錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 他人を裁くより、自分を裁く方がずっと難しい 〟


『The exaggeration is for whom』

「そ、そんな…… では本当に十神さんが!?」

「………………」

 

 そうだよね、他の皆はともかくとして、当事者である日向クンは怖いよね? 恐ろしいよね? だって、これが本当ならば自分が殺されていたかもしれないのだから。

 十神クンのことはもうとても信じられないでしょう?彼とずっと一緒にいた自分に鳥肌が立つでしょう? そのすぐそばで狙われていたかもしれない恐怖が心を侵していくでしょう? そして彼に嫌悪感を抱くんじゃないかな?

 ねえねえどんな気持ち? 今まで信じてきたものが崩れるってどんな気持ちなのかな?

 ニヤニヤと笑みを貼り付けたまま彼に真正面から言葉を紡いでいく。

 黙ってしまった日向クンはなんとなく、恐怖しているような感じではないがそう煽った方がより効果的だと思うので気づかないフリをする。

 

「あのね」

 

 日向クンの隣にいる七海さんが、黙っている彼を見て優しく言った。

 

「十神くんが最初どう考えてたのかとか、どう思って行動してたのかとか…… それは私には分からないけど」

 

 日向クンに語りかけるように、言葉を選んでいるのかときおり 「んー」 と声を漏らしつつ彼女は彼に届かせようと話していた。

 

「今まで一緒に過ごしてた十神くんが嘘だったって、日向くんは思うの?」

「でもな、七海…… 狛枝が出してきたあの手帳がある限りは……」

「むう……」

 

 彼が弱ったように笑うのはきっと、十神クンがずっと心の支えの1つになっていたからだろう。だからこそ信じていたものに裏切られたような気分になってここまで落ち込んでいるのだ。

 心は私の言葉を否定しているが、理性が証拠を認めている。

 だからこそ複雑な心境で、戸惑っているのだ。

 しかし七海さんは不満そうに口をへの字に曲げて日向クンの顏を無理矢理自分の方に向けさせた。

 強引なそれに目を丸くした日向クンはされるがままに、彼女と目を合わせる。

 

「証拠は関係なしで、私は、日向くんがどう思っているのかを訊いてるんだよ?」

「俺が…… ?」

 

 その言葉を聞いているのは日向クンだけじゃない。他の皆も、裏切られたと思っていただろう人も耳を貸す。

 それだけ、今の七海さんは強く言葉を訴えていた。

 

「それで、日向くんは十神くんのこと、怖くなっちゃったの? 嫌いになっちゃったの? 今までの関係は全部嘘だったんだって、そう思っちゃったの…… ?」

「そんなことはないぞ! 嫌いになんてなれるわけないだろ!」

「…… うん、そうだね。そうだよね。あのね、日向くんが信じたいのならそれでいいんじゃないかな? 盲目に信じるのはよくないと思う…… けど、今まで過ごしてきた時間まで否定しちゃダメなんだと思う……ね?」

「一緒に過ごしていた時間は嘘じゃない……」

 

 そう…… だね。だって彼、パーティで失敗してからは皆を陥れようだとかそんなこと考えてなかったらしいし。

 そもそも初対面で詐欺師らしく振舞っていただけで、絶海の孤島で私たち以外いないからかだんだんと素らしきものも見えてきていたわけだし…… どれが彼の素かは判断つかないけれど、私はそう思っている。

 いや、それにしても、まったく立ち直りが早いことで。

 先ほど日向クンと過ごした時間がどうの言っていた左右田クンも裏切りには敏感だが、七海さんの言葉でちゃんと十神クンのことを思い直しているようだし。

 

「一緒に過ごして来た時間は嘘じゃない…… それは、狛枝さんも同じじゃないですかぁ……」

 

 泣きそうな声で呟く彼女の言葉を無視して、私は心底つまらない風にため息を吐いた。

 

「あーあ、お人好しばっかりだね……」

 

 そんなところが好きなんだけどさ。

 

「…… ん?」

 

 摩っていた左腕を近くまで寄ってきていた罪木ちゃんに取られてフリーズする。

 あの、行動力ありすぎなんじゃないかな?

