錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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ーHeaven in the trash boxー
『屑入れの中の天獄』


 

 

「それじゃあオマエラ! 今日のノルマは夜までにお魚40匹だからね! お昼にはチャンドラビーチでスイカ割りもするから集合するように! 夜にはバーベキューしながら花火大会を開催するし、その後にはな、なんとワックワクのドッキドキ肝試しがありまぁす! だからオマエラ、振るってご参加くださいね!」

 

 ホテルではなんだかとてもまともそうなことをモノクマが言って、それぞれが仕事に行くことになった。

 今までもずっとそうしてきたのだと皆は言うのだけれど、残念ながら私にその記憶はない。

 

「じゃあ狛枝はいつも通り釣りだな!」

「オレらはチャンドラビーチの方でバンバン獲ってくるから安心しろよなー!」

 

 終里さんや弐大クンのような武闘派はモリを片手に第2の島へと駆けていく。

 どうやら私は本当に釣りをするしかないみたいだ。少し不安だが、この不安もきっと直に薄れていくだろう。

 

「狛枝さんは疲れているみたいですし、今日は涼しい木陰で一緒に川釣りでもしましょうかぁ?」

「うん、なんだか混乱してるみたいだからそうしてもらえると助かるかな……」

 

 彼女に向かって笑いかけようとするのだが、なぜかうまくいかない。うまく笑えない。失礼だろうかと考えて頑張って笑おうとするのだが、表情筋がどうにもストライキしたかのように動かない。

 

「ご、めん…… なんか、不安で…… うまく笑えないや……」

「大丈夫ですよぉ。私がちゃんと看ていてあげますからぁ」

 

 ぽふり、と頭を撫でられて俯く。

 安心する。そのまま抱きしめてくる彼女に少しだけ恥ずかしい思いをしたが、体からどんどん力が抜けていくように受け入れていった。

 その暖かさに身を任せて、今度はうまく微笑むことができた。

 

 だけれど……

 

 胸の奥で、なぜかじくりと痛んだような気がした。

 

「…… 俺も山に向かおう」

「あれ、白夜ちゃんは山っすかー? 珍しいっすね」

「あれ! いつもはモリ片手に海だけど…… まあいいわ。アタシたちは貝しか集められないし、そっちは頼んだよ!」

 

 山に向かうのは私、罪木ちゃん、十神クン、そして田中クンに山菜収穫のソニアさんだ。

 西園寺さんなんかは着物で動きづらいため、小泉さんについてまわって持ちきれなくなった貝の荷物持ちをするらしい。そんなことを彼女がするなんて、小泉さん効果はすごいなあと感心しながら山の方へ向かう。

 

「鈴をつけておけ。お前にはそれもあるだろうが、念のためだ」

 

 そう言って十神クンに渡されたのは手首サイズの鈴つきミサンガだ。

 そして、首元を指さされてそういえばホイッスルを所持していたのだと思い出した。なぜ、今まで気がつかなかったのだろうか?

 なんとなく…… 今の自分にはホイッスルがないと思っていたのだけれど、そんなことはないはずなのに。

 胸元のホイッスルを確認して虫除けスプレー。それから左手首にミサンガを巻いて山道を歩く。鈴が必要なのはクマ対策だろうか? モノクマだっているのに、なんだかチグハグだ。

 

 …… ミサンガに込める願い事はどうしようかな。ま、飾りでくれたんだろうし込めなくてもいいだろうけど。

 

「ここの渓流ならお魚もたくさん釣れそうですよぉ」

「今日の夕食になるんだ。狙うならヤマメかアユだろうな」

 

 そんな簡単に釣れてたまるか! と思っていたのだが、2人に教えてもらいながら釣りをしたところ入れ食い状態に。しかも季節感バラバラで動物の森かなにかのようにどんどん釣れていく。

 2人のペースは何十分かに一回くらいなので10分そこらで反応がくる私がおかしいんだよね。それも結構いいのばっかり。クーラーボックスはすぐにいっぱいになってしまった。

 

「エサも使い切ったようだし…… そろそろ行くか」

「まさかお昼になる前に終わっちゃうとは思いませんでしたぁ。狛枝さんはすごいですねぇ」

「そ、そうかな…… ?」

 

 妙に褒められるのがくすぐったくて頬をかく。

 クーラーボックスを1人で持ってくれている十神クンにお礼を言ってホテルまで戻ることにした。

 

 チリーン……

 

 すると、山を降りる途中でやたらと響き渡るように鈴が鳴る。

 周りが静かだからかとても存在感があった。先ほどまではまったく気にならなかったのに、私はそれが気になって立ち止まってしまう。

 

「どうしたんですかぁ?」

「おい、狛枝そこから動け!」

「へっ? …… あいたぁ!?」

「言ったそばからそれか……」

 

 私の頭の上に降ってきたのはまさかのイガグリ! 季節外れなんてものじゃないが、どうやら収穫できたものが増えたようだ。まったく不運なんだか幸運なんだか分かったものじゃないな。…… これは一体どちらなんだろうね。

 

「でも、なんでイガグリ? ここって常夏の島だよね」

「モノクマが言うには、ここは楽園に相応しいなんでも揃う島らしい…… 俺も何度か季節外れのものを見つけているから、そんなものなのかもしれないな」

「きっとそんなものですよぉ…… 季節じゃなくてもいろんな果物が食べられますし、ますます楽園みたいな場所ですねぇ。離れるなんてもう考えられませぇん」

 

 十神クンは興味ありげに、そして恍惚として言う罪木ちゃんに私はまた違和感を持った。

 

「え、罪木ちゃんは帰りたくないの?」

 

