錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 無能は万能、万能は無能 〟




※さすがに皆の水着イベント絵を再現することはできなかったので、つたない主人公の水着絵だけ載っています。上手いとは言えない絵なので苦手な方はご注意ください。



No.13『楽園』ー曇天ー

「ねー、ところでウサミちゃーん! さっき放送で言ってたプレゼントってなんすか?」

 

 日向クンが水を飲みながら必死に自分を落ち着かせている間に、気を取り直して澪田さんがウサミ先生に質問をする。その質問でハッとした皆は、そういえばそんなこともあったなと期待の見える目でウサミ先生を見つめた。

 

「あっ、そうだった!いやっ!もちろん忘れてないでちゅけど…… これでちゅよー! 慌てないでねー!ちゃんと全員分用意してあるから大丈夫でちゅよー!」

 

 ウサミ先生がどこからか取り出したのは彼女自身を縮尺したようなストラップだった。妙にリアルなデザインで、硬そうなのにウサミ先生が持っているお腹の部分が少しへこんでいる。あそこだけ柔らかいのだろうか。

 

「…… はぁ、なにかな? それ」

「えへへん! ウサミストラップでーちゅ! あのね、お腹押すと喋るんでちゅよ!」

 

 クローバー柄の財布と、ウサミメダルを手にしたときと似た、若干の呆れを含ませながらそう私が言うと

むにっとストラップのお腹を強く押して、子供が玩具を見せびらかすようにそれを掲げる。ストラップは機械音を通したような、くぐもったウサミ先生の声を再現した。

 

 

『あちしはウサミ…… 魔法少女ミラクル☆ウサミ。ちょっぴりスイートなミルキーッ娘でちゅ!』

 

 

「カワイイでしょ! らーぶ、らーぶでちょ!」

 

 そわそわと反応を待っている先生が可愛らしく感じるのは慣れて来た証かな。呆れはするけれど、憎めないって言うか…… ただ、まあ、最初から大したものは出てこないと確信していた私はそれだけだが、皆は期待していた分だけ裏切られ、一気に落胆している。

 

「くだらんな」

「あーあ、期待して損した」

「むしろ、期待した自分を恥じちゃうよ!」

 

 十神クン、澪田さん、花村クンと辛辣な評価が続き、トドメに七海さんが首を傾げてさらっと毒を吐く。

 

「そうかな? 意外とカワイイと思うけど。特に耳がウサギに似てるトコとか」

「まぁ、ウサミって言うくらいだから、ウサギでちゅよね!」

 

 だけれど、ウサミ先生は吐かれた毒に気が付かず、丁寧に訂正をしている。その天然っぷりと単純っぷりにくすりと笑う。可愛い。

 

 微妙な顔で一人一人ウサミ先生にストラップを渡され、そして皆で顔を合わせたかと思うと、何人かを除いてすぐさま幾つものストラップが砂浜に転がった。

 

「あ、ちょっとみんな、ダメだよ!」

「こ、狛枝さん…… !」

「ポイ捨て禁止だって言ってたでしょ。ちゃんとゴミ箱を探さないとね!」

 

 ウサミ先生がストラップを握ったまま叫ぶ私にうるうるとした目を向けたが、すぐにそれも落ち込んだ目に戻る。うん、ごめん。今はいじるほうが楽しいんだ。

 

「…… そうでちゅよ。ゴミで自然を汚しちゃダメでちゅ」

「ゴミって言っちゃってるじゃないっすか!」

 

 え、なんで皮肉言われた本人が肯定しちゃってるの? 私には分からない。

 そして、誰も拾おうとはしない砂浜のストラップを虚しくウサミ先生が回収し、少しだけテンションの下がった声で話を続ける。

 

「うう、せっかくもう一つプレゼントを用意したのに、そんなに悪い子だとあげたくなくなっちゃいまちゅ……」

「ん? まだ何かあるのか?」

 

 辺古山さんが彼女の言葉に疑問を向ける。

 しかし、ウサミ先生は先程のストラップのときとは違い、暢気に言葉を続ける。

 