 

「なぜ、あなたが終わらせたがっているのかは分かりませんけど……証拠を見せる気がないのなら、私が暴きますぅ……」

 

 ゾッとした。

 だから、反射的に振りほどこうと手が動いた。

 

「んなっ、罪木ちゃん、離しっ」

「嫌ですぅ!」

 

 包帯にまで手を伸ばされ、さすがに抵抗するがどこにそんな力があるのかというくらい彼女の押さえつける力が強い。

 そういえば絞殺することができるくらいの力はあるんだっけ。

 

「やめてって…… !」

「絶対に、嫌ですぅ!」

 

 とうとう伸ばされた袖の先には広範囲の黄色いシミ。

 そして、解かれた右手の包帯の下は、悲惨なことになっていた。

 

「お、おい、罪木!」

「これでもう、言い逃れはできませんねぇ」

「な、凪ちゃんその手どうしたの!?」

「凍傷だけではなく指先まで傷がついているじゃないか、拷問でもされたのか? モノクマ、これはどういうことなのだ!」

 

 凍傷はもちろんあるが、爪は剥がれかけて血で固まり、指はボロボロ。拳は壁の叩きすぎで裂傷が起こっている。利き手であるため力を入れすぎた結果だ。今までよく我慢してきたというくらいの惨状である。

 そもそもメモを書くのも大分神経を使っていたくらいだ。

 手を取られたまま青冷め、辺古山さんの〝 拷問 〟という言葉にそこまで酷い有様なのかと逆に感心してしまう。

 

「きゃあ! 狛枝さん!」

 

 檻の中からずっと見守っていたモノミが悲鳴をあげる。

 それほど見た目に痛い状態なのだから仕方ないが、少し傷つく。

 

「うぷぷ、教えてあげようか? どうしてこうなってるのか」

 

 モノクマの言葉で後ろに振り向き、睨み付けると奴は薄気味悪い笑い声をあげながら意味ありげにこちらを見る。

 その言葉に、嫌な予感がして私は振り返る。

 

「やめて! もう投票でいいでしょ!? ほ、ほら、投票でクロかそうでないかを決めるんだよね? 皆の生死がかかってるんだから早めに…… !」

「ええ? でも動機が分からなくちゃ推理できないでしょ?」

「さっき動機は言ったでしょ!?」

 

 その動機も実は間違いなのだがそれは置いといて、それはマズイ。

 嫌だ、もうあんな映像見たくない。聞きたくない。やめて!

 

「動機…… ? 十神が危険だから…… ってことじゃないのか?」

「やめて! お願いだからやめてよもう見たくないんだよやめてやめてやめてやめて!」

「うぷぶ、それでは映像っ、スタート!」

「やめ――」

 

 直接脳に刻みつけられるような、その映像。

 彼女の否定。私の否定。捨てられる。棄てられる。なによりも大事な人。奪われてしまった絆のカケラ。

 彼女の出生。私との歪んだ関係。

 以前と同じ内容のはずなのに、何度も見たはずなのに、どうしたって慣れなくて。

 そんなもの聞きたくなくて、見たくなくて、固く目を瞑ったはずなのに直接脳内に押し込まれるように映像がフラッシュバックする。

 塞いだ耳の中に無理矢理押し入ってくるようで、気持ち悪くて気持ち悪くて誰かの悲鳴がうるさくて、それを消したいから頭を振る。

 

 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も――

 

「狛枝さぁん!」

 

 誰かの声がした途端、体が動かなくなった。

 頭を振れない。音を遮断できない。見えてしまう。

 でも身動きは取れない。

 なぜ?

 

「狛枝さぁん! もうやめてください!」

 

 そこで、やっとあの音が聞こえなくなっていることに気がついた。

そして、ずっと響いていた誰かの悲鳴が、自分の悲鳴だったことにも今更ながらに気づく。

 

「あ…… れ?」

 

 頭痛い。

 顏を上げると、すぐそばに罪木ちゃんの顔がある。

 腰に回された手は必死に私を支えようとしていたのか力が入ってぎゅうぎゅうに締め付けてくる。

 視界が赤い。

 自分の席となっている目の前の証言台が殺人現場のように真っ赤に彩られていた。

 頭痛い。

 額から流れ出る血が目に入りそうになり、片目を瞑る。

 

「…… っ!」

 

 私を背後から抱きしめながら彼女は必死に証言台から私を遠ざける。

 もしかして、あれは私がやったのか?

 額が切れている。頭が痛い。血が出ている。真っ赤な証言台。

 私は、聞きたくないがために、見たくないがために頭をアレに打ち付けていたのか?

