錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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いつかの信頼関係

「え…… ?なんでキミがここに………… ?」

 

 マスカットタワーの入り口に立っていたのは……待ち望んでいた罪木ちゃんではなく、きちんとした服装に眼鏡、見覚えのある巨体。

 

 ―― 要するに、十神クンがそこにいた。

 

「お前、なにを企んでいる? そんな武器まで持って、こんな呼び出し状まで用意して、なにをしているんだ」

 

 詰問するような言い方で、こちらにやって来る彼。

 思わず一歩下がるが、キッと睨みつける。

 軽く時間を確認してみると、あとほんの少しでモノミに頼んだ妨害が始まる。なら、私がやることは……

 

「…… なにを、企んでるかって?」

 

 走り出し、彼に肉迫。時間はゼロに。

 凍った血液が入った鉄パイプを喉元に突きつけてから、腕を下ろした。包帯をつけていないのでかなり冷たく、鉄パイプが手のひらに張り付いているのが分かる。これを剥がそうとすれば皮も一緒に剥がれてしまうだろう。

 10分もしたら手元の氷も結構溶けてしまいそうだし、私には手身近に済ませてしまうか、それとも諦めるかの2択しかないのだ。

 

「…… 俺を殺すのではなかったのか?」

「…… はあ」

 

 せっかく、せっかく計画したことなのになぁ。

 他の人なら逃げてくれるだろうし、ともかくとして彼にバレてしまったら諦めるしかないじゃないか。

 …… 元々は、この世界の秘密を知っている人間が死ぬことで皆を4章のこのドッキリハウスから解放するのが目的だったのだけれど。

 だから、罪木ちゃんに全てを話して、最初の目撃者になってもらって自殺でもしてやろうと思ってたんだけどね。

 既に目撃者がいるならば、私の死体を発見した人数によって混乱をさせて学級裁判もかき乱せるっていう思惑だったんだけどね。

 まあ、今日はその相談をするために呼び出したのだけれど、いざというときのために凶器も状況も用意しておいたのにさ、台無しだよね。

 でも、時間がないからもう十神クンでもいいか。

 どうせ彼には止められるだろうけど。

 

「時間が10分しかないから手身近に言うけど、これは私の独り言だからキミは気にしないでよ」

 

 彼の正面に立ち、見上げるようにしながら前置きをする。

 せっかくモノミを言いくるめて10分間モノクマに感知されない時間ができたのに、こんな形で邪魔されるなんてね…… まったくツイてないよ。

 

「……」

 

 色々疑問はあるだろうけれど、一応黙って聞いてくれるようなので遠慮はしないよ。

 

「私考えたんだよね、この島って本当に現実なのかな? って」

 

 そんなこと、普通は思い浮かばないことだけれど。

 

「教室が映画のセットみたいに開いて突然南の島に? 飛行機にはエンジンも積んでない? 動くヌイグルミに鶏を牛に変える魔法? パンフレットには書いてないのに島には橋がかかってるし、そもそも天気が崩れたのはモノクマが出てきた最初の日だけ…… 他にも色々違和感はあるけれど、1番は観光地だったはずのここに人が全くいないわりに物資だけは豊富ってところ。これ、どう考えてもおかしいよね」

 

 本当の1番は、自分自身の記憶が頼りなのだけれど。

 

「だからね、私はある結論に達したんだよ」

「…… 言ってみろ」

「うん、私は気づいちゃったんだよね。〝 この世界は夢の中 〟だってことにさ」

「夢だと…… !?」

 

 思わず声をあげる彼に 「そうだよね、驚くよね」 と頷いて笑う。

 

「私だって、最初は私も信じきれなかったんだよ…… 推測でしかないしね。でもさ、もうそうとしか考えられないんだよ。集団にどうやって同じ夢を見せてるのかは分からない。今までもそう思っていたけど、別に現状維持でもいいかなって思ってた。けど、今回の動機は死ぬか殺すかの2択だった…… 前に、キミも見たんでしょ? 私の日記にはたくさんの死ぬ夢が書いてあったこと…… だから、賭けに出てみようかなって」

「待て、俺はお前の日記を拾っただけで内容は手紙の照合にしか使っていないはずだが?」

 

 ああなんて、白々しい。

 それを言うのなら、私も白々しいことこの上ないが。

 

「まだ誤魔化すつもり? パーティのとき、予告状を書いて日向クンに送ったのはキミだって私は分かってるんだよ…… ねえ、そうでしょ。超高校級の、〝 詐欺師 〟さん?」

