兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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07. 苦い憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

「ムムムっ……」

 

 【ヘスティア・ファミリア】は微妙な借金との戦いに突入していた。

 バイト先の露店を作業ミスから吹っ飛ばしたヘスティアは、時給の多くを返済に回さねばならなくなった。そして彼女は苦渋の決断をする。

 

 ついにバイトに行く日を―――中四日から中三日に変更するしかないと……。

 

 長椅子なソファーに座って、10万ヴァリス越えの請求書を眺めながら唸っている神様を見かねたベルが声を掛ける。

 

「神様、やっぱり僕がもう少し遅くまで頑張ってなんとかします」

「気持ちは嬉しいけど、ダメだぜベル君。これはボクのする事だ」

「ても……」

 

 ベルは以前の様に早く帰ってくるようになったが、【ステイタス】は順調に上がっているため、すでに一日で3000ヴァリス程稼いでくるようになっていた。

 少年はもう3階層の一部まで足を踏み入れる様になっていたが、一方でそろそろしっかりとした装備が必要になろうとしている。ギルドの支給品はあくまで『お試し』レベルなのだ。そして体力回復薬(ポーション)を使う機会も増えており、ベルとしても装備をしっかり整えてより深層を早く目指したいのが本音だ。そのための資金が不可欠なのである。

 もちろん深層を早く目指したいのは『あの理由』からだ。

 現在の階層では、モンスターも下っ端であるゴブリンやコボルトらが多い。

 そう、この入口付近のダンジョンでいくら頑張ってみても『英雄譚』的な出会いは見込めないはずだ。

 現在の所、彼はソロで【ステイタス】もまだまだ低いので、『出会い』があったとしても相手も駆け出しであろうし、如何にもショボイ感じしかないだろうという気が彼自身していた。

 ダンジョンで女の子を偶に見かけるが、まず間違いなくもっと深い階層を目指すパーティーと行動を共にしている。

 

(やっぱりいいなぁ……パーティに女の子♪)

 

 二日に一度ぐらい特に可愛い子や綺麗な子を見かけると一瞬そちらに目がしばらく行ってしまう。その所為で一度、後ろからモンスターにやられそうになってしまっていた。

 また、パーティーを率いる団長達の強そうな感じもいい。彼らはいかにも冒険者という感じがするのだ。

 広いダンジョンでソロというのは、状況としては敗残団員にしか見えない……。今は上層だからソロが理解されているに過ぎない形だ。

 早くパーティを組んでもらえる立派な冒険者になりたい、強くなりたい。そして劇的な『出会い』を!

 そんな思いが知らずに彼の顔へ出ていた。

 

「ベル君、君は君の為になるべくお金を使ってほしい。これはお願いだ」

「神様……」

 

 ベルは、そういったことをきちんと言ってくれるヘスティアを尊敬している。

 

「でも―――生活費だけは入れてくれ!」

 

 一方で、みっともない惨状を隠さず言ってくれるヘスティアも可愛く思う。

 さすがに激安バイト代へと落ちた神様の給金だけでは【ヘスティア・ファミリア】の経済を支えられないのが現状である。

 

「あはは……もちろんです」

 

 そんな優しいベルの答えに、ヘスティアはニコニコと『安心』の笑顔を返してくれた。

 

「ベル君、ベル君、頼りにしてるよ♪」

 

 そう言って、ヘスティアはベルにベッタリ抱き付き、幼顔をスリスリして来る。胸まで押し付けて来てくれてる。ベルとしては嬉しいやら、恥ずかしいやら。

 どうも、髪留めをプレゼントしてからの神様のスキンシップが、過度でそして増えて来ていた。

 少年としては、眷族として可愛がってもらっていると考えている。

 しかし―――ヘスティアの気持ちは少し違ったのだ。

 

(大好きだよ、ベル君♡)

 

 不思議な気持ちであった。なるべく少年と一緒に居たい、少年の為にどんなことでも出来るならしてあげたいと―――。

 

 

 

