錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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キミと極楽鳥花の約束を

 クルーザーでめちゃくちゃな運転の末、流されるままに辿り着いたのは皮肉にも第4の島だった。

 

「…… ん? あれ、別に4の島なら皮肉に思う必要ないはずじゃ?」

 

 自分の心の声に、今度は現実で声を出して疑問の言葉を投げつける。

 なんだろう、この不思議な感じ。

 

「ま、いいか」

 

 大方プログラム世界でなにかやらかしたのだろう。

 そんな風に結論付けて上陸する。クルーザーは流されないようにしっかり固定し、辺りを見渡せば一面瓦礫だらけの廃墟だった。

 そりゃまあそうか。中央の島は未来機関がある程度整備しているがここら辺まで手が回っているわけじゃない。遊園地なんて楽しげな物があるはずもなく、なぜこんなところに来てしまったのかと溜息を吐いた。もう少し暇を潰せそうな場所なら良かったのに。

 ついでに少しの物資かなにかあれば、それを載せてぶらり世界中ふらり旅なんて洒落込もうと思っていたが、やはりそう上手くはいかないな。

 

 義足の練習がてらに瓦礫の上をバランスを取りながら歩いてみると、まるでそこに本当に足があるように動いて、バランスを取れていた。さすが左右田クンだ。そこは絶大な信頼を置いているので心配などしていなかったが、こうも自然に動くとエフェクトの通り自分がダルマさんになってしまった事実をうっかり忘れそうだ。

 とんっ、とん、と軽い足取りで瓦礫を蹴って跳ねていく。

 さながら川の石畳を飛び跳ねるような、もしくは子供が縁石の上をバランス取りながら歩いていくような、そんなお遊びの感覚で進んでいく。

 我ながら、追われているだろうに暢気なものだ。

 

「よっと、はあ…… はあ……」

 

 でもすぐに息は上がった。

 ずっとプログラムにかけられていて、その間の栄養は恐らく点滴だけだったろう。筋力が急激に低下していてもなんらおかしくはない。

 元々もやしだっただけに更に貧弱さに磨きがかかってしまっているようだ。

 少しだけ痩せた腹と腰を軽くシャツを捲り上げてみて確認した。

 うへえ、気持ち悪い。ただでさえ痩せ型だったのにこれはないわ。病的な痩せ方ってやつかな? バランス悪すぎて本当に気持ち悪い。

 しかもなんか右わき腹辺りになんか黒ずんだような打撲痕っぽいような痣が見受けられる。まるでそこが刺されたみたいな変な痣だ。

 

「槍でも刺さったかな?」

 

 なんて冗談を独りで呟きながらそこら辺に出来ていた水溜りに顔を映す。

 すると額にも大きく黒ずんだ痣。触ってみても痛くないし、傷痕があるわけじゃない。なのに大きくついた血の流れたような、痣。

 なにか…… そうだな、木のような比較的柔らかいもので何度も何度も打ち付けたならこんな風な傷跡になりそうなものだけれど、生憎と私には身に覚えがない。

 

「案外、本当に死んだのかな?」

 

 あまりにあまりな大怪我具合にくすりと笑う。

 まったく、そのままくたばってれば良かったのに。

 我ながらしぶといなあ。そんな生に執着したいのかよ。笑わせてくれるね。私にもう生きる意味はない。メイがこっちを向いてくれないなら、私を必要としてくれる人なんてもういない。誰もいない。

 散々痛い目に遭ってきたんだ。今更一瞬の恐怖に怯えるほどか弱くはない。痛めつけられるよりも死ぬほうが簡単だって、なんで昔の私は気がつけなかったのだろう?

