――機動要塞『ガトランティス』――
艦橋奥にしつらえられた玉座にかけながら、ズォーダーは地表に広がる火の手を見つめていた。
『ガトランティス』は衛星軌道上から、艦底部の殲滅砲で地上の都市部を狙い撃ちしていた。
「愚か者どもが。さっさとひれ伏せておれば良いものを‥‥」
言葉だけならば勝ち誇っているが、表情と口調はほろ苦い。
――鎧袖一触のつもりで臨んだ結果がこの体たらくだ‥‥。
これまで征服した惑星国家同様、白色彗星形態の首都星とバルゼー艦隊で容易く陥とせると重臣も自分も思っていたが、まさかここまで追い詰められるとは思わなかった。
さらに、征服地(アンドロメダ座銀河)から呼び寄せたナグモー艦隊と、首都星要塞の修理資材等を載せた船団は小賢しい機械人間ども(デザリアム)に壊滅させられ、結果、我々は孤立状態だ。
何故このような醜態を晒す事になったのか?
(我々は地球を、地球人を侮っていたのだ――)
ナスカによる撹乱工作は一定の成功を収め、地球は政府・軍共に見事なまでに混乱してくれた。
しかし、事態を深刻に受け止めた者もいた。
反乱同然に地球を発った『ヤマト』の乗組員と、それに手を貸した者達だ。
結果、『ヤマト』は我が軍と交戦しながらテレザートでテレサを解放し、地球当局は『ヤマト』から得た情報で、曲がりなりにも迎撃体制を整えた。
滅亡一歩手前まで追い込まれながらもガミラスを退けたのは紛れではなかったのだ。
(新たな銀河制覇計画が、最初から頓挫しようとは‥‥)
この銀河で目ぼしい星間国家はボラー連邦くらいしかなく、他は見るべきものはないと考えており、あのガミラスを退けた『ヤマト』を擁する地球も、初めは無様に混乱したから与しやすしと判断したのが裏目に出、新銀河制覇計画は最初から頓挫した。
(戦略を根本から立て直さねばならぬ)
武人の勘は、一刻も早くここを立ち去るべきだと主張している。
しかし、我が帝国の体面を汚した身の程知らずどもに、我らの恐ろしさを骨の髄まで知らしめなければならないという征服者の面子がそれを妨げた。
果たせるかな――。
「左後方に極めて強力なエネルギー反応!‥‥テレサですっ!!」
地球以上に厄介な存在の接近を知らせる声が響き、直後、強制的に通信がハッキングされた。
「‥‥そなたが生きているとは思わなかったぞ。テレサよ」
『地球の一地域の言葉を借りれば、《黄泉返った》と言うところでしょうね。ズォーダー‥‥』
スクリーンに映るテレサを真っ直ぐ見ながらズォーダーは語る。
「‥‥ここに現れた目的は解っている」
『ならば話は早いですね。ここから立ち去りなさい。そして、支配下の人達を解放しなさい』
「それは出来ぬ。命ある限り征服し、この宇宙を我が手に収める事は我が一族に課せられた掟。
それを止める事は我がガトランティスの存在自体を否定する事だ」
『‥‥‥‥』
ズォーダーの独白に、テレサは哀しげな表情を浮かべた。
「‥‥憐れみは要らぬ。余もそなたに訊きたい事があるのだがな」
暴君や破壊者と謗られるのは一向に構わないが、臆病者扱いや憐れみを買うのは虫酸が走る。
それより、これまで他者と関わろうとしなかったテレサが、何故こうまでするのか、個人的に興味が湧いた。
「何故、そこまでこのちっぽけな星に力を貸すのだ?」
『ヤマト』と関わってからのテレサは明らかに変わった。正反対と言って良い程に。
『‘愛'です』
「‥‥ふむ、アイか。余には理解できぬな」
テレサの主張を否定しながらも、ズォーダーの口調に侮蔑はなく、微かに面白がる気配すらあった。
「そのアイとやらで余を、ガトランティスを止めるつもりか?」
『どのみち、貴方は止まらないのでしょう?』
「いかにも。余こそがこの大宇宙を司る絶対唯一の存在。他人の指図は受けぬ!」
――そのやり取りは生き残った地球艦はもちろん、地球全土のあらゆるメディアで流されていた――。
『テシオ』では、土方や嶋津冴子以下のブリッジクルーが無言で聞き入っていた。但し、いつでも波動砲を急速チャージできる態勢で。
『ヤマト』でも、古代と雪が無言で聞き入っていたのだが、真田達、僅かな生存者を乗せたランチにも、2人のやりとりが流れていた。
「‥‥『テシオ』に向けろ。太田」
「はい‥‥」
真田は操縦席の太田に告げ、太田も頷いた。
この先の経過は容易に想像できる。ならば旗艦に一時身を寄せるのがベストだし、古代を叱りつけられるのはあの人しかいない。
―― 『テシオ』 ――
「『ヤマト』2号ランチより受け入れ要請です!」
「‥‥わかった。着艦後、真田技師長を艦橋に出頭させろ。メディックは負傷者受け入れ準備!
‥‥但し、状況によっては一時中止もある旨を知らせてやれ」
「わかりました」
『ヤマト』生存者の受け入れを指示した嶋津は、再び神経を敵要塞戦艦とテレサに戻す。
(一体、何が起きようとしているんだ‥‥?)
予感めいたものはあるが、それを口にするのは憚られた。
――地球防衛軍地下本部――
「一体、何が起きようとしているのだ‥‥?」
「わからん。しかし、我々にはこれからの一部始終を見届ける義務があるぞ」
驚きの声を上げる芹沢参謀総長に、司令長官の藤堂平九郎は静かに答える。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
連邦政府地下シェルターでも、連邦大統領と首相が2人の声を聞き漏らすまいとしていたが、それは市民達も同様だった。
「‥‥‥‥」
《‥‥‥‥》
地下都市の一角でも、少女と何者かが無言で聞き入っていた。
“2”の最終話での大帝があまりに普通過ぎて興醒めでしたので、こうしてみました。