「…… なぜ、知っている」

「あれ、今度は誤魔化さないんだ? 案外潔いんだね詐欺師って」

 

 刺々しい言い方をして、挑発しながら彼を睨め上げる。

 

「私は幸運なんだよ」

「そんなものは知っている」

「あはは、私の才能を信頼してくれてるなんて嬉しいなぁ」

 

 挑発は続ける。

 

「ファイナルデッドルームとかいうふざけた部屋で、脱出ゲームと実弾入りロシアンルーレットをクリアしたら、とーってもいいものが手に入ったんだよ」

 

 そう言って懐のファイルを彼に見せびらかした。

 

「これはどうやら希望ヶ峰学園の生徒について書かれたプロフィールみたいなものらしいんだよね。でも、おかしいよね? ここには超高校級の御曹司十神白夜なんて人は書いてないんだ。代わりにあったのは名前も容姿も分からない超高校級の詐欺師だけ…… 日向クンが予備学科っていうことも分かったけれど、これって重要だよね。キミ、彼を騙してたんでしょ?」

「10分しかないんだったな? なら言うが……」

 

 おっと、それは信じてくれるんだ。まったく律儀な人だね。

 

「ああ、最初はそのつもりだったさ。日向を殺すつもりもあった…… だがお前に計画を乗っ取られて、花村の話を聞いて以来はそのつもりはなくなったんだ。…… この島を出ても、俺には居場所などないからな。人殺しをしてまで、〝 生きる 〟理由がお前たちのようにはないんだよ」

 

 蹴落としてまで生きる理由…… 存在そのものが嘘でできた彼にとっては花村クンの〝 帰りたい理由 〟は衝撃的だったんだろうね。

 

「そっか」

「深くは訊かないんだな」

「まあ、時間もないしね」

 

 もっと怒るかと思っていたけれど、案外心が広かったな。いや、元々の印象通りの心の広さだったのだけれど、日向クンと予告状のことで私が疑心暗鬼になっていただけだ。

 原作知識があったからこそ起こった思い込み、先入観。彼はそんなことをしないはずだと思っていて勝手に私が裏切られた気分になっていただけだ。彼はなにも悪くない。

 むしろ、そのほうが詐欺師らしいくらいだというのに。

 彼は自分に名前もなにもなく、他人に成り替わることしかできない詐欺師という才能だけで生きてきたはずだ。だからこそ自分の才能を私や、狛枝凪斗のように嫌っていると思っていたのだが、思っていたより適応していたみたいだ。

 原作の彼が詐欺師らしくなかったというのもあるけれど……

 

「ごめんね、キミのこと勘違いしてたみたいだ」

「それは俺も…… と言えるな。それで、お前はなにをしようとしていた?この世界の秘密を推測して、なにを考えた?」

「分かってるくせに、意地悪な人だよね…… うん、もちろん死のうと思ってた」

「…… ほう」

 

 十神クンの…… いや、詐欺師クンの目が細められた。

 まるで見定められるような目線に居心地悪く目を逸らす。

 

「きっかけはあの、絶望病だよ。あれで私は死にたいと思ってた…… 殺したいと思ってしまった…… 病気が治ってもそう思ったことは取り返せない。でも、別に絶望病に踊らされたわけじゃない。モノクマの思い通りになんてならない。私は私なりの戦い方をしたいと思えたんだよ」

「ここが夢の世界でなかったらどうする? お前は、本当に死ぬことになるぞ」

「大丈夫、確信してるんだ。ここは夢だよ。キミは見たんでしょう? 私の、〝 死 〟に塗れた日記をさ…… 刺殺首吊り電気殺薬殺みじん切りに奇妙な死…… 全部全部私の体験だよ。現実でも死にそうになってたこともある……」

 

 一拍置いて、深呼吸。

 

「本当の意味での死んだことも…… 記憶にある」

「なに?」

「前世の記憶なんて…… とても荒唐無稽だし格好いいものじゃないけれど…… 私は私が死んだあのときから死ぬことがとてつもなく怖かったんだ。だ、だからずっと見ないフリをしてきた…… けど、もういやなんだよ。私が見ないフリして、どうせ助からないんだからって放置して、それで大切な人が死ぬのはもう嫌なんだよ! もう諦めたく…… ないんだよ! 諦めて人の死を仕方ないで片付けたくないんだ!」

 

 気づけば彼の胸元を掴み、縋り付いて私は泣いていた。

 

「キミらのせいだよ…… キミらといるのがあまりにも楽しすぎて、幸せすぎたのがいけないんだよ…… 今まで通り知らぬ存ぜぬで過ごしてれば楽だったのに、なのに、なのにっ今は死ぬほど苦しいんだよ! 皆が死んじゃったらなんてこと考えたくない! だからっ、だから夢で死ぬのに慣れてる私がやるんだ! やらなくちゃいけないんだ! タイムアップで皆が死ぬなんて絶対に嫌だ! 全滅して、それで万が一夢だって気づいていた私が生き残ったとしても全然嬉しくない! そんなの、認めない!」

「……」

 

 たとえこれがフィクションだと思っていた世界でも!

