兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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14. 闘兎(その1)

「うっ、ぁぁああああっ!」

 

 小柄な鎧姿のヘスティアが、その軽さも有るのか広場の石畳奥へと滑る様に転がっていく。

 

「か、神様っ!」

 

 そして少年は、それとは別方向へと投げ出される。

 『大事』な神様は、満身創痍な防具も壊れたベルの手から、その傍から離れていった。

 白毛で覆われた4M(メルド)を超える巨体のモンスター『シルバーバック』は、少年を警戒するように一睨みし、神様の方へとゆっくり近付いて行く―――。

 

 

 

 

 怪物祭の会場から少し離れた、建物や道が入り組み迷路構造なここ『ダイダロス通り』で繰り広げられていた『シルバーバック』からのベル達の闘わずな逃走劇は、突然の絶体絶命を迎える。

 逃げる通路の先に、日の光が燦々と射し込む明るい広場が見えた時のこと。

 巨猿が、道の脇にあった重そうな木箱を、剛力と素早さを込めて投げつけて来たのだ。

 木箱とその中身が地面に当って砕け散った破片に、神様を抱えて走っていたベルは足元をさらわれる形になった。走っていた勢いもあり、少年は神様を守るように前方の広場の石敷きの床へと大きく転がる。

 だが倒れている場合ではなかった。一瞬で彼は神様の手を掴んで起き上がり、彼女も引き上げる様に跳ね起きた。

 それは『シルバーバック』が後方間近に迫り、長い左腕の重厚な太い鎖をこちらへ叩きつけて来るのが見えたからだ。

 反射的なものもあったのだろう、少年は咄嗟に神様を抱えて左上横に飛び上がって躱す。

 ところが、これは陽動の一撃であった。

 空中に浮いて躱せないベル達へ、待っていた様にヤツから右剛腕の強烈な横払いが飛んで来たのだ。

 神様を空中で庇うも、少年はその一撃を背中で受けるしかなかった。

 完全なクリティカルダメージだ。

 そうして強烈に地面へバウンドする衝撃で、二人は離れてしまっていた。

 ベルはライトアーマーを損傷し背中に激痛を感じるも、《スキル》【主神敬愛】の『敵のクリティカル軽減』の効果なのか、何とかまだ立ち上がってくる。

 

 しかし、神様までの直線上へ圧倒的な強さの『シルバーバック』が入る光景に、彼は――腰が引けてしまっていた。

 

 この広場は、まるで地面に掘り込まれて作られた印象で、4、5階建の複合集合住居に囲まれ、西側の壁脇に水が飲める泉もあり、全体はほぼ正方形で一面平らな石床が広がる。

 今日は天気も良く、祭りの日でもあり神様側の周囲にも人が十数名いた。

 ――誰か。

 自分はいいからと。

 少年はせめて、可愛い大事な彼女だけは、神様だけは助けてと、願望の視線を周囲の人達へ向けて縋る様に思った。

 でも。

 

 結局、『怪物の標的』である神様を助けてくれる者は誰一人現れなかった。

 

 一般の人達は、疲れの見えているベル達を残し、この場から我先にと全力で逃げ去った。

 この光景に少年は、あの強く美しい金髪の人がいればいいのにと、夢のような事を僅かに思ってしまう。そんな都合のいいことは、有り得ないと言うのに。

 ベルは呆然と立ち尽くす。

 体が固まり、震えが来ていた。

 残ったこの状況は最悪としか言えない。

 

(――神様はどうなるんだ)

 

 体が、動かない。

 

(――『シルバーバック』に襲われてしまうのか)

 

 この怪物は、強すぎる。

 

(――英雄みたいに助けられないのか)

 

 全く、勝気が見えない。

 

(――戦う事に意義が有るとは思わないか)

 

 負けた後が、恐ろしい。

 

(――男じゃなかったのか)

 

 ………、くそぉ。

 

(じゃあ……『大事』な女の子を失ってしまえるのか)

 

 そ、――――それには耐えられないぃぃぃ!!

