錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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No.5385『天獄』―夜―

 朝言われたモノクマからのノルマは魚40匹分。

 それらは昼前で既にクリアし、夜ご飯用に保存してあったので私は寝ているだけで夜まで過ごしたようだ。起きたときにそう罪木ちゃんが言っていた。

 昼の間にあったはずの自由行動はそのせいでスキップしたことになるが…… どうせ彼女たちと交流してもカケラは手に入らないからやらなくてもいいだろう。

 

 夜になり、採集の際に行く山エリアの麓へ集まる。全員海産物やら山菜やらを用意してきていて、モノクマが用意したバーベキューセットの準備を始めた。

 花村クンもバーベキューに関しては1人で切り盛りするわけにもいかないので皆でワイワイと準備する形になっている。魚の内臓を処理したり、ドリンクを配ったり、サザエやホタテに醤油を垂らしたり…… 様々なことをやっている人たちを横目に私はアニメや漫画なんかでよく見る、ダイレクトに魚を丸焼きにする役を買って出ている。

 案外美味しいんだよね、これが。

 別の方向では塩焼きにしたり、魚を使った本格的な料理を作っていたり、つぼ焼きにしている貝を終里さんが素手でつまみ食いしていったり、ちょっとしたお祭り状態だ。

 

 でも、やっぱり物足りない…… なにか、足りない……

 

 そんな空虚感を身に染みながら手を動かした。

 沢山ある海産物はほとんどが終里さんや十神クンの胃袋に消えていくけれど、たまに調理する役も代わってくれるので食いっぱぐれることはなかった。

 ウニやフグなんて調理しづらいものはちゃんと花村クンが出しているので安心して食べることができる。こういうとき調理師免許持っている人がいると安心感が違うよね。

 

 花火をやってみたりと盛り上がってきたところにモノクマが現れた。

 さっきまで生の鮭を、あの手でどうやってか食べていたというのに、なにかまだイベントがあったろうか?

 …… そういえば今朝なにか言っていたっけ。

 

「オマエラー、楽しんでますかー!」

「はい!」

 

 そこは返事しなくていいところだよ、ソニアさん。

 

「楽しんでもらえてボクはなによりです! ところで、先ほど夜時間となりました! この意味がわかる人いるかな?」

「おお、確か肝試しじゃったか?」

「……」

「どうした終里?」

「なんでもねーよ」

 

 一瞬終里さんの手が止まるが、その後は何事もなかったかのように魚が刺さった串を口元に運んでいく。

 確か、彼女はお化けがダメなんだったっけ。案外弱いところもあるもんだと思ったものだが、本人は隠しているようだし知らないフリをしておかなくちゃ。

 そもそも彼女とはカケラを埋められていないから知らないはずなんだけどね。

 

「そう! 嬉し恥ずかし肝試しー!」

「なんか趣旨が違くねーか?」

「んなもんどーでもいいんだよ! 肝試しですよソニアさん!」

「おお、ジャパニーズホラーですか? 楽しみですね田中さん」

「左右田元気出せよ、な?」

「うっせうっせー! オメーもリア充だろーが!」

 

 九頭龍クンと左右田クンってあんなに仲よかったっけ? なんて疑問に思いつつそういえばそんな話してたなぁとやっと思い出した。

 

「お化けなんかはこっちで用意してるからオマエラは存分に楽しんでね!」

 

 お化け…… モノケモノとかじゃないよね?

 

「ということでくじ引きねー!」

 

 この場合、くじ引きでなにを引いたら幸運になるんだろう。

 順番にくじを引いて行き、全員に配られたタイミングで紙の折ってある部分を開いてみる。そこには赤で7と書かれていた。

 女子の赤かと思ったが、よくよく考えてみれば男女別でくじを引いたわけでもないので謎だ。

 

「まあまあ和一ちゃんは落ち込むことないっすよ!」

「あ、ああ、悪ィな澪田。オメーが嫌なわけじゃないからな」

「そんなの分かってるよ! ただおばけ相手には頼りないって思ったくらいっす!」

「っだー! 正直だなおい!」

 

 …… うん、左右田クンって怖いのもダメだもんね。

 

「ひゃう!」

「っと、罪木か。すまない」

「だ、大丈夫ですよぉ」

 