 それでもこうして生きていることには変わらない。知らなかった一面、知らなかった表情、皆の感情。その中で、たとえどんな事情があったとしても私は生きることができた。触れることができた。

 もう、私は戻れなくなってしまった。

 死にたくない死にたくない…… でも、死んで欲しくもない! そんな欲張りな感情が狂ったように涙を押し上げた。

 

「だからやってやるんだよ! あのクソクマに目にもの見せてやるんだよ! 絶対に私は諦めないって! …… でも、キミに計画がバレちゃったから、もうこれは使えないかな…… それとも、見逃してくれる? キミは私が自殺したってことを話さないだけでいい。上手くやるから、キミに疑いはかけさせない…… だから」

「お前の話を…… 信じてやろう」

「は?」

 

 なに、言ってるんだこの人。

 

「俺は自分というものがなかった。だから他人に成りすまし、生きる術しかなかったが…… 才能に逆らっているキミを見るとどうも、ね」

「え? え? 十神クン、口調が……」

 

 口調が…… 素に変わっている…… ?

 

「これは十神白夜としてじゃないよ。ボクがキミを信じたいって思ったんだ。だからさ、狛枝さん。少し耳を貸して欲しいんだ。詐欺師の戯言だとでも思って」

 

 それから、彼は一気に捲し立てた。

 

「モノクマを騙して学級裁判を開くなら、やっぱり被害者とクロになったほうがいい」

 

 最初は自分が被害者になると言ったが、後には残酷なおしおきも待っている。なら、ある程度安らかに眠らせることのできる被害者役になってもらったほうが彼の生きる可能性は少しでも上がる。

 おしおきはクロの誇りをメッタメタに叩きのめし、心を折りにくる。それを知らない彼にクロになってもらっても、結局苦しい場面を押し付けるだけだし、それを彼が耐えられる保証もないのだ。

 だから、彼に被害者になってもらうのは苦肉の索だった。

 

「もし、裁判で必要になったら…… 予告状のことをバラしていいかな? 名誉を…… き、傷つけることになるけれど」

「構わん」

 

 そのときだけは、なぜか十神クンモードに戻って断言された。

 

「あ、あのさ…… 詐欺師クンって名前、ないんだよね…… ?」

「そうだけど…… 不自由したことはないよ?」

「でもさ、詐欺師クンじゃ呼びづらいし、うさぎクンって呼んじゃダメかな……」

「それがボクを見て、その印象で決めたあだ名なら歓迎するけど、なんで兎なの?」

 

 彼は自分を見てつけられたあだ名なら必ず喜ぶ。

 それは西園寺さんの豚足ちゃん呼びを笑顔で許容していたことからも分かる。けれど彼に兎っぽい部分はまるでない。

 

「キミ、モノモノヤシーンで引き当てた〝 黒ウサギ読本 〟好きでしょ。部屋に積み重なってたよ……」

「えっ!?」

 

 黒ウサギ読本は様々な詐欺の方法が書かれた本だ。

 それも、詐欺師相手に詐欺を働くクロサギと呼ばれる方法ばかり載った本だったので、彼は詐欺師の中でもきっと〝 クロサギ 〟なんだろうと思ったのだ。

 

「バレてない皆の前では呼ばないでほしいけど、いいよ」

「そうだよね、だめだよね…… え!?」

「だから、いいよ」

「あ、ありがとううさぎクン!」

 

 これから死ぬというのに、クロと被害者になるというのに、懐で鳴ったのは希望を告げる音で2人ともびっくりしたものだ。

 

「暑い…… ね」

「仕込みは上々…… さて、覚悟はいい?」

 

 薬を用意して、鉄パイプを転がし、その場で削ったものの大分溶けてしまった杭を両手で持つ。

 クロロホルムは乾いてきているが、気分を悪くさせる程度のことには使えた。

 そして10分前と同じ位置に戻り、3、2、1……

 

