兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか 作:ZANKI
【ヘスティア・ファミリア】のホーム、廃墟な教会の地下室。
ベッドへうつ伏せに寝かされたベルの【ステータス】が、神ヘスティアによって更新される。針を使って指先から神血を落として行われる儀式だ。
(あぁ、全然上がってなかったらどうしよう。神様、きっとガッカリするだろうな……)
当初は初めての【ステータス】更新に喜んでいたベルだったが、横になって少し落ち着くとそういう思いが湧き出してくる。
更新の間、少年は内心どんどん不安で一杯になっていった。
しかし、ヘスティアからの声にその思いは霧散する。
「お、ベル君、結構上がってるよ」
「えっ、本当ですか!?」
彼は今日、ダンジョンへ初挑戦した。
だが―――逃げ回っただけの苦い経験に終わっていた。しかし、【経験値(エクセリア)】には繋がっていたらしい。
気分的には少し複雑。だが、予想を裏切っていても【ステータス】の上昇は素直に嬉しかった。
明日へ繋がると思えるから。
彼は、「はい、ベル君」とヘスティアから差し出された用紙を見る。
ベル・クラネル
Lv.1
力:I0→I6 耐久:I0→I1 器用:I0→I5 敏捷:I0→I19 魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【 】
(……ほんとだ……凄い)
ベルは酷い初陣だと考えていたが、今日のダンジョン行きが全然無駄ではなかったと分かり救われた。
そして知らぬ間に口許から顔全体の表情がニヤけていく。
ヘスティアは、そんな少年の様子を静かに温かい目で見ている。
彼女は、【ステータス】が初回のゼロからは上がりやすい事だけは知っていたのだ。
早く変化を見せて少し自信を付けてあげたいという、神としての親心である。
「でも、神様……正直に言うと、ダンジョンでは逃げていただけなんですけど」
「ベル君、そのときに君は手を抜いていたかい?」
思い起こせば無我夢中の全力だった事にたどり着く。
「いいえ」
「時として逃げる行為も力になるという事さ。じゃあ、夕食にしよう」
そう言って、ヘスティアは食事として、ジャガ丸くんの盛られた皿と肉の乗った皿とサラダの盛られた皿を並べる。コップと水も用意されてる。
「こんなのは流石に今日だけだけど、さあ、遠慮なく食べようじゃないか!」
料理の置かれた木机を前に、長椅子へ神様と並んで座るベルの目は再び点になる。
(料理まで豪華に……)
ヘスティアへ首ごと目を向けると、彼女は片目をつぶってニッコリした口許から可愛く上唇を舐めるような形で舌を出していた……。
「……神様、その前に正直に教えてください。一体どこから盗んで―――」
ベルは三度目のむぎゅを両頬に食らっていた。
しばらくつねっていたがベルを解放すると、ヘスティアは徐(おもむろ)に席から立ち上がる。
「これらはね、【ヘスティア・ファミリア】結成へのお祝いなんだよ。だから全うに正当に断固として、もう僕たちの物なんだ。だからぁ、安心していいよ」
ヘスティアは掌を上に両手を肩よりも幾分下げて伸ばし、上半身を左右にひねり周りを見て見てとしながらそう宣(のたま)った。
「……(神様、僕不安です……って)誰からです?」
「ヘファイストスさ。友神(ゆうじん)なんだよ」
その名前は、この迷宮都市オラリオに来たばかりのベルでも知っている。
鍛冶職人達が多く所属し、名剣や美しい高性能な防具等の制作で有名な【ファミリア】なのだから。
確かに、相手がヘファイストスだとすればこの程度のお祝いは容易に思えた。
「……そうですか」
ベルはとりあえず納得し、ヘスティアらは少し遅い晩の食事を始めた。
今朝、ヘスティアはベルがホームを出てから二度寝したが一刻程後には起き出し、【ヘスティア・ファミリア】の登録手続きで管理機関(ギルド)へと赴いた。
眷族を得た彼女には『神として』今日、やることが結構あったのだ。
初陣を迎えたベルに対して今の住処(ホーム)の有り様は余りに貧相に思えたからである。
(眷族の為になんとかしなくちゃ……)
彼女はそう思ったが、しかし如何せん無い袖は振れない。
つまり―――『有る所』からガメるタカる。そういう事だ。
そして、【ファミリア】の証明書をゲットしたのちに、【ヘファイストス・ファミリア】のホームへ直行し中へと乗り込んでいた。そして一室に通される。
「やぁ、ヘファイストス、久しぶり。これを見てくれ! ボクはついに【ファミリア】を結成したよ」
「……ほぉう」
いきなり乗り込んで来たヘスティアに、もちろん『何しに来たの?』という表情を向けていた女神ヘファイストスだが、確かに見せられた証明書はギルド発行の本物のようだ。
