宇宙警備隊長・冴子   作:EF12 1

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足掻き①

 

「そのメットはだめ!こっちと替えて!」

「重傷者は脱出カプセルに収容するんだ!」

 

何本もの白煙の尾を引き、ボロボロになった巡洋艦『テシオ』の艦内は慌ただしさを取り戻していた。

 

        ――10分前――

 

「あの化け物との位置関係と距離は?」

 

頬に貼り付けたメディカルパッドに、早くも血が滲み始めた『テシオ』艦長の嶋津冴子は、観測員に彼我の相対位置を質す。

 

「本艦から見て、水平位置は11時46分、上下位置は上15度、距離2020キロ。敵戦艦の艦尾上から下に向けて移動しています」

「ん」

 

報告を聞いた嶋津は、しばし瞑目すると立ち上がった。

 

「さっきから聞いていただろうが、改めて言うぞ。敵要塞戦艦に波動砲戦を行う」

「!!!!」

 

その一言にブリッジクルーの表情に緊張が走った。

土方は腕組みして一言も発しない。

 

 

「艦自体は手酷くやられたが、幸いにもメインエンジンと拡散波動砲は無傷だ。

波動エネルギーの拡散開始点を敵戦艦内部に設定し、奴を内側から破壊する」

 

その意味を理解したクルーの表情に血色が戻ってきた。

 

そうだ、まだ波動砲は生きている。まだ望みは残っている。

 

「‥‥しかし艦長、この距離では、命中した時に敵艦の爆発に巻き込まれる可能性が低くありません」

 

観測員の疑問に、嶋津はすぐ応える。

 

「そのとおりだ。しかし、解決策は『ヤマト』が実証済みだろう?」

 

皆があっ、という表情をした。

テレザート星に向かう途中、空洞惑星に閉じ込められた『ヤマト』がデスラー砲の直撃を回避するために使った大技は、一新人技術班員の単なる思い付きの独り言から採用された、まさに灯台もと暗し。

 

波動砲発射の際に発生する凄まじい反動エネルギーは、通常、連動する重力アンカーで吸収・相殺されるが、重力アンカーを切れば、反動エネルギーにより艦は後退する。

 

これを使えば、目標崩壊の爆発からも逃れられる。

 

「ただし、あまり派手に準備すれば敵に発覚する恐れもある。そこで、艦内動力は波動砲の急速チャージと最低限の生命維持、姿勢制御のみに限定する。各員、現有装備を確認しろ。戦闘服の損傷が大きい者は船外作業服を着用せよ!

‥‥まだ希望はある!ズォーダーの尻(ケツ)を切れ痔にしてやろうぜ!」

 

おう!という声がブリッジに響く。

土方は、しょうがない奴だとばかりに微苦笑を浮かべていた。

 

   ――20分後『テシオ』艦橋――

 

――重傷者は緊急脱出用カプセルに移し、軽傷者でも戦闘服の損傷が大きい者は船外作業服を着用させた。

艦内は医療エリアを除いて非常灯以外の照明が落とされ、時たま行われる姿勢制御の噴射音がごく短時間響くだけだ。

 

「発射予定ポイントまで、あと8分です」

「イギリス本島、ウェールズ地域に着弾!…続いて北アイルランドにも着弾っ!」

「外道が!好き放題撃ちまくりやがって!」

 

ズォーダーの非道な所業にクルーの怒りの声が響く。

戦闘指揮席では戦術長の篠田が発射準備を進め、嶋津は篠田のシークェンスを確認している。

 

「‥‥‥‥」

 

拡散波動砲は広域殲滅兵器であり、本来は集束波動砲ほどの照準精度は必要ないが、逆に拡散開始ポイントの調整はシビアだ。

何しろ、拡散波動砲の運用マニュアルにこんな使い方は記載されていないのだから。

調整作業はそれだけではない。拡散の範囲や周囲に与える被害も考えなければならない。

 

民間人はほぼ全員が地下に避難していたが、万一拡散した波動エネルギーが地上に着弾すれば、広範囲で火災や爆発が起きるからだ。

 

無力感と憤怒を覚えつつ、発射準備作業は続いていたが、その時だった。

 

「『ヤマト』が敵巨大戦艦に向けて前進を始めましたっ!」

「何だと!?」

 

土方を含めた全員が表情を変える。

 

「まさか、突っ込む気か!?」

(‥‥あの大バカ野郎が!)

 

嶋津は内心で毒づく。

乗っているのはあいつに決まっている。そして雪も。

早まりやがって!

 

「‥‥発射シークェンスを続けろ、嶋津」

 

皆の動揺を抑えるが如く、土方は発射シークエンス続行を命じた。

 

「残り時間は?」

「あと4分10秒です‥‥」

 

今『ヤマト』に通信を繋げば、こちらの所在も敵に露見する。

情に流されて大義を、地球防衛軍軍人最優先の任務を放棄する事は許されないのだ。

ブリッジクルーが皆一様に痛ましい表情になる。

 

「あと2分です!」

「『ヤマト』停止しましたっ!」

 

どういうことだ? 機関トラブルか?

しかし、こちらのやることは変わらない。

 

「‥‥機関長、エネルギー急速チャージスタンバイ」

「了解。急速チャージスタンバイ!」

 

苦い薬を飲まされた表情のまま、嶋津は前方を睨み続けた。

土方は眉一つ動かさず、モニターを見ている。

 

(‥‥これが指揮官に求められる器と非情さか。私はまだまだ、だ)

 

土方の姿を見るにつけ、己の未熟さを改めて痛感させられる冴子だった。

 

――と、その時、『テシオ』右舷前方に、黄金色がかった光球が出現した。


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