錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 不運ばんざい! 運の女神に見放され、この世の最低の境遇に落ちたなら、あともう残るのは希望だけ、不安の種も何もない ! 〟

―― シェイクスピア



No.11『探偵』ー危機ー

 あの隕石落下事件から二年程経った。

 飛行機ハイジャック& 隕石落下事件により多くの人が命を失った。

 

 その中には生き残りも何人かいたが、その誰もが石というものにトラウマを持ち、恐怖を抱いてしまうようになってしまったのだとか。

 私は別にトラウマにはならなかったけれど、それが異常であることなどとっくに知っていたので念のためと検査を受けたときにあたかもトラウマになっているように振る舞った。そうしないと不気味に思われてしまうからだ。

 

 しかし、犠牲になった人たちの実名放送があり、生き残った者の放送はなかったが、どこからか私の名前が漏れたのか、生き残った私は既に病院最大最悪の事件での生き残りというステータスに上乗せされ専用のスレッドが立つほどに有名になってしまった。

 多くは妬みの声と同情の声、ごく稀に私が全ての黒幕だとする面白おかしく脚色された考察なんかのコメント。

 

 それらを見ているとそれが事実であるかのような気がしてくるから不思議だ。

 

 私に残ったのは他の親戚に軒並み絶縁されて天涯孤独になったこの身と、本当の両親と養子としてくれた両親の莫大な遺産だけ。

 色々な手続きを済ませ、書類援助だけしてくる親戚に関わらないように私は遠方に引っ越した。

 

 他の親戚は皆、私を預かると不幸になるからと腫れものを触るような扱いで近づこうとすると拒絶してくるのだ。まあ当たり前だろう。そんな子供を預かれと言われたら私だって怖いもの。

 

 実は毎年、どこからか住所を特定してくるメイからの年賀状が届くが、彼女まで酷い目に遭わないようにと会うことは控えている。

 彼女は私を引き取る気だったようだが断ってしまったために随分落ち込んだようだ。葉書に涙の跡があった。言いようのない罪悪感に襲われたが、彼女にも生きていてほしいので泣く泣く断りの報を入れている。

 寂しくなんて、ない。

 

 そんなことがあり、私は中学生の身でマンションの最上階に住み、私立の中学校に通うという優雅な御身分になっているわけである。

 

 こんな状態では黒幕説が流れてても不思議じゃない。自業自得、か。生きることに執着するあまりになにがあっても平坦な考えしか思い浮かばなくなってしまった。

 そのとき、そのときはパニックに陥るが暫くすると何故か回復している。両親の、義両親の葬式で泣けなかったのもそのせいか。

 

 ともかく、私は中学一年生になった。

 

 私の通う中学校の名前は渦巻中学校。水泳部が有名らしいが私にはあまり関係ないな。私が通っているのは今時珍しい夜間中学校なので部活動の活躍はあまり見られない。

 

 それに、私は嫌われているから。

 

 世間ではすっかり悲劇のヒロインとして有名になり、それと同時にネットを中心として必ず生き残るのは私が事件を引き起こしているのではないかという疑惑が広がっている。

 

 中学生ともなればそれらの噂を知っていてもおかしくない。

 

 白い髪。

 

 これだけの情報が揃っていれば私を特定するのは至極簡単である。

 

 近所に中高一貫のお嬢様学校があり、渦巻中学校も共学ではあるがお嬢様、お坊ちゃん学校に近いところがあるのでよく躾が行き届いているのか、いじめに発展するようなことはないが、彼方此方から私を見ながらの噂話、笑い声、視線、視線、視線、視線、視線。

 

 

 それらの全てが私にとっては恐ろしい。

 

 

 何を言われているのか、笑われているのか。好奇を含んだ、または嫌悪を含んだ不躾な視線。分からないだけに余計気になり、ノイローゼのようになったこともある。誰かが笑っていれば私を嘲笑しているのではないかと被害妄想がむくむくと湧き出てくるし、病院、飛行機、事故、旅行などの単語に過剰反応してしまう自分がいて自覚がありながらも腹ただしい。

 一々怯えてしまう私も私だが、その視線が教師からも注がれるのだからいけない。

 

 そんな目で見ないでほしい。

 お願いだからこっちを見て笑ったりしないでほしい。

 あの事件のことを明るい声で喋らないでくれ。

 他人事だと思っているからそうやって笑っていられるくせに。

 自分自身には到底関係ないことだと本当にそう言えるのか。

 他人事だと言えるのか、明日は我が身だと思いもしないのか。

 

 そっと腕をさすり、軽く自身を抱きしめて俯く。

 

 何も見たくない、何も聞きたくない、何も考えたくない。

 何も見ない、何も聞かない、何も考えない。

 

 …… そうして、静かになってから黒板を見上げるのだ。

 

 見えるのは黒板に書かれていく文字だけであり、聞こえるのは重要そうな単語とその解説だけである。私の周りには誰もいない。チョークが勝手に黒板へと文字を書く。ラジオのように雑音混じりの説明だけを耳に入れてノートにとる。

 

 数年前の逃走劇のときのように都合の悪いことは全て見なければいい。聞かなければいい。そうすれば平和なのだ。一目惚れして買ったはずのヘッドフォンは既に耳を塞ぐ為だけの道具となり、服の内に隠したホイッスルとロケットペンダントを握りしめてただ耐える。

 いくら夜間学校だからといっても中学校は義務教育だ。あと少しの辛抱なのだ。あと2年と半年。どうにかなる。いや、どうにかする。

 

 耐えて耐えて耐えて、そして救いのチャイムを聞いてからすぐ家路につく。旧校舎の前やコンビニの前を通り、マンションに着くまでは暗い中自転車に乗って行く。

 

 そして公園の前を通り過ぎようとしたとき、物音がした気がしてキッと短い音を出しながら自転車を止めた。

 

 聞こえるのは2人組の怒鳴り声。そちらに行けば近道になるが、さすがに危機感を覚えた私はその場を去る、ハズ(・・)だった。

 

 ガサリと背後から鳴る草を掻き分ける音に混じり、ふうふうと荒い息遣い。自転車に乗ってすぐに離脱しようとしたが、何もかもが遅かった。

 

 自転車ごと引き倒され、頭から地面に突っ伏して組み伏せられる。

 腕は捻り上げられ、うつ伏せの状態でのしかかられる。

 そばに倒れた自転車が虚しくカラカラと車輪を回していた。

 

「う、あ」

「おい、ラッキーだぞ!」

 

 男の声だった。

 押さえつけられたまま首元のネクタイを抜き取られ、後手に縛り付けられる。そして、なにか大きなものを担いだ男がその場に現れ、にやにやと笑いながら男に布を渡したようだ。布はすぐさま私の口内へと突っ込まれ、顔だけを無理やり上げさせられた。

 

 そこには男が抱えていた荷物があった。

 

 

 人間だった。衣服の乱れた、首に太い縄の跡のある女性だった。

 

 

「え、死、え? え?」

 

 にやにやと笑う男が私の足を抑え、ぐったりとした女性を持っていた男が私に近づいてくる。

 

 

 …… 死?

 

 

 …… いやだいやだいやだ!

 

 足をバタつかせ、暴れようとするが動くこともできすましてや立つこともできない。逃げられない。でも嫌だ。腕が近づいてくる。首に手がかかる。嫌だ、死にたくない。首を圧迫され、息が詰まる。嫌だいやだイヤダ!

 

 

「っぁ……」

 

 しかし実に呆気なく

 私はその意識を飛ばしてしまったのだ。

 

 

 

 

 




 超特急のように落ちていく小石。
 原作開始まであとちょっと――

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