 

「ふゆぅ……っ」

 

 私が正気に戻り、落ち着いたと分かったのか罪木ちゃんが離れる。

 酷い惨状に絶句している皆もそれでやっと我に返り、 心配の声もあげながら「今の、映像は……」と声を漏らす。

 何度も聞いたような気がしていたが、どうやら映像が流れたのは一回だけだったらしい。

 

「もう、せっかく用意した映像だっていうのにそんなに視聴拒否されちゃったらヘコむよね……」

「……」

 

 睨むが当然効果はなし。

 

「と、まあこのようにここに連れて来た初日の夜時間中ずうっと映像を見てもらっていたから、狛枝さんは外に出たくて壁殴り代行をしてたんだよね!」

「……」

「あれが、狛枝の言っていたメイドってことか……」

「……」

 

 もう、なにも喋る気力はない。

 頭痛い。気持ち悪い。吐きそうだ。

 

「狛枝……」

 

 もう、どうでもいいや。

 

「…… この事件は、この、事件は…… とある人物がドッキリハウスに連れて来られたことから始まっていたんだな……」

 

 非常に言いにくそうにしているが、彼の、クライマックス推理だ。

 終わらせようと、してくれているんだ。

 ちゃんと、きかないと。さいご、なんだから。

 

 

 Act.1

 

 

「そいつはペナルティと称してドッキリハウスに連れてこられ、とある映像を見せられてしまった。以前から言っていた自分のメイドが姉であったことと、その姉がモノクマに服従している映像だ。その映像を見て精神的に疲弊したその人物は多分、正常な思考じゃなかったと思う。そのまま俺たちが来るまでにオクタゴンまで行って十神の才能を知った。十神のことはずっと疑ってたんだろうな。その時点で、標的は決まっていたのかもしれない……」

 

 

 Act.2

 

 

「一方、俺たちはモノクマの策略に乗せられてドッキリハウスにやってきていた。探索をしているうちに、先に連れてこられていたそいつを見つけてほっとしたけど、その後の餓死か、コロシアイかの選択肢を強いられてしまったことでそいつの変化には気づくことができなかった。その日は明るく振舞っていたそいつが裏でそんなことを考えているとはとても思いつかなかったし、思いつめていることも気づいてやれなかった」

 

 

 Act.3

 

 

「俺たちにとっての2日目の朝からそいつは行方不明になっていた。そのとき、ちょうど殺人計画は動き出していたんだ。誰も行くことのできない場所…… オクタゴンにずっといたから誰も会えなかったんだな。そこで犯人は鉄パイプに蓋としてTNTを詰め、その中に自分と同じ血液型の輸血用血液を流し込んだ。そして凍らせて使う沈殿性の毒薬を入れ、先端部に毒薬を仕込んだ。2つある冷蔵庫のうち1つの毒薬は全て上の段に無理矢理詰めて下のスペースを空け、鉄パイプを立てかけておいたんだろう。冷蔵庫の温度はこの時点でマイナス20℃まで下げて、血液がすぐ凍るようにしていたはずだ」

 

 

 Act.4

 

 

「次に犯人がしたのは残った輸血パックの処理だ。使った血液が分かれば罪木にすぐバレると踏んでの行動だと思う。そいつは、誰よりも罪木と仲が良かったからな。だから使わなかった血液はファイナルデッドルームの扉にぶちまけておいたんだろう。ポイ捨て禁止や自然破壊禁止に接触しなかったのはもしかしたらそこが建物内であって、モノクマあたりに事前に言っておいたからだと思う。それしかないからな」

 

 

Act.5

 

 

「夜時間になる直前か、誰もいなくなるタイミングを見計らって犯人は呼び出し状を送った。それに十神が乗るかどうかは分からなかったはずだけど、もしかしたらここで十神がいかなかったらこの事件は起こらなかったのかもしれないな。約束の時間までにマスカットタワーの暖房装置をタイマーで7時間程設定した犯人は袖口にクロロホルムを大量に染み込ませて氷を溶かし、杭にして十神を迎えるためにタワーへ向かった。このとき、氷を溶かすために包帯を解いて凍傷を負ったんだろう。鉄パイプともう1つの毒薬は恐らく事前に転がしておいたんじゃないか?さっき言ってたみたいに、自分に疑いが向かないようにな」

 

 

Act.6

 

 

