――時空管理局本局――
通信を絶った2つの管理外世界、及び行方不明艦船捜索任務を終えた『クラウディア』艦長、クロノ・ハラオウンが提出した報告と証拠物件に、本局、特に“海”こと次元航行本部は文字通り震撼した。
今、解析結果を披露しながらの対策会議が開かれている。
『クラウディア』艦長のクロノ・ハラオウンは元より、同行したフェイト・T・ハラオウンも末席を占めていた。
①どうにか回収できたXV級艦『バトン・ルージュ』のブラックボックスを解析したところ、同艦は所属不明(便宜上勢力A)のミサイル戦闘艦から放たれた大量のミサイルでほぼ一方的に撃破された。
②『ワクラ』は『バトン・ルージュ』を撃破した勢力Aのミサイル艦から放たれた超大型ミサイルの飽和攻撃で崩壊させられた可能性が高く、常駐していた局員も全員死亡したと判定せざるをない。
③『ワクラ』を崩壊させた勢力Aのミサイル艦隊は、敵対勢力(勢力B)の1隻の戦闘艦と交戦したが、勢力Bの戦闘艦から放たれたと思われる超高エネルギーの砲撃により、ほぼ全ての艦が粉砕されたと思われる。
その直前に傍受した勢力Aの艦隊内通信を解析したところ、『ヤマト』なる固有名詞がしばしば登場しており、勢力Bの艦船の事を指している可能性がある。
因みに『ヤマト』という名詞は、第97管理外世界の日本地区においては広く知られており、古代に首都があった地域、あるいは日本がかつて建造・保有した超大型の水上戦闘艦の名称でもあるが、勢力Bの戦闘艦が『ヤマト』という名称かどうかは不明。
また、第97管理外世界の宇宙開発は、まだ同一恒星系内に無人探索機を送り出して運用しているレベルであり、第97管理外世界が建造・運用している可能性は極めて低い。
スクリーンには、『クラウディア』が捉えた、勢力Aのミサイル艦隊と勢力Bの艦船の戦闘光景が映し出されていた。
Aのミサイル艦隊から放たれた大量の中小型ミサイルに対し、Bの艦船は目立った反撃をしていない。
そして、ミサイル艦隊の各艦は艦首に装着していた超大型ミサイルを放ったのだが、その直後、Bの艦船から凄まじいエネルギー量を持つ極大のビームが放たれ、ミサイル艦隊を飲み込んでしまった。
光学処理を施した映像を改めて見直した一同は驚嘆した。
光の中で、ミサイル艦はまさに溶けていくかのように崩壊し、消滅していくのだ。
大陸間弾道弾すら玩具にしか見えない巨大な質量兵器同士の応酬に、管理局の高官は声も出ない。
「艦船Bから放たれたエネルギー砲のエネルギー総量ですが、XV級が装備するアルカンシェルの10倍超ありました。
仮にこれが本局に撃ち込まれれば、一撃で致命的なダメージを被るでしょう。
‥‥これはミサイル艦から大量にミサイルを撃ち込まれた場合も同じです」
クロノの報告に、高官達はやや懐疑的な表情だ。
『バトン・ルージュ』は相手が多数だからやられた。同数ならば負けるはずはない。
というのが異議の根拠だ。
何分にも、一対一、あるいは同数の艦隊戦をしたわけではないのだから、その言い分にも理はあろう。
「勢力Aのミサイル艦隊に対してはそうかも知れません。だとすれば、そのミサイル艦隊を一撃で全滅させた艦船Bはどうでしょうか?
