兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか 作:ZANKI
そのころ、円形闘技場から逃げ出した他の凶悪なモンスター達は、概ね『順調』に討伐されていった。
対象のモンスター達は不思議な事に、攻撃されない限り一般人らを襲おうとはしなかった。そしてヤツラは隠れようともせず目立つが如く、ただ街の通りを徘徊する風に、広い範囲へ散る様に移動を行っていた。
まるで、何かからの興味や注目を逸らすかのように――。
最強の冒険者の一人、獣人オッタルがギルド職員の輪へ声を掛けた後、見えるすぐ傍に居て金色の瞳を職員らの輪へと向けて来ていた、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインにも協力の要請がされる。
【剣姫】へ纏わりつくロキも緊急な状況から、「もうデートどころじゃないみたいやし、しゃあないなぁ。まあガネーシャに貸しを作るのも悪ないし」と認めた。
その時になって、ヴァレンシュタインは、獣人オッタルの存在に気が付く。
初めは只の大柄な獣人の冒険者ぐらいに思っていたのだ。
彼女は割と無頓着な性格で、他人に興味をあまり示さないのだが、さすがに傍に寄ると底知れない彼の力を感じざるを得なかった。
(………?)
さらにヴァレンシュタインは、その砂金が風に流れ落ちるような髪を僅かに揺らして、何気なく小顔を少し上げる。そうして金色の目線をその獣人の表情へと向けた。
――睨まれていた。
いや、そう見えただけかもしれない。
他の者なら失禁ものの、獣人の彼特有な元からの鋭い眼光が、金色の目線とぶつかる。
殺気は感じなかったが、監視されているような、僅かの動作をも見られているように感じていた。
それでも、ヴァレンシュタインの表情は変わらない。
「どうも」
「……ああ、よろしく」
名乗り合ったことはないが、お互いに相手が誰かは知っている。直接話すのは初めてのことだ。一応、年下なヴァレンシュタインから目線を合わせたままで声掛けした。
ロキは少し離れたところで、さり気なくその獣人の様子を観察する。
「……仕掛けの監視役かいな。ご苦労なこった」
これからギルドと協力し、街中に逃走中な20階層級以上のモンスター討伐の為、オッタルらは途中まで同じ方面に進む事になっている。対象はソードスタッグとトロールに関してだ。
念のため、討伐後に再度合流し、他の進捗を確認してのち解散の予定。
その向かう方面は、もちろん当然の様にベル達とは競技場を挟んで反対方向だ。その事については、オッタルとその主神以外知らない。
一級冒険者の二人は間もなく、同行するエイナらギルド職員達からの目撃情報を聞く形で追跡に入った。
ソードスタッグは全身が赤毛な牡鹿型のモンスター。頭部に巨大で立派な鋭い角を持ち、前方へ大きな威力のある突撃攻撃を見舞ってくる。首を振っての前面及び側面、蹴り足での強力な後方攻撃もあり恐ろしいモンスターである。
しかし結局、牡鹿モンスターのソードスタッグは、ヴァレンシュタインが見事な剣術で反撃を完封し一刀で討伐。
トロールは、剛力を持つ緑の大柄な人型モンスターで腕には武器として、先端の球体に棘のある棍棒風な武装をしている。
オッタルは、その棍棒攻撃を完全に見切り正面から左手の人差し指で軽く受け止めると、強烈な無手の右手手刀をトロールの胸に突き入れる。
致命的な攻撃に、トロールは「グガァッ」と呻いて煙の様に霧散し、砕け散った魔石が落ちて散乱した。
討伐は順調に終えたが、不思議と時間だけは掛かったように思える。
目撃情報が入って行ってみると、目標が去った後や違う場所というのが続いたのだ。
それでも一応無事に担当は終わり、ヴァレンシュタインらは合流する。
同行のギルド職員達に届いてきた話に因ると、あとは『シルバーバック』を含め二、三匹残すのみらしい。
