「え…… 私が犯人? そんな冗談は………… 冗談で言ってるわけじゃ…… ないんだね」
僅かな動揺を表に出して日向クンを見つめる。
あんまり動揺しすぎても私らしくない。ここは冷静に。
冗談はよくないよ、と言いかけて彼の真剣な表情からそうではないと気づいたように嘆息する。
「どうして…… ? 私は被害者なんだよ? ねえ、どうして? 日向クン」
絶句している面々はその言葉にやっと反応を示し、静まり返っていた裁判場に再び騒がしさが戻っていく。
「え、え、え、待って…… ついていけないよ」
「な、凪ちゃんが犯人って…… どういうこと!?」
「そいつが犯人だぁ!? んなわけあるかよ!」
「今までの話し合いにそう思わせる部分などなかったろう!」
口々に混乱を表す彼らを一瞥して日向クンはぐっと唇を噛んだ。
「なあ、狛枝。お前が犯人でないなら、もう一度この場で、あの夜起きたことを話してくれ。どうして鉄パイプがあの場に落ちていたのか…… 説明してくれ」
なるほど、そうだね。
私の証言と、今明らかになった凶器の入手方法を考えたら私が1番の容疑者になるってわけか。
なら話してあげようか。変に嘘をつくよりも真実味を待たせた詭弁でキミの追求から言い逃れさせてもらおう。
「えっと…… あのときは、誰かに突き飛ばされて、2人で倒れてたあの場所までよろけて、気づいたら目の前に十神クンがいたんだよ。そのときに突き飛ばしてきたのは十神クンだったって分かったんだけど…… 訳が分からないうちに刺されて、そのまま一緒に倒れちゃったんだ。鉄パイプは〝最初に突き飛ばされたとき〟に落として……」
「それは違うぞ!」
「……」
ぞくり、と背を突き抜けるような感覚。
その鋭い言葉に撃ち抜かれて私は口を動かすことを放棄した。
周りにはびっくりして口を閉ざしたように見えるだろうが、どうやら私は不謹慎にも喜んでしまっているらしい。
彼の真剣な瞳が、真実を暴こうとするまっすぐな心が、たまらなく心地良いのだ。
これじゃあ本物の狛枝凪斗も真っ青な変態だ。落ち着け、私。
「狛枝…… お前は、突き飛ばされるまで鉄パイプを持ってたんだよな?」
「…… う、うん。なにか、変なところでもあったかな?」
「それじゃあおかしいんだよ。凶器を作るのに使われたのはお前の鉄パイプ以外にはないよな。なら、お前がそのときまで持ってたなら凶器はいつ作られたんだよ! 突き飛ばされたすぐあとに刺されたんだろ? その凶器はどこから来たんだ? お前のその証言と、皆で導き出した答えは矛盾してるんだ!」
その言葉でさっと顔を青くしていく人物も、泣きそうな顔で頷く彼女も、大声で混乱を叫ぶ人も、皆私を見ていた。
「うぷぷぷ、盛り上がってまいりました!」
モノクマが豪華な裁判長席でなにやら操作したのか、私の席だけが前に移動し、皆の真ん中に立つ。
疑問、疑念、疑心、猜疑心、恐怖心…… そんな様々な視線の中心に立って私は顔を俯かせることしかできない。まったく、なんていうプレッシャーだ。モノクマも嫌な演出をする。
「確かに」
私が俯いたまま声を漏らすと、静かな裁判場に大袈裟なくらい響いた。
そう、私が犯人なんだよ…… なんて自白をするかと思っているなら大違い!
私はそんなツマラナイことなんてしないんだ。
裁判だというなら確かな証拠を持って私を追い詰めればいい。それまでは、精々華やかになるよう弁舌だけで〝 それらしい 〟悪足掻きをするだけだ!
