デスラーからの緊急電から24時間後、TF13は火星第2基地を発った。
『テシオ』『チョウカイ』『クズリュウ』『アシタカ』『ヤマト』『オシマ』は火星の重力圏を離脱するや、艦首を垂直に立て、太陽系北極方向に針路をとった。
木星軌道方面に向かわなかったのは、ガトランティス帝国軍残党との戦闘を避けるためだ。
地球防衛軍は戦闘終結直後から、戦闘可能な戦艦と巡洋艦、駆逐艦、護衛艦等で太陽系内の哨戒を再開していた。
これまでに木星・土星圏と水星軌道上で延べ6隻のガトランティス艦船を捕捉し、降伏か太陽系外への即刻退去を求めたが、いずれも拒否して戦闘をしかけてきたため、全て撃沈していた。
ズォーダーという巨大なカリスマ指導者を突然失ったためか、ガトランティス残党の指揮系統はまだ確立されていないと軍司令部は判断しており、残党の指揮系統が整う前に捕捉・掃討すべく、損傷艦の修復と再就役、さらに新造艦の就役もようやく進んでいたが、これらの艦船群は太陽系防衛に必要不可欠なものであり、新生TF13も外惑星~太陽系外縁方面への哨戒と掃討任務にあたるはずだったが、現状は今のとおり。急転直下のイスカンダル行きだ。
「火星圏を離脱しました」
「了解。予定どおり1時間後に最初のワープを実施、一気にオールトの雲まで向かう」
舵を握る大村の報告に、嶋津は予定どおりのワープ実施を告げた。
TF13各艦は亜光速に増速し、一路北極方面に向かう。
――新横須賀市――
『‥‥地球は未だ復興の途上にありますが、それを考慮しても、私達の大恩人たるイスカンダルを見捨てる事はできません』
高町雪菜は自宅(嶋津宅)と同じフロアの中島家のキッチンで、夕食の支度を手伝いながら、ラジオから流れる連邦大統領の緊急会見を聴いていた。
中島家の主である龍平は、軍務局第2課長代理のポストにいる“背広組”の1人。
嶋津冴子や真田志郎らが訓練生当時、訓練学校の事務長代理として勤務しており、その時からの付き合いだ。
龍平は雪菜の生家である旧“翠屋”にも足しげく通っていたのだが、その時に見初めたアルバイト店員が、当時留学生だった今の真理亜夫人という縁もあってか、ガミラス戦の末期、戦争孤児になった雪菜を、とかく私生活ではボケナスである嶋津冴子の元に送り込んだのも彼だ。
一般的には、中央の背広組と第一線の“制服組”は仲が悪いのだが、中島には悪い意味でのエリート臭がないため、制服組からの評判も悪くないのだ。
そして、彼の夫人である真理亜は日仏ハーフだが、冴子や真田は、
『存命者中最強の台所の魔術師』
と評しているが、雪菜もまたこの真理亜評には異存がない。
何しろ、
『この人の手にかかると、大豆グルテンの代用肉が但馬牛の霜降りになる!』
とさえ言われる腕前を何度となく目の当たりにしているのだから、“翠屋”再興を志す雪菜にとってはまさに良き師匠である。
「真理亜さん、味見をお願いできますか?」
シチューソースをひとまず納得できる味に仕上げた雪菜は、小皿にすくって右隣の真理亜に手渡す。
真理亜は口にするや、
「‥‥心持ち黒胡椒を効かせるといいかな?」
と評した。
――最後の仕上げは真理亜自身で行ったが、雪菜がそれを無視するはずがなかった。
こればかりは魔法でもどうにもならない。
翠屋再建に向けた雪菜の修業は、まだ序盤に過ぎないのだ。
――太陽系北極外縁部――
「太陽系を離脱しました!」
『ヤマト』艦橋で太田健二郎が報告する。
「『テシオ』から通信!『艦首92度下ゲ。外宇宙巡航速度デばらん星二向カウ、です!」
6艦はバラン星を中間点にして大マゼラン銀河に向かうルートをとった。
これからワープを繰り返し、1日1万光年以上の行程をこなさなければならない。
各艦では機関長指揮の元で主機関の調整を行っていたが、それもひとまず終了した。
――『テシオ』――
「艦長、全艦の機関チェック完了。異常ありません」
「よし、予定どおり30分後に最初の長距離ワープを行う」
全艦、動力部は問題ない。
これからしばらくはワープに明け暮れる毎日になるが、訓練も欠かす事はできない。
だからこそ、1日あたりの移動距離を稼ぐ必要があるのだ。
(とはいえ、大マゼラン銀河まで予定どおり進むかな‥‥?)
予定はあくまで予定だ。現実が期待どおりに推移するとは限らない。
というか、大抵はハプニングやアクシデントに見舞われてばかりだ。
嶋津の懸念はまたも的中することになるが、それは少し後の事だ。