錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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No.4『自由』ー喫茶店ー

「おはようございます、凪様」

 

 朝起きて、傍には既にメイ子さんが控えていて、それで挨拶をしてくれる。それから、朗らかな笑顔に釣られて私も「おはよう」と返す。当たり前のように微笑む彼女がそこにいるだけで私は頑張れる気がする。

 

 ああ、幸せなんだなぁと実感しながら朝食を食べて朝の歯磨きから着替えまで、短い手足に悪戦苦闘しながら奮闘する私を手伝ってくれる彼女。少し恥ずかしいけれど、あなたが神か! 日常でもたまにお母さんと口走りそうになるこの口をチャックしてお礼を言う。

 

 メイ子さんにとってはしっかりしているけれど年にしては口数の少ない女の子だろうか。変なことを言わないように我慢しているだけなのだけど。あれ、でも結構喋ってはいるような? なら甘えて来ない女の子? むむむ。

 

 ちなみに朝食は洋食である。ミントが乗ったヨーグルトにこんがり焼けてピーナッツバターの香りを漂わす食パンと瑞々しいサラダ。それにお気に入りの胡麻だれドレッシングが少し垂らしてある。私自身がそんなに食べるほうではないので本来付くはずのスクランブルエッグその他は断っている。

 

 病院食? 院長の娘ってだけで私病気じゃないもの。病室にいるのは実験動物みたいに弄りまわすためなのだからあのクソ親父には呆れる。本来は私室があってもおかしくないというのに。ただ、メイ子さんは私だけの特別らしいのでそこだけ感謝。でもあれだよね、特別扱いされているのは彼の幸運による恩恵があるからなのよね。

 

「凪様、本日はどちらへ行かれますか?」

「…… 美味しいケーキが食べたいな」

「畏まりました」

 

 最近甘いものを食べてないから無性に食べたくなったのだ。

 

「テラスカフェがあるのでそちらに行ってみてはどうでしょう?」

「なに言ってるの? 一緒に行こうよ」

 

 きょとんとした表情でこちらを見やる彼女。いつもはツリ目気味の賢そうな印象を受けるそれがまん丸になり、口に手を添えている。動揺のせいか後ろに流れた黒髪の綺麗なおさげも尻尾のように揺れている。

 

「あはは、変な顔」

 

 珍しい表情に思わず吹き出してしまったが、物凄く失礼なことを言ってないか私。嫌われたくはないからちょっと焦って 「変な意味じゃなくてえっとえっと」 とテンパっていると、いつものように微笑んだ彼女が手を差し出してくる。

 

 手を繋ぐのなんて、一体何年ぶりだろうか。このなんでもないような動作が、私にはとても嬉しく思えた。

 

「お嬢様はどれが好きですか?」

 

 向かい側でメニューを見る彼女を見て沈黙。

 

「チョコが好き。だからガトーショコラがいいなぁ」

 

 そうですか、と微笑んでラズベリーのケーキとガトーショコラを頼むメイ子さん。あのあと、場所を教えてからすぐに去ろうとした彼女を必死に引き止めて今に至るわけだ。

 ちなみに人前なので凪様とは呼ばない。

 

 ベリー系のケーキも程よい酸味があっていいよね。朝食を食べた後だからあまり入らないけど。誰だよデザートは別腹なんて言ったの。私には無理だ。

 

「では今度、食後のデザートにお持ちしましょうか」

「うん」

 

 手作りお菓子…… 、なんて俺得なのだろうか。まあ、いつものご飯は彼女の手料理なのだから今更、という感じだがとにかく嬉しい。私の好きなものを訊いてくる辺りが特に。

 

「――」

「?」

 

 なんとなく、何かが聞こえたような気がして振り返る。

 

「お嬢様、どうなされましたか?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 届いたケーキを少しずつ食べながら考える。カフェなので周りが騒がしいのは納得できるが、なんだか腑に落ちない。まあ、考え事をしていたら美味しいケーキも美味しく食べられないので視線をメイ子さんに戻す。

 

「あ、あの、一口貰っていい?」

「どうぞ」

 

 すっと差し出されるお皿に手を伸ばし、スプーンでラズベリークリームがついたケーキを掬い取る。代わりに、と自分のケーキの皿も差し出すが遠慮されてしまったので自分のフォークにケーキを乗せて彼女の目の前に持っていく。驚いていた様子だったが、今度は大人しく食べてくれた。やっぱり女の子なら分け合いっ子は定番だよね。

 

