看護師が許可を取り付けてきたので現在はうろちゃんと一緒に廊下を歩いている真っ最中である。相変わらず真っ白い廊下を真っ直ぐ進みながら隣を歩く彼女を見上げる。横顔はまだ幼さが残っていて、軽く顔にかかっている濃い茶色の髪がさらさらとしていて綺麗だ。どんなシャンプーを使っているのだろうか。病院のような公共施設にあるようなシャンプーは安いものが多く、髪がぎしぎしになってしまうというのはよくあることだ。ホテルや温泉施設なんかがそうだろうか。今世と前世でどのような違いがあるかは分からないが細かいところはそんなに変わらないだろう。劇的に変わっているとしたら、この世界には天才秀才が多すぎるといったところだろうか。あと、天才達への贔屓があの学園では激しかったし、世界全体でそれが言えるのかもしれない。うろちゃんは、どちらに属するのだろうか。
不意に横並びで歩いていた彼女がこちらを向いて「えーっと」と口に指を添えて言う。
「そういえば、まだお礼を言ってなかったね。案内ありがとう」
うろちゃんは突然見知らぬ子供に案内されることになったためか、距離感を掴みずらそうに少しぎこちない感じで話した。
「いいんだよ、ついでだしね。お姉ちゃんなんて言うの?私は凪って言うの。」
お姉ちゃん。なんてあざとい響きなのだろうか。この年齢の特権だろう。相手も丁度りん子姉さんと同じくらいの年だし、大体十歳過ぎたあたりだろう。
「私?織月だよ。
「そっかー。じゃああの子の友達なんだねー」
「そうねー」
なんだかほわほわした雰囲気で喋りながら病棟の廊下を歩く。いいお姉さんですわー。こちらに合わせて間延びした喋り方までして、くすくす笑っている。
そういえば、うろちゃんといえば広大な夢の世界だと思うけど、あれは彼女自身の記憶なのか、それともやはり人の夢を渡れるのか。うろちゃん自身が関わる部分は確かにあるんだろうけど、昭和路地とかは絶対違うと思うのよね。…… イベントあるけど。エフェクトの背伸びとか、遊園地マップとかは絶対彼女の経験だと思うのだけど。うろちゃんは道化恐怖症持ってるイメージが定着している気がする。
まあ今は関係ないね。とりあえずは、お近づきになりたいので楽しく話そう!
「お姉ちゃんは怖い夢とかって見る? 友達と夢の話で盛り上がることが最近多いんだ!」
いきなり楽しさの欠片もない話題だが、ええ勿論確信犯ですとも。
彼女はもう夢を見ているのだろうか。あの狂った夢を。遊園地の強制起床イベントといい、彼女は十歳以前に怖い思いをしていると想像できる。既に恐怖の夢に囚われているとするならば、私の質問に対して浮かべた笑顔も心なしか引きつっているようにも見えてくるから不思議だ。
生前の私はあまり夢の内容を覚えていない、もしくは夢を見ない人間だったから尚更現状に困惑しているし、以前から夢を見ていたわけではないので姉さんたちの気持ちも理解することができない。夢を見る人の心境も最近知り始めたばかりだから彼女達の正直な気持ちを知りたいのである。皆狂ってしまっていて分からないから恐らく正常であろううろつきの気持ちなら分かりやすいだろうと思う。最低だって? 自覚あるよ。でも、精神が成熟済みである私には純粋な子供がどんな気持ちでいるのかなんて想像できないのだから仕方ない。
まあ、そんなことを頭の片隅で考えているのだが本当はただたんに彼女が本当にうろつきなのかが、そしてもう夢を見るようになっているのかが気になるだけなのだけど。
「見るよ。美味しいケーキを食べる夢とか、虹が綺麗な空の夢とか」
「いい夢だね! 最近は怖い夢とか見るから羨ましいな。でも、ガラス張りの床から空が見えたりするのは綺麗だったなー」
全部正直な感想だ。嘘は吐いてない。言ってないことはあるけれど。とりあえず、今のところの彼女の夢は楽しい夢ぐらいしかないようでなによりである。私の考察は間違っていたようだ。まだ遊園地の恐怖を夢に見ていないということはきっとまだ経験していないのだろうし。私と同じように言ってないことがある可能性も否定できないが。