「ま、ウサミストラップに比べたら、全然大した物じゃないんでちゅけど…… あのね、動機を用意したんでちゅ」

「ど、動機?」

 

 物騒な意味で使われる、普段は事件などでしか聞かないその言葉に日向クンが顔を青褪めさせる。嫌な想像をしたのか、手は固く握りしめられ、白くなっていく。

 その様子から、日向クンが再び恐怖に包まれていくのがよく分かった。

 

「そ、ミナサンが仲良くなるための動機でちゅ。せっかく南の島に来たんだし、それっぽいことをしたほうがいいかなーって」

「なんだ? お楽しみパーティでもやんのか?」

「ピンポーン!でちゅ」

 

 終里さんの暢気な推測に日向クンは驚いた顔をしたが、ウサミ先生の肯定にもっと驚愕しているように見える。 「動機」 という言葉は本来動くための切っ掛けのことだが、最近では事件などで犯人の動機がどうのこうのと、ドラマでもよくそう言った類に使われることも含め、動機と聴くと嫌なイメージしかないのだろう。困惑しているあたり、日向クンもそのイメージが強いのだろう。

 

「お祭りですか? では、お神輿ですかね? わぁ、素敵です!ジャパニーズ浴衣、着てみたいです!」

「ソニアさんの浴衣……」

 

 あの様子だと、ソニアさんは日本のお祭りに行ったことなさそうだね。身長も高くてスラッとしてるし、淡い色の浴衣が良く似合いそうだ。

 ジャパニーズ何とかって言う表現好きだね。あと左右田クンには同感したいところだけれど、もう少し小さな声で言ったほうがいいと思うよ。

 私は怖いからお祭り滅多に行かないけど、この女子皆で行けたらすごく楽しそうだよなぁ。

 

「ところで、ソニアさん…… ぼくの下半身が毒で腫れてしまっているので、お口で吸いだしてくれると非常に助かるのですが!」

 

 またか花村クン! させないぞ!

 

「ちょ、ちょっと! 花村クンってば!」

「花村オメーなに言ってやがる!」

「下半身ですね? 分かりました」

 

 ああもうっ、これだから純粋培養お姫様は! むやみに男の子の誘いに乗っちゃいけません!

 私を怖がってる暇があったら左右田クンも阻止してよ! 口だけじゃなくてさ!

 

「ソニアさんも分かっちゃダメだって!」

「ああ、恥じらうその感じもいいよね! 狛枝さーん! きみも混ざっぐぇ」

 

 お、思わずダイナの手帳で叩き落としちゃったけど、そんなに分厚くないし無事だよね? 花村クンしぶとそうだし大丈夫だよね?

 

「きーもいーよー! 砂浜で火傷こじらせて死んじゃえ!」

「くぴーっ!」

 

 ナイス西園寺さん! もっと言ってやってよ!

 ―― と、私たちのような一部が盛り上がっている間にも次々と皆から、お楽しみ会の内容が挙がっていく。

 日向クンは騒がしい面々に巻き込まれた私や、周りを交互に見ては困った表情をしている。そんな都合よく、ちゃんとした修学旅行のようなことができるのかと、疑問符がその頭の上に踊っている。

 

「分かったぁ! 南の島でお楽しみパーティって言ったら、やっぱ、バーベキューとかっすね!」

「あ、キャンプファイヤーもいいかもね」

 

 濁声を作って叫ぶ澪田さん。

 修学旅行に定番なその提案に花村クンが 「バーベキューなら任せてよ! たまにはそういう芋臭いのもいいもんね!」 と大賛成の声をあげた。

 その後に手を合わせながら楽しそうに提案するのは小泉さんだ。

 

「キャンプファイヤーはこの人数じゃ難しいんじゃないかな?」

 

 でもキャンプファイヤーには賛成できないかな。私がやりたくないだけだけどね。

 キャンプファイヤーは危険すぎる。私がいるなら尚更。今のこの状況が楽しくて、怖いことが起こってない幸運な状況だからこそだ。飛び火して大火事になっても知らないよ。

 建前的には実際問題、木を組み立てなければならないし、木を切るのはしおりで禁止されているし、木材があったとしてもちょっと実現は難しいだろうからね。

 

「みんなでツチノコ殺そうよー!」

「見つけるだけじゃ飽き足らねーってか!?」

 

 それ、まず見つけるところからはじめないとだめだよね?

