錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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Bad end⑥【楽園】

 これで、何度目の肝試しだろう。

 毎回同じ配役。毎回同じ展開。毎回同じ結末……

 

 予定調和に進んでいく楽園での生活。

 この、掃き溜めのような、ゴミ箱の中のような、それとも同じことを繰り返すしかないゲームの中のような?

 そんな世界で暮らし始めてどれくらい経ったのだろうか。

 

「お前は、本当にそれでいいのか…… ?」

 

 悲しそうに呟く彼の手よりも、愛しい〝 友達 〟の手を取った世界。

 きっと幸せになれるだろうと、思っていたのに。

 人間とは、すぐに飽きてしまう残酷な生き物なのだと、すぐに思い知らされることとなった。

 ああ、楽しいはずなのに。優しい世界に憧れていたはずなのに。同じことしか繰り返さない仲間たちに、失望してしまう。

 ループする反応に、先を知ってしまった虚しさ。

 次はこんな反応をするだろう。今度はこんなことを言ったら?全て試してしまった。

 唯一変化し続けるのは罪木ちゃんだけで…… けれど彼女ももう、飽きている。

 いつ諦めるのか? いつになったらこんなつまらないお芝居をやめさせてくれるのか? そんなことを囁き始めた彼女に泣いて縋り付き、続きを要求する。

 呆れられてもいい。ただ見捨ててほしくない。その一心で。

 

 私は、遥か空の向こうから聞こえてくる呼びかけを頭を抱えて無視しながら、それでも帰ることに意味を見出せなかった。

 帰ってしまえば、きっと残酷な現実が待っているに違いない。

 

「きっと皆怒ってますよぉ」

「……」

「皆、本当に生きているんでしょうかぁ?」

 

 もはや隠す気のない彼女に抗うこともできず、ただただ惰性で続けていくだけ。

 やはり、彼女との自由行動をしてしまったのが過ちの始まりだったのだ。

 

「ずっと一緒にいてくれますかぁ? ずっとずっとずっと、一緒に生きてくれますかぁ?」

 

 その言葉に、頷いてしまったのが過ちだった。

 分かっているけれど、もはやその選択を選ぶ前には戻れない。

 

「お嬢様」

「凪ちゃん」

「凪」

「…… 凪」

「バカ凪!」

「凪ちゃん」

「おい、お前」

「凪」

「凪」

 

 メイ。織月姉さん。うつろちゃん…… りん子姉さん。ヒイラギ姉さん。橙子ちゃん。怪物クン。お父さん、お母さん……

 

 私の心の中を犯すように入り込んでくる彼女の手が、記憶を引きずり出しその再現を試みた。

 それから全員生存している。死んだはずの人たちが、今この〝 楽園 〟に。

 一片の狂いもなく再現された大切な家族たち。大切な友達。姉妹。そこに違和感が入り込む隙などなく、ただ甘ったるくて私自身を腐らせるような理想の姿を映し出し、笑う。

 私に笑いかける。

 皆が幸せで、皆が生きていて、皆が私を受け入れてくれる。

 たとえそれがワンパターンだとしても、たとえそれに飽きてしまっていても、手放したくなどない。

 

 まるで底無しの沼のように。

 足を取られたらもう自力で出ることなどできない。

 

 戻ることのできたタイミングは、自分で弾いてしまった。

 だからこれは罰なのだ。甘い、甘い拷問。優しい懲罰。

 失ったモノ全てを、偽りとして再び目の前にぶら下げられ、分かっていながらそれに飛びつかずにはいられない。

 現実に帰れば失った家族は2度目の死を迎えることとなるのだ。

 私には、それができない。もう1度皆を殺すことなど、できるわけがないんだ。

 後悔していた、ずっと。

 それを叶えられると知って、後悔を無くせると知って、黙っていることなどできない。私の自己満足でしかない贖罪。

 本当ならば現実に帰ってからしなければいけない贖罪。

 幻想にそれを求める私は、ただただズルをしているだけ。先延ばしにしているだけ。

 

「きっと、あなたを待っている人なんていませんよぉ? ここ以外には」

「…… 罪木ちゃん」

「はい、なんでしょうかぁ?」

「私、許されないよね」

「はい、あなたは誰にも許されません。きっと」

 