このくらいの反論を打ち砕けないんじゃこの先に進むことは許さないんだから。
「確かに、鉄パイプなんてものはオクタゴンにもなかったから私のしかないけれど…… それだけで私が犯人扱いされるのは心外だなぁ」
「イヤイヤイヤ! それだと凶器を作れねーじゃねーか! や、やっぱりオメーなんじゃねーか!?」
残念ながら、証拠がないとなんとでも言えるんだよ左右田クン。
「私は凶器を見ていないんだよ? この意味、分からない?」
「…… 凶器を見ていないのなら、凶器が血液の凍った杭だとは限らない、って言いたいのかな?」
七海さんの言葉に頷く。
「その通りだよ! 私は凶器を見てない。なら、もしかしたら別の凶器で刺したあと氷の凶器を作りに行って、もう1度戻ってきて今度は凶器を交換した可能性もあるよ。そのときは私も気絶してたから真相は不明だけど、本当の凶器はとっくに回収されて、今も誰かが持っているかもしれないよね?」
そう、私が氷の凶器を作ったり、使った証拠が出てこない限り私がクロとは限らない。今投票すれば間違いなく私に入ってゲームオーバーだが、そんな早い退場は嫌だね!
「そんな…… さっきは氷の凶器だったってことで納得してたじゃない! 凪ちゃん!」
「氷の凶器は使用されただろうけど、その前に別の凶器が使われたかもしれないでしょ? 私はその可能性を言ってるんだよ!」
だからもう少し、もう少し議論を長引かせるのだ。
― 議論 開始 ―
「もう投票でいいじゃん! さっさとその偽善者女にトドメ刺そうよー!」
「で、でも間違えたら犯人以外は全員死んじゃうんだよね!? 嫌だよ、ぼ、ぼくは皆で帰るって決めたんだから…… !」
「こ、狛枝さんは…… 落とした鉄パイプを利用された、と言いたいのでしょうかぁ?」
「一応、筋は通ってるけどよ」
「筋ぃ? 筋張ったのはダメだな。食いにくいし」
「食いモンの話じゃねーよ!」
「そう、私が気絶した後に犯人は見たんだよ…… 鉄パイプをさ。それで犯人は閃いちゃったんだ。それを利用して凶器をもう1つ作り、本当の凶器を隠せば疑いが私に向かうってことをさ! 私が〝 凶器を作った証拠 〟も、〝 凶器を使った証拠 〟もどこにもないんだからね!」
「それは違いますぅ!」
「っえ?」
それは思わず漏れた素直な驚きだった。
「罪木ちゃん…… ?」
「あ、あの…… 狛枝さん、ずっとなにか隠してますよね…… ?」
彼女の視線が向いているのは、私の右手。
包帯を巻かれたその場所に向けられた僅かな視線に、私の口元は思わず引きつった。
〝 そっち 〟はなるべく知られたくなかったんだけどなぁ。
「ところで、なんですけどぉ…… 鉄パイプで作った氷の凶器はどうやって外したんでしょう?」
「あ、あれ? さっきの隠し事ってのはいいんすか?」
「その隠し事に関係するんですよぉ」
「氷の外しかたかあ…… そういえば、そんなこと考えもしなかったね」
罪木ちゃんの言葉に小泉さんが反応する。
澪田さんの疑問へされた答えに、私は罪木ちゃんがどうしてそんな話をしているのかが分かってしまった。
うまく話題を逸らせたはずだったのだが、そこに言及されてしまうとおしおきへの道が一気に近づいてくる。
決定的な証拠なんて1つだけでいいのに、なんてミスを犯してしまったのだか。
「それに…… マイナス20℃の冷蔵庫にあった鉄なんて、ものすごく冷たいよね」
「常温に置いて、少しだけ溶けるのを待った…… とかでしょうか?」
「そんなことをしたら刺すとき杭がすぐに折れるじゃろう! 致命傷を与えられるかも分からんぞ!」
「まさか、炎熱の守護者でもあるまい」
ざわざわと話し合っている間にも、私は口を挟めない。それを確認するのは皆でないといけないからだ。
「それはですね、案外簡単なんですよぉ。鉄パイプの内部を少しだけ温めればいいんですぅ…… 例えば、手で持つとか、口で息を吹きかけるとか…… ですねぇ。そうすれば表面だけ溶けて少ししたら滑り出てくるくらいにはなります。それなら氷の強度もそれほど変わりませんし……」
