※ 原作狛枝凪斗がゆめにっき系列でどんな姿で登場するか、以前活動報告で問題を出しました。そう、今回は答え合わせの時間です。知っている人は説明で分かってしまうと思います。
そもそもゆめにっき系知らないとか、想像つかねぇよって人はそのまま流れをお楽しみくださいませ。
誰かが呼んでいるような気がした。
沈んだ意識の中で、誰かが……
「毎晩毎晩、場合によっては日に何度も、ここに来るのはなんだか…… 飽きてくるよ」
まず意識が戻ったら周囲を確認。これ定石。
うん、相も変わらず薄暗い夢の世界だ。四方向に引っ張られている放射状の黒い線。白い床。黒い床のときもあるが、今回は真っ白な床に黒の線だ。扉も変わらず、静かに鎮座している。
夢の中では平和なのだから今は何も考えないようにしよう。手続きが面倒だな、とか、そんなことが頭に過る自身を自己嫌悪しつつさてどうしようかと考える。
どうせエフェクトも増えていないだろうし、記憶が若すぎてどこがどうやって世界が繋がっているのか現時点では分かっていないし、いつも通りに知っている場所を見回りつつ、ダメもとで新しい道ができていないかを探して行こう。
毎日同じ夢を見るものだからこの作業にも、禄に疲れがとれない睡眠をしていることにも慣れてしまった。
「とーうーこーちゃーん」
下の扉から入った世界を更に進み、ここは海底世界。
定期的にぶくぶくと口元から水泡が上がり、明るい海面へと昇っていく。
周囲を見渡すと辺り一面マリンブルーの透明な海の中、自身の身長よりも尚高い海藻がゆらゆらと凪いでいる様子が窺える。ゲーム画面で見るよりもずっとずっと綺麗な海の中だ。前世でも今世でもダイビングだなんてことはしたことがなかったからとても新鮮だ。海の中とはこのような場所なのだろうか。透明で、自身の体が軽くてふわふわとしたこの感覚。一度でも味わってみたかったなぁ。
「遊びにきたよー!」
そんな海の底で歩いている彼女の、オレンジ色のヘルメットからぶくりと水泡が上がった。静かに歩む彼女の周りをくるくるとスキップしながら回ってみても、彼女は何も言わずただそこに居るだけ。
そして正面に来たところでピタリと立ち止まる。
私の着用したエフェクト、潜水服からも彼女と同じように泡が上っていった。
何も反応を示さない姿に少しだけ虚しさを覚えながら彼女のヘルメットの中を覗き込む。反射でよく見えないが黒髪の少女が微笑んでいるのがなんとなく分かった。無表情よりももっと人形然とした表情に胸が締め付けられるような、言いようのない感覚に支配され、私はすぐに目を逸らしてしまう。
ふと視線を背後に回せば彼女の後ろを鮮やかな色をした小魚が泳いでいくのが見えた。そしてそれに手を伸ばしてみても小魚は華麗に身を躱し、逃げて行ってしまう。そりゃそうか。
ぶくり、とまた水泡が上がる。
もっとよく見ようと周囲を見渡すと三メートルほどの砂の塔がそこかしこに建てられていた。
本当に綺麗な場所だ。ここだけは夢の世界のどこよりもはっきりしていて、鮮やかで、人工的な不気味さなんか一つもない良いところだ。
きっと、この海底世界は橙子ちゃんそのものなのだろう。日差しが海面に差し、光の帯を水中に降らす。どこよりも光に溢れていて、私の知る誰よりも希望に溢れていた人。明るくて、透明で、パレードが起こらなければ普通に闘病して、普通に退院するか、大きな病院に転院するか―― いずれにせよ、殺されるなんていう最悪な結末を迎えることはなかったはずなのに。
「はぁ、なんでこうも学習しなんだろうね、私は」
オレンジ色の潜水服を着た彼女の手を取る。もう随分と小さく感じるようになってしまったな。私もかなり成長したし、仕方ないのかもしれない。だけれど、この子はあのときのまま、成長しないままだ。
そんな私だって精神はまるで成長をしていない。何度繰り返しても、私は何もできない。何も行動できない。なにも知ろうとしない。
一人で懺悔しながら、オレンジ色の彼女を抱きしめる。ああ、冷たい。冷たいよ。
ぼこぼこと彼女のヘルメットから水泡が流れていく。
―― 静かだ。
「…… ずっとここに入り浸ってるのも、なんだしね」
名残惜しく思いながら、私は下へ、下へと降りていく。
すると、海底であるにもかかわらずそこには崖が広がっていた。そしてその中心にぽつんと錆びた鉄の階段が設置されている。向かう先は暗闇。橙子ちゃんのいる場所より深い所は光の差さない諦観と、絶望の照らす領域。
潜水服を解除して白のスカートに紺のハイネック姿…… つまるところ、いつものというようなお気に入りの服へと姿を戻す。
カン カン
「まっくらだな」
独り言を零しながら一度目の踊り場に出た。
横には暗闇の中に扉と同じくらいの大きな穴。しかし、そこにはなにもない。ぽっかりと口を開けた穴からは生暖かい風が吹き込んでくる。