 赦されるべきではないのだ。

 彼女が後ろから私を抱きしめ、その手で目を覆う。なにも見えない真っ暗な視界。それになぜだか安心感を覚えて肩の力を抜く。

 だらりと、垂れ下がった手足と体重が彼女の体にのしかかっているはずだ。けれど、罪木ちゃんはびくともせずに私を支えたまま私の肩へ顎を乗せる。

 

「ごめんなさぁい、狛枝さん。私、飽きちゃったんですぅ」

「え?」

「だから、もうおやすみなさい……」

「罪木ちゃっ……」

 

 視界が明るくなると、そこにはもう誰もいなかった。

 

「な、なに?」

 

 私は困惑し、急いで立ち上がるとコテージから外に出る。

 いつものようにホテルからは軽快なBGMが流れ続けているが、どこか空虚にも聞こえるその音楽は同じフレーズを繰り返している。

 

 どこか、おかしい…… ?

 

 そう直感してホテルに入る。いつも七海さんがいたゲーム台は無人だ。

 時計を見ればちょうどお昼時だったが、レストランにも人の気配はない。

 食事が人数分用意され、キッチンには作りかけのシチューが火をかけたままになっていて、鍋をかき回してみればだいぶ焦げ付いていた。

 花村クンが料理を放ってどこかに行くだなんてありえない。

 なにか用事があったとしても、火を点けっぱなしにするなんてことは絶対にないと言える。

 

 よく見れば食事も少々手をつけた跡があったり、誰も手をつけていなかったりと様々だ。

 まるで先ほどまで誰かがここにいたかのように。

 

「なんでっ!?」

 

 私はそのままレストランを後にし、皆のコテージをそれぞれ訪ねて回った。

 何度扉をノックしても、ベルを鳴らしても誰も出てこない。

 

「そ、そうだ生徒手帳は……」

 

 生徒手帳のGPS機能で皆の場所を見ればいい。

 そう思って確認したものの、立ち上げたその画面に私は言葉を失った。

 

「なんで、どうして……」

 

 いつもなら可愛らしいドット絵が島のどこかしらに散っているのだが、どの島を見ても、どの場所を見ても誰の顔も見当たらない。

 ただ自分のドット絵だけが虚しく現在地にあるだけで、誰もいない。

 どこにもいない。

 

 それでも信じたくなくて、全ての場所を探し回った。

 

 旧館。ロケットパンチマーケット。砂浜。牧場。空港。中央の島の公園。それからそれぞれの島へ。

 旧館はまた前のように埃を被っているし、いつもロケットパンチマーケットで食糧漁りをしている十神クンがいない。

 砂浜にあるはずのモノモノマシーンはただのヤシの木に。牧場で暇を潰している西園寺さんも、破壊神暗黒四天王と一緒に笑う田中クンもいない。

 空港でたまに機体を眺めている左右田クンもいない。

 橋を抜けた先の公園にはモノクマか、モノミがいてもおかしくないのに誰もいない上に銅像が元のまま残っている。当然モノケモノもいない。

 

 2の島のダイナー。ビーチ。ビーチハウス。ドラッグストア。図書館。遺跡。

 ビーチでトレーニングした後、ダイナーでよくハンバーガーを食べている終里さんや弐大クンもいない。

 よく罪木ちゃんが入り浸っているドラッグストアは無人で、図書館によくいるソニアさんもいない。当然図書館で調べ物をしている十神クンだっていない。

 ああ、ここで階段から落ちたんだっけ。なんだか、もう懐かしい。

 

 3の島のライブハウス。病院。映画館。電気街。モーテル。

 元気にギターをかき鳴らしながら恐ろしい歌を歌う澪田さんも、それを撮影する小泉さんもいない。

 病院はただのホラースポットのようになっているし、映画館は閉館の文字で入ることすらできない。

 電気街にいそうな左右田クンはここにもいない。空港でもここでもないならどこにいるというのだ?

