錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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jabberwocky Island(ちんぷんかんぷんな島)


No.13『楽園』ー中央島ー

 

 私達は長い時間をかけ、再び別の島へと繋がる橋の前に来ていた。

 

 車が二台通れそうなほど大きな木製の橋は、海を挟んだ小さな島への道筋を繋いでいる。

 なぜこんなにも大きな橋なのか気になるが、腐食もしておらず、新しくできたかのようにピカピカな橋なので、渡る途中で海に真っ逆さまなんてことはないだろう。大きな幸運が来た後などの、よっぽどの不運がなければ私だって堂々とこの橋を渡ることができると予想できる。

 

「このはしわたるべからず……」

「いきなりなんだ、そんな看板どこにもないぞ?」

 

 一休さんを思い出してか、日向クンが疑問気な表情でこちらを見る。それに私は海の方を見やりながら答えを返した。

 

「いや、こんな大きな橋だけどさすがに端っこを歩いたら海に落ちそうで危ないよねってことだよ。南国だし、危険な魚なんかがいたら怖いでしょ」

 

 橋の欄干が思ったよりも低く、間隔も広いので滑り落ちることもあるだろう。

 

「それを言うなら、この先が安全なのかも分からないだろ」

 

 ごもっともである。知らない場所なのだからなにがあるかも分からない。だが、それを調べるために先に進まなければならない。とんだ矛盾もあったもんだな。

 

「それもそうだね。手帳を見る限り、この先に最後の1人がいるみたいだし、とりあえずは安全…… なのかな」

「行ってみて安全じゃなかったらどうするんだよ」

 

 未開の地を行くのはいつだって先人だ。今回は先陣を切っている〝 先人 〟様もいることだし、行くだけで死ぬような場所じゃないことは分かっている。

 毒ガスが蔓延するような島だったら生徒手帳のGPS機能に動きがあるのはおかしいし、こうして客観的に見ても大丈夫だろう。日向クンが心配しすぎなだけだ。

 

「人の足を止めるのはいつだって恐怖と諦観があるからだ。でも、足を進めるのに必要なものは一杯の好奇心とひと匙の勇気だけでいい……つまり私はこの先に何があるのか気になるってことだよ」

 

 日向クンが、途中から何言ってんだコイツと残念なものを見る目になっていたので後に言葉を付け足しておいた。先ほど田中クンのノリを真似したからか、癖がついているような気がする。胡散臭いやつだとでも思われてたらどうしよう。痛いやつだと思われてたらどうしよう!そしたらちょっとではなく、結構落ち込む自信がある。

 

「好奇心は偉大だよ。さ、行こうか」

「あ、あぁ」

 

 好奇心は猫をも殺すって言うのが定説だけどね。

 その言葉を口に出す前に飲み込み、私は微妙な顔をする日向クンと一緒に橋を渡って行った。

 

「おぉ!綺麗なハイビスカスだね!」

 

 橋を渡りきると目の前には見事な芝生があり、ハイビスカスが敷き詰められたように咲き誇っていた。綺麗な桃色で大輪の花を咲かせているので、かなり丁寧に手入れをされているのが分かる。

 こんなに自然が綺麗な島なのだから〝超高校級の庭師〟とか、〝超高校級の植物学者〟がいれば狂喜乱舞したかもしれない。

 

「ここは……」

 

 日向クンが辺りを見回しながら情報収集しようとしている。だが、あんまり役に立つような情報はなさそうに思える。

 私は近くの看板と、今しがた自分が渡って来た橋を見て日向クンに言う。

 

「〝中央の島〟だって。よく見たら生徒手帳の地図にもそう書いてあるね。さっきまでいた場所は1番目の島になってるし、他にも幾つか島があるのかもしれないよ」

 

 橋の手前に門があり、その上部に大きく1と数字が書かれていたのだ。島の名前が数字で決まっているならば他にも幾つか島があってもおかしくない。

 

「木陰から広場っぽいのが見えるぞ。あっちに誰かいるみたいだな」

「残念、木の枝の準備は必要なかったね」

「それ、またやるつもりだったのか」

 

 その辺で拾った木の枝を元に戻し、呆れた顔をする日向クンが指差した方向を覗き見る。

 確かに木陰の向こう側にうっすらと人影が見える。少々遠い位置なので誰だかは判別できないが、恐らく最後に残った1人だろう。人影の向こう側には海もちょっとだけ見えるので見晴らしのいい場所にいるようだ。

 

「てことは、また右に行けばいいのかな?」

「そうだな」

 