今までは手を出さなかった場所だが、懐かしい思いが胸を包んでいる今ならこの先に行ってもいいかもしれないと考えられた。心の整理がついたのか、それとも贖罪か、やっと彼女を迎えに行こうと決心がついた。橙子ちゃんが背中を押してくれたのかもしれないな。そう思えば幾分か足取りが軽くなった。
一歩、踏み出す。
さあ、と温く感じる風が頬を撫で、通り過ぎていく。
暗闇の世界にはピンクやオレンジの淡い光が行き交っていた。星のように大小様々で明るさも違うそれらはホタルのような幻想的な雰囲気を纏っている。
足元は真っ暗で、上も下も、左右さえも分からぬような有様だがそこは夢である。恐怖心もなく扉から少しずつズラして大きな部屋を歩く。
基本的に夢の世界は行き止まりがなく、端に到達したらまた部屋をループする仕様になっている。だから扉を中心としてまず左にひたすら歩き続け、もう一度扉が見えてくるまで歩数を数える。一周したら三歩ほど上下のどちらかに移動して同様に一周。こうしたほうが迷子にならず、便利だからだ。その代わり作業になってしまって多少疲れが出てきてしまうのは仕方ないのかもしれない。
「ん?」
仄かに漂う光が茶色い机を照らしていた。いや、木の板が張られ、腰掛けるのに丁度良い高さにあるそれは机と言うにはあまりにも広く、中途半端な高さしかなかった。座って机として使うには高すぎるし、椅子を使えば低すぎる。これは骨組みだけのベッドだろうか。
その上にはまだ何もない。
「え、うそ」
モノアイや潜水服のエフェクトは手に入れてもりん子姉さんの象徴たる〝
それはなぜなのだろうか。条件は満たしているはずなのに、分からない。
骨組みだけのベッドにそっと触れて目を瞑る。
ただ硬い感触と冷たさを感じるだけで何も起こらず、目を開いた。
りん子姉さんは私のこと嫌いだったし、もしかしてそのせいだろうか。いや、流石にそれはないか。エフェクトとは私の中に根づいた強烈な印象を持つ象徴たちのことだ。相手の意向関係なく私の印象に強く残っていれば現れるばず。
ということは私の問題なのだろうか。
折角勇気を出してここまで来たというのにあまり意味がなかった。エフェクトが現れていないということは分かったがそれだけだ。
ま、なるようになるさ。ベッドに背を向けて次行く場所を考える。
「次は…… 胎内洞窟か」
あそこなら母さんにも会える。そう考えて道を遡るようにして引き返す。
手をかざし、箒を手に取り変化した服と髪を眺めて異常がないことを確認。肩に垂れてくる長いポニーテールの先を背へと払い、軽く箒へと腰掛ける。
本来エフェクトとしての 〝ほうき〟 は跨って乗るイメージ通りの使い方しかできないが、箒の使い方が行きたい方向に体重移動をしたり、軽く頭の中でナビゲートしながら行うことなので慣れればこの通り横乗り飛行ができるのだ。今更な説明だが、魔女さんの指導はジェスチャーだけだったから覚えるのにかなり難航した。今はこの通り運転も楽にできるのでそのうち立ち乗りを練習したいところである。
あと、懸念していたお尻への痛みはまったくなく快適である。なので横乗りは体制が楽だとかそういう理由でなく、ただ恰好つけたいからやっているだけに過ぎない。自分の夢の中なのだし、誰も見ていないからこそできることだ。
すいすいと箒を操り、ともすれば鼻歌を歌いながら悠々と飛行していく。
エントランスまで戻り、右の扉へ。陽気だけれどどこか不協和音のような不可解な音楽の鳴る部屋の中にある赤いボックスのようなワープポイントを抜ける。
ドクン、ドクンと脈打つ静動脈通路を飛行しながら通り、独特の音を鳴らす心電図を横目に真っ白な十字路を血の多い方向へ進む。本当は、血の少ない方向に進めば母さんの眠るベッドに辿り着くことができるが、一対一で会うほど私はまだ立ち直れていない。きっと、部屋から出られなくなってしまうだろう。橙子ちゃんは大きく広い場所だったからまだなんとか誘惑に勝つことができたが、あそこは個室だから誘惑に勝てる気がしない。さっさと抜けるに限る。
おどろおどろしい音が響く血みどろの空間に何も思わずに飛行できている自分に少々引きながら一直線にアルビノジョーズ(命名)の元へと進む。感覚が麻痺してきているのは自覚済み。まあ、ホラー映画に耐性ができるように演出だけの夢の世界には動揺しない。…… 世界観だけにだが。
勿論、初めて遭遇した恐怖イベントや現実と連動した
血の滴るジョーズの口を潜り抜ける。肩にピチョン、となにかが落ちてきたような気がしたが気にしないでおく。どうせエフェクト解除すれば汚れもなくなるし。
不気味な歯が笑っている。ここを抜ければ、と北側に進もうとしたがその景色に何かが引っかかって箒の動きを止める。
「あれ?」
こんなところにマンホールなんてあったっけ?