 

 ベルの祖父は言っていた。

 『大事な女(ひと)は、死んでも守れ。男はそれで十分(えいゆう)だ』、と。

 

 ベルは――腰から小剣を抜いていた。

 

 意志を取り戻し始めた体は、まだ震えが残っている。足も少し固まっている。でも、手は動き始める。

 空いている左手で、レッグホルスターから【ミアハ・ファミリア】印のポーションを取り出し、そのマリンブルーの液体を一気に飲み干す。

 痛みや疲労感が減衰し、体力が大きく回復する。

 少年の表情は、不思議と口許が笑っていた。

 もう恐怖は余り感じていない。

 自分の後の事は、考えない様にしたからだ。

 

(『大事』な神様を救いたい。もう、それだけでいい)

 

 動け。

 行け。

 走れ――――。

 

「うおぁぁあああああああああああああああーーーーーーー!」

 

 少年は感情のまま、吠える様に声を上げる。

 それは自分を鼓舞する事。そして、モンスターを威嚇する為。

 ベルはそのまま、無防備に背中を見せて神様へ近付こうとしている『シルバーバック』へ突撃する。

 ヤツは少年の突然な雄叫びに驚き、振り向き様で右腕の裏拳を見舞って来た。鎖も遅れて飛んでくるが、ベルはその二つを渾身の体捌きを持って辛うじて躱し、そのまま伸び切っているヤツの剛毛で覆われた丸太のような右腕の上を走り抜ける。

 そして、手に握っていた小剣に全開の力を込めて巨猿の顔面へ切り込んだ。

 小剣は力と衝撃に負けたのか、ヤツの目の防具共々砕け散っていた。

 ベルは破片で『シルバーバック』の目元が良く見えていない隙に、ヤツの肩から素早く飛び降りると、起き上がるも尻餅を付いて座っていたヘスティアを大事に胸元へと抱え上げて走り出す。

 

「また失礼します、神様。大丈夫ですか!?」

「べ、ベル君……♡」

 

 想いを寄せる、この眷族の見せた限界的躍動感の、なんとカッコイイことか。

 少年に抱(いだ)かれる胸の中で、今、ヘスティアはこの幸せに感激する。

 愛しい者に、自らの絶体絶命を救ってもらえるというのは、究極の喜びと言える。これこそ、『運命的な場面』なのだと。

 後は、彼に求愛と伴侶宣言をしてもらえれば……完璧♪

 

(ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーーーーーーーーーー♡)

 

 そんなことまで神様は考えていたが、その後の少年の行動がオカシイことに気が付く。

 この広場の東の一角には、どこかへと抜けていく、分厚さが伺える壁面に開いたトンネル状の通路があった。幅1.3M(メルド)、高さ1.7M程の間口の大きさで長さは約10M。

 二人はその中へ駆け込んでいく。抱えられているヘスティアは周りを窺いつつ、このまま進めば良いと考える。

 しかし、ベルはなぜかこの重厚な石組みの通路に入って途中まで進んだ所で、ヘスティアを下ろした。

 彼は穏やかに、少し疑問顔な神様へお願いする。

 

「神様、その腰の二本の剣の片方を貸してもらえませんか? 先程剣を折ってしまったので。僕が時間を稼ぎますから、その隙に逃げてください。残念ながら、このままでは二人とも逃げきれません。ですが、大丈夫です。僕が神様だけは守ります。ここでアイツを引き付けておきますから」

 

 そうして影の有る優しい笑顔を浮かべた。

 ヘスティアは、少年のその表情に固まる。

 先程まで見せていた、彼の生き延びようと言う必死さが感じられなかったから。

 

(彼は―――諦めている……)

 