 今度も門を抜けた直ぐの場所から右手へ進んで行く。

 暫く経つとハワイなどでよくアクセサリーにされているプルメリアという星型の、白地に黄色の花が咲いている場所に出た。ハワイで花と花を繋げたレイによくされている花だ。

 芝生の上にプルメリアが突き出ているので、先ほどのハイビスカスと同じように管理されていることが分かる。

 ちなみに、低木であるプルメリアの白濁した樹液には毒性が含まれているので注意だ。ミルクのような色をしているが、摂取し過ぎると最悪心臓麻痺を引き起こすので口に入れたり、触れたりしてはいけない。キョウチクトウの仲間を舐めてかかると痛い目に遭うのだ。

 プルメリアの前には大きく2と書かれた門がある。だが、生憎と今は閉鎖されているようだ。無理矢理通ろうとすればギリギリ行けそうだが、そんなことを試すつもりはない。

先程の門のことも考えると、門の前には何かしらの花を植えてあるのかもしれない。

 

「橋を超えた向こうにも島があるみたいだけど、渡れないみたいだね」

「あぁ、そうみたいだな」

 

 門が閉まっていては仕方ないと、私達はそれを横目に静かに通り過ぎて行った。

 

 更に、1番目の島への橋から、2番目の島への橋へと同じくらいの時間をかけて歩いていると、急に拓けた場所に出ることができた。

 近くの看板にはjabberwocky park(ジャバウォック公園)の文字が大きく乗っている。

 公園の端からは海が臨めるようになっており、日陰には幾つかベンチが設置してあるのが分かった。この場所で暢気にお昼寝でもしたらとても気持ちがいいだろう。

 

 公園の隅々にまで金虎の尾(キントラノオ)という公園によく使われる黄色い花と、こちらも公園などでよく使われる代表的な赤い花、フレイミングビューティーらしき花が交互に植えられ、赤と黄色がとても綺麗なコントラストを生み出している。

 公園を眺めながら散歩するだけで随分と良い暇潰しになりそうである。

 

 そして、石畳が真ん中に向かって敷き詰められ、公園の中心には虎と蛇、馬に乗り槍を持った人間…… 人間の肩に留まったワシだか、タカの組み合わさった大きな銅像が立っている。

 自己紹介をしていない最後の1人は、その銅像を眺めながら考え事をしているようだった。

 

「綺麗な公園だね。それに、すごい立派な銅像まで立ってるよ!」

「立派は立派だけど、なんか不気味じゃないか?」

 

 確かに、これだけ動物が集められていると立派さよりも先に、むやみに集められている感じがあって違和感を感じるかもしれない。

 ジャバウォック公園。蛇馬魚鬼(ジャバウォック)。魚は当てはまらないが、鬼を人間として数えれば銅像の動物とも合う。それに、ジャバウォックの語源の一つとして『鋭い』『突くもの』が数えられるから、槍も当てはまるだろう。

 訳の分からない怪物(ジャバウォック)の名前を冠するくらいなのだから不気味に感じて然りなのかもしれない。

 

「まあ、ごちゃごちゃしてるからね。でも、そんな銅像があるってことはこの島の象徴なのかもしれないよ」

「この島の、象徴か……」

 

 ま、長い説明だし日向クンには言わないけれど。

 だって私は知っている。この島の名前を。きっと記憶がなかったとしても、私はこの島の名称を知っていただろう。なにせ、2番目の両親と何度も南国巡りをしていたのだから。〝 観光地 〟くらい知らなくてどうするというのだ。

 

「さて、公園の入り口で色々考察するよりもやることがあるよね」

「そうだな」

 

 日向クンは銅像を調べている巨漢の男の子に近寄って行く。

 

「…… 俺に用か?」

 

 そして、声をかけようとしたところで逆に声をかけられ、吃驚して立ち竦んだのだ。

 ゆっくりと振り向いた彼は…… たっぷりとしたぜい肉を揺らし、体格的にも大きさ的にも圧倒的な威圧感を放ちながら腕を組み、こちらを見下ろしている。

 日向クンは厳しい顔をした彼にちょっと近寄りがたく思っているようだ。一瞬気圧されたように立ち止まり、言いにくそうに口火を切った。

 

「あの…… 自己紹介、いいか?」

「自己紹介?」

 

 剣呑な顔で口調を強める彼に日向クンは 「なんで怒ってるんだよ」 とでも言いたげに顔を強張らせている。

 

「あ-っと、俺は日向創って言うんだ。よろしく」

「…… 俺の名は十神白夜だ。終わったぞ。これでいいだろう。下がれよ」

「さすがは十神クンだね」

 

 この超上から目線。ああ、ゴミでも見るようなその視線たまらないよね。じゃなくって、何を考えているんだ私。私にそういう趣味はないぞ。その、上に立つ者特有の圧倒感が格好良いと、そう思っただけだ。他意はない…… 私は誰に言い訳をしているんだ?

