四限目終了のチャイムが鳴ると、教室の空気は一気に休みモードに入る。大抵の生徒にとってはこの休憩時間は友人達と飯でも食いながら午後の授業に向けて英気を養うと言う時間らしいが、俺のようなボッチにとっては皆が集団で食事をしているにもかかわらず一人でパンを食うと言う、つまりは友達がいないと言う事がより露になってしまい、惨めさを感じて休み時間なのに余計にストレスを感じる学校でも一二を争う嫌な時間だ。他の上位候補はクラス替え最初の自己紹介と、体育のペア分けの時間だな。
普段はボッチが昼休みで飯を食うのに最適なベストプレイスがあるのだが、生憎と今日はザーザーと雨が降っており、教室で食うしかない。さて、どうするか。
そこでボッチ飯の友、イヤホンの登場だ。音楽プレイヤーに挿せば、別にやることないわけじゃないんですよオーラを出せるし、耳につけることによって耳栓代わりになって周りの音を遮断できると言う優れものだ。こいつのおかげで俺は雨が降ったとしても休み時間を過ごせるようになった。例えボッチであろうとも創意工夫をすれば昼休みを乗り切れない事はない。高校の昼休みよりも中学までの給食の方がしんどいからな。なぜか班で食べなければならないと言う規則があり、毎日自分だけが疎外感を感じると言う事が発生してしまう。
まあそれはいいとして、腹も減ったのでイヤホンをしようとすると、トップカースト軍団の馬鹿でかい声が響いてきた。
「えー隼人今日もアイス食べに行けないの?」
「悪い悪い。今日も部活なんだ」
「最近そればっかじゃん。一回ぐらいサボってもよくない?」
やったらと化粧の濃い女のキンキン高い声が頭に響く。飯食ってんだからもうちょっと気を遣ってくれねえのか?ああそうか。俺の方が立場が低いから俺の方がもっとしゃべりやすいように存在感を消さなければいけないのかもしれない。ここからはステルス桃ならぬステルス八幡の独壇場か。
「そうはいかないよ。俺ら、今年はまじで、国立狙ってるからさ」
え?なんだって?
聞こえているのに聞こえなかったフリをしている訳ではなく、純粋に何を言っているのか分からないのでこの言葉が出てしまったが、ようやく理解した。
どうやらこいつは高校サッカーの聖地、国立競技場の事を言っているようだ。笑わせんじゃねえよ。本当に国立狙ってるやつは昼休みにこんな所で駄弁ってないでランニングでもしてるんじゃねえの?知らんけど。
「まあ、部活の後なら付き合ってもいいけどな」
「まあ、ならいいけど」
金髪は化粧女の不機嫌オーラを感じ取ったのか、スマイルを浮かべて言い、化粧女もそれで納得したようだ。 女って好きな男相手には弱いな。
「優美子もあんまり食べ過ぎると太るよ?」
ああ忘れてた。雨の日の昼休みの最大のマイナスポイントを。綾戸彩の声を聞く事だ。授業中だけでもイヤだってのに休む時間のはずの昼休みにまで姿を見なければならず、しかも声まで聞くと言う。
「大丈夫だって。私太らないし。でしょ?結衣」
「そうだよね。優美子ってホントスタイルやばいよね?」
サラリーマンかお前は。グループリーダーに同意を求められるとすげえ同意しないとやばいらしい。女子の世界の闇を見たな。
「えー?ホント?あーし自信ないんだけど。彩の方がすごいっしょ?」
「あー彩ちゃんも確かにすごい」
その時たまたま由比ヶ浜と目が合った。すると、由比ヶ浜は意を決したように、三浦達に言った。
「あのさ、私、今日行く所があるんだけど」
「あーそう?じゃあ帰りに飲み物買ってきてよ。今日朝水筒忘れてきちゃってさー。パンだしお茶ないときついっしょ?」
「あ、いや、私昼休み戻ってこないから、それはあんまり良くないかなーって」
「は?」
その瞬間三浦の顔が怒りの表情に変わった。由比ヶ浜は明らかに萎縮している。
「ちょっと結衣。アンタ前もそんな事言ってこの前どっか行ったよね?なんか付き合い悪くない?」
教室の空気も気まずくなっている。何人かの生徒が外に出て行った。
「ちょっと優美子。そんな言い方」
「あんたは今黙ってて。今結衣と話してんの」
それっきり綾戸彩は黙ってしまった。おいおい何してんだよ。仲介に入るなら最後までしっかりしろよ。