「…… ごめんね」

「なっ」

 

 謝る私に、驚いたように構える十神クンの背後に周ってひと突き。

 

「ああああああっ!」

 

 クロロホルムで多少体調を悪くしているだろう彼の背中に心臓に向かって突き入れる。

 グリグリと手を回して傷口を抉ってみるが、うまく貫けず苦しげな声が聞こえてくる。

 

「っく」

 

 そこで背中向きに倒れて来た彼に驚いたフリをしながらさらに押し込む。そこで杭がやっと突き抜けたが、中で折れてしまったようで抜くこともできず、溶けて鋭くなった氷が私自身をも突き刺してしまう。

 焦って動こうとするけれどなにもできず、気絶もなかなかできなかった私は暑さで喉が渇いて、自由な方の手で喉を掻き切らんばかりに毟った。

 

「っは…… う、く……」

 

 苦しい、苦しい、でも、彼はもっと苦しい。

 私がこんな弱気になってちゃだめだ。生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ……

 

 喉が渇いてお腹も空いて暑くて頭がどうにかなりそうでそれでも耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて……

 

 …… 私の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 

「…… きて……………… さぁん………………」

 

 私が目を覚ますと、そこは砂浜だった。

 青い空、白い雲、目の前には、私を心配気に覗き込む罪木ちゃん。

 よく見ると、周りの皆もやっと起きたか…… みたいな反応をしている。

 

「あ、れ…… ?」

「良かったぁ…… 突然倒れて心配していたんですよぉ。これで全員揃いましたねぇ」

 

 周りにいるのは罪木ちゃん、小泉さん、澪田さん、西園寺さん、辺古山さん、ソニアさん、終里さん、花村クン、十神クン、九頭龍クン、田中クン、弐大クン、左右田クン…… 2人足りないけれど。

 

「あれ、七海さんは? それに、日向クンも……」

 

 私がそう言うと、目の前の罪木ちゃんは目を丸くして首を傾げる。

 

「え?誰ですかぁ、それ。ここにいる14人で全員じゃないですかぁ。ほら、モノクマさんもホテルで待っているらしいですし、早く行きましょう?」

「…… え? モノクマ? どういうこと? 待って、待ってよ!?」

 

 頭の中がうまく纏まらない。

 この子はなにを言っているんだ? だって七海さんは…… 七海さんは……………… あれ、七海さんって…… 誰、だっけ…… ?

 日向クンも………… あ、あれ? なんで、なんでなにも思い浮かばないんだ? どうしてだ? あれ? そもそもなんでそんな名前が出てきたんだっけ…… ? おかしい…… な。頭がぼんやりする……

 

「なに言ってるんですかぁ。ここはジャバウォック島で、ここにいる14人は希望ヶ峰学園の計らいでこうして修学旅行に来てるんじゃないですかぁ。モノクマさんはその引率の先生だって言ってましたよねぇ…… お話、忘れちゃいましたぁ? うーん、暑さで弱ってしまっているんですねぇ…… 早めに涼しい場所に行ってお休みしましょうかぁ」

 

 暑さで…… そっか、暑さで記憶が飛んじゃってるのかな。

 これも落ち着いたら治るかな…… でも、なんでだろう。なんで、こんなにも、不安になるのだろう。どうして、恐怖を覚えているんだろう…… けれど、優しく看病する彼女の手が私の髪を梳く度心地よさに微睡んで行く。

 

「おい、大丈夫か?」

「う、うん……」

 

 〝 怯えもせず 〟肩を貸してくれる左右田クンに僅かな違和感を感じながら皆でホテルを目指す。

 その後ろで、罪木ちゃんは安心したように笑っていた。

 

 

 

 

 

「うぷぷぷぷぷ」

「うぷぷ」

「うぷぷぷぷ!」

「うぷぷぷ」

 

 ぼうっとした頭にはなにも入ってこない。

 

「うぷぷぷぷ」

 

 私の周りの皆が〝 全員 〟そうやって笑っているのを、とうとう私は気づくことができなかった。

 

「ようこそ、楽園へ」

 

 これが私の望んだ楽園、だったっけ。私の渇望した未来、なんだったっけ…… こんな結末を望んでいたんだったっけ? そうだったっけ、分からないや。もう、分からないや。教えて、誰か。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……たす、けて………………日向、クン」

 

 

 

 

 

 ―― その言葉は誰にも届くことはなく、押し潰されて……消えていった。

 

 

 


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