 

「おい、狛枝?」

「あ、うん? な、なにかな、日向クン」

「だから、そのさすがってどういう意味なんだ?」

 

 全然話を聴いてなかった。危ない危ない。

 

「十神クンはね、超高校級の中でも特に凄い部類に入るんだよ。別格と言ってもいいくらいだね」

 

 勿論、ソニアさんも同じくらい別格と言えるだろうけど、彼の場合は経歴も凄いからね。そこも入れるとやっぱり別格扱いかな。

 

「巨大財閥である十神一族の御曹司で、幼い頃からあらゆる帝王学を叩き込まれた人物…… 本人も既にいくつもの会社運営に携わってて、個人としても莫大な資産を築き上げているらしいよ。まさに〝 超高校級の御曹司 〟と呼ぶにふさわしい、ケタ外れな高校生でしょ?」

 

 ここまでの完璧超人は漫画にも滅多にいないよね。

 

「おい、日向と言ったな…?」

「えっ?」

 

 私の説明で才能の話にならなかったからか、そのまま銅像の方へ向きなおらずに十神クンは言った。

 

「訊かせろ…… お前はどんな才能で、希望ヶ峰学園に選ばれたんだ? さぁ、言ってみろ。お前は超高校級のどんな才能を持っている?」

「えっと、それが…… じ、実は覚えてないんだ」

「覚えてない…… だと?」

 

 才能の話は現在日向クンには少々辛い所があるが、まあこうして訊いてくる人くらい少しはいるよね。今までいなかったのが不思議なくらいだ。

 皆他人の才能に興味がないのか、自己紹介でも私が補足することが多かったし、自身の才能についても深く考えていない人物が多い。知っているのが当たり前だと言わんばかりな人物もいれば、自身の持つ才能を重要視していない者もいる。

 

 持つ者とはそれのありがたみを忘れてしまうものだ。だからこそ、持つ者は持たない者に嫉妬されやすい。それを持っているのはありがたいことなのに、感謝すべきことなのに、それを当たり前だと捉えてどうでもよいものであるかのように扱う。

 日々安全に暮らせるのだって幸運と不運の変動がごく僅かで、常にバランスを取れているからなのだ。その 「平穏」 がどれほど危ういものなのか…… 知らない人も多い。

 

 私は、それを知っている。だから、それを崩したくない。当たり前の日常を、平和を、平穏を、安寧を、静穏を、安らぎを…… 私の生活を。

 だからこそ、平穏が約束されたこの場所にいられるのならば、なにもしなくても生きていられるのならば、私は。

 

「…… もう話は終わったはずだが?いつまでそこに突っ立っている。」

「おい、狛枝…… さっきからどうしたんだよ。顔色悪いぞ?」

 

 日向クンが最初に私がしたように、自身の顔を指さしこちらを覗き込んでいる。

 私はそれに気が付くと、汗ばんだ手を隠すように腰の後ろへ回し、 「なんでもないよ」 と言った。

 

「問題ないのならさっさと体を動かせ! それが痩せている人間に課せられた使命のはずだ!」

「時間取らせちゃってごめんね。行こうか、日向クン」

「ああ、そうだな」

 

 そうしてその場を去ろうとしたとき、学校のチャイムのような音が鳴り響いた。

 

「今のって、学校のチャイムか?」

 

 どうやら、公園に設置された放送用のスピーカーから流れてきているようだ。

 そして、無造作に置かれたモニターに電源が入り、どこかの部屋で赤いソファーに座っているウサミ先生の姿が映った。

 

「日向クン、あそこのモニターを見て」

「ウサミ…… か?」

 

 画面の中のウサミ先生は一通り嬉しそうに拍手をしたあと、モニターに顔を近づけて喋り出した。

 

「ミナサン、おめでとうございまーちゅ! どうやら最初の〝 希望のカケラ 〟を全員分集め終わったみたいでちゅ! うるうるうる…… あちし嬉しいなぁ」

 

 自分でうるうるって…… 効果音のつもりなのかな?