 よく漫画であるじゃないか。拷問されてる人が 「いっそ殺してくれ!」 って叫んでるシーン。

 もはやこの世界に生きること自体が私にとっての拷問に等しい。

 

 あのときは殺してでも振り向かせてやろうかなんて思ったけれど、現に返り討ちに遭っている私がいるし、思うようになんていかないものだよ。

 力が拮抗していたらどこぞの猫とネズミのように永遠と追いかけっこすることになっていたかも、なんて。私が弱すぎてすぐに捕まっちゃったけどね。

 捕まえられて、やっとこっちを見てくれたと思ったらご丁寧に注射器で麻酔をかけられ、ショック死しないように手足を斬り落とされた。

 確かに殺されてもいいとは言ったけれどね、別に生かされたくはなかったんだよ。

 

 だって、私を殺すとき優しい彼女は罪悪感で一杯になるだろう?

 私をこれから殺すって禁忌の快楽。それから失敗しないようにその愛しい瞳一杯に私を映して焼き付けるのだ。私の死を。

 そして印象に残る人の死の記憶というものは、しつこい油汚れみたいに一生纏わりついて消えないものなんだ。

 錆落としなんてされてやらない。換気扇の煤汚れやらギトギトの油汚れやら、迷惑なくらいに心の隅にこびれついてやる。一生離さない。

 なにをしていても、私のいないところで幸せを掴んでも胸のシコリみたいに、いっそキミを侵す癌のように蝕んでやるのさ。

 

 なのに殺してくれなかった。

 それはつまり私に興味がないっていうこと。いや、もしかしたら知りすぎてるからこそその選択をしたのかもしれないよね?自惚れかもしれないけれど。

 

 あーあ、私の死に様はきっと素敵な呪いのプレゼントになっただろうに。

 

 呪いをかける機会は他ならない彼女によって永遠に葬りさられた。

 まったく気にくわない。おかげでもう彼女は私を見てくれないじゃないか。

 

 ぶすくれて側にある小石を蹴る。

 ドミノ倒しのように小石が大きな石に当たっていき、瓦礫が少しだけ崩れる。するとそこには 「ドッキリハウス」 の文字。

 ああ、そんなの本当にあったんだと気がつくが今の私には関係ないね。この島がどんなところだったかなんて、もう忘れてしまった。

 1度だけ旅行に来たような気もするが、覚えていない。

 

 しゃがんで派手な看板を指でなぞってみると、幾分か鋭くなっているようで義手に張り付けられた皮膚が僅かに歪む。素手だったら指でも切っていたのだろうか?

 なんとなく瓦礫に腰を下ろす。

 ああ、逃走中のはずなのになにやってるんだろう。でも、なぜかその場から動く気が起きない。やる気が失せてしまった。そもそも、私は逃げてなにかしたいのか分からない。

 なんとなく…… ただなんとなく。なんとなく助かって、なんとなく逃げて、なんとなく空を見上げて…… 〝 なんとなく 〟で生きてきた。

 

 目標も、目的も〝 生きること 〟にしか見出せなくて、なのにそれすらも失われて、どうしろってんだよ。

 

 瓦礫の上に寝転がって空を扇ぐ。

 赤褐色の、環境汚染された空だ。綺麗な青空なんて今は見ることができない。そう思うとなんだか息が苦しくなってくるようだ。

 いや、空気も汚染されてるんだっけ? 中央の島は問題ないだろうが、ここはもしかしたら空気洗浄機がないのかもしれない。

 それはそれで、いいのかな。

 

 目を手の甲で覆い、暗闇に身を任せる。

 すると、自分の身動ぎで出た瓦礫の擦れる音がより大きく聞こえてくるようだ。

 眉間を揉むように手を動かすと、ふと影が射した。

 仰向けになっているのに、影? と気になって手を退け、再び空を見上げると…… そこには、鉄板があった。

 

「っあ」

 

 恐怖に身を竦ませて体が硬直。すぐ近くで 「うぷぷぷ」 なんていうふざけた笑い声が響き渡る。

 

「っやだぁ!」

 

 死にたくない!