 西園寺さんのテンションの高い提案に引いた顔をした左右田クンがツッコミを入れる。だからしおりで禁止されてるって…… あれ? 西園寺さんがカニを踏んづけてるのは規則違反じゃないのかな? 不思議だ。

 

「修学旅行とか林間学校と言ったら、やっぱり肝試しだよね!」

「却下だ!」

「肝試し!オカルトツアーですね!やってみたいです!」

「ソ、ソニアさーん?」

 

 私が提案してすぐ涙目で却下してきた左右田クンだが、それに被せるように賛成の声をあげたソニアさんによってショックを受けた顔になる。

 ドヤ顔をして左右田クンを見たら速攻で目を逸らされた。ちょっと寂しい。

 それにしてもソニアさんの趣味は幅広いね。オカルト関係が好きで、殺人鬼なんかも好きなんだっけ?ホラー映画とか。

 私もホラーとかパニック物は好きだよ、そういう場所を回避するのに参考になるから。

 誘拐されてから暫くミンチとか焼肉とか食べれなくなったけど、今はサメ映画を見ながら焼肉できるまで回復している。勿論白米ももう食べられる。でも朝はパン派だ。って、そんなのどうでもいいか。

 

「ミナサン、様々なご要望があるみたいでちゅけど、海と言ったらまずは…… ほーら! やっぱりこれでちゅよね!」

 

 と、そんなくだらないことを考えながらウサミ先生を見ると、ちょうどステッキが振られ、ピンク色の目に痛いエフェクトと共に彼女の前に赤と青の袋が現れた。かなり定番なスイミングバッグのようだ。

 

「スイミングバッグ、かな?」

「ピンポーン! らーぶ、らーぶ!」

「うおおお! ってことは!」

 

 私が声を漏らすと、それに反応したウサミ先生が片手を挙げて声をあげた。

 その、肯定の言葉に左右田クンが目を輝かせ、ギザ歯を見せながら期待に膨らんだ声をあげる。

 

「はいっ、ミナサンの水着を用意させて頂きまちた。とりあえずスクール水着だけど勘弁ね」

「スクール水着か…… まさか普通の水着はないの?」

 

 高校生でスクール水着か。露出が多いから、不運で転んだり色々ある私にとっては少し不安だ。いつもはスカート型だったりパレオ込みで足の怪我がないようにしているし、一緒にパーカーを羽織っているからちゃんとした水着も欲しいところだ。

 

「スクール水着でないちゃんとした水着でちたら、後でスーパーマーケットで購入できるようにしまちゅ。メダルはコテージに置いてあるので、入荷するまで待っててくだちゃいね!」

「今はこれしかないってことだね?」

「はい! そうでちゅよ!」

 

 左右田クンや花村クンがスクール水着しかない現状を把握すると、それぞれ女性陣を見ながら小さくガッツポーズしている。花村クンなんて全員を見渡しながらンフフと笑っているし、左右田クンの目線はソニアさんに向いている。

 無人島なのに入荷という言葉には、誰も反応しないようだ。

 

「お、泳げっていうのか? こんな状況で?」

「そんな上から目線の命令と違いまちゅよ。ただ、泳ぎたい人がいたらどうぞと思って……」

 

 日向クンはいくらなんでも疑い過ぎだよ。

 水着くらいでなにかあるとも思えないし、安全平穏な海だって分かってるから私もちょっとわくわくしている。

 

「お、泳げるわけないだろ! こんな訳の分からない状況の中で暢気に泳ぐヤツなんて……」

「いやっふうううううううううううっ!!」

 