 それにしても、やっぱり希望のカケラが集まってなかったのは日向クンだけだったようだ。他の皆は滞りなく自己紹介できていたのだろう。

 

「というわけで、そんなミナサンをさらにハッピーにするプレゼント用意をしまちた! お手数でちゅけど、最初の砂浜に集まってくだちゃい。ぷすー、くすくす! 輝かしい希望はミナサンと共にね!」

 

 唐突にモニターの電源が切れ、画面が真っ暗になる。言うだけ言って手を振っていたウサミ先生は、もう既に砂浜へと向かっているのだろうか。

 素早くウサミ先生の放送に反応した十神クンは砂浜に集合することが分かると、その巨体からは想像もつかないほどの速度で公園から出て行ってしまった。動ける巨漢は初めて見た。想像以上に衝撃である。

 あんなに速く走って砂浜までいけるのなら、ダイエットの一つくらい簡単に続ける体力がありそうなんだけどなぁ。

 

「砂浜に集まれだって」

「だ、大丈夫か? なんか嫌な予感しかしないぞ」

「ウサミ先生の言うことだし、プレゼントもむしろ期待外れだったりして。ま、団体行動は乱さないほうが良いね。十神クンも行っちゃったし」

 

 私がいるから、かなり早く行っても10分はかかってしまいそうだ。行くなら急いで行かないと。

 

「あれ、本当にもういない……」

「ね? 待たせちゃうから早く行こうよ」

「ああ」

 

 そうして、汗だくになりながら走って砂浜に辿り着くと、既に皆が集まっていた。

 30分かかる空港を調べていた左右田クンや田中クンも既に集まっている。どうやら私たちで最後のようだ。

 

「足、引っ張って、ごめんね、日向クン……」

「いや、それより大丈夫か?」

「はぁ、うん…… 無理、だね」

 

 ぜぇはぁ言いながら砂浜に降り、ヤシの木でできた日陰に入る。

 この際ヤシの実は痛いなんて言っている場合ではない。日向クンが起きるまでもその日陰を使っていたのだ。そう簡単に不運が起こるわけがない。

 春でまだ肌寒いからって長袖のパーカーを着て来たことを後悔しつつ、 「お前たちが最後だぞ。なにをチンタラしているんだ!」 と言う十神クンに息の整えきれないうちに 「ごめんね、待たせちゃって。本当、モヤシでごめん」 と返事をする。

 

 日向クンが道路上にあった自動販売機で、生徒手帳を使い、水を買ってきてくれたのでお礼を言ってから一気に飲み干す。

 走るのは10分でも辛いよ。こんな暑い中、日向クンはなんでそんなに平気そうな顔をしているんだ。

 

「まぁ、いいだろう。それより、あのウサミが現れるまでがチャンスだ。俺達だけで話し合いをしておくぞ」

 

 そういえばウサミ先生はまだ現れていないな。プレゼントとやらを用意していてここに来るのが遅れているのだろうか。

 

「きゃはは! お話ししよー!」

 

 西園寺さんが砂浜のカニを目で追いながら十神クンに同意した。

 息を整えながら周囲を見回してみても、異議のある者はいなさそうだった。皆、早く情報交換がしたいのだろう。

 罪木さんが心配してくれたのか、 「大丈夫ですかぁ?」 と私に言ったあと、続けてまたネガティブな方向に流れそうになるのを引き留め、 「体力がないだけだから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」 と笑ってお礼を言った。

 こちらを心配気に見つめていた小泉さんもその言葉に安心したようにため息をつくと、十神の方に向き直った。

 日向クンは自分で自動販売機で買ってきたお茶を片手に、飲むか飲まないかを悩んでいる。

 

「毒なんて入ってないってば」

「…… そうだよな」

 

 体のいい毒見役にされたような気もするが、ミネラルウォーターを飲み干した私がそう言うと、ぎこちない動きでお茶のキャップを開けた日向クンがその中身を飲む。

 長く走ったのだからさすがに彼も疲れていたのだろう。

 

「では、感想を聞かせろ。お前たちが一通り島を見て回った感想だ」

 

 落ち着いてきた周囲を眺めてそう十神クンが言った。

 私はその言葉で空になったペットボトルを底の広いポケットに入れ、逆側のポケットから白い外装の手帳と、筆記用具を取り出す。簡単にメモをしたあと、また後で書き直すが、聞き取りと情報の記録は大事なことである。

 

「中央の島に、封鎖されている橋がいくつかあったな。私はあれが気になったぞ」

 

 最初に言葉を口にしたのは辺古山さんだ。彼女もホテル以外の探索をしっかり行っていたらしい。もしかすると、ホテルにいたのは探索終わりの休憩中だったのかもしれない。もしくはあそこでもなにか調べていたのか。

 

「あれは、みんなが迷子にならないためらしいっす! 唯吹が無理矢理渡ろうとしたら、あのウサギがそう言ってきたんでマジっすよ!」

「迷子にならないため? そんなに広いのか、この島は?」

 