 モーテルはどの部屋も無人である。

 

 4の島の遊園地にも、5の島の苦手な軍事施設にも立ち入ったがどこにも誰もいない。

 探し回って、くたくたになってホテルに帰る頃には夕方となっていた。

 

 レストランにあった食事は変わらずそこにあり続けている。

 まるでどこかの船の話のようだ。メアリー、セレスト号。

 先ほどまでそこに人がいたかのような状況で無人となった船の話。

今まさに、私はその状況の中に取り残されている。

 キッチンの食料が補充された様子もなく、もしかしたらマーケットも永遠に補充されないのかもしれない。

 なんとなく、嫌な予感を抱きながらコテージのベッドに飛び込む。

 

 これが悪い夢であってほしいと願いながら、目を瞑る。

 けれど、次に目を覚ましたときも翌日も、そのまた翌日も皆が戻ることはなかった。

 

「飽きられちゃったんだな」

 

 いつか、終わりのときが来るかもしれないとは覚悟していた。

 いや、覚悟していたつもりで、先延ばしにしていただけかもしれない。だって、そのときが来ないように願っていたから。

 そんなときが来ることを知っていながら目を逸らして、逃げてしまった。

 そのしわ寄せが、これだ、

 

 目の下にできた隈がどんどん濃くなっていくが、私はちっとも眠れなくなってしまった。

 食べ物も喉を通らず、ずっと聞こえていたはずの〝 救いの声 〟までもこの世界から消失してしまった。

 

 私はもう、この世界でひとりぼっちになってしまった。

 逃げ続けたツケを払うときがきたのだ。

 覚悟して挑んだことを放り出し、甘い罠に飛び込んだ報いがやってきたのだ。

 

 誰もいない世界。色褪せた世界。

 私だけになってしまった世界。

 抗うことを放棄したその先に待つのは滅びだけだった。

 

 最後に幸せな夢が見られて良かったと言えばいいのだろう。

 あれが彼女の、江ノ島盾子の優しさだったのだろうか、なんてね……

 

 十神クンは皆に自分を打ち明け、光に進んでいくだろう。

 花村クンは原点を思い出し、母に会いに行くだろう。

 小泉さんは世界中を周り、悲劇とその中に咲く笑顔を伝え続けるだろう。

 辺古山さんと九頭龍クンはお互いに気持ちを打ち明け、対等な立場で守り守られ続けるだろう。

 澪田さんはその独特な世界観と、性格の明るさで世界を魅了していくだろう。

 西園寺さんは実家の期待を背負いながら、しかし甘えられる人物を見つけて強かに生きていくだろう。

 罪木ちゃんは己のできることを見つけ、私がいなくても強く生きられるようになるだろう。

 弐大クンはいつまでも豪快に、格好良く人々を支えるマネージャーを続けるんだろう。

 田中クンは荒廃した世界で動物たちと歩み、1筋の希望の光となるだろう。

 七海さんは彼の心の中できっと生き続ける。そして、忘れられることなんてないだろう。

 ソニアさんは1国の王女として、国民に希望をもたらすよう努力するのだろう。

 左右田クンは荒廃した世界でも、その技術で復興のための希望になるだろう。

 終里さんは弐大クンと共に世界を回って弟たちにしたように、子供たちを助けるのだろう。

 日向クンは希望も絶望も関係なく、全ての人々を未来に導いていくのだろう。

 

 そうして、残りはただ1人になった。

 

 そこに、私はいらない。入らない。

 こんな甘い罠にかかってしまうような哀れな蛾はもがけどもがけど鮮やかな蝶々になれるはずもなく、蜘蛛の巣から逃れることもできないのだ。

 

 5の島のとある一室で、決して開けられぬよう何重にも鍵をかけて座り込む。

 本来ならあるはずの毒薬はドラッグストアに置いていない。

 ドッキリハウスにも、毒薬は置いていない。ならば、〝 自然 〟に存在するものしか、私が使うことのできる毒はない。

 今は誰もいないのだから、ルールを気にする必要もない。

 サイレンが鳴ったところで、ルール違反を処罰するモノクマが出てくるのなら大歓迎だ。

 