怠惰なヘスティアは人々からはほぼ無名であり、彼女自身で動かなければ眷族を得ることは不可能に近い。つまり、少しは頑張っているように思えた。
勤勉なヘファイストスは、頑張っている者には割と寛大である。
「良かったじゃない、ヘスティア」
「うん、ありがとう」
ヘスティアは嬉しそうに微笑む。
ヘファイストスも友神の表情に顔を綻ばせていた。
ここまでならば、いい話で済んだのだが。
「ヘファイストス、ボクは【ファミリア】を結成したよ」
「(ん?)……良かったじゃない」
「【ファミリア】を結成したよ」
仁王立ちで証明書を『これでもか』とずっと付き出して見せているヘスティアへ、ヘファイストスは尋ねてやる。
「…………あんたは何が言いたいの?」
「結成したから……くれるよね?」
「……何をよ?」
「だからぁ、お祝い♡」
「……(それが目的なのね)」
ヘスティアは無言でニッコリ♪
ヘファイストスは「はぁ」とため息をつきつつも、何が欲しいのか聞いて来たのであった。
ヘスティアもいらないモノでいいからとは付け加える。
結局、ヘスティアがヘファイストスのホームで居候していた時に使っていたベッド一式と倉庫にあった使っていない家具類から数点をチョイスした。
ついでに食糧庫へも侵入し、その辺りにあった大き目な箱とタッパに色々とガメていく。
さらに廃墟な教会の地下室への搬入まで【ヘファイストス・ファミリア】の使用人らに行わせた。
「悪いね、ヘファイストス。感謝するよ」
「まあ、余ってるものだけどね、まったく」
ヘスティアはタカるだけタカったあと、【ヘファイストス・ファミリア】を後にする。
さあ、次のエモノだ。
ヘスティアが向かった先は道具屋である。
店の中に入ると、顔見知りの少し髪の長い優しそうな表情の男神がいた。
「やぁ、ミアハ。丁度良かったよ」
そう声を掛けるヘスティアだが、丁度良かったのは彼女だけと言えよう。
「あれ、ヘスティア? 珍しいね、君がここに来るなんて」
ミアハは背の高い細めな体に白シャツにネクタイとカジュアルなズボン姿で店番をしていた。
【ミアハ・ファミリア】も現在眷族が一人という零細【ファミリア】だ。
「うん、そうだね。実は昨日だけどボクにも【ファミリア】が出来たんだ」
「お、それはおめでとう。団員はどういった職業の子なんだい?」
「冒険者さ。まだかわいい男の子だよ」
「そうか、それなら是非ウチを贔屓にしてくれるとうれしいけど」
ここで店中へぐるりとエモノを物色するように見て回っていた、ヘスティアの蒼く可愛い瞳が光る。
「うん、そのつもりさ……だからぁ、先行投資ということで何か今、無料でサービスしてくれないかい?」
ミアハは、とても『いい神』であった。
「んー、じゃあ、初心者くんだろうし、体力回復薬(ポーション)をサービスするよ」
そう言って、彼は陳列棚から気前よく二本のポーションをヘスティアへとタダで渡してくれた。
「ありがとう、ミアハ。必ず贔屓にさせてもらうよ」
そう言って、ヘスティアはホクホクと笑顔でミアハの店を後にする。
そして、ヘスティアは次の目的地へと向かう。
今日は散々と他神へタカったが、彼女自らも決心していた。眷族の少年に恥ずかしくない神にならなければと。
真摯な表情の彼女は、バイト先のジャガ丸くんの露店へとやって来る。
そして店長に、バイトの時間を増やす交渉を行った。
ヘスティアは頑張った。
バイトに行く日を―――中五日から中四日にしていた……。
すでに【ヘスティア・ファミリア】ホームである地下室は就寝時間を迎えて、魔石灯装置の灯りが落とされていた。
「ねえ、ベル君。ベッドに一緒に寝ようよ、暖かいし広いんだよ?」
「か、神様、僕はここで全然平気ですから」
「眷族なんだし、遠慮しなくていいんだよ?」
長椅子に横になるベルは、ベッドで横になる神様に優しく声を掛けられるが断っていた。
確かに幅の広い大きなベッドなので二人で寝ても狭くはないだろう。しかし、そういう訳にはいかない。
神様は可愛く胸も大きな女の子なのだ。意識しっぱなしではベル自身が安眠出来ない。休息をしっかり取り、明日も頑張らなければならないのだ。
それに神様は今日(形はどうあれ)すごく頑張っていたと思えた。今朝と比べれば生活環境が大幅に向上したのは事実である。
対して、何もしていない自分がこれ以上甘える訳にはいかないと、ベルは横になりながら考えていた。
「じゃあ、今日はお休み、ベル君」
「はい、神様。おやすみなさい」
ベルは嬉しかった。祖父が死んで一人の夜が続いていたが、昨晩からまた傍でお休みの言葉を聞ける事が。
ヘスティアも嬉しかった。昨日は眷族が出来、今日はその子が少し成長した。子供が育っていくのは楽しいと実感できた。
それは『天界』に居た時にも『下界』に降りてからも初めての夢中になれる感覚であった。
静かに【ヘスティア・ファミリア】の一日が終わった。
つづく
2015年06月15日 投稿