 とっさに口走ってしまった言葉は取り返せないけれど、私自身、なぜそんなことを言ったのか分からない。

 けれど、その言葉が口から出てきてしまったのだ。

 

「こんな素敵なところで暮らすのって憧れませんかぁ?」

 

 憧れは、ある。

 けれど、完璧なんてこの世にはあり得ない。なんでも揃う楽園。本当にそうなのか? でも、それを否定するだけの材料も今のところは見当たらない。

 

「ここには、飛行機で来たのか船で来たのか…… 分からないけれど、事故もなく皆無事にこうしているのを見ると…… 少しいいなあ、とは思うよ」

 

 だって、誰も私のせいで死なないから。

 ここでは私は死神でもなく、不幸な幸運でもなく、ただの女子高生として皆と交流できる。誰も死なず、私を置いて行かず、そばにいてくれる…… それってとても喜ばしいことなんじゃないか?

 ドロドロに甘い汁を与え続けられるような、地中に埋められてひたすら栄養源を与えられるガチョウのような、そんな危ういけれど、幸せな生活。

 もしそれが私によって壊されることがないのなら……

 才能なんて気にしないで生きられるようなら……

 ここは、確かに楽園と言えるのかもしれない。

 

「あれ、でも…… 罪木ちゃんは残してきたお姉さんのこととかは、いいのかな?」

 

 その一言で、彼女が一瞬別人になったかのように思えた。

 けれど、なにごともなかったかのように罪木ちゃんは 「私は一人っ子ですよぉ?」 と笑顔で言う。

 あれ、そうだったっけ。

 

「そっか」

 

 好きだから、好きだから薬漬けにして、そうして彼女なしで生きられない体に…… そんな不幸な姉は、この世界にはいないのだ。

 不幸な人間など、誰1人いないのだ。

 だから無理矢理納得するように頭を振る。

 

「十神クンは?」

「…… 俺は」

 

 それっきり口を閉ざす彼に首を傾げて追求するも、 「いや、なんでもない」 とはぐらかされてしまう。

 

「お前が幸せなら、それでいいだろう」

「…… なんのこと?」

 

 相変わらず意味深なことを言う彼だが、追求して答えが出ないのならそのまま答えを示されることは絶対にない。だから疑問を引っ込めてそのままその背に着いて歩く。

 

 

 

 

 ―― エラーが発生しました

 

 

 

 

 

「いっ……」

「どうした?」

「なんでも、ない……」

 

 視界がぐるぐる回る。

 なにが嘘で、本当だったっけ? 分かんない。分かんない。分かんないなら、放棄してしまえ。放棄すれば全て楽なんだ。だからそうすればいい。

 いつもやっていたように、見て見ぬフリ、聞かないフリ、知らないフリ、そうしていれば楽だから。()となにも変わらぬ自分でいればいいのだ。

 

「早く、行こうか…… スイカ割りなんていつぶりだろう。楽しみだね」

「そうですねぇ」

「……」

 

 十神クンからの視線を感じる。

 しかし、私には関係ない。だって気づいていないんだもの。

 このまま過ごしていれば幸せなんだから。私を心配してくれる人なんて、誰1人としていないのだから。この島で、私を必要としてくれる人たちの中で生きたい。惰性のようにでも、生きていたい。

 

「具合が悪いなら、コテージで休みますかぁ?」

「ううん、スイカ割り参加したいし…… ちゃんと行く。けど、時間になるまでは休んでようかな……」

 

 

 

 ―――― 様

 

 

 

 私を必要としてくれる人なんて、きっとどこにも、いないんだから。

 

 

 甘い甘い、天国のような地獄の中で迷子になってしまった私は抜け出すことができない。だって幸せだから。与えられるだけの幸せに捕まって、抜け出す気も起きないほどドロドロに骨まで浸かって、まるでどこかの同人誌にでもありそうな、堕ちていく光景。

 誰かが手を伸ばしていても、今の私はまた(・・)振り払ってしまうかもしれない……

 

 私は人殺し。

 意図していなくても、人の幸福を奪い去ってしまう死神。

 だから、本当は分かっていても怖かったんだ。

 ここがいまだに夢の中だと気づいていても、起きるのが怖かった。

 

 嫌われてしまうのではないか。

 恨まれてるんじゃないか。

 あの子の心が離れているんじゃないか。

 仲間が絶望に飲まれて死んでいるんじゃないか。

 裁判のときのはただの綺麗事で、本当は皆怖かったんじゃないか。

 

 そんなネガティヴな思考に飲まれて、揉まれて、混ざり合って…… その隙間に誰かが楽園の夢を見せている。

 

 分かっていても、抗えない。

 いや、違う…… 抗いたくないんだ。

 現実を見るのが、とてつもなく怖いだけ。私は、とても臆病だから。

 

「私とずっと一緒に、いてくれますよねぇ?」

 

 十神クンと別れたあと、お昼まで少しだけ休むことにした私は自分のベッドに体を押し付けられていた。

 

「休むんじゃ、なかったっけ……」

「添い寝するだけですよぉ」

 

 私は、抗わない。

 

 そして……

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 

 ―― 彼女は、向き合うことを放棄しました

 

「なーんて、素敵なシナリオよね! 絶望的だわ…… ふふふふ、もっと、もーっと優しくしてあげるわ、セ・ン・パ・イ。そしてそのまま、堕ちていってね」

 

 その世界を見下ろす誰かがほくそ笑む。

 けれど、その誰かは侮っていた。

 

 一体のアバターが自分の手を離れていることを黙認したのは、間違いだったのだと…… その女は、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 幸せには勝てなかったよ…… (絶望顔)

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