 罪木ちゃんの悲鳴で振り返ると、こちらに来ようとしていた彼女が盛大に転び、十神クンに起こされているところが見えた。

 腰に手なんて回しちゃって、案外彼もやるなぁ。

 気を取り直して、今度は慎重に罪木ちゃんがやってきて 「狛枝さんは何番ですかぁ?」 と訊いてきた。

 なるほど、一緒がいいのか可愛いなあ。

 

「7番だよ」

「そうなんですねぇ!」

 

 パッと顔を明るくした彼女はしかし、自分のくじを見た途端真顔になり、そして取り繕ったように 「ああ、残念ですぅ」 と言った。

 

「一緒だったらよかったんですけどぉ」

「そっか、罪木ちゃんは何番?」

「6番ですぅ。惜しいですねぇ」

 

 分かりにくいが、絶対になにか予想外のことが起きたと見える。

もしやくじ引きになにか細工でもしていたのだろうか。

 

「おい、7番はお前か?狛枝」

「あ、十神クン…… うん、そうだよ」

「まあ、見れば分かる」

 

 もう既に他の人は組み終わっているみたいだし。

 罪木ちゃんは花村クンのくじを見て露骨に顔を引きつらせている。

 2人っきりで花村クンと肝試しとは……なかなか精神的に疲れそうだ。

 …… 主に下ネタトークのせいで。

 

「7番目、ということは最後だな」

「そうみたいだね」

 

 食事もそこそこに1番目のソニアさん、田中クンペアが山の中に入っていく。山の上の方にある崖で写真を撮るのが条件のようなので、1組につき結構時間がかかるらしい。30分くらいだろうか。

 その間は待っている人たちで飲み食いしながら鉄板の熱を保たせていればいいらしい。

 こちらには十神クンもいるし、暫く鉄板が冷めることはありえないだろうね。

 

 2人が山の中に入ってから15分が経過。

 2番目の澪田さん、左右田クンペアが出発した。左右田クンは既に足がガクガクしていて気が進まない様子。それを澪田さんが無理やり腕を引っ張って行ったので悲鳴がドップラー効果で残されていく。

 ときどき悲鳴が聞こえるからどの辺にいるのか分かって非常に面白い。

 この頃になると鉄板の上にあった貝類は食べ尽くされてしまった。

 ホタテとサザエは美味しく頂いたよ。アワビは競争率が高くて1つしか食べてないけどね。

 

「じゃ、オレらも行くか」

「ああ、では行ってくる」

 

 ソニアさんたちが出発してから30分。

 九頭龍クンと辺古山さんが3番目として山の中へ。

 それからほどなくてしソニアさんたちが帰ってきた。撮ったという写真は崖上で自撮りしたと思われるものが1枚。星空をバックにした綺麗な1枚だ。ソニアさんが自撮り風に撮影し、その後ろで田中クンが厨二病ポーズを取っている。撮影係がいたらきっと2人でポーズをとってたんだろうなと分かる仲の良さだ。

 

「まだ食いたりねーよぉ」

「ほら行くぞぉ! 山の中でトレーニングじゃあ!」

 

 食べたばかりでトレーニングして大丈夫だろうか。それと、あの2人早く帰ってきそうだが大丈夫だろうか。

 その後更に10分くらい遅れて左右田クンたちが帰ってきた。

 どうやら左右田クンがビビっていたのもあるが澪田さんが随分自撮りに拘っていたみたいだ。

 澪田さんが遠くにいる左右田クンの頭をかじろうとするような遠近感を利用した写真を作ってきている。正直すごい。

 その5分後きっかりに5番目の小泉さん西園寺さんが出発。

 九頭龍クンと辺古山さんもこのすぐ後に帰ってきた。左右田クンたちが手こずっていただけでこの2人は時間きっかりだ。

 写真は自撮りに慣れていないためか、1人ずつ順番に撮ったみたいで2枚あった。

 

 十神クンが焼きそば焼いて食べ始めたんだけど、もしかして締めに入ってる?