北側のワープポイントには少し東に進んでからでないと行くことができない。その東側に蓋が開いている上に梯子まで掛かっているマンホールがあった。真っ暗な穴を覗いても底は見えず、ぽっかりと口を開けているだけ。そこはかとなく不気味だが夢の中でのエリア切り替えの大抵はワープなのでこのマンホールもどこかに繋がっているのだろう。ここにして新しい場所の発見だ。
「マンホールって言ったら……」
メイドさんの喫茶店 〝 シュガーホール 〟 と巨大スライムのトラウマイベント。あとは歓楽街に繋がる場所でもある。もう一つ、.flowプレイヤーにとって (考察的な意味で) 人気なキャラのいる場所に辿り着くが今は見られないかな。中学生にもなっていないし、まだ出会っていないから。
意を決して箒を握りしめたままマンホールの下へ降りていく。チキン? 穴の中は暗くて何も見えないんだ、怖いに決まってるでしょう。いい歳した自分がこんなに怖がりとか、とも思わなくもないが飛び込んで奈落に真っ逆さまよりはマシだ。ここまで来て強制起床とか勘弁してくれ。
「よっ、と」
箒に乗っているため水音はしなかったが、マンホールの中はちゃんと下水道になっていた。と言っても綺麗な水が流れているので汚いわけではない。これは下水道に入ったことのない自分の貧相なイメージのせいだろう。それともここは上水道なのだろうか。どちらもあり得るがとりあえず、汚いよりは探索しやすいのでありがたいと思っておこう。
西の方角。まあ、この場合は左(降りてきた私にとっては右)へと進むとシュガーホールがあるはずだが、何もない。オレンジ回廊への
変なグミで出来たような生き物を避けて梯子のある方とは逆のコンクリートで出来た道へ渡る。今度はそこを通って右側(降りてきた私にとっては左)へ進む。
やがて見えてきたのは水色の超巨大スライム。形はドラクエのヌーバみたいに上の方が丸く、下に向かってドロドロに溶けている感じ。
そいつをスルーして更に小さな横穴へ入る。
なんだか入ってすぐ見える奥の排水口らしきものからドバドバ水が出ているような気がするがこれもスルー。だから強制起床はだめなんだってば。こんなところで確率低いイベントへのスイッチが出てきても困るんだって。
私がギリギリ通れるパイプの中を通る。ここまで来ると水は錆で赤く濁ってしまっている。箒で浮いている今はいいが、見たところ足首よりも高い位置まで水が来ているようだ。降りたら悲惨なことになりそう。やはり移動エフェクトは万能だった。
そして下水道を抜けるとそこは…… 安そうな鉄板で出来た錆だらけの迷路だった。柵はついているがただそれだけ。下の方まで赤錆が侵食していて迂闊に寄りかかったりしたらばきりと簡単に折れてしまいそうだ。そんな橋のような道がどこまでも枝分かれしながら続いている。
だがなんだか見覚えのあるような、ないような。そんな違和感を覚える。こんなときは勘に従っていけば幸不幸関係なしに何かしらの結果に辿り着くことは経験則で分かっている。まあ、適当にブラついていれば何か見つかるだろう。
ひとまず自分のいる位置からすぐ
そして一番
似ているのだ。ぐねぐねした道があの病院の奥の奥、実験場の複雑怪奇さと。そしてその証拠が記憶の奥底に残っているこの場所と、この 〝 エフェクト 〟 だ。
ぐねぐねと蠢めく青いような、藻の色のような透明な物体。いや、粘液体? ぷるぷるなんて自分で言うような可愛らしい生物とかけ離れたその形、どろどろな見た目。あんまり触りたくないが、私はそれに触れる。
エフェクト、〝 スライム 〟ゲットだ。
そう、この物体は病院で見てしまった失敗例。液体の中の溶けた私たち。スライム状になった私たち。足元がどろどろに溶けていくのが分かる。手が、足が、体が、頭が、固体から液状になっていく不安定感。なのに行きたい方向に進む体。一歩進むたびに鳴る不快な水音。やろうと思えばできる頭の下までどろどろのぐちゃくちゃなスライムになり、縮む動作ができる。これは某有名な三角っぽいシルエットのスライムではなく、子供の頃流行ったりした液状化物体になるエフェクトだ。