 次に澪田さんが元気にくるくると回りながら大きな声をあげる。皆が知らない情報を提供できたことで喜んでいるようだ。

 

「でも、総合的に見るとふつーに良い島じゃね? なんかリゾート地って感じでさ! や、リゾート地とか行ったことねーけどな」

 

 私と一番遠い位置にいる左右田クンが言う。

 まあ、リゾート地であることは確かだ。場合によっては行ったことのない人のイメージのほうが正確であることが多いし、彼の認識は正しいだろう。

 男役者が女役をしたほうが女らしくなるのと似たような感じだ。理想の像があるため、現実を知っているひとよりも信用がおけるものだ。

 

「あとねー、おっきい牧場があったよねー!」

 

 相変わらずカニを目で追いかけながら西園寺さんが言う。

 

「あのぅ、広いスーパーもありましたよ。食べ物とか生活必需品が一通り揃っていた印象ですぅ」

 

 お、スーパーマーケットのことなら私も色々メモしたし、言ってみよう。

 

「皆分かってると思うけど、この島のあちこちに自動販売機もあるみたいだね。食品や生活必需品もしおり通りに無料だと思う。無料の物は電子生徒手帳をかざせば購入できるみたい。その代り、娯楽用品とか家具なんかはこのメダルが必要なんだって」

 

 そう言ってクローバー柄の財布からウサミメダルを取り出す。

 

「そんなもの、どこにあったんだ?」

「空港で回ってる荷物調べてみたら入ってたんだよ。ウサミ先生があとで宝探しゲームをするときのために入れておいたんだって。これはその景品。勿論、しおりの内容が確かなら、皆にも後で配られると思うよ」

「あのときか…… なにやってんだよ」

 

 日向クンが呆れたようにこちらを見ている。他人のかもしれない荷物を漁ったからか、少々心証を悪くしているかもしれない。

 

「ホテルも凄い立派だったよね。あそこに泊まれるなら、かなり助かるんだけど……」

 

 小泉さんが心配そうに言う。

 

「ホテルにあったコテージを詳しく調べてみたんだけど、皆の名前が入ったポストが人数分あったんだ。だから皆あそこに泊まれると思うよ。ほら、ちゃんと誰がどの場所かも調べてあるよ。それぞれの場所に行くのに、どれくらい時間がかかったかも調べてあるし、あとで小泉さんと細かい表示の入った地図を作るから、欲しかったら言ってね」

「準備がいいわね、凪ちゃん」

「メモするのは習慣だからね。慣れてるよ」

 

 小泉さんは感心したように頷いている。そうだよ、これだよ。この反応が欲しかったんだよ! なんで日向クンは反応薄いんだろう。情報把握のための書類ってこういうときは重要って相場が決まってるよね? もう少しなんかこう、褒めてくれたっていいのにさ。

 

「そのホテルにあるレストランも、実に庶民的で良かったですわよ」

 

 金髪を揺らし、ソニアさんがガッツポーズを取りながら喜んでいる。褒め言葉…… だよね?

 

「ねぇ、ぼくの話も聞いてもらってもいい?」

 

 ソニアさんの横を陣取っている花村クンが軽い調子で続ける。

 嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。

 

「ぼくはね、この島で大事なものを見つけたんだ…… とってもカワイイ女の子たちだよ!あはっ!そっちにもこっちにもいるね!」

 

うげぇ。

 

「ぎゃー!キモいっすー!チキン肌がバルバルバルバルゥ!」

 

澪田さんの意見に同意だよ!

ついでにソニアさんを見ながら頷きかけた左右田クン、キミも同罪だ。

 

「どいつもこいつも能天気なもんだ…… 誰もあの〝 重大な事実 〟に言及しないとはな」

 

 それまで話の流れを静かに聞いていた十神クンが、一度話が途切れたところで口を出す。

 どうやら、他の皆では出なかった情報を知っているらしい。

 

「…… 重大な事実?」

 

 立ったまま半分船を漕いでいた七海さんが 「重大な事実」 とやらに反応する。

 それより寝ちゃってたみたいだけど、今までの話ちゃんと聴けてたのかな。あとで確認しておこう。

 

「本当に誰も気づいていないのだとしたら、大した間抜け共が揃ったモンだ」

「んだ、コラァ? エラソーな口利いてんじゃねーぞ?」

「咆えるな、愚民め」

 