 誰もいない世界で暮らすのはもう疲れた。

  ここで暮らしたのは数ヶ月…… いや数年だろうか? 途中で数えるのをやめてしまい、もう私にはどれくらい経ったのかが分からない。

もしかしたら夢の外と時間の経過が違って、外では1週間と経っていない可能性だってある。

けれど、私にとっては数年単位。

 生きることに執着していたくせに我慢が足りない? 期間が短すぎる? …… そうなのかもしれない。

 けれど、焦がれても誰1人会うこともなくたった1人だけというのはとても寂しい。

 人間というのは、1人だけで生きていけるものではないのだ。

 

 ありったけのプルメリアから小瓶に白濁液を集め、ハチミツと混ぜたものを用意してある。

 調べたところ、これで致死量は超えているはずだ。

 飲みやすさを重視してわざわざ甘くして、そして逃げ出さないように自分でも開けるのが困難になるほど厳重に扉を閉めた。

 

 これで最期。

 私はハチミツを混ぜてもまだ苦いそれを、むせながらも必死に飲み干した。

 そして用意した睡眠薬を服用し、無理矢理目を瞑る。

 

 暗く暗く、夢の底よりももっと暗い場所へ堕ちるように……

 

 1人ずついなくなり、幸せになった。

 けれど最後に残った1人は逆の道を行った。

 

 16人から15人に。

 

「……」

 

 15人は脱出し、残った1人が死に……

 

「あれ…… ?」

 

 世界が、揺らいだ。

 そしてヒビが入り、そこから現れたのは……

 

「迎えに、来たぞ」

「えっ、ひ、日向…… クン?」

「俺は日向創のアルターエゴだ。本人が向かうと、お前のプライバシーを侵害することになるだろうと思って、俺がこの世界を壊しに来た」

 

 この世界を…… 壊す?

 プログラムでできた彼にときおりノイズが混じる。

 けれど、その手はまっすぐとこちらに伸ばされた。

 

「俺じゃ、不満か?」

「…… 日向、クン」

「俺は本人じゃない。だから、今お前がなにを言っても、しても〝 俺 〟の記憶には残らない」

 

 存分に、泣いていい。

 そう言われた気がした。

 それから、私は確かめるように彼の手へそっと手を重ね、見上げる。

 感触を確かめるように握って、やっと掴んだそれを目にしただけでもうダメだった。

 

「あ…… なっ、なんで…… いまさら……っ」

「遅くなって悪い」

「わっ、私が離しちゃったから…… っ、私が、迷ったから…… ! だ、だからもう、キミに会えないと思っ…… っ」

 

 みっともなく、彼に抱きついて泣いた。

 わんわんと。顔面を酷いことにしながら。きっと迷惑だろうな、なんて構ってられなかった。

 幸いなことに本人から許可をもらっている。

 普段多少虚勢を張っている分、人に見せられないような弱みを前面に押し出しながら……

 

 今だけは、感情に任せて。

 

 10人のインディアンの最後の1人は、首を吊っていなくなるか、結婚していなくなるかの2パターンあるらしい。

 つまりこれは、そういうことなのだろう。

 

 

 

 15人が脱出し、残った1人に迎えが寄越され――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Bad end⑥―

And Then There Were None(そして誰もいなくなった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・条件
 5章豚神以外と自由行動を取る。
 (本編では気絶してスキップしていた)
 最良のエンドではないため、バッド扱いです。V3の限定版にくっついてくるアニメ2.5オチです。


 さて、これにて錆の希望的生存理論は本当に完結となります!

 ときたま行事 (クリスマスやバレンタインなど) の際に良いアイディアが思い浮かんだときはこれからもEXTRAとして追加していきますが、これからはV3小説の方に力を入れていきたいと思います。
 なにとぞ、ご容赦くださいませ。

 私は、皆様から頂いたお声を励みに頑張ってくることができました。
 それがなければ、きっと週間投稿などはできなかったでしょう。
 さび枝の物語をきちんと全て送り出すことができて、私は感謝の気持ちで一杯です!
 それでは読者の皆様方、長い間のご愛読…… 本当にありがとうございました!
 
 水海セツ様よりいただいた挿し絵です。
 ありがとうございます! 本編最後のあとがきにも挿し絵を追加させていただきました。


【挿絵表示】



【挿絵表示】


 氷華枦様よりいただいた挿し絵です。
 ありがとうございました!


【挿絵表示】


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