こうと思ったら、とんでもないほど病んでるさび枝が出来上がっていました。


「おい、どういうことだ説明しろ苗木!」


追記 活動報告にてメインキャラの紹介と挿絵を投稿致しましたので、興味のある方はどうぞ。


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