 ベルがダンジョンに潜り始めて半月が過ぎようとしていた。

 贔屓の道具屋や馴染みのギルド職員達により、僅かだがこの迷宮都市オラリオで有名な【ファミリア】や冒険者らについての知識が増え始めた頃に少年は『出会い』を迎えた。 彼は、ダンジョンに居る時間をいつも通りにして稼げる最も良い方法が、より『深層』に潜る事だと理解していた。それは同時に『運命の出会い』にも近付く事でもあると考えられた。

 なので昨日までの数日に4階層まで降りて来ていた。そして昨日の稼ぎは実に5000ヴァリスに迫っている。

 さらに、今日はついに5階層に突入したのだが……やはり早過ぎた罰なのだろうか。

 本来この上層にはいないはずのモンスター『ミノタウロス』と遭遇(エンカウント)してしまったのだ。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

「ほぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 最大のアビリティの敏捷を生かして、基本逃げるしかないベル。

 未だLv.1の彼は、15階層以下の迷宮に出現するはずのLv.2である『ミノタウロス』に勝てる訳が無いと、記憶にある彼自身の【ステイタス】のあらゆる数値が告げていた。

 そして当然の如く、最終的には『ミノタウロス』に袋小路の奥の壁へと追い込まれる。

 

『グヴォオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!』

 

 迫りくる『死』を恐れ壁際で尻もちをつき、揚句にその眼前で『ミノタウロス』から咆哮を上げられ仁王立ちされていた。

 少年の歯は恐怖でカチカチと音を鳴らす。もはや『これは死んだ』と思った。

 その時、ベルの頭に浮かんできたのは祖父の顔でも、ギルドのエイナの顔でもなく、この都市で初めて自分を受け入れてくれた優しく嬉しそうに微笑むヘスティアの顔だった。

 ダンジョンでの『出会い』ではなかったし、神様を女の子というのは失礼だが、女神さまに出会えて短い間であったが一緒に楽しく過ごせた事は十分に幸せであったように思えた。それだけに、こんなに早くたった一人の眷族を失う彼女へ申し訳ない気持ちが自然に溢れてくる。

 もう『ミノタウロス』は、ベルへ止めを刺す為の太い腕の蹄を振りかぶり終わっていた。

 

(か、神様……僕、不甲斐なくてすみませんでした―――)

 

 その時だ。

 前方の視界を完全に覆っている巨体の『ミノタウロス』の胸厚な体を突き抜けて何か斜めに一閃が入ったように思えた。

 

「えっ?」

『ヴぉ?』

 

 さらに、続けざまに幾筋もの美しい閃光が走り抜けるのをベルは見た。それは銀の輝きのような切っ先に見えた。

 『ミノタウロス』の動きが完全に止まる。

 

『グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオォオォーー!?』

 

 そんな断末魔を発した後、『ミノタウロス』の巨体は積木が崩れが如くに、赤黒い血を辺りにまきちらしながらバラけ落ちていった。

 少年はその様を血まみれになりながら呆然と見ていたが、『ミノタウロス』の巨体が無くなったその後ろに、一人の人物が立ていた。そして目が合う。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 それは女神のような繊細な姿をした金髪の少女であった。

 エンブレム入りの銀の胸当てに、同色で紋章の手甲にサーベル。その特徴ある彼女の姿に、この目の前の人物が誰であるかについてベルでも分かってしまった。

 彼女は、都市の皆が噂や話をする程の有名人であったから。

 『下界』の女性達の中で最強の一人に挙げられる程の強さを持つLv.5。

 そして迷宮都市オラリオでの有数の規模な【ロキ・ファミリア】に所属する一級冒険者。

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 少年に掛けられた言葉は息の乱れも興奮も無く落ち着いたもので、まるで直前に何事もなかったような声に聞こえる。

 瞳の色も金色で、きょとんと首を僅かに倒して、血まみれの彼を見ていた。

 座る自分の正面に立つ、圧倒的な強さを持つ全身銀の装備に金の瞳で美しい金髪を靡かせる少女。

 

(こ・れ・は、まさに『英雄譚』のワンシーンを抜き出した絵画のような状況だ!)