 咄嗟に出た考えはやはりこちらの世界で産まれた頃と変わらない。

 すぐに私がすり潰され、真っ赤なジャムに生まれ変わる。けれどおかしなことに、ジャムやペーストになっても〝 目を瞑っている 〟という感覚が存在した。

 なにか変だと疑問に思い、一生懸命瞑った目を開くとそこにはなにもなかった。というか、死んだはずなのに思考できること自体がなんだかおかしい。

 あの不気味に光る赤い左目のモノクマだってどこにもいない。

 飛び起きてから急いで辺りを見回して、歩き回ってみるが私以外のものは瓦礫だけで他の物はどこにも見当たらない。

 いや、ある。モノクマだ。それもジャンクモノクマみたいな恐ろしい姿形をしたもの。それが私に襲いかかる。

 なにも持っていない私は絶体絶命だ。モノクマを見失わないように正面を視界に入れながら後ろに下がっていく。

 

「っうぅぅ……」

 

 そしてとうとう追い詰められる。

 背後にはもう、瓦礫の壁しかなかった。

 ガオーなんて、ノイズ混じりの呑気な声をあげながらモノクマが飛びかかり、私は咄嗟に顔を手で覆った。

 

「…… ?」

 

 どんな痛みでも受け入れる覚悟で構えたが、なんの衝撃も来ない。それを不思議に思ってそろそろと瞼を押し上げると、そこには無残に潰れたモノクマの姿があった。

 

「あ、れ?」

 

 ころりと小さな石が足元に転がる。

 

「いてっ」

 

 小さな石飛礫が頭に当たり、痛みに悶えながらそれが〝 落ちて 〟きた方向を見ると…… すぐ目の前に大量の瓦礫が降ってきていた。

 尻餅をついて、目を見開く。その次の瞬間には、また頭蓋骨が割れ、鼻が潰れ、首は押し込まれ…… そしてブラックアウトする感覚が襲いかかる。

 

 救急車の音とパトカーの音。沢山のシャッター音。ざわざわと煩わしい話し声。叫び声。同情の声。そして、スイカが潰れるときに似た音が脳内を反響する。

 体が、頭が、なにもかもがどろどろのぐちゃぐちゃになっていく。

 

 嫌だ。そんなの嫌だ。死にたくない、死にたくない。

 寒い。暗い。痛い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い…… 怖い。

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら目を開けば、そこにはやはりなにもなかった。

 

「なんなん、だよぉ……」

 

 残酷な追体験を何度もしながら、私は体を抱きしめた。

 寒い、寒い。あの潰される感覚。一瞬で終わる。けれど永遠と続く苦しみ。頭蓋骨が割られて、それでも終われなければ目玉が飛び出す感触まで。

 

 今まで体験してきた〝 死 〟の感覚が私を襲い続ける。

 

 もはや私が生きているのか死んでいるのかも分からない。

 クラスメイトに野次られながら食い込んだ縄を掴んで踊り狂う白昼夢。酸の湖に突き落とされて、掻き集めても掻き集めてもどろどろに溶けていく私。お腹に通されたピアノ線でただの肉片と化す私。

 

 どの私も生きることはなくて、ただの肉へと変貌していく。

 1番酷いのは間違いなく実際に起こった圧死で、その感覚だけは妙にリアル。

 

 分かっている。こんなの幻覚だ。幻聴だ。幻痛なのだ。

 

「………………」

 

 飛行機事故で焼かれて死ぬ私。

 飛行機の扉が剥がれて外に排出されて血飛沫になる私。

 サメの餌になる私。

 船のスクリューに吸い込まれる私。

 浸水で溺れ死ぬ私。

 

 きっとこれは罰だ。

 私がやってきたことが幻覚として襲いかかってくる。

 もう脳味噌がぐちゃぐちゃでおかしくなりそうなほど実感した。

 許されるわけがない。いや、許されてはいけない。それが本能的に分かっているからこそ、抵抗なんてできずただ肩を抱いて震えるしかなかった。

 

 なにが動いても、それこそ風が吹くだけでも身が竦んで動けないんだ。

 

「っもう…… やめてよ……」

 