ヴァレンシュタインは、ギルド職員のエイナに他の場所へも向かおうかと確認する。
しかし、出来れば近付けたくないオッタルは――。
「我々はもう良いのではないか? 今からだと、他の者らの手柄を横取りする事になると思うが?」
「……」
オッタルの言い分は筋が通っていた。
この機にガネーシャへ貸しを作ろうと冒険者を動かしている【ファミリア】が居るはずである。横から攫っては祭りの日に角や遺恨を生む可能性もある。
そこに対して、ずっとアイズの傍へ付いて来ているロキがさらりと告げる。
「とりあえず見物するんやったら、ええんちゃうか?」
それももっともな話であった。今日はお祭りなのだから。
普段余り見られない変わった余興と言えなくもない。
オッタルは、ロキの方を見ることなく目を瞑り、一瞬の沈黙の後「それはご自由に」と伝えた。
ベルとヘスティアが通路の入口に見たのは、予想を裏切らず鼻を鳴らしつつ中を覗き込んでくる凶暴なモンスター『シルバーバック』の防具が無くなった素顔。
炎のようなその赤い目が、二人を睨んでいた。
やはり、先程のベルの全力攻撃によるダメージを、そこには感じ取れない。
だが彼のその行為が、巨猿にはさらに頭へ来ていたようだ。少年の姿を通路の奥で見つけた途端、眉間に皺を何重も縦になるほど盛大に寄せて、口許からは歯を立てる様に咆哮へ乗せた猛烈な怒りが伝わて来る。
『ガァアアアアアアアアアアアアアッ!』
さらに、体が入らない通路を広げようとその巨体と怪力で、周囲の組み上げられた巨石を崩そうともがき始めていた。
通路に肩を入れ腰から持ち上げたり揺すったりと凄い暴れようだ。
その力に、周辺の石組みもゴリゴリギシギシと軋みを上げており、徐々に変形が見える程になっていく。
そうして見ている間に、入口付近の天井の岩の一部が上に持ち上がり外された。
「「!……」」
少年と神様は目を見合わせる。もう時間がそんなに無いと。
(速く、速く速く、急げっ!)
ヘスティアは、ベルの背中の【ステイタス】更新に集中し、小さな手を細かく最速に動かし【経験値】を汲み上げる。
数分経っただろうか。
入口からは、凄い軋みの音や岩同士が激しくぶつかる鈍い音が断続的に響いて来る。
それが僅かずつ近付いて来ているのも理解出来た。
「神様、不味いです!」
「えっ?!」
背中を向けるベルの左手が、更新に集中していたヘスティアに伸びると、神様は通路の奥に向かって横に倒された。
ベルも同時に倒れ込む。
その少し上を、砲弾的な雰囲気で巨石が通り過ぎて行った――。
巨石は少し先で地面に落ち、バウンドしながら更に奥へと派手な音を上げて砕け散っていく。
偶々か、『シルバーバック』が巨石を投げつけて来たのだ。
当っていれば死んでいたかもしれない。
「ひぃぃぃ、くそーー。おい、ベル君!」
「何ですか?! 神様」
「あいつをブッ飛ばしてくるんだ。――更新が終わったぜ!」
離れなければ、横向きだろうが【ステイタス】更新は可能なのだ。
ベル・クラネル
Lv.1
力:G221→E410 耐久:H101→G209 器用:G232→E419 敏捷:F313→D533 魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。
【主神敬愛】
・早熟を補助する。
・敬愛が続く限り効果持続。
・敬愛の丈により効果向上。
・敬愛の丈により敵のクリティカル軽減。
【憧憬一途】が8割に落ちていたが、【主神敬愛】がそれに3割増しの効果を加算していた。
(……ッッ?!)
最終的な数値に、見直したヘスティアも驚愕する。
その叩き出した全アビリティ熟練度、トータル上昇値は700オーバー。
すべてが先程とは倍近いアビリティ熟練度になっていた。
常識では有り得ない。前回更新から三日程なのだ。
(でも、これならっ……!)