 十神クンの尊大な物言いに九頭竜クンが不満そうに声をあげたが、言うだけ無駄だと悟ったのか、イラついたようにそっぽを向いて黙り込んでしまった。

 そして、周りでは重大な事実? と波紋が広がるように疑問気に十神クンを見つめて続きを話すのを待った。

 その中で、日向クンが率先的に十神クンへと疑問をぶつける。

 

「なぁ、重大な事実ってなんだ? ひょっとしてこの島についてなにか分かったのか?」

「…… お前たちはあの公園を見ただろう?」

「やたら迫力がある銅像っていうか、不気味な動物のオブジェがある公園のことだよな?」

 

 日向クンも先ほどまでいた公園のことを思い出してか、動物の名前をあげつらって行く。

 

「しかし、あれを見たとき以前聞いた話を思い出した。太平洋に浮かぶ小さな島で、風光明媚な常夏の楽園と呼ぶにふさわしい島がある。中央の島を中心として、〝 5つの島 〟から構成されるその島々は同じく〝 神聖な5体の動物 〟を、島の象徴としているらしい…… とな」

 

 私は十神クンの言葉を聴き、少し考えながら慎重に言葉を選び、口を挟んだ。

 

 

「十神クンの言いたいことは分かるけど…… うーん、本当にここはあの島なのかな? あまりにもイメージと違い過ぎて判断がつかないんだよね。あと、海外旅行によく行くような人じゃないと観光地とか、知らなくても仕方ないと思うよ。私が知っている限りだとここは特に…… ちょっと特殊だからね」

 

 有名な観光地ではあったけど、ハワイとかグアムとか、もっと有名な所があるから知らない人の方が多いだろう。イメージと合わないのも確かだし。

 

「お前は知っているようだが、他の奴らは本当に知らないようだな…… 5体の動物を象徴とした南国の島。その島の名前は…… ジャバウォック島だ」

 

 公園の名前もジャバウォック公園だったしね。

 

 ジャバウォックは〝 鏡の国のアリス 〟に登場する、 「わけのわからないことをぺらぺら喋る」 の語源が有力である怪物の名前だ。

 また、ジャバウォックの首を撥ねた剣は 「真理の言葉」 と解釈することができる。こうするとジャバウォック退治の物語は 「無意味な論議の場を真理の言葉で一刀両断する比喩」 に早変わりするのだ。

 ナンセンスな詩を解釈すること自体が無意味なことだが、実に 「弾丸論破」 ひいては言葉の刃で矛盾を切り裂く 「反論ショーダウン」 が導入された 「スーパーダンガンロンパ2」 の舞台に相応しい名前じゃないか。

 ジャバウォックが退治されたのがこの島なら他にスナークやバンダースナッチでもいるのかな?

 ブージャムを見つけてしまったら音もなく人が消えちゃうのかな?それなんて、そして誰もいなくなった?

 いや、スナーク狩り…… 真実を探していて、ブージャム…… 虚実を見つけてしまったら人が消える。つまり、死んでしまう? それとも神隠し? それは、どっちにしても嫌だな。って言っても、もうこの知識が役に立つことはもうないけどね。

 

「じゃあ、やっぱりここって……」

「ジャバウォック島……? それが、俺達のいるこの島の名前なのか?」

 

 私の言葉に被せるように日向クンが現状把握を完了した。しかし、その背後で十神クンがなおも呟くように考察を続けている。

 

「だとしても、少し気に掛かることがある。確か、俺の聞いた話では、ジャバウォック島はすでに…… いや、やめておこう」

 

 しかし、そのまま言うのをやめてしまう。眉間に皺を寄せているので不用意に言ってはいけない情報を持っているのだろう。

 

「待ったれや。随分と中途半端な話の切り方じゃねーか」

「わめくな、もう少し調べて確信を得たらこの俺から話してやるさ」

 

 途中で切られた言葉に弐大クンが反応し、十神クンに言う。しかし、十神クンはその疑問をばっさりと切り捨てると再び黙り込んでしまった。どうやら、静観する態勢に戻ったようだ。

 

「つーか、別に島の名前なんてどうでもいーけどな。ニコニコ島だろうとパプア島だろうとさ…… どっちにしろしばらく、この島で暮らさなきゃなんねーのは一緒なんだろ?」

 

 終里さんのその言葉でそれもそうか、と張りつめていた皆の空気も緩み、思い思いに話し始める。

 

「南国での共同生活とかエキサイティングー! チョー楽しみー!」

「だな! ここには面倒くせー学校とかもねーしな!」

 

 澪田さんと左右田クンはもうこの島の雰囲気にも慣れたようで、これからのことを楽しみにしている。

 

「お、おい? みんな?」

 