 そんな状態でも、私の耳は僅かな足音をキャッチした。

 いや、これも幻聴なのかな? 今度は誰に殺されてしまうのか。

 諦観が浮かんだ顔で目線を上げる。視線が定まらない。目が霞んでいる。よく見えない。体の動かし方を少しの時間見失っていたようで、〝 見上げる 〟という行為さえ難しかった。

 

「……」

「…… っは、あくしゅみ」

 

 そこには、ガスマスク越しにも分かるほど瞳を潤ませてこちらを見つめるメイがいた。

 最後にこれを持って来るとは、私の幻覚も大概いい趣味してるよ。

 

「なんのつもり? …… まあいい、今度こそ私はキミを殺してみせようか」

 

 都合の良い位置に転がっている石を手に取り、思い切り彼女に向かって投げれば開戦だ。

 

「……」

 

 彼女は話さない。

 

「あのね、キミがいくら努力したってさ。キミが大好きな〝 お嬢様 〟なんて帰ってこないよ?」

 

 目線で武器になりそうな物を探しながら、やれやれなんてポーズで嘲笑う。

 

「こんな私でごめんね。残念ながら純粋な〝 狛枝凪 〟ちゃんは殺されちゃいましたってね。他でもないキミにさ!」

 

 私を絶望に堕としたのは紛れもない、メイの行動そのものなんだから。

 

「キミはいい加減諦めるべきだと思うよ? 諦めも肝心ってね。殺してくれないキミは用無しだよ。ほらっ、新しいご主人様の前で尻尾でも振ってこいよ!」

 

 煽り倒し、挑発し、叫ぶ。

 けれど彼女は表情の確認しづらいガスマスクを被ったまま首を振る。

 

「あなたは、まだ死にたくないと思っているでしょう?」

「はあ? デタラメなこと言わないでよ。キミに殺されるなら本望だって言ったの覚えてないの?それとも私からの甘えなんて要らないって?」

「……」

 

 突然、突っ立っていた彼女が走り出し、間合いを詰め始めた。

 案外早いその攻撃に私は不慣れな義足で追いつけず、倒れ込む。

 首元にひやりとした感触があてがわれ、ああナイフなんて持ってたんだなと変なところで感心するよ。

 

 私は、とっくにこれが幻覚ではないと気づいていた。

 

「ならなぜ、目を瞑るのでしょう? 怖くないのでしょう?」

「屁理屈言わないでよ。これはただの反射的な反応だよ。自然なことでしょ?」

「そちらこそ屁理屈をこねるのはおやめになってください。素直に私のお話が聴けないのなら駄々をこねる幼児以下ですわ」

「言うねぇ…… そこまで言われるとさすがにムカつくや。いいよ、少しなら聴いてあげる」

 

 前世からの年齢合わせて大分あるというのに幼児以下? それって精神的にお子ちゃまって言いたいわけ?

 まったく、これだから大人は……

 

「率直に言うと、あなたは馬鹿です」

「はあっ!?」

「お静かに。人の話は最後まで聴きましょう」

 

 うわっ、すごい煽ってくるなあ。なんだよもう。

 

「あなたはテレビの視聴も途中で投げ出したでしょう?」

「テレビって?」

「コロシアイ学園生活です」

「そんなの見る価値ないって」

「ほう、ならなぜ…… 私が1度江ノ島盾子に従っていたことを知っているのでしょうね?」

「……」

 

 それは、まあ確かに途中で視聴を投げ出したのは確かだからね。

 

「あれは…… あなたの居場所を探るためにしたことでした」

「…… そんな嘘、私が信じるとでも? 嘘は嫌いだって言ってるよね?」

「どうぞ、そう思いたいのならばご自由に」

 

 ああもう、本当ムカつく対応だ。

 

「私はあなたが学園にいるからこそ、スカウトを受けたのです。なのにその学園にあなたがいない。探さないわけないじゃないですか」

 

 筋は、通っている。

 

