── ???? ──
『総員退艦!‥‥繰り返す、総員退艦せよ!』
『艦長も早く退艦を!』
『主魔力炉の暴走は手動でないと、奴を封印できない‥‥。時間がないぞ、早く行け!』
『‥‥これを妻に渡してほしい‥‥』
(リンディ、ごめん‥‥。クロノ、父親らしい事を何もできなくてごめんな‥‥)
『生存者発見!成人男性1。 これより搬送する!!』
(‥‥どういう事だ。俺は死んだのではないのか──?)
── 地球防衛軍・横須賀総合病院 ──
「‥‥‥‥」
クライド・ハラオウンの目に入ったのは、白っぽい色の天井と、鼻から口元を覆う呼吸用マスクと自分の身体に繋がれているチューブだった。
身体に走る痛みと合わせて、自分が治療室にいる事は理解できた。
問題は──。
(どこだ?ここは‥‥)
自分が見知っている治療室 ──生まれてこの方入院した事がなかったので、知識自体乏しいのだが── とは何かが違う。
頭を傾けてベッド脇の機器を見ると、見覚えがある文字があった。
(これは、確か第97管理外世界の公用語。という事は──)
上司であるギル・グレアムの出身地だ。自分も任務で何度か出張した事がある。
グレアムの故郷はスコットランドという地。
余談だが、その地で造られているスコッチウィスキーはとてもいい酒で、友人のレティ・ロウランはこれが大のお気に入りだった。
(ここは“地球”のどこなんだ‥‥?)
鈍い痛みをこらえながら頭を反対方向に向けてみた。
『あ、気がつきましたか』
足元から声がするので、そちらを向いてみると、ナース服を着た若い女性が歩み寄って来ていた。
『苦しいですか?』
と、ミッド語に近い言語── つまり英語 ──と、ベッドに寝ている人間らしきイラストを表示した携帯端末をかざして訊かれたので、クライドは首を軽く横に振って問題ないと応えた。
「お互いにお話しする事は色々とありますが、まずはお怪我を治す事が最優先です」
(了解した)
会話が済むと、看護師は輸液パックの交換にかかった。
── 木星圏イオ・ 艦船工廠──
クライド・ハラオウンが乗っていた艦『エスティア』は、ここの修繕工場に下ろされて解体調査が実施されていたが、
「何だこりゃ?」
『エスティア』をひと通り見た技師たちの第1印象はおしなべてこれだった。
船体形状はいいとしても、あちこちに“魔導”の名がつく装備や施設が点在し、主動力部に至ってはズバリ“魔力炉”だ。
地球では公式の存在ではない魔法とやらが、『エスティア』の運用世界では普通に存在しているらしいのだから、見るものが呆気にとられるのも無理はなかった。
一方、『エスティア』の居住設備は技師たちを唸らせた。
居室や食堂・娯楽設備、病室等のつくりには地球側の意表をつき、かつ質で上回っている点が少なからず見受けられ、次期主力艦の開発や現行主力艦の改装時に何らかの形で導入すべきという意見がついた。
しかし、ガトランティス帝国本星=白色彗星の太陽系侵入が不可避となった事で『エスティア』の調査は中断され、数ヶ月後に再開された時、『エスティア』の両側にはガトランティス艦の骸が並べられていた。