 しかし日向クンは相も変わらず、そんな皆の反応に困惑している。

 未だに警戒心を解いていない彼にとっては、皆の反応に共感できなくて当然だろう。一人だけポツンと置いて行かれたかのように呆然としている。

 私はそんな彼から一旦離れ、皆の話が聞こえる位置にある自動販売機から冷たい飲み物を購入する。他の皆も欲しい時に欲しい分だけ購入しているようなので、遠慮はない。

 そして、ついでに傍に置いてあるゴミ箱に先程飲んだ分のペットボトルを捨てて彼の隣に戻った。

 一連の動作に、皆を見ていた日向クンは気づいていないようだった。

 

「うーん、私もこの島は気に入ったよー…… 参加メンバー以外は、だけどね」

「あれ? 空耳が聞こえたなぁ!」

 

 西園寺さんは通常運転。耐性がないのか、冷や汗を流しながら花村クンが現実逃避をしている。あんな可愛い子が毒舌を吐くと、やはり衝撃が強いのだろうか。

 

「不安は不安だけど。まぁ、最初ほど絶望的じゃないって言うか…… うん、危険も不自由もなさそうだし、なんとかやっていけそうかも!」

「おい、何言ってんだよ。冷静になって考えてみろって!」

 

 小泉さんもはしゃぐ澪田さんや楽しそうな皆の様子を見て、そう言った。

 しかし、やはり日向クンはそうやって警戒心を解いている皆に不安を覚えているようで、私の隣で大声で叫んでくれた。耳が痛い。

 

「俺達は希望ヶ峰学園に入学するために集まったんだろ? それなのに、こんな島で暮らすなんて…… どう考えたっておかしいじゃないか!」

 

 日向クンが尚も叫び続けそうになったので、あらかじめ2本買っておいた冷たいミネラルウォーターを片方彼の首に押し付ける。

 

「っわ、なんだ!?」

「少し黙れ。頭を冷やすべきなのは貴様のほうだ」

 

 いつのまにか彼が落としていたお茶を拾うと、砂浜の熱ですっかり温くなってしまっている。これではおいしくないだろう。あとでもう一度冷やす必要がありそうだ。

 

「っえ?」

 

 日向クンに言いたかったことは田中クンが言ってくれちゃったし、私から言うことはあまりない。繰り返し、学園側からのサプライズを推すくらいしかできないからだ。あとは、彼の体調を心配するくらいだろうか。

 

「まあ、今のところは大丈夫そうなんだし、ちょっとは楽しんでみてもいいんじゃないかな? ずっと緊張して警戒しっぱなしでいたらいざというときに疲れてなにもできなくなっちゃうと思うよ」

 

 腹が減っては戦もできぬ。

 エネルギーを余計に使っているよりも、いざというときに温存しておいた方が良いだろう。無理して気を張っても空回りしてしまうだけなのだ。

 

「そ、そもそも逃げるにしたって、その方法がないわけだしさ。どうしようもないよね」

「船はねーし、飛行機もハリボテだからな」

「私が調べたところでは、外部との連絡手段も存在していないようだった。結論から言えば、救助を呼ぶのも困難ということだ」

 

 それぞれ、しょぼくれた花村クン。空港のある方角を見ながら頭をかく左右田クン。恐らくホテルのエントランスで電話がないかを調べていた辺古山さんが続ける。

 皆、楽しむことに繋げて不安を和らげているが、それが現実逃避であることは重々承知しているのだ。

 携帯電話もどこかにいっちゃったみたいだし、あるのは普段使ってるメモ帳や、日記帳の入った小さい鞄だけ。これじゃあなんにもできそうにない。

 恐らく皆の持ち物からも連絡手段は消えているはずだ。

 

「んじゃ、泳いで帰りゃいいんじゃねーの?」

「そんなに泳げるわけないじゃないですかぁ!」

「気合じゃああああああああ!!」

「だから無理だって!」

 

 終里さんと弐大クンはもしかしたら太平洋横断もできそうだけれど、この場にいるメンバー全員がそんなことを実行できるわけがない。現に罪木さんも小泉さんも否定している。

 そもそも、島の名前が分かったからって、どっちにどれくらい泳げば陸に着くのかも分からないし、南国の海になんかは有毒だったり危ない生物もいっぱいいるしオススメはしないかな?