「でも、そんなんで氷って溶けんのか?」
「はい、凍傷を負う覚悟でやればできますよぉ…… そうですよね? 狛枝さん」
罪木ちゃんの真っ直ぐな目が怖くて少しだけ逸らす。
そこには日向クンがいたが、彼もその可能性には気づいていたようだ。もしかしたら、私を指名する前に 「氷と我慢」 がどうとか言っていたロジカルダイブで導き出したのかもしれない。
しかし、彼は自分から追求せずに罪木ちゃんに任せたままにしている。
もしかしたら、私と1番仲良くしていた罪木ちゃんにその役を譲っているのかもしれない。
「それが、どう私の隠し事と関わるのかな?」
平静を装って言ってみるが罪木ちゃんも動じない。
私がなにか隠していると強い確信を持っているのだろう。その推理を揺るがすことはどうやらできないようだ。
「このドッキリハウスに来たときから狛枝さんは〝 両手 〟に包帯をしていましたぁ。その前はパーティのときの怪我で、左手にだけしていましたから、きっとドッキリハウスのどこかで怪我をしたのだと私は納得していました。実際に右手を庇っていましたから、私たちが来る前になにかあったのでしょうねぇ」
そうだ。でも両手だぞ? それが片手だったのなら、今両手に包帯をしているのがおかしいと分かるだろうが、そんなことはないのに。
あの怪我すら幸運だったとすら思っていたのに。
やはり、罪木ちゃんに介抱されるべきではなかったか。
「狛枝さんのお腹の傷を治療するとき、包帯をもらいたいと言っていました。そのあと事実右手に包帯を巻いていました…… でも、おかしいですよねぇ? ドッキリハウスに私たちが来た初日はつけていたはずなのに、どうして〝 事件直後はつけていなかった 〟のでしょう?」
「……」
「体温で溶かす必要があるから一旦外した…… ってことか」
「……」
くそっ、ぐうの音も出ない。
しかしここで終わるわけにはいかない。まだもう少し、もう少しでいいから投票は待ってくれ。
証拠にはまだ弱い? いやそんなことはない。
「狛枝さん、あなたが犯人でないなら…… その右手の包帯を解いてみせてください」
「嫌だよ」
だからバッサリと、その要求を断ち切った。
「なっ、てことはホントーに!?」
「恥ずかしいことだけどさ、モノクマに閉じ込められてからちょっと嫌な映像見せられて、外に出るために爪をガリガリとやっちゃったんだよね」
「映像…… ?」
事実だ。全く問題はない。
「爪をやっちゃったからグチャグチャでだいぶグロいんだよね。そんな有様を皆に見せるわけにはいかないよ…… それに、もし凍傷になっていたとしても、刺された拍子に凶器を無意識に掴んじゃってただけかもしれないよね?」
この言葉はさっきの〝 凶器は2つだったかもしれない 〟ってことと矛盾してしまうが、勢いでどうにか誤魔化せているようだ。
裁判に貢献している3人は気づいているかもしれないが、このまま続けても私が屁理屈を言い続けるのは目に見えているし、追求はしてこない。
「そんなの、屁理屈じゃねーか……」
九頭龍クンにはこうも食い下がる私の気持ちは分からないだろうね。
西園寺さんも、小泉さんも、澪田さんも…… クロになりかけた花村クンにだって分かるはずがない。
これは、私だけの思いだから。
「なら、他にも証拠を探せばいいんだろ?」
「え?」
彼は諦めていない。前に進んでいる。
今度は日向クン主体で再び議論が始まるのだ。
「1つだけ…… まだ分かっていないことがあったな。俺は十神の襟についていたシミについて話したいんだが、皆はどうだ?」
私は左袖をそっと押さえて俯いたまま、静かに笑った。
関係のない話ですが、オクタゴンと聞くと動悸息切れ頭痛に悩まされる人もいるんですよね。私はそれより6章のロジカルダイブがトラウマですけれど。破壊神暗黒四天王もそうですが、みんなのトラウマは伊達じゃないですよね。
…… ところで
な ぜ そ こ に 八 角 形 が あ る の か な ?