 日向クンの言葉を遮るようにして、澪田さんがスイミングバッグを一つ手に取ってから走り去っていく。

 

「…… え?」

 

 目の前の状況に呆然としている日向クンを置いてけぼりに、スイミングバッグは次々と人の手に渡っていった。

 

「そうそうっ! こんなイベントが欲しかったんだよ! 天気もいいし、泳がねー手はねーもんな!」

 

 また一つスイミングバッグが減り、左右田クンがホテルへと向かう。

 

「ぼくは賛成だよ。ぼくの下半身も賛成だってさ!ほら、見てごらんよ!」

「下半身ですね! 分かりました!」

「ソニアさんは分かっちゃダメだってば!」

 

 花村クンとソニアさんの会話に割り込み、私も赤いスイミングバッグを手に取る。その後ろで日向クンは愕然としている。私まで賛成するとは思っていなかったのだろう。

 

「海に入るなんて初めてだなあ。ねぇウサミ先生、危険な生物もここにはいないんだよね?」

「いまちぇん! 断言しまちゅよ! ここは安全で平穏でらーぶ、らーぶな島でちゅから!」

 

 私だって楽しみにしているんだ。

 だって、初めて海に入るんだよ? 両親の前では体質の関係上無理だって言って、安全を確保してきていたけれど、ここではサメが出るなんてことはない。痺れクラゲに絡まれることもない。それはなんでもできるステッキを持った、ウサミ先生が保障してくれている。

 潮溜まりに痺れクラゲがいた不運なことも昔はあったが、ここではそんなことは起きない。病院送りになんてならない。ここは安全。私の才能に皆を巻き込むこともない。…… こんなに素晴らしいことって他にないよね! 今だったら叫べるよ、なんて希望に溢れた島なんだろうね!本当に嬉しいよ!ウサミ先生大好き!

 

「けど海で泳ぐのなんて何年振りだろー!」

「ぬぅおおおおおおっし! さっそく着替えるとするかのぉ!」

 

 小泉さん、弐大クンもその場から去った。

 もうこの場に残っているのはスイミングバッグを受け取らなかった西園寺さん、終里さん、十神クン、七海さん、九頭龍クン、そして日向クンと、まだ着替えに行かない私だけだ。

 

「ねぇ、日向クンはどうする?」

「……」

 

 日向クンはウサミ先生を睨みつけるようにして沈黙している。軽々と乗せられている皆に反感を覚えているようだが、今回は怒鳴り散らすこともなく、悔しそうな顔で黙っているだけだ。

 

「そっか。キミの気持ちも分からないでもないけどさ、楽しむときに楽しむのが一番だよ。無理にとは言わないけど…… でも、気が向いたら、日向クンも来てくれると嬉しいな」

 

 何とも言えない表情の日向クンにそう言い残して、私は走ってホテルに向かった。

 

 途中で息切れして飲み物を購入したが、皆に追いつけることはなかった。

 むしろ、ホテルの近くで先に行った弐大クンが砂浜に行くところに遭遇してしまったくらいだ。足が遅くて体力がないのは仕方ないとして、弐大クンも着替えるの早くない? 先に行った女性陣はまだ折り返して来てないよ?

 

 真っ青な顔になりながらホテルに着き、自分のコテージに入る。

 それからコテージのカーテンを閉め、キーを確認し、パーカーのポケットに入れる。スーパーから貰って来たカタログは木の机の上に置き、手帳も白い(ダイナの)手帳だけ残して、黒い(キティの)手帳と日記は空っぽの本棚に収める。机の上にはちゃんと10枚メダルがあったので、これで好みの家具を揃えればいいということなのだろう。30枚のメダルとチケットの入った財布を置き、かなり自由に家具が選べることを確認した。

 最初から40枚もメダルがあるだなんて幸運だよね。

 バッグはひとまずベッドの上に置き、ヘッドフォンをハンガーラックの上にかけ、パーカーを脱ぐ。パーカーは水着の上に着るのでとりあえずベッドの上だ。

 

