錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 幼年時代の思い出から得た神聖な貴重なものなしには、人間は生きてゆくこともできない 〟



No.--『番外小話』ー写真ー

 「お写真を撮りませんか?」

 

 橙子ちゃんの元へ行ったときにそうメイ子さんが提案した。

 

「え、でも私、素顔出せないよ?」

 

 だが、橙子ちゃんは困ったような顔をして言う。少しくぐもった純粋そうな声に心苦しくなりそうだ。なにこの子超天使!

 

「それなら私も、ヘルメット被ったまま並んで撮るよ。それならいいでしょ?」

「ええ、そうですね。ささ、並んでください。防護服越しでも笑顔はちゃんと写りますから」

 

 ほら、翠君も思い出は大切だと言っていたし、なにか形に残るも物を作って置いた方が良いのかもしれない。メイ子さんもそれを感じているのか、それとも、ただ単純に写真を撮りたいのかは分からないが、こんな長閑(のどか)な日があってもいいだろう。目の前で揺れるメイ子さんの三つ編み尻尾を見ながらそう思った。

 

「ほらほらお嬢様方窓のところに並んでください。撮りますよ」

「ダメ!メイも撮るんだよ!」

「そうですよ、一緒に写りましょう!」

 

 狼狽しているメイ子さんの手を二人して引っ張り、お互いにクスリと笑う。予想外のことが起きたときにメイ子さんは弱い。困惑とも、喜色ともとれる面白い顔をしている彼女に悪戯気に笑ってから「タイマーがあるでしょ」と後押しする。

 

「か、かしこまりました。それでは、私は後ろに」

 

 メイ子さんの言葉を遮るように私が言う。後ろで微笑む彼女もいいが、私的には保護者な位置取りよりももっと仲の良さそうな写真が撮りたいのだ!

 

「それもダメ!ほら、真ん中でしゃがむの!」

「あ、そうするの?よし、それにしましょう!ほらメイドさんも早くー!」

 

 上手く橙子ちゃんも乗ってくれたことだし、安心だ。これならメイ子さんも断れまい。

 

「あらあら……承知いたしました。では、いきますよ」

 

 苦笑いをしてカメラをセットし、窓際へと小走りで近づく彼女を真ん中にしゃがませて両隣から挟み込み、片手でピースをする。綺麗に結われた黒髪からシャンプーの良いに香り。思わず顔が緩みそうになる変態衝動を抑えて橙子ちゃんを見る。悪戯っ子のように微笑む彼女と目が合い、また正面を向いた。

 

 パシャリ

 

 乾いた音が鳴ってカメラが作動する。終わったことが分かり、すぐさま立ち上がったメイ子さんはどこか嬉しげに歩き、撮れた写真を見定めている。

 

「どうだった?」

「ええ、綺麗に撮れましたよ。はい、どうぞ」

「わぁ、本当に綺麗に撮れてる!メイドさん凄いねぇ」

 

 メイ子さんからカメラを手渡されて覗き込む。

 薄いオレンジ色の暖かいイメージを持つ壁紙に窓際の観葉植物。窓の外には青々とした樹が生えていて、青空を引き立てている。そしてその前にいるのが私たち。正面から見て真ん中で穏やかに微笑むメイ子さんに、左隣に照れ笑いをしている橙子ちゃん。右側に満面の笑みを浮かべて大きくピースサインをする私。少し、恥ずかしい。

 

「お嬢様、お写真を撮るのであればお友達のお二人の所でも一枚いかがでしょうか?」

「あ、それいいですね。行ってきなよ、凪ちゃん」

 

 ふいにメイ子さんがそう言った。相変わらず微笑んでいるので真意は読めないが写真を撮るのが楽しくなってきたのだろうか。だが、今日は橙子ちゃんと遊ぶ約束があるのだ。

 

「え、でも約束は?」

 

 私が言うと橙子ちゃんは朗らかな表情で「私は大丈夫だよ」なんて言う。

 

「思いついたときにするのが一番だもんね!」

「うーん、橙子ちゃんがそう言ってくれるならじゃあ行って来ようかなぁ」

「それでは行きましょうか」

 

 手を繋がれながら橙子ちゃんの部屋を出る。

 

「じゃあまたね、橙子ちゃん!」

「またねぇ~」

 

 さて、次は姉さんたちだ。

 

「こんにちわー」

 

 この時間ならば二人ともりん子姉さんの部屋にいるだろう。私は行けないこともあるが、二人は、というかヒイラギ姉さんはほぼ毎日りん子姉さんの部屋へと通っている。昼食の時間は終わっているし、大丈夫だろう。

 

「ん、馬鹿凪じゃない。今日は約束があったんじゃないの?」

「あら珍しい。あんたが約束を放ってこっちに来るなんてなにかあった?」

 

 初っ端からわりと酷いことを言うヒイラギ姉さんは置いといて、やはり約束があると言っていたのにこちらに来たのは珍しく感じられるのだろうか。

 

「橙子ちゃんのところで写真を撮ったんだよ。だからこっちでもと思って」

 

 ジト目になってヒイラギ姉さんを睨むが、包帯をしているのでどこ拭く風。りん子姉さんは面白そうに眺めているだけ。まあ、無駄な抵抗はやめておいて、本題である。

 

「へえ、そうなの。残念だけど、私ベッドから動く気ないから。義足をいちいち付けるのも面倒だからね」

 

 りん子姉さんが言う。やはり足を切ってしまったのももう不要だからと考えているようにしか思えない。それとも、言葉通りにただ面倒なだけなのか。にやにやした笑いになんだか複雑な気分になってくるがいつものことなのでスルー。

 

「ならベッドに座ってるところでもどう?」

「私は別にいいわよ。でも、現像したのはあとで頂戴ね」

「ならそれで」

 

 ヒイラギ姉さんの許可も得たことだし早速写真を撮ろう。

 

「メイ!」

「はい、承知しておりますよ」

 

 メイ子さんがカメラを持って前に出る。りん子姉さんはその場から動かず、ヒイラギ姉さんを手招きしている。見えないはずなのだが、ヒイラギ姉さんも頷いてベッドに座る。今回は三人なので普通にメイ子さんに撮ってもらうことにする。

 

「はい、チーズ」

 

 パシャリ

 

 二度目のシャッター音が鳴る。というか、メイ子さん意外とお茶目だった。まさかメイ子さんの口から「はい、チーズ」が出てくるとは思ってもみなかった。

 

「では、現像して参りますのでお待ちください」

 

 そう言って彼女が持ってきたのは二枚の写真。

これからはずっと私の部屋に飾っておこう。そう思った。

 

 

 

 


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