 

 ベルの胸は弾んだ。

 そんな幻想的な彼女に再び「あの……大丈夫、ですか?」と声を掛けられるも、大丈夫である訳もない。

 

「うわぁぁあああああああーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 少年は興奮がMAXになり、無意識に叫びながら全速で走り出していた。

 『ミノタウロス』から逃げるよりも早かったかもしれない。

 心が略奪されていた。少年から……そしてある意味ヘスティアに対しても。

 この時の少年の心の中にヘスティアの姿が残っていたのか定かでは無い。

 

 

 

 ベルはそのあと『出会い』に対する喜びの余り、ギルド窓口のエイナの所まで血まみれのまま一直線に駈け込んでいた。そして、金髪の少女について情報を集め始める。

 しかしベルは逆にエイナから、相談なしでの5階層入りをこっぴどく叱られた。

 おまけに、一級冒険者のヴァレンシュタインに恋慕すると言うベルの話を聞いて、ほぼ叶わぬ恋なのでベルへ慰めのつもりで、個人的な意見としてもっと『強く』なればモシカの可能性も……と言葉を送ったつもりが、焚き付ける形となる。

 まさにそれが―――ベルを心から発火させてしまっていた。

 

 ベルが【ヘスティア・ファミリア】のホーム部屋へ帰還すると、ヘスティアから幼顔で嬉しそうに「今日は早かったね」と迎えられた。「死にかけた」と言うベルをサワサワと彼女は体を丁寧に確認する。

 そのあと、今日はバイトが大繁盛で売り上げに貢献したと、夕食は土産に持たせてもらった山盛りのジャガ丸くんを囲んでになった。

 それが終わるとベルの【ステイタス】更新となったが、その時に「『ミノタウロス』に追われ死にかけた」時の話をすることになり……少年は美しい金髪の少女なヴァレンシュタインとの、ついに訪れた『運命の出会い』について熱弁を振るう。

 しかし少年の想いは、『そんなの一時の気の迷い』と他の女の話が面白くないヘスティアに『バッサリ』切って捨てられる。

 揚句に。

 

「もっと身の周りを注意して良く確かめてみるんだ。君を優しく包み込んでくれる、包容力に富んだ素晴らしい相手が100%確実にいるはずだよ!!」

 

 ヘスティアはそう言い切る。さり気なく自分を猛プッシュである。ヴァレン何某ふざけるなと言わんばかりだ。

 だが、ベルはヘスティアの『まさか』な想いには気付いていない。あくまでも、『これから』そんな女が出てくるはずという意味に捉えている。

 更に。

 

「ま、ロキの【ファミリア】じゃ婚約出来っこないんだけどね。もう、そんな女なんて忘れて、すぐ近くに『確実』にある出会いをモノにするべきだよ」

 

 神様から止めを刺されてしまった。

 

「……神様酷いよ」

 

 そんな話をした後だが、ベルの背中にはトンデモないスキルが浮き上がって来ていた。

 ヘスティアは《スキル》の欄をベルへは『いつも通り』空白だと、【ステイタス】内容を記した紙も一部改ざんしたうえで渡し告げる。

 それは彼の今日の【経験値(エクセリア)】から有望そうな事象を引き揚げスキルへと刻んだものだ。

 

(あーやだやだ、他の女の手でこの子が変わっていくなんて……。認めたくないっ)

 

 ヘスティアは少年の成長を取ったが、後悔が先立つ複雑な心情だ。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→I82 耐久:I13 器用:I93→I96 敏捷:H148→H172 魔力:I0

 《魔法》

 【 】

 《スキル》

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】

 ・早熟する。

 ・懸想が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 

 

(ベル君は、ボクにとってただの眷族とはもう違う……。これからは、ボクが心の支えになるような状況にしないと。でも【神の力】は使えないし……どうすれば)

 

 ヘスティアは、真剣に悩み始める。

 

 

 

つづく




2015年06月19日 投稿

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