なぜ、私はここにいるのだろうか‥‥?
この世界に転移してはやひと月余り。
当初ほどではないが、今も2~3日に一度は自問自答してしまう――。
“彼女”の母親から使い魔としての契約を解かれた私は、彼女とその使い魔に明確な別れを告げないまま家を離れ、どこか知らない世界で最期を迎えようと、残り少ない魔力を使って次元転移した。
転移先はランダム。転移先が灼熱の恒星でも氷の惑星でも一向に構わなかったのだが――。
「‥‥見たことがない種類の猫だ」
気がついた時、私は公園らしき場所のベンチと思われる構築物のそばにうずくまっていた。
文字通り魔力は払底しており、後は消滅を待つだけの私の頭上から、少女らしい声がした。
顔を上げると、あの子より何歳か年上の女の子がしゃがんでいる。
(この子、一体‥‥?)
少女から感じられる気配に、私は少なからず驚かされた。
目の前の少女から、“彼女”と似通った強い気配 ――魔力―― を感じたのだ。
(この世界にも魔導師がいるのか――?)
そう思った時、もう一人の声が響いた。それも鼓膜ではなくて直接脳に。
『いや、こいつは使い魔だ。レディよ』
『そうなの?』
(え?)
二度驚いたのは、件の少女の声も直接脳に届いた事だが、もう一人、私を使い魔と看破した壮年男性と思われる声の主は、周囲を見回しても見当たらなかった。
『じゃ、この子も魔法絡みなんだね』
――隠し通す事は無理なようだ。
それに私はもうすぐ消える身だ、と開き直り、念話で話しかけた。
『‥‥お騒がせして申し訳ありません』
『びっくり。ホントに喋れるんだ』
台詞に反して、少女の口調にはさして驚いた様子はない。
『‥‥ふむ、契約は切れているのか』
また、さっきと同じ男の声がした。
少女の胸元に下がるペンダントの青っぽい石がチカチカ点滅している。
どうやらそれがデバイスのようだが、これほど流暢に話すインテリジェントデバイスを私は知らない。
十分驚くに値する事象だが、それ以上に、どうやら未知の世界に来てしまった事実に、私は半ばパニックに陥っていた。
『は、はい。最期の地に行くべく、ランダムで転移魔法を使ったのですが‥‥』
『この星に転移してしまったのだな?』
『はい、申し訳ありません‥‥』
『謝る必要はないんだけど‥‥』
少女はそこで一拍置き、私が人の姿だったら仰け反るような事を言った。
『‥‥あなたが消えないようにする方法はないの?』
「はい?」
――彼女は一体何を言っているのだろうか?
どうやら使い魔の事は知らないようだが、安易に契約するなどと言い出すとは。
「あの‥‥契約がどういうものなのかは、ご存知では?」
『知らないよ。まさか「ぐわはははー。けいやくのだいしょうはきさまのいのちじゃあー」とかなの?』
「い、いえ‥‥そういうものではないですが‥‥その、主の魔力を分け与えるという決まりで‥‥」
わざと棒読みで言う彼女の言葉に、私は少し頬を引きつらせてしまう。
私の事を何かの物語の悪魔か何かだと思っているのだろうか、この娘は。
それよりも、私は消える為にこの世界に来たのだ。いきなり頭の上に転移してしまったりして、迷惑をかけた事は申し訳ないが、私はこのままここで──
「あの、私はこのまま消え──」
『却下(×2)』
「えぇ!?」
皆まで言わせずに切り捨てられた。
開いた口が塞がらない。
どうしてこのまま消えさせてくれないのか。
消えようとする私を止める、この人たちの気持ちが分からない。
だから、素直に尋ねた。
一体何故彼女たちは止めるのか。それを知りたかったから。
『目の前で消えられちゃ、後味悪いから』
「ですが、契約を終えた使い魔は、消える事が当たり前で──」
『そんな規則、この星には存在しないよ。私はあなたが消えるとすっごく後味が悪い。そして後悔する。だから契約する』
「へっ!?」
また呆然としてしまう。
一体、この人は何を言っているのだ?
言葉通りに受け取れば、要するに彼女の後味が悪くなるから、私が消える事は許さないという事か?
「そ、そんな勝手な!」
『勝手だよ。エゴイズムだよ。でも図太くないと、こんなろくでもない世界では生きていけないから』
『レディよ、使い魔との契約には、契約の内容を決めなければならんのだ』
『そうなんだ‥‥。じゃ、生きる事。以上!』
「はぁ!?」
何だその契約内容は!?
こんな無茶苦茶な契約内容は聞いた事がない。
拘束条件が全くないじゃないか。“あの子”が自分の使い魔との契約に用いた“ずっと私のそばにいること”といい勝負だ。
あまりの事に、つい似たようなあの子達の契約内容を思い出し──しまった、と思った時には遅かった。
思い出してしまったのだ。あの子達の笑顔を。
未練を断つ為に違う世界へとランダム転移したのに、思い出してしまったではないか。
折角断ち切ろうと、振り切ろうとしていたのに――。
『私の魔力量ってどのくらいだったっけ?』
『問題ない。使い魔としての能力は若干落ちるだろうが、レディはそういう事を気にするのか?』
『全然。使い魔としてどうこうするつもりもないし、そもそも魔法使う場面がないし』
『そうか。使い魔について、詳しい説明は必要か?』
『要らないかな。この子が消えないならそれでいいよ。その後どう生きるかはこの子の自由だしね』
──などと言っている彼女に尋ねる。
あ‥‥、頭の中がいっぱいで泣けてきた。
「どうして、そんな事を‥‥。私は、折角消えようと、あの子達との思い出を断ち切ろうと、していた、のに‥‥」
『‥‥涙声で言っても、全然説得力ないよ』
‥‥しかし、今にして思えば、この世界に転移してしまうという大失敗をやらかした事は──結果としては幸運だったのだろう。
憲法改正論議と皇室典範改正を並行してやる事になるのでしょうか?
狙っていたとしたらさすがですね。(誰が?)