案外心の奥底には細かい道筋を覚えているものなのだな、と妙なところで感心する。この程度のことでは僅かな恐怖と不快感を覚えることはすれど流石に発狂したりはしない。これに痛みが伴えばもれなく発狂コースだったろうが、残念だったな! って、なに一人でドヤ顔してるんだろう私。自分の夢に対して対抗意識持ったって虚しいだけなのに。
もう一度エフェクト、箒を使って細かい探索を続ける。
今回はエフェクトを手に入れて収穫があったし、なにもないようなら頬を抓って起きよう。
しかし悲しいかな、そういうことを考えていたからか立派なフラグが立っていたようだ。
マップで言えば先程スライムを取得したのが左下の方なら、今いるのは恐らく右上の方だろう。そこに薄っすらと灯った街灯が二本立っていた。おいおい嘘だろう? とぐるぐると考えながら呟く。明らかなワープポイントだ。しかもこの場所は有名だからわりと鮮明に覚えている。
「えー……」
もう疲れたよパトラッシュ。
逃げ出したくなったが勘はココを指しているようだ。好奇心が刺激されて起きるという選択肢はとうに消えている。ここを放置して次に回すなんてとんでもない!
考えていても無駄なことは分かっていたので迷わず街灯の真ん中に飛び込む。するとそこは暖色系の光が優しく灯るどこかの住宅の前に出たようだった。階段の上に一軒の家。間違いない、ここは兄妹の家だ。
確信して階段を上がっていく。周りが暗いせいか明かりの灯る玄関以外は黒いシルエットとなって沈んでいる。しかしそんなところが幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「お、おじゃましまーす」
相手が返事をしないことは分かりきっているが、日本人の性分なのか挨拶の言葉が口から飛び出る。しかし、そんな思考を嘲笑うかのようにそれは起きた。
「いらっしゃい」
大きな茶色のカーペットとシンプルなベッド。
一本だけチカチカと光る蛍光灯。
シンプルすぎる部屋の内装。
口を開いたのは私にそっくりな黒髪の男。
「アレ? そんな顔してどうしたのさ。ボクの顔になんかついてる? おっかしいなぁ、キミならボクのことも分かると思ったんだけど」
目元に刻まれたピエロのような刺青。
もしも彼が白髪であったなら、きっと鏡写しになったように私とそっくりだったろうと想像がついた。
出てくる言葉は聞き覚えのある声、口調で紡がれ、見覚えのある動作で考え込んでいる。
「まあ、しょうがないか。所詮、その程度なんだね」
彼の後ろには黒髪ロングの小さな少女。
その姿は生前の私に似ているようにも、似ていないようにも見える。
「…… は、え?」
ムッとした顔になった彼は、聞き覚えのある声で、口調で、仕草で、目で、色が違うはずなのに私は彼を 〝彼〟 だと認識しているのだ。
思考がガタついて何も考えられない。頭の中が真っ白だ。
思考停止、それが私にできる唯一のことだった。
だって、あまりにも残酷すぎる。
大好きで大好きで、でも現実に居たら面倒くさそうな人だなと、そう思っていた人が目の前にいる。そんなことが信じられると思うか? だってだってこんなことって、こんなことがありえるわけがない。
「そんな顔されても困るよ。まったく、誰だって
目の前には、絶対に会いたくなかった人が、会えないと思っていた人がいた。
そう、そこには
・夢
あんなコトがあったのに「なんだ夢か」っとなっているのは発狂のし過ぎのせいです。
両親が目の前で死に、阿鼻叫喚になったのに取り乱すわけでもなくただ少し後悔しているだけだなんてオカシイくらいですよね。狂人ほど冷静だとか常識人っぽく見えるってよく言いますから。
ついでに、夢の中での左右は基本的にゲームと同じでさび枝さんから見てではなく、プレイヤーから見ての左右で基本的に書いております。さび枝から見てと、プレイヤー側から見た方向、どちらが分かりやすいかどうか意見をお願いいたします。
・答え合わせ
彼には必ずご登場願いたかったのです。出番を考えた結果、こうなりました。
・エフェクト
スライム回収。全回収まであと14個。