 

「だ、だったら木を切ってイカダでも作って……」

「それはダメでちゅ! 断固としてダメでちゅよ! ほら、修学旅行のしおりを思い出してくだちゃいよー!」

 

 日向クンの言葉を遮るようにウサミ先生が登場した。皆はもう彼女の出現に驚かないようだ。慣れ切ってしまったのかもしれない。現に私ももう慣れてしまった。

 

「それって、〝 ポイ捨てや自然破壊はいけませんよ。この島の豊かな自然と共存共栄しましょう 〟ってやつのこと?」

 

 私がそう言うと、ウサミ先生は大袈裟に頷きながら 「そうでちゅ!」 と話す。

 

「ね? ミナサンにはこの美しい南の島と共存しつつ、平和に仲良く暮らしていって欲しいんでちゅ」

「な、なにがルール違反だ、そんなの関係あるか!」

 

 日向クンは完全に血が昇ってしまっているようだ。これじゃあ手を付けられない。ミネラルウォーターも首にくっつけるだけで渡しそびれてしまった。

 

「日向くんが罰を受けてくれる最初の〝 先人様 〟にでもなってくれるのかな? 勇気あるね…… それこそどうなるか分からないのに。本当にやるの?」

「そのウサギはルールとやらには、やたらとこだわっているようだ。万が一、お前の行動がきっかけで、全員に危険が及んだらどうするつもりだ?」

 

 現在ある毒キノコの毒性と詳しい症状は先人がいたからこそ存在するものだ。毒か薬かはともかく、被害が出ない限りそれの安全性は分からない。それと同じことだ。

 だから私は日向クンを冷静にさせるため、自分がやっていることが一番危険なのだと言外に注意をする。笑顔でとんだ皮肉を言い放っているので印象は悪くなるかもしれないが、今までの方法でも彼は止まらないだろうから、もうこうするしかないだろう。

 

「さ、さすがに〝 危険 〟は言いすぎでちゅ! あちしはそんなことしないでちゅよ!」

 

 これでは泣きそうな顔で、必死に説得しているウサミ先生のほうに少しだけ同情しそうだ。

 

「と、とりあえず、おかしな行動をとらない限りは、危険はないみたいですし」

「それに、〝 希望のカケラ 〟さえ育てれば、すぐにこの島から出られるようになるんだよ?」

 

 罪木さんと七海さんもそう言って彼を宥めるのに協力してくれている。

 一応全員不安を覚えていても、より危険じゃない方へ進もうとしているのだから、それでいいじゃないか。

 

「し、信じるのか? そんな話を」

「信じるしかないという話だ。少なくとも、今はな」

 

 十神クンのトドメの言葉で黙ってしまった日向クンに、黙ったままミネラルウォーターを渡す。

 俯いている日向クンは黙ったままそれを受け取り、一気にあおった。そして全て飲みきると、とても小さな声で 「ごめん」 と呟いた。

 

「怖いのは分かるよ。でも、私たちは一人じゃないんだし、ウサミ先生のことは無理でも、他の皆のことは信じてみてもいいんじゃないかな?」

 

私の言葉に、先程よりも柔らかくなった表情で、彼は 「ああ」 と頷いた。

 

 

 

 

 

 




・植物に詳しい凪
 ハワイとか、サンスクリトバル島とか、2人目の両親の元で沢山旅行に行ったので南国のものはなんとなく分かる様子。
 南国なのに危険だからとすることが植物の名称を調べるだけとか、潮溜まりにいる生物を調べるだけだった残ね……可哀想な子。
 そんな凪にも分からないホテルの観葉植物なんかは実在しないか、調べが足りないだけだったりする。
 実際には作者がそういう考察をするのが好きなだけ。

・時間経過
 メモしてあるのは歩いてかかる時間である。走って頑張れば5分~10分縮められる。(ただし体力のある男女に限る)
 さび枝はもやしなので持久走が苦手。しかもついて行かなくてはならない日向が体力お化けなので、砂浜に着いた時点で既に瀕死である。
 
・バンダースナッチ
 ルイス・キャロルのジャバウォックの詩とスナーク狩りで言及される架空の生物。姿かたちは記されていない。また、 「燻り狂えるバンダースナッチに近寄るべからず」 という記述と物凄く素早いことが仄めかされるのみの不明瞭な部分の多い生物である。

・スナーク
 上記と同じく、スナーク狩りという詩に出て来る架空の生物。様々な品種がおり、羽毛を持っていて噛みついてきたり、頬ひげを生やしていて引っかいたり、あるスナークはブージャムという最も危険な種であったりする。ブージャムに出くわした人物は突然静かに消え失せて二度と現れることはない。
食物にもなり、火を起こすのに重宝されるとか。ジャバウォックの倒された島に生息している。

・日向
 体力お化け。色々と空回り。彼の臆病さは蛮勇にも繋がり得るが、立派な勇気にも成り得るものである。果たして彼はスナークか、それともブージャムか。


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