ヘスティアの蒼い瞳が輝く。
『神の小刀』自体も随分強化されて、武器の威力も上がっているはず。
それを示すのか、ベルの持つ漆黒のナイフが、始動するように紫紺色の輝きを増し始める。
「ベル君、きっと大丈夫だよ、頑張れ。そしてまた見せて欲しい。勝った後に、君のあの優しい笑顔を」
「神様……」
ベルは半信半疑に、まだ少し踏ん切りと決意が持てていなかった。
だが、忘れていたあの地獄の6階層から生還した時の気持ちを、次のヘスティアの言葉が思い出させてくれた。
「お願いだから……ボクをまた一人にしないでくれよ」
ベルは――――心の燻っていた火が、炎として燃え上がった。この一言に。
助けられた。あの日約束した。
そうだ。ベルは『もっと強くなる』と決めたのだ。
神様に、一人にする寂しい思いはさせない。そのためには絶対に死ねないし、神様も守る。守り切る!
「もう、大丈夫です、神様。見ていてください」
「ベル君!」
背中側の捲り上げていた黒いインナーを下ろし、ベルは静かに立ち上がる。
右手には、紫紺色の輝きを放つ『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を持って。
彼の横顔の表情からは、もう影のようなものは感じられない。
通路の入口付近はすでに崩され、『シルバーバック』に1M(メルド)程も踏み込まれていた。
『グォアアアアアアアアアアアアアッ!』
通路内で立ち上がり此方を向いたベルの姿に、巨猿は通路へとその長い腕を差し入れるように激しく出し入れし、彼を掴もうと手が素早く空振る。
ベルはその状況で、入口へと力強く足を踏み出し前進を始めた。
先程までの恐怖は勇気で塗り潰し、諦(あきら)めは闘志で踏み潰して。
【ステイタス】更新前には必死にならなければ見えなかったヤツの動きが、ハッキリと見え続けている。
(――僕のアビリティ、器用と敏捷が格段に上がっている?!)
ヤツの手が届く位置まで来た。
巨大な手だが、通路の間口には巨猿の掌よりも空間があった。
そこへ入り込んで躱す。
そして、ヤツの手の甲へ素早く力強い『神の小刀』の一撃を突き立てた。
【ステイタス】更新前は渾身の攻撃が、巨猿の白い剛毛と分厚い表皮に対してビクともしなかったが、この小刀の刃の攻撃は剛毛を切り裂き易々と掌側へ貫通していた。
巨猿の次の動作を警戒しつつ、小刀(ナイフ)を一瞬で引き抜く。
(――すっ、すごい、僕の攻撃が十分通じている!! 僕の力が上がっている!)
『シルバーバック』は想定外の手の痛みとベルの反撃に驚き、腕を通路から引き抜きこの入口から数歩後退する。
ベルは更に追い打つ。
素早く出口へ踏み出す途中、地面から大きめの石を拾い上げると、後退した巨猿の顔面へ思いっきり投げつけた。
ベルの強化されたアビリティーで放たれたその石は、躱せず受けれずの速さで巨猿の顔面へと直撃し粉々になる。
『シルバーバック』はその威力と攻撃に仰け反り脅威を感じて、更に大きく広場中ほどまで後退した。
顔を手で押さえていたが、速度の為か頬の一部が陥没するほどの威力であった。
通路の外に空間を得て、ベルは油断なく通路の入口外まで静かに出る。
そして『シルバーバック』に対し、堂々と対峙した。
これからが本番だ。
「ベル君、行けーーー!」
通路内後方からのヘスティアの声援に応えて、少年はモンスターへと駆け出して行く。
『シルバーバック』の間合いへ飛び込んだ彼は、ヤツの放つその内側に巻き込んで来るような威力の乗った左右から連打される剛拳を掻い潜る。同時に鞭のような動きで襲ってくるヤツの両腕の長く太い鎖も同様に。
気合の入った全力な『シルバーバック』の攻撃は相当速い。
だが――少年にはもう全部見えている。
嵐のようなラッシュ攻撃を、闘兎と化したベルはすべて避けて見せた。
「ベル君、自分の力を信じたまえっ! それが今の君の実力だよ!」
神様の声も闘いの中でハッキリ聞こえる。
戦女神な鎧姿の神様は、崩れた通路の入口近くまで出て来ていたが、『シルバーバック』はベルの脅威度を優先している様子で、ヘスティアの方は後回しにしている風であった。
でもベルは思う。
(これは僕だけの力じゃないです。僕に力を与え、信じたくれた神様のおかげです)
だから、彼は自分を信じる。信じて闘う! ――信じて倒す!