それにしても、彼女は子供を扱うのが上手そうだ。人差し指を立てて少し屈んで話しかけてきたり、後ろ手を組んで笑ってみたりと仕草も可愛らしくてとても目を惹かれる。眼福である。
「千羽鶴凄いね。自分で折ったの?」
「千羽はないから良くて百羽鶴だけどね。張り切っちゃって一杯作ったんだけどこれだけ作るのがやっとだったんだ」
彼女が手に持っているのは折り紙で作られた鶴の束。色とりどりな紙で折られていて、丁寧に作りこまれているのでどれだけ熱心に折っていたのかがなんとなく分かる。それだけ、青汁君(仮)のことを心配しているのだろう。楽しそうに笑っている彼女からは心配だとか、そういうところが表情に出ていないのでなんとも言えないので、彼の病状はそこまで深刻というわけではないのだろうか。
「お見舞いなんだよね、その子は大丈夫なの?」
「
やはり、今すぐにでも命に関わるようなことはないようだ。点滴を打っていれば寿命がぐっと伸びる。そんな感じだろうか。うろちゃんは「お医者さんが許してくれないんだ」と、病院でしか会えないことを告げ、少し寂しそうな顔をした。
しかしすぐに元気を取り戻して「久しぶりに会うから楽しみなのよ」と言う。
しかし私ばかり話してしまっているのだが、いいのだろうか。彼女も話したいことぐらいあるはずだが、もしかしたら私が幼いので聴きに徹してくれているのかもしれない。
「織月お姉ちゃんまた来てくれる?」
目的地までもう少し。なので話を切り上げ、隣にいる彼女を見上げ、言う。うろちゃんは朗らかに笑いながら私と目を合わせ、頷く。本当に気持ちのいい人だ。聞き上手な上、話し上手。それにお見舞いの話も暗い印象を与えずにこちらの意識にスッと入り込む。お見舞いにしては少々暢気かとも思ったが、そう思わさない何かがある。
「うん、またお話できたらいいね」
歩いているうちに病室についていた。勿論橙子ちゃんの病室の隣だ。
うろちゃんで病院っていったらやっぱり青汁君だよね。だけれど青汁君イベントは強制殺害。彼のお見舞いに来たって言うし、友達みたいだしどんな経緯でそうなるのか興味はあるけれど、他人の出来事だから干渉はしないし、できない。あわよくば…… とは思うけれどもそれでは非常識すぎる。そのうちどこかでばったり出会えるなんてことがあればいいな。
「ついたよ。またね、お姉ちゃん」
「うん、ありがとう。助かったよ」
そう言ってお互いに手を振って別れる。
メイ子さんとお菓子を食べて、さらには食べさせあいっこをして、うろつきちゃんにまで会えた。今日はとても有意義な日だったと感じられる。これでもまだお昼前だ。これからもっと楽しいことがあるのだろうかとワクワクとした思いを胸に秘め、自室への道を進む。隣室なのだからあのオレンジ色の部屋に寄れれば良かったのだが、残念ながら燈子ちゃんにはヘルメットがないと会えないのだ。
「お嬢様、あまり無茶をしないでいただけますか」
疑問符のない言葉に帰った自室で泣くような思いをするなど、満足感で一杯だったこのときは思いつきもしなかった。
・空井織月
うつい りづきと読む。元ネタは三日月の別称虚月。無理矢理ですが、一応うろつきと読めます。そして、名前をつけるにあたり虚月のままではおかしい気がしたので少しでもマシなものと思い、同じ三日月(正確には二日月ですが)の別称である織月を採用しました。ちなみに、織月のほうだけでなく、苗字と名前からそれぞれ空と月をとってもうろつきと読めたりします。まともそうな名前はこれ以外に思いつきませんでした。そもそもダンロンでは割と滅茶苦茶な名前も存在するので上手く溶け込め…… ればいいなぁ。
・青井翠
あおい あきらと読む。ゲームでいう青汁君にあたる。
・談話
キャッキャウフフな会話でないことは確定的に明らか