――『クズリュウ』――
『クラウディア』と『テシオ』『ヤマト』、本国司令部との通信は『クズリュウ』でもモニターしていた。
戦艦より一回り小さいメインスクリーンには、良く似た容貌の男が2人大映しされている。
事情を知らない者ならこの2人は兄弟だろうと思うだろうが――。
「やはり血縁のなせる業か‥‥。似てるわね」
「‥‥ですな。事実はお伽噺より奇なりですが」
艦長席に座する妙齢の女性士官の感想に、前に佇立する角刈り短髪に鋭い眼差しの男性士官が同意するとばかりに何度も頷く。
それは、この映像を見ている地球防衛軍人のほぼ全員に共通し得る思いだった。
『――時空管理局次元航行部隊所属、『クラウディア』艦長のクロノ・ハラオウンです』
クロノの自己紹介を、年長の男はしばし無言で聞いていたが、すぐに答礼して名乗る。
『次元航行部隊所属、艦船『エスティア』艦長、クライド・ハラオウン‥‥』
クライドは言葉を切ると、父親の表情になった。
『‥‥事情はフェイト君から聞いた。立派になったな、クロノ』
『父さん‥‥』
クロノも管理局員ではなく、息子の表情になった。
その様子を見やりながら、操舵主任の月読伊歩が呟く。
「あの人、帰れたとしてもこれからが大変ですね」
「次元世界とやらに前例がなければな」
それを受け、角刈りの士官――副長兼戦術長、篠田 巌が答えた。
時空管理局とやらは、魔法や異次元転移技術を有する惑星や国家を多数傘下に擁する巨大警察組織だ。
過去に浦島太郎みたいな事例があっても不思議ではないだろう。
――ということは、船骸と化した彼らの艦を回収し、解体調査したことで魔法文化や次元転移技術に触れた我々地球連邦も、時空管理局とやらの傘下に入らねばならないということか?
それは断乎願い下げだな。
あの、フェイトとかいう娘っ子個人は信頼に値するだろうが、彼女が属する組織までそれに値するかはまた別問題だ。
それは向こうも同じだろうがな‥‥。
――時空管理局本局――
――管理局本局もまた、『ヤマト』ら地球防衛軍がまともに接触した事に驚き、大規模時空震に見舞われたかのごとく、関係者は慌ただしく奔走した。
第一報を聞いたレティ・ロウラン人事統括官は、急ぎ管制局に走ると、通信のモニターに見入ったが、21年前に殉職したはずのクライド・ハラオウンが生存しており、地球連邦に保護されていることがフェイトや地球軍人の口から語られ、病床で撮影されたクライドらしき人物の画像を見た時、オペレーターにリンディ・ハラオウンを大至急呼び出して出仕させるよう命じていた。
「リンディはどうしてる!?」
「先ほど転移ゲートに入られました!」
自宅がある第97管理外世界に住むリンディは、今日は公休で孫と遊んでいるはず。
呼び出して本局に来るまでには、最短でも20分はかかるだろう。
「あと30分通信を保たせるよう『クラウディア』に伝えなさい!」
クライドが生存している事はほぼ間違いない。
必要とあらば自分も通信に加わるが、リンディこそが最も相応しい。
彼女は親友が一刻も早くここに来る事と、ガトランティスが邪魔しに来ない事を願った。
クロノとクライドが通信による再会を果たしてから約10分、通信に新たな顔触れが加わった。
『時空管理局人事統括官、レティ・ロウランです』
『クラウディア』経由で通信に加わってきた士官は、見た目四十そこそこの女性だった。
眼鏡の奥の、幾分つり上がった目尻が、いかにも切れ者だ。
『‥‥老けた?レティ』
『再会第一声がそれってどうなの!?クライド君!』
レティが頬を膨らませる。周りの局員や、『クラウディア』のブリッジクルー、『ヤマト』のフェイトらは一気に脱力する。
友人同士、感動の再会が一気に台無しになった。
地球防衛軍の面々は苦笑するしかない。
『‥‥ま、いいわ。もうすぐリンディも来るから』
『‥‥リンディが?』
『そうよ、しっかり叱られなさい?』
レティ・ロウランは人事統括官の職にあるといった。
なら、クライドの身柄返還にもかなりの権限があるはずだろう。
嶋津冴子は艦長席から立ち上がると、レティに向けて敬礼しながら自己紹介する。
何故か、レティが少し驚いた表情になった。
(プレシアには妹がいたというけど、まさかね‥‥?)
嶋津冴子と名乗った地球防衛軍側の部隊長を見たレティは驚きを隠せなかった。
クロノが驚いたように、レティもまた、嶋津があのプレシア・テスタロッサとよく似た顔立ちであることに驚きを隠せなかった。
プレシアの生き写しとまではいかないが、年齢からして、フェイトの叔母といってもおかしくない程度に似ていたからだ。
鼻筋から右頬に走る傷痕が如何にも海賊然としていたが――。
‥‥ジュエルシード事件の後、プレシアについて改めて調査したところ、両親の離婚で生き別れになった10歳下の妹がいる事がわかった。
まだ乳飲み子だったその妹の消息は杳として知れないが、確か自分やリンディと同年輩のはずだ。
もっとも、モニターの向こうにいる嶋津は明らかに自分達より年下。20代後半から30代前半くらいだ。
プレシアの妹というには若すぎる。
『ロウラン統括官?』
レティは嶋津の声で現実に戻された。
「あ、ごめんなさい」
いけないいけない。今はクライドの事が最優先だ。
土方が語る。
『我々は、出来るだけ早い時期にクライド・ハラオウン氏をお帰ししたいと考えていますが、管理局の意思は如何でしょうか?』
レティに異議などあるわけない。
「私共も同感です。彼には愛する妻に一人息子、新たに出来た2人の娘と双子の孫がおり、皆、彼の帰りを待っています。お申し出を喜んでお受けします」
レティがそこまで言った時、彼女の背後が騒然とし始めた。
チラと背後を一瞥したレティは表情を改める。
「彼の愛妻がまいりました。申し訳ありませんが、今少しお時間を頂戴できるでしょうか?」
『どうぞ』
地球防衛軍側も野暮な事はしたくなかったようだ。