兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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03. ファミリア(その1)

 迷宮都市オラリオ上空は、すっかり日が暮れて星空へと変わっていた。

 日が沈むと春先なこの時期、まだ時折冷たい風が吹く。

 そんな中を冒険者風な装備と服装で埃まみれな少年が、目線を落としたままトボトボと道を進む。

 だが彼は、すでにホーム傍の同じ周回コースを二回ほど周っていた。

 

(僕が頑張らないといけないのに……何も……出来なかった……)

 

 少年の名はベル・クラネル。

 【ステイタス】のLv.は1。基本アビリティは[力]、[耐久]、[器用]、[敏捷]、[魔力]がオールゼロの完全な素人冒険者だ。

 【ステイタス】とはベルの背中に刻まれた『神の恩恵(ファルナ)』で、現在の彼の基本アビリティ数値等が記されている。これらには、さまざまな行動による【経験値(エクセリア)】が累積で反映される事になる。

 それらの中でもっとも重要な項目はLv.で、これが上がるごとにその人物は革新的に全体の能力が上がり『強く』なるのだ。

 まだ何も持っていない彼は早朝からギルドへ向かい、まず冒険者登録の手続きから行った。その時に窓口で対応してくれたのがエイナというハーフエルフの綺麗な女性職員で、丁寧な長い説明を受けた。

 彼女はベルが発足したてのファミリアでたった一人のメンバーな上、初めての冒険者構成員と聞いて目を見開いた。このケースは、彼女が窓口に立って初めての事だ。

 白髪紅眼で兎のような少年の何一つ不安の無いニコニコする眩しい表情を見て、『現実を知らな過ぎるなぁ』という大人の感情を抱いていた。

 大抵は同じファミリアから同行する経験者がいるために、彼女は少年に対して普段しない説明までも心配気味な表情でこんこんと話してあげていた。

 彼はその後に防具や小剣の支給を受け、そして結構日が傾き始めてた頃、昼食を取った。

 そのためかなり遅い時間になったが、ベルは夕方前に意気揚々と念願のダンジョンへと飛び込んで行った。

 しかし……結果は見事に惨敗である。

 

 第1階層の明るいが狭い通路に入って間もなくの事。

 まず――不意に遭遇(エンカウント)した不気味な一匹目のモンスター(コボルト)に怯えた。

 

『グルォォォォォァーーーーーー!』

「ひぃ……」

 

 大音量の唸り声を受け、幼少時の経験がよみがえったのかベルの体が固まる。エイナに1階層目へ出現するモンスターの種類を聞いた気がするが――どうでもいい。

 そして、モンスターの唸り声の恐怖で反射的に振り上げ振り下ろした小剣の一撃も躱された。

 間が無くモンスターから攻撃される。

 必死で躱すももはや悲鳴を上げて逃げるのみであった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 ベルはダンジョン内を逃げまくった。

 走る、走る、走る、走る――――。

 気が付くと背後にモンスターはいなかった。途中で数名の冒険者な集団がいたように感じた。

 助かったと思わず膝を付く。

 全力で走ったので、もう疲れが出ているのか膝がカタカタしていた。

 体力回復薬(ポーション)は、ケチって買ってきていない。実際資金もギリギリの状態。

 エイナさんには「死んでは意味がないのよ。回復薬を一つは持って行きなさい」と言われていたのだが。

 その後も恐る恐るダンジョンを徘徊し、計五回ほどモンスターに遭遇するが、攻撃を受け止め躱すのでいっぱいいっぱい。

 もはや、地面を転がる様に土と埃まみれになって逃げ果せるので精一杯であった。

 少年の体は短時間で精神的にも疲労でふらふらになって来ていた。

 ベルは、エイナさんに言われた『初日は絶対無理をしない事。雰囲気を掴むことが大事なの』という言葉と、神様の『無理しちゃダメだよ』と言う優しい表情を思い出し、凄くビターな気持ちで初陣のダンジョンを後にした。

 幸い致命傷を受けることはなかった。普通に休息すれば体力的疲労は回復するだろう。 しかし、精神的には……。

 

 ホーム周辺を二周し、再び廃墟な教会が近付いて来た。

 いつまでもこうしている訳にはいかない。余り遅いと神様が心配するだろう。

 ベルは意を決して、教会正面の壊れた扉から中へと、そして地下室へと階段を降りて行った。

 扉の前に立つ。

 気のせいか扉の小窓から漏れる室内の魔石灯の光が、昨晩よりずっと明るく感じた。

 同時に一瞬、神様の残念そうな顔が浮かぶが、思い切って静かに扉を開く。

 すると――――。

 

