――ガトランティス帝国・大帝公務室――
「‥‥申し上げます」
沈鬱な表情の軍務官僚が入室してきた。
「何事です?」
「構わぬ。申せ」
やや不快げに質す丞相シファル・サーベラーにかぶせ、ズォーダーは官僚に促す。
サーベラーは屈辱的な仕事――部下の葬儀委員長――を過分なく務め上げ、大帝への近侍を許されたばかりだ。
「はっ‥‥ゲーニッツ総都督が残存テロン艦隊との戦闘で敗死された由にございます」
ゲーニッツの敗死に、居並ぶ側近や侍従達がざわめく。
「無様な事。テロンの残党一つ御せないとは」
「して、テロン艦隊はこちらに向かっているのか?」
サーベラーが嘲弄の声を上げるが、ズォーダーは再びかぶせるように官僚に質した。
「はっ。急ぎ修復した艦艇を糾合し、こちらに向かっておりますが、ラーゼラー尚書とミル都督が迎撃準備を整えております」
「――左様か。サーベラー」
「!?‥‥はっ!」
ズォーダーは頷くや、サーベラーを名指しする。
「そなたを帝都防衛総督に任命する。テロン人どもが帝都に接近を図ったならば、手段は問わぬ。殲滅せい」
「お言葉でごさいますが、私は丞相として陛下を補佐――」
「帝国軍総帥たる儂の命が聞けぬと申すか?」
抗弁を試みるサーベラーに向けられたのは、ズォーダーの冷厳たる命令と、彼女を背後から囲むように立った近衛兵達だった。
これ以上の抗弁は粛清の対象になる。
ズォーダーの気質をよく知るサーベラーは抗弁を諦め、肩を落として退室していった。
――丞相執務室 ――
「テロン人どもが!劣等種族どもが!!」
これまで余り使う事がなかった執務室に戻ったサーベラーは、帝国にひれ伏さぬテロン人に呪詛を吐きながら荒れた。
地球侵攻作戦が始まってからの事態の推移は、ことごとく彼女の思惑を外した。
戦略的にはテロンに全面降伏を通告しているところであるが、 局地戦で巧く行ったのはナスカの撹乱戦くらいで、帝国軍は過去にないほどの出血を強いられている。
ゴーランド、ザバイバル、バルゼーは数多の戦闘で武勲を挙げてきた剛の者だったが、前者2名は『ヤマッテ』1隻に敗れ、バルゼーはテロン艦隊に嵌められて死んだ。
そしてゲーニッツも斃された。
目障りな男ではあったが、軍人としては一定の評価をしていただけに、彼の退場によって自分が帝都防衛の責任者に祭り上げられてしまった事は不本意以外の何物でもなかったが、帝都防衛を担う兵士達にすれば災難の一語に尽きた。
「――あの女、そもそも軍務経験なんかないだろう。もしテロン人が突っ込んで来たらどうするつもりだ?」
「俺、遺書書こうかな‥‥」
「バカ!自裁(自決刑)宣告書にてめぇ自身で署名するようなもんだぞ!」
――地球防衛軍との攻防戦の直前、ガトランティス帝国の首都において、兵卒達の士気維持に将校が頭を痛めているという記録が、後年、地球防衛軍が公開した資料で明らかになっている――。
――『テシオ』――
「‥‥‥‥」
スクリーンに映し出されているのはガトランティス首都星要塞。土方や嶋津はもとより、各艦の首脳はそれを見ながら攻略方法を考えている。
『あの装甲帯に対空砲座がある以上、都市に対する航直接攻撃を無力化する何らかの仕掛けが施されていると考えるべきでしょう』
首都要塞のビル部分に注意を奪われてはならないと『ヤマト』の真田志郎が主張する。
『あれだけの軍事力を持つんだ。下半分の小惑星部分も、中はかなり手が加わっているんじゃないか?』
『当然、移動のための動力部や首都防衛部隊の施設はあるでしょう』
『ということは、主動力を破壊して首都機能を停止させない限り、敵を止める事はできないという事か‥‥』
話は次第に核心に近づいたその時、
『総司令!意見具申をお許しいただきたい!!!』
『テシオ』艦橋をビリビリ震わせるような大音声で意見具申を求めたのは、 強襲揚陸艦『ペリリュー』に乗艦している空間騎兵隊普通科第15連隊長のイヴァン・ミシェロビッチ大佐だ。
艦隊決戦に強襲揚陸艦が出る幕はないのだが、ミシェロビッチは、
『敵の首都に上陸して中枢部を破壊しない限り、奴らは停戦には応じない!』
とばかりに、隊員と共に『ペリリュー』と『アッツ』に乗り込み、火星基地から発進した他の艦船と同航して半ば強引に合流してきたのだ――。
「よろしい、言ってみたまえ」
土方が発言を促すや、ミシェロビッチは相変わらずの大音声で持論を披露する。
『たとえ敵艦隊をいくつ撃滅しても、あの首都要塞がある限り、敵は地球侵略を諦めるとは思えん。
それに新たな増援艦隊が来る可能性はあると考えるべきである。彼我の戦力差が少ない今こそ、敵首都の機能を停止させ、指導者層の生殺与奪を握らない限り、この窮地を脱する事はできない!』
各艦のブリッジクルーが耳を塞ぐほどの大声でミシェロビッチは持論を述べた。
「‥‥‥‥」
『‥‥‥‥』
土方や各艦艦長はしばらく無言でいた。
都市要塞が地球に接近しているため、波動砲で破壊した場合、残骸が隕石化して地上に大きな被害を出してしまいかねず、機能を停止させて敵首脳を捕虜にするか、都市要塞、ついては太陽系からご退去願うのが最善だ。
しかし、敵の総本山に乗り込むのだ。生還率は限りなくゼロに近くならざるを得ない。
皆が躊躇うのも仕方ないことだ。
『私達はミシェロビッチ連隊長のご意見に賛成し、攻撃隊に参加します』
真っ先に賛同の声を上げたのは『ヤマト』の古代と真田だった。
機動戦力を擁する戦闘空母や雷撃母艦からも支持の声が続く。
そして――。
「‥‥よろしい。私の責任で連隊長の提案を採用する。‥‥但し、生還が前提だ。いいな!?」
土方が上陸作戦の採用を決定し、地球防衛軍史上最凶と言われる敵首都攻防戦は、幕の向こうで役者と裏方達が奔走するのだった。
冥王星に砂漠があるって、マジなんでしょうか‥‥?