「うそー、これがあるんだ」

 

 ハンガーラックにかかっていた向日葵の付いた麦わら帽子。見覚えがあるなと思ったら、これはうつろちゃんから貰った物だ。先に寮へ送っていたから諦めていたけれど、ウサミ先生も粋なことをするじゃないか。見直した。

よし、これも被って行こう。日差しもじんわりとした暑さだし、ちょうどいいだろう。

 

 浴室に入って水着に着替え、上からパーカーを着る。

 パーカーはかなり長いからパレオの代わりになる。砂浜で遊ぶにしても邪魔にはならないし、泳ぐときは脱げばいい。

 ポケットに白い(ダイナの)手帳と安全ピンで留めたロケットペンダントとホイッスルを入れ、麦わら帽子を被る。準備万端だ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ただでさえ遅れやすいのだから早く行かなければ。

 そして、私は部屋を出る。

 

「あれ?」

「あ、凪っちゃーん!」

 

 私が外に出ると、水着を着た女性陣が勢揃いしていた。

 

 罪木さんは少しサイズが合わなかったのか、小さめの水着を気にしてしきりに手を後ろへと向かわせている。おどおどとした目線が 「こんなものを見せてごめんなさい」 と今にも言いそうなほど潤んでいるのでウサミ先生の手違いだろうか。

 小泉さんは女性陣しかいないためか、恥ずかしがりもせずに惜しげなく水着姿をさらしている。明るい笑顔とわずかなそばかすがかえって可愛らしさを出していて、こちらに手を振っている。

 ソニアさんは金髪の王女様であるが故に普通の水着を着ている姿はなんだかミスマッチで、罪木さんとは別に身長的な理由からか水着がよりピッチリとしているように思う。髪飾りをしていないその金髪が腰でさらさらと揺れている。どんなシャンプーを使ったらあんな風にさらさらになるのだろう。今度訊いてみようか。

澪田さんは元気一杯に跳ねているものだから大きめの胸が揺れて、その…… 凄いことになっている。快活な彼女にはスクール水着もなかなか似合うのではないだろうか。

 辺古山さんも凛とした雰囲気にスクール水着は合っていないように感じるが、コテージに置いていかないのか、斜め掛けになった竹刀袋の紐が胸を強調していて凄まじい。普段もセーラー服の下から強調されているが、薄布一枚なので余計に強調されている。

 パーカーを上から着たのは間違いではなかったようだ。彼女たちに比べてしまえば私なんてゴミに等しい…… って、またネガティブになってしまうところだった。女の子たちが可愛すぎるのがいけないんだよね。

 

「罪木さんに小泉さん? ソニアさんと澪田さんに、辺古山さんも…… どうしたの?」

 

 思わず見惚れてしまったが、てっきり先に行っているものだと思っていた私は、それに吃驚して間の抜けた声を漏らしながら彼女たちに質問した。

 

「うはー! その麦わら帽子可愛いっすねー! みんなカアイイーし! 待ってた甲斐があったってもんすよ!」

「最初の提案は唯吹ちゃんだよ。アタシが着替え終わったときも唯吹ちゃんが待っててさ……」

「行くのならば皆の方が良いだろうと、待っていたのだ」

「皆さんで遊ぶのが楽しみでしたから、備長炭させてもらいました!」

「うゆぅ。そ、それは便乗じゃないでしょうかぁ…… ?」

 

 澪田さんのテンションが最高潮である。

 その後に、小泉さんと辺古山さんが詳しい経緯を説明してくれたので状況は分かりやすかった。

 皆一緒に行くのに待っていてくれたのだ。頬が熱くなり、口元が自然に緩む。こんなに嬉しいことはないよね、本当。こんなに幸運でいいのかな? 後で罰が当たったりしないかな? 皆にとっては当たり前のようなことだろうけれど、私にとっては、幸せ過ぎて泣きそうなくらいに嬉しい。