「ね、美味しいでしょ」

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 ケーキは美味しいけれど、これを橙子ちゃんと食べられないのが残念だ。ミニのやつなら糖分大丈夫かな。やっぱり駄目かな。食べ物だと検査とかに引っかかる可能性があるし、身に付けるもののほうがいいんだろうな。でもマフラーはあげちゃったしねぇ。

 

「そうだ! お菓子作り教えてよ」

「お菓子、ですか?」

 

 別に感謝の印をあげるのは橙子ちゃんにだけってわけじゃないのだ。メイ子さんにもサプライズで用意しよう。なんとかバレンタインには間に合わせたいから料理本かなにかも用意してもらうとする。前世で料理はできたが、片手間で済ましただらけた生活をしていたので今世では女子力を高めたい。(検査が) お休みの日にでも実行したいと思う。

 

「そう、こういうの作ってみたいんだ」

「少々時間を頂ければ許可を取って参りますわ」

「お願い!」

 

 困った顔をする彼女に、胸の前でパンッと大きな音を立てて手を合わせ頭を下げる。すると決心してくれたのか、うふふと笑って席を立った。

 

「畏まりました。ここで待っていてくださいね」

「はーい」

 

 デジャヴだ。前もこんな感じで橙子ちゃんへの面会許可をもぎ取ってきたのよね、彼女。

 

 あまり時間がかからなそうなので残ったケーキを摘む。勿論、メイ子さんは既に食べ終わっていたので自分の分だ。お子様サイズの口では大人の食べるスピードについていけるはずがない。

 

「お見舞いなんですけど、青井翠(あおいあきら)君の病室はどこでしょうか」

「ああ、あの子の。本人の許可が必要になりますけれど、お名前を伺っても?」

「――です」

 

 聞こえてきた会話に興味を惹かれて受付の方を見る。そこには、百羽鶴程の鶴を持ってカウンターを見上げる高学年くらいの女の子がいた。

 

「え」

 

 思わず口をついて出そうになったうろちゃん?という台詞を飲み込む。

 紫を基調とした服。寝癖なのか、違うのかよくわからないけれど、両側が犬の耳のように跳ねた色素の薄い髪。年はりん子姉さんと同じくらいなのに結構膨らんでいる胸元。妬ましい。はっ、違う違う。そんなことが言いたいのではなくて、つまり、彼女の姿はゆめ2っきのうろつきちゃんにそっくりなのだ。流石にゲームのように成長した姿でないせいか髪は明るい金でなく、多少色素が薄い程度だが。しかしあの特徴的な髪型を間違えるはずがない!

 

  これは接触のチャンスだろうか。いやしかしメイ子さんが早く戻ってくるかもしれない。よし、伝言を頼もう。いつも看護師達には非道な検査を受けているんだ。少しくらい困らせてもいいだろう。

 

「よかったら案内しようか?」

 

 素早くお皿とプレートを片付けて 「ごちそうさま」 を伝えてからカウンター付近へ近づく。そして手を後ろに組んでにっこりしながら言うのがポイントだ。

 

「お嬢様!?」

 

 看護師が驚愕しているがまあいいだろう。精々院長の娘の我が儘に付き合ってくれ。

 

「隔離病棟の例の子でしょ? 私も橙子ちゃんの所に用事があるから案内くらいすぐできるよ。忙しいんでしょ? その代わりメイには私の部屋に戻るように言ってほしいな」

 

 にっこりと子供特有のあどけない笑顔を向ける。気持ちだけは刑事に話しかけるコナン君だ。ただし、私のほうが下手である。

 

 いいでしょ? いいでしょ? と笑顔で訴えかける私にいい顔してない受付さんだけれど、表情はどことなく面倒そうだから許可するだろう。そもそも、私に逆らうのも良くないことだしね。皆さんは何故か他の兄弟姉妹にはでかい顔しているのに私にだけはご機嫌伺いをしてくるのだ。実質、院長の娘は私だけってことになっているらしいからね。兄弟姉妹に好い顔しない看護師達のことも嫌いだし、立場を利用して無理を通している自分も嫌いだ。が、やはり権力は使いたいものである。うろちゃんと仲良くなりたいし。

 

 ミーハー? ええ、よく分かっておりますとも。人間、実現可能な欲は発散しておかないとね。

 

「か、畏まりました。では空井さんはこの方についていってくださいね」

「は、はい」

 

 こらこら、仮にも受付でしょう? そんなあからさまに嫌な顔をしてていいのだろうか。とりあえず、うろつきちゃんに接触成功である。ぶい。

 

 

 

 







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