「‥··もうダメだな、あれは」
「そうですね‥‥」
空間双眼鏡を手にした嶋津が呟き、操舵席のナーシャ・イリーナ・カルチェンコが応じる。
ナーシャ・I・カルチェンコ少佐は『テシオ』の副長兼任航海長。アクロバティックな操舵に定評/悪評があるが、艦長・副長とも女性の戦闘艦は『テシオ』を含めると数隻しかない。
そのご両所の視線の先には猛煙に包まれて漂う『ユウバリ』『Z27』の無残な姿。
『Z27』は機関部に直撃弾を受けたが、生き残った機関員が咄嗟に主機を強制停止したため、轟沈は免れたものの航行不能。
『ユウバリ』は艦首と艦橋に直撃弾を受けてブリッジクルーが全滅。CICからの操舵で僚艦との衝突は回避したが、戦闘継続は不能だった。
『ヤマト』は2発被弾したが、強固な装甲で跳ね返したため小破に留まり、対空射撃で2機を撃墜。
また、旗艦『ダンケルク』も対空射撃で1機に煙を噴かせたという。
GF666の現着は敵機の退却後だったため、敵と交戦する事はなかったが、戦闘配置のまま応急作業の支援と宙域警戒に当たった。
(攻撃とやらは、威力偵察と考えるべきだろうか)
だとすれば、新たな敵性勢力が太陽系に近づいていると解釈するのが自然だが、ストレートに公表するのはリスク大だ。
市民のパニックや社会不安を誘発しかねないのだ。
と、そこに第3艦隊旗艦『ダンケルク』から通信が入る。
「GF666隊長兼『テシオ』艦長、嶋津です」
『第3艦隊司令バスタンだ。救援に感謝する』
バスタン司令の表情は冴えない。
『《Z27》は機関部全滅で全損判定だ。《ユウバリ》と合わせて41名が殉職、負傷者は《ヤマト》も含めて89名だ。殉職者と重症者の家族には、何度謝っても許されないな····』
ガミラス残党との戦闘が絶えて数ヶ月。太陽系外惑星圏もようやく凪いできたと思った矢先、虚をつかれたのは否めないが、轟沈艦ゼロで、数機を撃墜したのだから、不幸中の幸いと言うべきだろう。
嶋津は肝心な事を尋ねる。
「‥‥攻撃してきた連中は、ガミラスではなかったのですね?」
『形状からして、ガミラスの設計思想とは明らかに異なっていた。《ヤマト》で画像解析中だ』
機能面は『ダンケルク』を含む〈ドレッドノート級主力戦艦〉が『ヤマト』を上回るが、元が"方舟"の『ヤマト』は個々の能力が突出しており、第3艦隊では母艦的な存在だった。
事実、負傷者は大半が『ヤマト』に収容され、敵の1次解析もそうだ 。
とはいえ、ドレッドノート級戦艦は毎週1隻、インディアナポリス級巡洋艦は2日に1隻、スレイブニール級駆逐艦は毎日とも言われる竣工ペース。
さらには地球艦隊総旗艦として、1隻で『ヤマト』2隻を凌ぐという旗艦用大型戦艦も3隻が建造中で、ネームシップ『アンドロメダ』は先日就役。続く『シリウス』『ネメシス』も来年就役と聞いていた。
これらの艦は一層の自動化が進められており、旗艦でなく戦列艦としてなら『ヤマト』の半分以下の人員で間に合うという。
となれば、融通が効かず金喰い船の『ヤマト』はいずれ予備艦指定だろう。
軍としては標準化が進み、言うことなしだが、『ヤマト』やそれ以前の艦船に乗っていた者のような、いざと言う時につぶしが効く宇宙戦士は育たず、機械に操られるだけの兵士しか育たない。
嶋津に留まらず、ガミラス戦を生き延びた中堅以上の宇宙戦士は皆不安を抱いていた。
“そんな小人数で、ダメージコントロールは大丈夫なのか?”
それを口に出したところで詮なき事なのだが、黙っていられないのが嶋津の救われがたき性。
同期の技術少佐・大山敏郎に同じ事を言ったところ、
『いや~、俺も同じ事を上司に言ったらよ、明日付で南部重工に出向になったぜい♪』
と返ってきた。
どこにも自ら墓穴を掘る奴はいるものである。
それはさておき、司令官との通信を終えた嶋津は、艦橋をカルチェンコに任せて艦長室に移り、回線を『ヤマト』艦長代理に切り替えさせる。
艦長室に上がったようだが、若き艦長代理、古代 進は憮然とした表情になっていた。
『ヤマト』だけならまだしも、僚艦2隻を大破させられた事がよほど悔しいようだ。
聞けば、自らコスモゼロを駆って追撃したという。
だが、今の状況と古代の立場上、それはまずい。
「返り討ちに遭う可能性を考えなかったのか?指揮官なら少し頭を冷やせ」
『はい‥‥‥』
しばしお説教。真田や島 大介がいれば止めに入ったのだろうが、今の『ヤマト』艦橋に古代のブレーキ役はいない。
いや、今の『ヤマト』の乗組員にイスカンダル行きの経験者は2割位しかいない。
大半の元クルーは別の部署で中核的な役どころにいたり、後身の育成にあたっているのだ。
ともかく、今の『ヤマト』もイスカンダル行きの時のような臨機応変力は期待できない。
焦れったくなって自ら飛び出した気持ちはわかるが、今の彼は『ヤマト』のリーダーなのだ。軽挙盲動は慎んでもらわなければならない。
ましてや彼は、もう1人ではないのだ。16.8万光年先には兄夫婦がいるし、こっちには許婚者がいるのだ。
彼自身のためにも『ヤマト』のためにも、軽はずみな事をさせるわけにはいかない。
「‥‥2度は言わないぞ、古代」
『はい‥‥』
通信を切った後、長嘆息×1。
「多少は上がったようだが、(感情の沸点の低さは)相変わらずだな‥‥」
同じ年頃なら、兄の方がまだ抑制が効いていた。
アイツには、まだブレーキ役が欠かせないようだ。
「やれやれ‥‥」
私が冷静になれと諭すとは、正に因果応報だ。
嶋津はかつての我が身を思い起こし、巡り合わせの皮肉に苦笑するしかなかった。