 ソニアさんのわざとかと思うくらいの言い間違えを罪木さんが控えめに指摘し、もじもじと彼女も嬉しそうにしている。そっか、罪木さんもこういうことに耐性がないのか。ちょっと同族意識が芽生えちゃいそうだよ。でもそんなの彼女には失礼だよね。彼女は環境が悪かっただけ、私は、私自身が悪かったんだし……

 

「いいの?」

 

 思わず、私がそう言うと、何を言っているんだとばかりに次々と声があがった。

 

「さっ! 凪っちゃんも行くっすよ!」

「はわわっ、一緒に遊べるなんて…… 幸せですよぉ!」

「わざわざ許可求めなくてもいいのに。だから待ってたんでしょ?」

「お友達と水遊び…… 素敵ですわ!」

「理由を求めるなど、野暮だろう」

 

 皆は私を泣かせたいのかな?

 麦わら帽子で一時的に照れた表情と、だらしなく緩んだ口元を隠す。まったく、こんなに幸せでいいのだろうか?

 

 お喋りをしながら移動した道中は、一人で走ったときよりも断然短く感じたし、息苦しくもなかった。同じ距離を走っているはずなのに、皆がいるだけで違うだなんて凄いな。

 辺古山さんには苦しくない走り方を教えてもらいながら走り、それぞれ修学旅行について楽しみである理由だとかを話しながら軽く走る。

 澪田さんは皆でケイオンをやりたいと語り、小泉さんは全員の記念写真を撮ると宣言し、ソニアさんは祖国愛と同時に、こうして日本に来て、学園に入れたことを喜んでいる。

 辺古山さんは私のバッグについていた編みぐるみの話題から、可愛い物好きであることが判明し、罪木さんはどもりつつも幸せそうに遊べることを喜んでいる。

 私もその中で、海に入るのは初めてで楽しみだとか、幸せすぎて泣いちゃうかもなんてことを言ってペンダントを握りしめる。小泉さんにロケットペンダントのことを訊かれたが、それは今度ということにしておいた。その方が遊ぶ理由づけになる。

 

 そしてピロリン、と電子生徒手帳が幸せの欠片を獲得したことを告げる。

 罪木さんは既に2つカケラをもらっていたので進展はなかったが、澪田さん、小泉さん、ソニアさん、辺古山さんのカケラが2つになったのもあり、女性陣と仲良くなったことで私は疲れが吹っ飛んで行くような気がした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「いやっほおーーーーーうっ!!」

 

 私たちが海に着くと、既に左右田クンが海に入って歓声をあげていた。

 

「わーい、わーい! 海ですよぉ!」

「うふふ、水がぬるくて心地良いですわね」

 

 海辺で小さめだったらしい水着を気にする罪木さんと足を水に浸しながら歩くソニアさんが笑いあっている。

 

「うはっ、しょっぺーっす! この海は手加減抜きにしょっぺーっす!」

「こういうのも…… いいものだな」

 

 さっそく海へと飛び込んで行った澪田さんはテンションをこれ以上ないくらいに上げて泳いでいる。先ほど話していたが、日焼け止めは事前に塗っておいたらしい。私も同様だが、皆肌のケアには余念がない。

 そして、きょろきょろと辺りを見回しながら辺古山さんが微笑んでいる。海に入らないと決めたらしい集団を見て顔を綻ばせているのは、バレていないと思っているのだろうか。

 日向クンは呆れたような顔で日陰に移動しており、他の者も大体日陰に入っている。西園寺さんだけは夢中になってカニを踏んづけているようだ。

 私はパーカーを靡かせながら海辺を歩き、水の中を覗き込む。透明度が高くて綺麗な海だ。暖かさも相まってちょうど良い水温となっているので、潜ることにも抵抗感はない。でも、今はやめておこう。また今度一人で泳ぎに来よう。プール以外では泳いだことがないので、ちょっと恥ずかしいのだ。そもそも、久しぶり過ぎて泳げるのかも怪しい。

 今は男性陣も見ていることだし、スクール水着だし、余計にね。

 