「で?なんで最近付き合い悪いの?」
「えーまあそれは事情があって仕方なくと言うか」
「それじゃ分かんないじゃん。あーしら友達じゃん。友達に隠し事とかよくなくない?」
「ごめん」
「だからそれじゃあ分かんないの」
なんか魔女狩りみたいになってきたな。少しでも異端のような者を見つけたら魔女だと認めるまで拷問をし続ける。認めたら即死刑だ。
今回は曖昧な答えを認めず、答えによってはグループから追放されるのだろう。
だが、それは正しいのか?教皇だからって何をしてもいいのか?魔女なんているはずもない。なのに異端だからと言う理由で百年戦争の際、祖国のためを思い戦ったジャンヌ・ダルクでさえも火あぶりにされた。
由比ヶ浜の日ごろの態度を見てれば分かる。あいつは雪ノ下の事も三浦の事も同じように友達として大事だと思っているのだ。俺の想像だが、クッキーの相談をあんな訳の分からない部活に相談に来たのも三浦達に面倒をかけたくないと言う思いもあったのではなかろうか。
「あんさー、結衣のために言うけどさ。そう言う結構イライラすんだよね」
何が由比ヶ浜の結局は自分の都合でしかねえじゃねえか。友達だからって自分の予定をいちいち話さないといけないのか?今日はこう言う事情があるからこれには行けないって?冗談じゃねえ。
気付いたら俺は立ち上がっていた。
「おい、その辺で」
「るっさい」
三浦がこちらを睨んできている。知るか。
「てめえの方がうるせえんだよ。この化粧女が」
「あん?今何て言った?あーし今結衣と話してるから。とっとと消えた方がいいよ」
「話す?お前日本語もわかんねえのか。こう言うのは尋問って言うんだよ」
自然と舌が回る。ホントにらしくない。自分でもびっくりだ。もっと勇気がないと思っていた。
なぜ俺はこんなにも怒っているのだろう。これが由比ヶ浜でなくほかの人間だったらここまで怒りを抱いてはないだろう。まさか由比ヶ浜に同情したとでも言うのか?
「そいつは事情があるって言ってんだろ。それ以外に理由なんているのかよ。いちいち全部話すのが友達なのか?
話さなかったら威圧感全開で問い詰めるのか?俺は友達いねえから知らねえけど。今お前がコイツにやってる事は多分友達に対してする事じゃなくて暴力団のリーダーが団員に対してするような事なんだよ」
「あんた何言ってんの?キモいんだけど」
「うるせえ黙って聞け。由比ヶ浜はお前の所有物なのかよ。人の行動を制限しようとすんじゃねえよ。それにお前のあの威圧する態度、あれじゃあ何か言えるもんも言えねえだろうが。何様のつもりなんだお前は」
「ヒッキー!!」
ハッと我に返った。息が上がっていた。三浦はなんだこいつと言うような顔をしている。
「もういいから。後は私が言うから」
由比ヶ浜は決意を固めたような顔でこっちを見ている。ここからは俺の出る幕は無さそうだ。
「そうか。悪かったな。余計なことして」
「ううん、ありがと」
教室のドアを開けると、横には綺麗に整えてある黒髪の少女が壁を横の壁を支えにして立っていた。
「おどろいた。あなたがあんなにしゃべるなんて」
「おどろいたのは俺だよ。なんでいんだよ」
「由比ヶ浜さんに強引にお昼を食べる約束を取り付けられたのよ。来ないから来てみればあんなことになっていて一言言いたくて入ろうとしたら、貴方が必死にしゃべっていたものだから入るタイミングを失ってしまったわ」
当たり前の事だが雪ノ下は俺のあの必死の演説の一部始終を見ていたらしい。やっべ。急に恥ずかしくなってきた。多分俺は家に戻った後恥ずかしさのあまりにのた打ち回って妹に白い目で見られることだろう。
「友達と言うものに拘りがあるみたいだけれど、昔居た友達だと思っていた人との事で、何かあったのかしら?自覚は無いのかもしれないけれど、その話をした時、貴方、とても悲しそうな顔をしていたわよ。今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔」
悲しそうな顔?いまアイツに対してある感情は怒りだけだと思っていた。けど違うのか?