 

「焼きそばじゃねーか!」

「うおっ、終里!?」

 

 山の中で散々叫んだらしい左右田クンが小腹を埋めているとその横からひょっこりと終里さんが顔を出した。20分くらいしか経って居ないのだけれど、もしかして走ってきたのかな。軽い汗をかいているようだから柔らかいタオルを渡して、後から汗ひとつかかずに帰ってきた弐大クンには冷たい飲み物を渡した。

 早いなぁ。

 写真は弐大クンの撮ったらしいブレッブレの終里さんだけだ。

 恐らく走り込みしながら撮ったんだろうけど、彼女を止める暇もなかったのだろうか。

 

「お、お手柔らかにお願いしますぅ……」

「んふふ、ぼくがしっかりリードするからね! あ、十神くん火の管理よろしくね! 十神くんが行ったあとは小泉さんたちにお願いしてもらえると嬉しいな!」

「ああ、分かった」

 

 花村クンと約束して十神クンは全ての鉄板を見回りながらときおり魚や山菜に手を出している。もうすぐ大量にあった食材も無くなってしまいそうだ。

 運動してお腹を空かせた終里さんがいるから尚更そうだな。すごい勢いでなくなっていくし。

 

「そろそろか」

「小泉さんが帰ってきたら行こうか」

 

 火を任せるために少し遅れて帰ってきた小泉さんたちを迎えた。

 2人でたくさん写真を撮ってきたみたいだ。さすがの小泉さん。自撮りなのにブレひとつないし2人とも笑顔で写っている。素晴らしいね! 良いものを見せてもらったよ。

 

「頼むぞ」

 

 そう彼が言い残して山へ足を踏み入れる。

 森のように木々が生い茂っていて足場は良いとは言えないが悪路というほどではない。

 30分で行って帰って来れる場所とのことなのでそんなに苦戦することはないだろうなあ、と感想を抱いて前を行く彼に着いて行く。

 

「あれ、こっち遠回りじゃないの?」

「こっちでいいんだ」

 

 目的の場所へは近道するルートで皆通っているはずだが、彼はあえて遠回りにしようとしている。その意図を測りかねて立ち止まりかけたが、その腕を引っ張られて連れて行かれる。

 正直危機感がなさすぎだろうと思うが、彼相手にそんなことが起こるはずがないと安心しているせいか足取りは軽かった。

 

「罪木ちゃんたちとすれ違えなかったけど……」

「遠回りしているからな」

「そ、そう……」

 

 もしかして、罪木ちゃんを避けている?

 そう考えて黙る。なぜ彼がこんなことをするのか、皆目見当もつかない。おばけ役だろうモノケモノたちも出てこないし、本格的にどこへ向かっているのか分からなくなってきた。

 えっと、ちゃんと目的地には向かっている、んだよね…… ?

 

「……」

「……」

 

 元々積極的に喋る人ではないとはいえ、これはちょっと気まずいかも…… ? いや、これは私が焦ってそう思っているだけか。

 相手の意図が読めないと本当に怖いよ。

 

「あの、十神クン……」

「なんだ?」

 

 返事は、してくれる。気にしすぎだろうか……?

 

「改めて、お昼は助けてくれてありがとう……」

「ああ、まさか落ちるとはな」

「私だって落ちるとは思ってなかったよ……」

 

 からかうような口調にムッとして強く言うが、彼が軽く笑いを漏らしている。効果はないようだ。子供扱いされているようでなんだかなぁ。

 

「目はもう大丈夫か?」

「うん。腫れてたけど瞼を切ったりはしなかったみたい」

「なら、いい。お前も大変だな」

「うん…… 幸運なのはいいんだけどね。あんな感じで怪我することも多いから正直あんまり自分の才能は好きじゃないよ」

 

 自分だけならまだしも、大切な人まで奪う才能なんて…… 大嫌いだ。

 

「ふん、才能に振り回される…… か」

「……」

「俺の場合、〝 生まれつき誰でもなかった 〟ことが才能になったんだろう」

「…… え?」

 

 死ぬ前、確かに彼と才能の話をしたけれどそんな深く話はしなかった。それに、ここはモノクマが見せている夢でしかないと思っていたのだが…… それならこんなことを言うものなのか?

 

「キミ………… 十神、クン…… ?」

「なにを言っている。俺は俺だろう」

 

 なぜ、キミまでここにいるんだ。

 私たちは…… 失敗、してしまったのか?

 

「狛枝、ここは楽園だ」

「う、うん…… そうかもしれない。実際、ちょっと心惹かれてるくらいだし……」

 

 彼がこの世界を受け入れている?