「おーい、スーパーから日焼け止め持って来たけど、塗って欲しい人はいるー?」

 

 そうやって、それぞれの方法で遊んでいると、遅めにやって来た花村クンが大きめの日焼け止めを持って現れた。早速コテージのメダルを使ったらしい。しかし、女性陣は見向きもせず、海に夢中になっている。残念、皆既に日焼け止めは塗ってるよ。

 

「応ッ! 気が利くのぉ! では、さっそく頼むとするぞぉ!」

「え? ムキムキの男にオイル塗れって? …… うんっ、オッケーだよ! ぼくって守備範囲が広いからね!」

 

 弐大クンが日焼け止めに反応し、小泉さんや遠目にだが西園寺さんがざまあみろとでも言いたげに花村を見ていたが、すごくうれしそうに答えた花村クンによってその瞳は驚愕に見開かれていた。

 小泉さんなんかは呆れてしまっているし、西園寺さんはゴミでも見るような目で花村クンを見ている。

 

「広すぎでしょ…… 一人で全部カバーしちゃってんじゃん」

 

 ただの女の子好きかと思ったら、博愛主義者だったみたいだね。

 

「ンフフ…… たっぷりヌルヌルと塗りたくってあげるね」

「な、なんじゃあ? この弩えれぇ殺気はっ!?」

 

 ねっとりとした声で言い放った花村クンに、弐大クンが身の危機感を感じたようだ。それにから笑いしてから、木陰で難しい顔をしている日向クンを盗み見る。

 まだ悩んでいるんだな。私が遊びに誘いに行くのもいいけれど、この格好で目の前まで行くのは恥ずかしい。

 学友と水着で遊んだことなんてないし、水着で遊ぶのなんて、知らない人しかいない市営プールくらいだったし…… 同性ならともかく、やっぱり恥ずかしいよね。

 

 そうして私が悩んでいるうちに、日向クンは吹っ切れたように首を振ると大声で何かを叫び、スイミングバッグを勢いよく掴む。

 どうやら遊ぶことにしたらしい。

 

「どうしたんですかぁ? 狛枝さん」

「ん? なんか日向クンも遊ぶのかなって、ほら」

 

 近くにいた罪木さんが砂に埋まりながら私に質問をしてきたので、私も視線を合わせるようにしゃがんで答える。

 

「ところで、なんで埋まってるの?」

「こうするとお友達に喜んでもらえるんですぅ」

「普通に水遊びしてもいいんだよ? 皆好き勝手してるみたいだし」

「うゆぅ…… ならどうしましょう…… 一人で遊ぶなんて…… 分からないですぅ……」

 

 お友達ねぇ…… 少なくとも、それは皆で遊んでるときにふざけてやることだし、今はそれぞれで遊んでるんだからやらなくてもいいと思うんだ。砂があったかくて気持ちよさそうなのは確かだけどね。

 

「おーい、みんなー! 俺を忘れてんじゃないだろうなー! おいおい、待ってくれってー! 俺も混ぜてくれよー! …… って、あれ?」

 

 

 笑顔の眩しい日向クンが意気揚々とこちらに走ってきたが、途中でその歩みが止まってしまう。

 それは、それぞれ遊んでいた私たちも一緒だ。皆戸惑いの声をあげ、空を見上げている。しかしそれも仕方ない。

 

 脅威的な速度で、今まで青かった空が灰色一色の曇天になってしまったのだから。

 

「あ、あわ…… あわわわ…… な、なんでちゅか! これぇえええええっ!?」

「はわわわっ! なんですかぁ!?」

 

 砂に埋まって空をずっと見ていた罪木さんには、その光景はよりいっそう不気味に映っただろう。それに加え、ウサミ先生の悲痛な声と、太陽を遮られたことで困惑した皆が一斉に空を見上げ、叫び声をあげていく。

 

「なんじゃあ、こりゃぁあああ!?」

「な、なにが起きてるってんだよォ!?」

「どういうことっすかぁ!? いきなり寒くなったすよぉ!」

「あれあれあれ? ど、どういうことなのかな、これは?」

 