「そして、十神は約束の時間に来てしまった。真っ正面から行ったのか、十神とは揉み合いにはならなかったはずだ。揉み合いになっていたら犯人に勝ち目はないからな。恐らく、ファイナルデッドルームで手に入った特典を利用して動揺でもさせたんだろう。その隙に背後に回り、袖に仕込んでいたクロロホルムで一瞬の隙を作った。クロロホルムは気絶まではいかなくても気分を悪くさせたりはできるし、効果的だっただろうな。だけど、十神の心臓にまっすぐと杭を突き刺し、満足していた犯人にとって予想外のことが起きた」

 

 

 Act.7

 

 

「十神が自分の方へ倒れて来たんだ。それが偶然だったのかは分からないが、俺はきっとそれが最期の抵抗だったんだろうと思う。犯人は十神に押し潰され、突き刺したはずの氷の杭で自分も怪我をする羽目になった。その反動で杭はほとんど十神を貫通するように傷を作ったんだ。でも、犯人はその予想外の出来事も利用した。杭を刺した右手は背中に潰されていたけど、クロロホルムを塗った左腕は無事だったから自分でそれの匂いを嗅ぎ、自分で気絶した。元々脱水症状で自分を被害者に仕立て上げるつもりだったんだ。都合が良かったんだよ。だけどその予想外のアクシデントと、クロロホルムの特性が分からなかったせいで決定的な証拠ができてしまっていたんだ。黄色いシミっていう、証拠がな」

 

 彼はそこまで言ってすう、と息を吸い込むとこちらをじっと見つめ、指をさした。

 

「そうだろ?」

 

 私は何も言わない。言えない。

 

「十神を殺したのはお前だ、〝狛枝凪〟!」

 

 シンプルな答えに、目元を下げて溜息を吐く。

 やれやれ、そんなポーズ。真剣な日向クンを馬鹿にするような、そんなポーズで答えを受け止める。

 

 やや煮えきらない。あっているはずなのに納得できていない。

 そんな表情の罪木ちゃんと、なんとなく違和感を覚えているらしい日向クンをよそに裁判は残酷に進んでいく。

 

「よーし! じゃあお待ちかねの投票タイムだよー! うぷぷ、オマエラがクロだと思った人物に投票してね! あ、投票は絶対にしてね? しなかったらペナルティがあるからね! ほら、さっき狛枝さんに見せたみたいな映像とか、精神的にクるやつたっくさんあるからさ!」

 

 その言葉に青冷める皆。

 終里さんは映像が怖くないのかあまり気が進まないようだが、1番時間がかかっているのは日向クンである。

 まだなにか引っかかっているのか。

 真っ先に罪木ちゃんが投票していたのが若干寂しいが、仕方あるまい。あれだけのことをしたのだ。許されないことはあるんだから。

 

 〝 BET 〟

 

 モノクマの前に出てきたスロットマシーンが赤く光り、回転を始める。BETされたのは1人分の命と、15人分の命。どちらになるかは…… もう分かってるか。

 

「果たして正解なのかー! 不正解なのかー!」

 

 いつもの口上を聞き流し、回るスロットマシーンを見つめる。

 同時に頭上にモニターが降りてきてスロットマシーンと共にに結果を映し出した。

 スロットマシーンで揃った顔は私のドット。吐き出されるメダルは100や200では足りないくらい大量だ。

 

 そして、モニターに映し出されたのは予想外の結果だった。

 

 

 

終里 

小泉 

狛枝 ||||||||||||||

西園寺 

ソニア 

罪木 |

七海 

辺古山 

澪田 

九頭龍 

左右田 

田中 

十神 

弐大 

花村 

日向 

 

 

 

 あ、れ…… ? 罪木ちゃん…… ?

 私は自分に投票している。ならば、この罪木ちゃんに入った票は…… 彼女の…… ?

 

「はーい! 正解でーす! 今回十神クンを殺したクロは狛枝さんなのでしたー!」

 

 正解のはずなのに、なぜだか、彼女はまだ納得していないようだった。

 涙で濡れたその頬を拭うことも私はできない。

 

 ―― その資格なんて、とっくに放り出してしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・タイトル
 誇張は誰が為にあるのか、をなんとなくふわっと英訳したやつ

 次は裁判後のお話タイムといよいよおしおきターイム! だよ!

 6月29日は左右田クンの、30日は辺古山さんの誕生日でした! おめでとう! 2人共大好きです。
 それから今日、7月1日は星クンの誕生日ですよ!



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