多数のミサイルを撃ち込まれても、あれだけの超兵器を使うだけの余力を残していたのです。攻撃力もさりながら、防御も強固だということになりませんか?」
クロノの回答に高官達は唸る。
「艦船の性能はひとまず置くとして、新たに遭遇したこの2つの勢力への対応を早急に決める必要があるでしょう」
上座に座する“伝説の三提督(元帥)”の一人、ミゼット・クローベルが静かに話す。
極めて強力な軍事力を持つであろうこの2勢力とどう向き合うかが、時空管理局の今後を左右するというのがミゼットの見解だ。
「勢力Aは明確に敵対してきていますから、とるべき態度は決まってくるでしょうが、勢力Bに対しては慎重に慎重を期するべきです。
敵の敵とはいえ、管理局に味方するものと決め付けるのも時期尚早です。‥‥何より、我々はいずれの勢力の本拠すら掴んでいないのですから」
「いずれにせよ、この2勢力をもう少し知らなければなりませんね。特にBの方を」
“海”こと次元航行部隊の一提督が主張し、本局側の高官の大半は賛意を示すが、“陸”こと、地上総本部側の高官は警戒感を露わにする。
次元航行部隊の活動強化は新たな人材を必要とするが、往々にしてそれは各地上本部所属の人材を引き抜くことで充当してきたからだ。
「そちらの事情は認めるが、安易な人員の引き抜きは当方は承服できない! JS事件の余波で、各世界市民の管理局に対する信頼度はまだ戻ったわけではない。そんな中、更に引き抜かれては各世界政府からの不信感を募らせることになる。XV級はL級より少人数で運用できるんだろう?」
「何だと!?」
地上側の一言に“海”の一部高官が過敏に反応し、座は緊張する。
1年前のJS事件は、時空管理局に決して軽くはないダメージを齎した。
実行犯たるジェイル・スカリエッティと当時のミッドチルダ防衛長官や管理局中枢中の中枢、最高評議会の繋がりや一部高官の腐敗などが暴露されたため、管理局は各管理世界からの強い批判に曝された。
信頼回復のため、今なお組織改革が進められているが、抵抗も根強い。
地上側からすれば、さんざん次元航行部隊に人材を引き抜かれて困り果てているところに、新たな煮え湯を飲まされてたまるかという苛立ちがあるため、このような場ではつい怨み言が出てしまう。
「双方ともやめんか」
ヒートアップする面々を窘めたのは『三提督』の1人、ラルゴ・キールだ。
「海と陸は両輪。どちらかが独走しても局は弱体化し、世界の守り手の役目は果たせん。‥‥管理局は一層強い向かい風に晒される。互いの事情に思いを馳せなければ、管理局は内側から崩れていく。君ら上級士官が率先して変わらなければ、現場の足を引っ張る邪魔者になるだけだぞ」
とはいえ、希望はある。
JS事件で中心になって対処したのは本局側の機動6課だが、元々6課と関係良好な陸士108隊のみならず、他の陸士部隊も空戦魔導師隊と独自に連携してガジェット迎撃や避難支援に当たった。
上級幹部同士がいがみ合っていても、現場レベルでは連携できたのだ。
(改革すべきは上の意識か‥‥)
とうに引退してもおかしくない『三提督』がが今なお現役に留まっているのは、志半ばで倒れていった仲間達と交わした誓いを守るため。
彼らに安息の日が与えられるのは何時なのか──。
── 時空管理局本局・一般士官喫茶室 ──
「厄介な事になったものだな」
「勢力が勢力だから、情報管理が厳しいんです‥‥」
フェイトと一緒にテーブルを囲むのは、ミッドチルダ首都防空隊で1個中隊を預かるシグナム1尉。
隊長研修で本局に赴いていたため、偶然にもフェイトと顔を合わせたのだ。
謎の艦隊による惨劇はシグナムの耳にも入っていたが、箝口令が敷かれているので、下級士官クラスが知り得る情報は限られていた。
「両方とも生存者はいなかったか‥‥」
「ええ、《テレザート》は仕方なかったかも知れませんが、《ワクラ》は酷い有り様でした」
フェイトは、この時点で『ヤマト』と白色彗星の存在を口にしていなかった。
この2つは局も初めて知ったばかりで、厳しく箝口令が敷かれていたため、親しい間柄であろうと口外できないのだ。
「米露も真っ青の超大型ミサイルを無数に発射されてはな‥‥」
「現状では管理局に対抗手段はありません。質量兵器禁止を叫んだところで、星もろとも抹殺するつもりで攻められたら、どうにもなりません‥‥」
解決の糸口をつかむのには、今暫くの時を要した。