 それがショックで、侵食が進んでいく。私も染まれば楽になれるだろうか、ドロドロとしたなにかが身体中を這いずり回るような気持ち悪さを感じながら自身を抱きしめるように俯く。

 けれど、彼はなにも変わらず私の前を歩いている。

 

「だが、本当にそう思っているのか?」

「え…… ?」

 

 やっと崖上に辿り着いたが、彼は手元でカメラを弄びなからこちらを向く。その顔はとても真剣だった。

 

「この平穏はお前が幼少期過ごした病院となにも変わりはしない。そうじゃないのか?」

 

 いつか破綻する。

 いつか壊れてしまうことが分かっている。そんな偽りの楽園。

 確かに、少しばかり似ているのかもしれない。

 

「十神クン…… ?」

 

 でも……

 

「お前が渇望したという未来はこんなものか? そうだというなら…… 俺は失望したぞ」

 

 その前にさ、なんでキミが……

 

「……」

 

 なぜキミが私の育った病院の環境を、知っているの…… ?

 

「キミは、誰?」

「…… 〝 今 〟の俺は十神白夜だが、俺に真の姿なんてない。名前もない。姿もない。ましてやお前でもない俺は誰でもないだろう?」

 

 まさか、そんなはずはない。

 だって彼はあのとき確かに……

 

「私が、渇望した…… 未来」

 

 そこには、キミもいた。

 キミもいたはずなんだよ。でも、それは無理だと思っていた。

 だってキミは。

 

「俺の最初の記憶はどこかの汚い路地裏だった…… そこから、誰かに成ってずっと生きてきた…… だから、それ以前の俺は死んだ。それでいい」

 

 そうか、だからキミは…… 罪木ちゃんの取った〝 くじ 〟を自分のと交換したのか。こうやって私が私でなくなってしまう前に、話をしたかったんだ。

 

「キミが本当に取ったくじは6番だったのかな?」

「よく、気がついたな」

「ここまで言われれば嫌でも分かるよ。罪木ちゃんとぶつかったときか…… あるいは助け起こしたときかな? 彼女からスるだなんて随分と〝 悪い 〟ことをするんだね」

「そこまで分かっているのならいい。お前は選ぶべきだよ。どうしたいのか、答えを出さなければいけない」

 

 崖の近くで、星空をバックにした彼からぐん、と腕を引っ張られるが、バランスを崩すくらいですぐにその手は離されてしまった。

 

 しかし、彼はおかまいなしに崖下へ背中を預けるように沈んでいく。

 

「狛枝さぁん!」

 

 草をかき分け、慌ててやって来たらしい罪木ちゃんが必死な顔をして私の背後から腕を伸ばす。

 伸ばされた、2本の腕。

 

「そっか」

 

 もう、選択しないといけないんだね。

 私が…… 私が選ぶべきなのは…… 一瞬の、迷い。

 そのとき、崖の向こうから甲高い……

 

 ―― ホイッスルの音が、聞こえた気がした。

 

「私はっ」

 

 腕を伸ばす。

 今度こそ振り払わないようにしっかりと。

 

「狛枝さぁん、どうして!」

「ねえ、キミはもしかして…… かい……」

「……もう言えないだろうから、言っておく。〝 すまなかった 〟…… それが〝 俺 〟の未練だったよ」

 

 パキリ、と世界にヒビが入った…… ような気がした。

 

 罪木ちゃんが辛うじて掴んだ鈴のミサンガは、彼女の手がかかるとすぐにぶちりと千切れ、りんと涼やかな音を立てて落ちていく。

 

「きっかけは、作ったぞ」

 

 笑った彼は、彼の顔は……

 

「義眼…… ?」

 

 世界が、セカイが砕け散る。

 ガラスのように、呆気なく。そしてゴミ箱の底は見事に破れ、私の視界もまた……黒に包まれていく。

 

 

 

 

 

「遅れて、ごめんな…… 約束通り、迎えに来たぞ」

 

 

 

 

 私の腕を取ってくれるのは、1人だけじゃない。

 そんなことも、忘れていただなんて……

 なんて、情けない。なんて、悔しい。皆を信頼していなかったのは私のほうだったんだ。

 

 けれど、胸に抱いたのは…… 確かに〝 希望 〟と呼べるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 お盆とは少しずれちゃいましたねぇ。

・詐欺師
 日向やカムクラと同じ原理

・病院
 あの人たちには戸籍がありません。
 そして、生き残りに謎の看護師…… つまり……

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