巨猿から放たれる、強烈な重く太い鎖の一撃も『神の小刀』で正面から押されることなく裕に受けて弾き返す。
『シルバーバック』の正面攻撃を全て完封し、ヤツの側面を左回りに周回するように回り込む。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
攻撃が全く当たらず捕まらないベルの素早さに、巨猿は業を煮やしたのか咆哮を上げつつ、首を回して少年を威嚇してくる。
ついには、右の剛腕で外側に大きく払って来た。
これを躱して少年は懐に飛び込む。
そのベルの攻撃前行動に危険を感じ、ヤツは左拳を渾身の剛打で振り下ろしてきた。
少年は消える様な速度で垂直に飛び上がって躱す。
空振った巨猿の剛打の威力に広場の石床が陥没し、砕けた石材が周囲へ激しく飛び散る。
躱したベルは空中へ。以前では考えられないほどの加速跳躍力。広場周囲の5階層の建物の屋上部までが見えるほどだ。
周囲を素早く見回した後に見上げてきた『シルバーバック』に対し、ベルは物干し用に周辺から何本も架けられているうちの丈夫な一本の綱を弦にして、地面へと矢の如く打ち出されるように加速して一瞬で降下して行く。
「うぉおおおおおおおおおおおおっーーーーーーーーーー!」
『シルバーバック』の巨体を、頭頂から高速に『神の小刀』で一気に切り裂いた。
『グァアッ?!』
ベルはまだ止まらない。
さらに、着地した地面から反射する勢いで、まだ天を仰いでいる巨猿の胸部へ小刀を突き立てた。
『ガァッ……』
最後は力の無い声を残して動きが止まる。
ベルは体当たりで胸部へ刺さした小刀を力いっぱい引き抜いて、後ろへと転がる様に離れる。
それから僅かに間を置いて『シルバーバック』は、膝を屈するように大きな音を立てつつ前のめりに倒れると、間もなく煙のように霧散した。
その後にはゴトリと重たい鈍い音を立てて、大きな青紫色の魔石が石床に転がり落ちて来た。
広場内は一瞬の静寂に包まれる。
(……………………お、終わった?)
最後の攻撃の間は、少年も無我夢中であった。
すると、先程まで誰も居なかった周囲に、どこから湧いて来たのかという感じで人が溢れて来る。周囲に建つ建物の窓という窓、扉と言う扉から人が姿や顔を出して現れ、大歓声が上がり、そしてそれは大きく周辺へと広がっていく。
広場内にはまだ、ベルとヘスティアだけであった。
壊れた通路入口傍に立つヘスティアは、広場中央より少し転がった場所に、ポカンと呆けて紅い瞳の目をぱっちりと見開き、『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を握ったまま尻餅を付いている、白い髪の少年へ抱き付こうと走って向かって近付いていく。
「ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーーーーーーー♡」
ベルは自分へと向かってくる、疲れも忘れ零(あふ)れんばかりの最高な笑顔を浮かべる鎧姿なヘスティアを立って迎えようかと考え、優しい笑顔を浮かべつつ立ち上がった。
正に一つの大団円的瞬間。
――――だが。
今、少年ベルの目の前に、一匹の灰白銀なフサフサの毛並みの体長2Mを優に超える大きな巨体の獣が着地する。
獣は周囲の建物上から飛び降りて来たように見えた。
狼のモンスターであった。
その左前脚が高速な動作に消える。
次の瞬間、衝撃を受けたベルの小柄な体が広場北側の分厚い石壁に、凄まじい音を立ててめり込んでいた。
あの『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』が、壁から出ているものの変な方向に曲がり血まみれとなっている少年の右手から力なく落ち、乾いた金属音を立てつつ石床へと転がった。
眷族の手を離れた小刀は、静かに漆黒の刀身から紫紺の輝きを失うのだった。
つづく
2015年07月05日 投稿