「まあ、話したくないのなら構わないけれど」
俺の沈黙を話す事を拒否したと取ったのか、雪ノ下はそう言った。
『あの、ごめんね。私、昔からそうなんだ。皆に合わせるのに必死って言うか、言いたい事、あんまり言えないの。それで、イライラさせちゃったかな?けど、私は優美子も彩ちゃんも姫菜も全員好きで、何言いたいのか全然分かんないんだけど、優美子がイヤって訳じゃないんだ』
「大丈夫そうね」
雪ノ下は由比ヶ浜の事を相当心配していたらしい。一瞬普段の氷のような目つきからは想像もできないような優しく、純粋な笑顔を浮かべていた
「お前も素直じゃねえな」
「そうかもしれないわね。じゃあ、私は部室に戻るから」
雪ノ下は廊下の向こうへ消えていった。
雪ノ下はあの時の俺を悲しそうだったと言った。確かに俺があの出来事の事を悲しいと思っているのなら今回の俺のらしくない行動に説明がつく。由比ヶ浜は三浦に責められている時、泣き出してしまいそうな顔をしていた。 友達と良い関係を維持しようと必死に言葉を選んで、努力をしている姿を見て、俺はシンパシーを感じていたのかもしれない。まあアイツは俺とは違って、人当たりもいいし、皆に好かれるんだろうけどな。
だからこそ、あんなに頑張ってるヤツをあんなに責めてる三浦を見た時、怒りが沸いたんだ。
はあ、なんか疲れた。こう言う時は千葉県民だけの飲み物と言ってもいい、マックスコーヒーの出番だな。
自動販売機につき、マックスコーヒーを買って教室に戻ろうとすると不快な人影が目に付いた。
「はあはあ、比企谷くん、やっぱりここに居たんだね」
「何だよ」
「前、疲れた時はマックスコーヒーを飲むって言ってたから」
なんだよこいつ。俺の必死だった姿を笑いにでも来たのか?
「あの、ありがとう比企谷くん。比企谷くんが立ち上がってくれなかったら、私達のグループ、壊れてたかも」
「別に。お前のためにやったわけじゃねーし」
俺は精一杯無関心を装って言った。
「それでも、お礼を言いたくて。ああ、そうだ。そのコーヒー、100円だったよね。私が払うよ」
綾戸彩は小銭入れの中から100円を取り出して俺に差し出してきた。
「いや、いいよ。そんなに高くないし」
「いいから。高くないからこそ、気にしなくていいんだよ」
「分かったよ、もらえばいいんだろ」
俺は根負けしてそれを受け取った。
「ありがとう。ごめんね、話しかけて。大丈夫、もう、話しかけないから」
綾戸彩はそう言って小走りで教室に戻っていった。
もう、話かけないから、か。
ふん、清々するぜ。清々するはずなのに、な。
なぜか少しだけ寂しいように感じられて、いつもなら俺を甘やかしてくれるはずのマッカンも、心なしか苦いように感じた。
ちょっと短いですがキリが良いので終了です。
なんだかキャラ崩壊が凄いような気がすると書いていて思いました。まあけど二次創作だし、このくらい良いと言い聞かせてみたりしています。
今後の展開についてちょっと悩んでいますが、なるべく速く更新できるよう頑張ります。
誤字、脱字、他にもなにかお気付きの事があれば、お気軽に感想欄等にお願いします。