「きっかけは最初の動機でした。あなたが映っていました。つまらなそうに教室でクジを引きながら、早く入学してくれと。クラスメイトを紹介するからと」

 

 そういえば学園長に言われてそんなビデオレター撮ったな。

 

「次の瞬間には、教室は荒れ果て殺人現場のようになっていました。心配しないわけ、ないじゃないですか」

 

 まあ、メイなら監禁場所に殴り込みに来ることなんてありえるけれど。

 

「だからモノクマと取り引きしました。協力者になる代わりに、あなたの居場所を教えるようにと」

「でも、キミはあいつに忠誠を誓ったでしょ? それを私が見るとは思わなかったの?」

「私、言いましたよね。〝 私の主人はただ1人だけです 〟それは、あなたのことなんですよ、凪…………」

 

 なんだその言葉遊び。まるで……

 

「私、モノクマが主人だなんて1度も申しておりませんわ。嘘では…… ありませんよね?」

 

 まるで、私と同じことを。

 

「は、ははっ…… よくできた嘘だよね…… 思わず信じそうになっちゃったよ。でも騙されないよ? 残念……」

 

 姉妹揃って、なに、してるんだか。

 

「さて、もう1度質問しましょうか」

「まだなにかあるの?」

「あなたが私の話を大人しく聴いてくださったのはなぜでしょう?死ぬのは怖くないのでしょう?あなたの言う所の〝 嘘 〟を聴きたくないのなら、無理にでも動いて距離を取ればいいじゃないですか」

「っあのね」

 

 言葉が出なかった。

 前の私なら躊躇いなく首から出血することも厭わず脱出しただろう。ナイフを持った相手に首を差し出したままなんて馬鹿のすることだ。大人しく話を聴いたところで解放されるとは限らないのだから。

 

「もう1つ…… 本当に殺して欲しいのなら、涙を流すのをやめていただけませんか?」

「質問じゃ、ないじゃん……」

 

 彼女の顔が近づけられる。

 首に当てられたひやりとした感触が食い込んで来る。

 そのたびに溢れる涙は止めようとしてもどんどん奥から溢れてきて抑えきれなかった。どうしてだ。死にたいはずなのに。彼女に殺されるのなら本望のはずなのに、どうしてこんなに涙が出るんだ。

 

「あなたの望んだ結末は、どんなものですか?教えてください」

「………… なっ、と…… ぃき…… た、い」

 

 なんだ、この気持ちは。

 プログラムにかけられる前はこんな風に〝 おかしく 〟なったりしなかった。なのにどうして勝手に口が動くんだ。

 

「あなたは死にたいのですか?」

「し、にたく…… なんて…… ないよっ」

 

 おかしい。私はおかしくなってしまったのか?

 

「あなたの渇望した未来は…… どこにありますか?」

「みんな、のところ、に……」

 

 どうしてどうしてどうして。

 

「あなたが命懸けで掴んだ結果は、無意味だったんですか?」

「無意味なんかじゃないっ!」

 

 命懸け…… ? なんのことなのか分からないのに、どうしてこんなに勢いよく否定した?

 

「あなたは約束を破るような薄情な方でしたか?」

「約束……」

 

 待って、待って。そんなにいっぱい言われても分からないよ。

 

「また一緒に、皆様と一緒に遊びたいのではないのですか?」

「わ、たし…… 私は…… っうううう!」

 

 仰向けだからか、このまま自分の涙で溺れてしまいそうだ…… なんて。

 

「くろうさぎさんとやり遂げたことは無駄ではないでしょう…… ?」

「う、さぎ…… と、がみクン…… ?」

 

 確かに彼は詐欺師だけど黒うさぎって。なんて単純な…… あれ、なんで、すぐに彼だって分かったんだろう…… ? あれ? あれ?