 弐大クンが叫び、左右田クンが急いで砂浜に上がって来る。

 次いで澪田さんが水面から顔を出して吃驚の声をあげ、花村クンは完全に混乱したようで、頭を抱えてしまっている。

 

「み、皆海から上がって! 海が荒れたら危ないわよ!」

「…… 何が起こっているんだ?」

 

 冷静に判断したのは小泉さんと辺古山さんだ。素早く声をあげ、皆はその声に従って次々と海からあがってくる。

 皆は一番動揺しているウサミ先生になにかあるのかと思ったのか、遊びに来なかった面々の元へと走り寄っていく。

 そこでは尚もウサミ先生が混乱したように空を見上げていた。

 

「ど、どうして…… あちしは何もしてないのに…… こんなことが? ありえないでちゅ! こんなことあるはずないでちゅって!」

 

 そして、ウサミ先生の声に呼応したようなタイミングで、ヤシの木についたモニターに電源が入った。

 

「あー、あー! マイクチェック、マイクチェック! あー、あー! あー、あー! 聞こえますかー、聞えますかー?」

 

 モニターにはウサミ先生が使ったときのように鮮明ではなく、なにかのシルエットとノイズの強い砂嵐が覆っている。クマのぬいぐるみのように思えるそのシルエットからは、映像とは裏腹に鮮明な音声が伝わって来た。

 曇天になってしまったこの場にそぐわない、いっそ能天気なほどのその声…… ウサミと違い、幼さの欠片もない癖のある声が響く。

 能天気さがかえって人の恐怖を狩り立てるようなその声は、くぐもった笑い声をあげてから一方的にこう告げた。

 

「うぷぷ、こいちゃった? ビックラこいちゃった? …… ですよねー! さて、大変長らくお待たせいたしました。くだらない余興はこれぐらいにして…… そろそろ、真打のご登場でございますよ! オマエラ、ジャバウォック公園にお集りくださーい!」

 

 また移動するの!? しかもホテルに戻って着替えてから更に公園まで行かないといけないなんて、絶望的だよ。

 

「ま、まさか今の声って! あちしがなんとかしないとっ!!」

「あっ、おいっ! 待てよ!」

 

 そう言って、日向クンが引き留めるよりも早く、ウサミ先生もその場から消えてしまった。

 

「ジャバウォック公園か……」

 

 それだけを把握してすぐさま私は駆け出した。

 こんなときにまで遅れたくはないのだ。決断するのは早いほうが良い。

 そして、困惑の声と皆の意見を背に、私はホテルに向かって走った。

 

 嫌な予感と、確かな絶望を胸に秘めて……

 

 




・体力のないさび枝
 着替えの時間を考慮して愛すべきマスコットの演説と、ウサミの台詞を今後一部カットします。
 アイツ登場シーンになぜかみんながいるような描写がされていましたが、その後駆け込んできたような台詞が次々と続いた箇所があるので、そのとき皆がやっと来たということになりますのでご了承くださいませ。

・原作会話
 今回からちょくちょくオリジナル会話も混ぜて増量してみています。

・さび枝のスク水
 誰得ですが…… 胸囲83㎝のはずなのに小さく見える? 実力不足です申し訳ありません。
 あ、あと今回一番楽しかったのは女子勢の出番が増えた所ですね。水着の描写はあからさまにならない程度に気合を入れました。長くないのはさび枝が女だからですね。目のやりどころに困るので。 (じっくり見てないとは言ってない)
 一緒に砂浜へ行ってますがそれぞれわりと自由に遊んでます。昔の罪木さんは砂に埋められて放置されてたりしそう。



・希望のカケラ進行状況
 
日向  2/6
小泉  2/6
罪木  2/6
澪田  2/6
ソニア 2/6
辺古山 2/6
七海  1/6 
田中  1/6 
九頭竜 1/6
左右田 1/6 
十神  1/6
西園寺 1/6
花村  1/6 
弐大  1/6
終里  1/6


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