「ベル君、お帰りーーーーー!」

 

 その明るく元気で暖かいヘスティアの声と共に内側からも勢いよく扉が開かれ、ベルは取っ手に引っ張られ、おっとっとと倒れ込むように部屋の中へ入った。

 憂鬱で落ち込んでいた気分が、前に立つ神様の笑顔でほっと癒される。

 

 だがそれよりも――――神様の周りに見えてる部屋の様子がオカシイ。

 

 まず、明るい。

 そして朝に部屋を出て行った時に比べ、明らかにモノが増えていた。

 今朝、確か部屋の床上には魔石灯の乗る木机と寝袋と毛布、他に僅かな着替え類しかなかったはずだ。

 まさに貧困の極地。それが……。

 

 大きなベッドがある。

 緑な生地の木枠長椅子がある。

 大きな魔石灯装置が二台もある。

 いくつかチェストも。

 床の一部にフカフカな絨毯までもがある。

 

 ――――そんなお金は1ヴァリスもなかった(神様のヘソクリは100ヴァリス程度の)はずだ。

 これが真の『神の力(アルカナム)』とでも言うのか。

 

「えっへん。どうだい、ボクの力は!」

「こ、これは……神様? ま、まさか盗んで来たんじゃ……」

「この子は何てことを言うんだい。この口か?」

 

 むぎゅっと両頬をヘスティアにつねられるベル。

 

「んん? ベル君、大丈夫かい」

 

 ここで漸く、ヘスティアはベルの様子に気が付いた。

 顔にかすり傷、服装、装備も土と埃だらけであった。

 本来、ダンジョンに行った冒険者達は、入手した魔石やドロップアイテムをギルドで換金するついでにシャワーなどを浴びたりしてさっぱりしてくると記憶している。ヘファイストスの眷族らがそうだったから。

 

「すみません、神様……今日、僕……何も……」

 

 ベルは悔しそうに、そして申し訳なさそうな表情をして言葉を絞り出し項垂れた。

 そんな、眷族にヘスティアは優しく声を掛ける。

 

「ベル君、いいんだよ」

「えっ」

「君は、ここへ元気に帰って来てくれたじゃないか。ボクはそれが一番嬉しいよ」

「神様……。でも」

 

 さすがにそれだけでいいはずがない。神様に受けた恩を返さなければ気が済まない。

 しかし、ヘスティアは言ってくれる。

 

「まだ、始まったばかりじゃないか。今日出来たことよりも、明日をより頑張ればいいんだ。違うかい、ベル君?」

「――はい!」

 

 ヘスティアの言葉はまだ子供なベルにはとても暖かい。

 迷宮都市オラリオに来てから、多くの人からずっと相手にされず辛い事が多かった。しかし今、【ヘスティア・ファミリア】の一員になれて良かったと改めて思うと同時に、『明日』は神様の為に今日よりも逃げずに前へ進もうと、彼は考えを新たにする。

 

「それから、ハイこれっ」

 

 ヘスティアはそう言って、ベルへ体力回復薬(ポーション)を二本差し出した。

 ポーションは通常一本500ヴァリス程する。二本で1000ヴァリス……。

 

(絶対におかしい……)

 

 この異常事態にベルは震えた。

 

「……や、やっぱり神様? どこかで盗んで――――」

「!――君はまだ言うかぁーーーー!」

 

 ベルの両頬を再び引っ張るヘスティアであった。

 

「大丈夫なんだから、これはぁ。んーー、後で話すよ。まず体を洗ってくるんだ、ベル君。食事の前に明日を頑張る為、先に君のステイタスを更新しようじゃないか!」

「! ステイタス……」

 

 ベルは、ヘスティアの言葉に従い、部屋奥の浴室へ向かい体の埃や汚れを落とす。

 【ステイタス】の更新。

 神は眷族のその【ステイタス】について【経験値】を反映させて更新出来るのだ。

 つまりパワーアップさせてくれるのである。

 なお【ステイタス】の表示部分について、神によっては他の者達に読まれないように、【神聖文字(ヒエログリフ)】等をさらに変形再構成表示させている【ファミリア】もある。

 ちなみに女神ヘスティアは、特に考えてないのか気が付いていないのかデフォルト表示のままだ。

 ベルは身綺麗にしたあと、替えの下着とズボンを履いて浴室から出て来ると、上半身を裸のままベッドへとうつ伏せで横にされた。

 

「じゃあ、ご飯もあるしさっさと始めるよ?」

「はい、お願いします」

 

 ヘスティアは、ベルのお尻の辺りに座ると更新の儀式を始めた。

 

 

 

つづく

 




2015年06月14日 投稿

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