 

「何度でも問いかけますよ。あなたは、どうしたいのですか?」

「死にたく、ない。みんなと…… 皆と、生きていたい………………」

 

 私がそう言うと、彼女は静かに微笑んで空いた手で私の髪の毛をすくい取った。

 

「…… よくできました」

 

 優しく、子供に言い聞かせるように。

 

「ずっとあなたに誤解されて苦しんでいました…… けれど、その誤解を植え付けた私はもっとあなたを苦しめていました。こんな私を、許していただけますか…… ?」

 

 こんなの、ずるいよ。

 

「許す。許すよ。メイこそ…… 信じられなくて、ごめん」

「いいえ、私が考えなしだったのです」

「メイ…… でもね、私のことは許さないで。お願い」

 

 たくさんの人を不幸にした。

 私は誰から許されても、彼女にだけは、1番大切な人にだけは許されてはいけない。軽すぎるくらいの罰だろうが、私にできるのはこれくらいしかない。私は自分の罪と向き合わなければならないのだ。

 

「…… 畏まりました」

 

 そう言って彼女が離れる。

 

「あっははははは! それ、それっ…… あははは……」

 

 彼女が持っていたのは、ただの〝 スプーン 〟だった。

 私は最後まで彼女に騙されていたのだ。

 

「ナイフとは一言も申しておりませんわ」

「くっ、ふふふふふ…… そうだね。そうだよね…… っふふふ」

 

 彼女が私を脅しつけるのにスプーンを使った。

 その事実にいっそ清々しく笑った。そんな騙し方、私くらいしかしないと思っていたのに! 血が繋がっていないのが不思議なくらい手段が似ている姉妹だよね。

 

「まだ完全には思い出せないんだけど…… なんとなくプログラム中に居た私の気持ちが分かるよ…… おかしいね、記憶は上書きされないと思ってたんだけど」

「1度経験したことはリセットされたとしても、なくなりませんよ。そういうことなのでしょう。覚えていなくとも、あなたは覚えているんです。他の皆様もそうでしたよ」

「そっかそっか。人の体って不思議だね」

「ええ」

 

 凶器がスプーンなんていう間抜けな結末だったが、それなりに緊張したし恐怖を感じたためか体は疲労感を訴えている。

 

「帰りましょうか、皆様のところへ」

「…… 怒られない?」

「叱られてください」

「……」

 

 お叱りを受けるのは覚悟しておこう。

 でも、それができるのは生きているからだ。皆が生きているから。

 …… なら、大人しく叱られよう。いくら大声出されようと罵倒されようと受け入れよう。

 

 全員から叱られるだなんて、夢のような…… それこそ奇跡のような光景に違いないから。

 

「私、あの建物でカフェなんてものを営んでいるんですよ」

「…… それは、キミのケーキがまた食べるってことだよね。嬉しいなあ」

「暫くは栄養をつけていただきたいので、ケーキに限らずたくさん食べてくださいね? 約束ですよ」

「うん…… 約束」

 

 小指を絡めて指切りげんまん。

 なんて既にあげるべき指はないのだが、約束を破るつもりなんてかけらもないのだから必要ないだろう。

 

「平和な世界に戻ったら、個人経営の小さな喫茶店でもやりましょうか」

「…… うん」

 

 未来へ続く約束。

 それが私たちを繋ぐ鎖だと分かっていながら、頷く。

 キミから逃げるのは、もうやめたから。

 

「…… 行こっか」

「ご案内します」

 

 壁に寄りかかっても瓦礫に体を預けても、もう幻覚を見ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…… さて、俺たちは先に帰るか」

「へ? 合流しなくていいんですかぁ?」

「そんなの野暮だろ?」

「でもぉ、同じクルーザーなのに先回りなんてできるんですかぁ?」

「心配は無用です。僕に不可能なことは……っとと」

「日向さぁん、口調……」

「っともかく!クルーザーであいつらより先に帰れはいいだけの話だろ。なら大丈夫だ」

「はぁい……」

 

 




・極楽鳥花
 花言葉は 「輝かしい未来」
 タイトルを意訳すると「キミと輝かしい未来の約束を」となります。

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