 ヘスティアは、首を項垂れワナワナと震え出す。

 そんな神様から、ベルへと両手が伸びて行き――少年の両頬をむぎゅっと抓る。

 そして叫ぶように告げ始める。

 

「大バカ者! まずボクが君を置いて逃げ出せる訳ないだろう! それに、あの自信はどこへ行ったんだよ? 君は『ハーレム』を、もっと多くの『運命的な出会い』を、そしてヴァレン何某のバケモノ染みた『強さ』を求め目指していたんじゃないのか! 『もっと強くなりたい』と言っていたじゃないか! こんなところで本当に終わっていいのかい?!」

「でも……」

 

 ベルの顔が歪む。そんなわけはないのだ。

 でも、男として今『大事』なものを守るために。

 嫌な結末の選択肢しか残っていない現状。

 その中から、『残って闘い時間を稼ぐ、死ぬ時まで』というつらい選択を選ぼうとしたのだ。

 少年の泣きそうに変わった表情に、ヘスティアは彼の頬から手を離すと、今度は彼の手を取り優しく微笑みかける。

 

「……うん! 今からボクが、君に『勝利』という選択肢を増やしてやるぜ。君に渡したいモノがある。ほら、ボクだって君を守りたいんだ。――だけど、その前に【ステイタス】を更新しよう!」

「えっ、こ、ここでですか?」

 

 このトンネル状の通路は大きな石を使い頑丈そうだが、どれだけ持つかは分からない。

 

「急ぐんだ、ベル君!」

「は、はいっ、神様」

 

 ベルは、壊れたアーマーを外し薄い狐色の上着を脱ぎ、黒のインナーの背中側を首下まで捲る形で、ヘスティアに【神の恩恵(ファルナ)】を刻まれた背を向けて、石組み床の通路方向に対して垂直に座る。少年が両出入口を見張るためだ。

 ヘスティアは急ぎ、背負っていた黒い布包みを解くと中から、30C(セルチ)程の黒い小刀(ナイフ)を取り出し、鞘からそれを抜き放つ。

 その漆黒の刀身には、細かく美しい形で多くの【神聖文字】が刻まれている。

 ここで、神様はヘファイストスの言葉を思い出す。

 

『この小刀は生きている。小刀にも子供と同じ【ステイタス】が存在しているの。装備者の【経験値(エクセリア)】を糧にこの武器も進化していくわ。つまり、使い手が成長すれば、この武器も強化される。これはヘスティアの恩恵を受けた者しか使いこなせないからね。今のままじゃこのナイフはどの武器よりも貧弱よ。眷族に渡った時、初めて息づいて共に育っていくわ』

 

 そのためかこの『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』は、曲がりなりにも眷族となっている今のヘスティアの体にも反応している。小刀は淡い紫紺の輝きを放っていた。

 彼女は、いつもの通りにその切っ先で指を突こうとしたが……ヘスティアの動きが止まる。

 そう、今のこの体は《ドール・ヘスティア》である。

 だが心配はない。

 この体には、オリジナルスキルとして、同眷族に対してのみ使える【状態更新(ステイタス・リキャスト)】があるのだ。

 そしてヘスティアは、指では無く小口を開けて舌先裏の仕掛けから、まず小刀へと燃料として持っている神血(イコル)を垂らした。

 

『勝手に至高へと辿り付く武器なんて、邪道だわ。まったく、変なモノ作らせないでよね』

 

 使い手が最強になれば、武器も最強へと到達する。そのことにヘファイストスは職人として顔をしかめていたが……。

 

 ヘスティアは小刀(ナイフ)の【ステイタス】更新をする僅かな合間に、そんな鍛冶神の表情と捨て台詞を思い出していた。

 『神の小刀』の初期【ステイタス】更新が完了する。そうした後、ベルの背中にも神血(イコル)を垂らした。

 

(さて、問題は……)

 

 ヴァレン何某の【憧憬一途】と、自身の【主神敬愛】で【ステイタス】がどこまで伸びているかであった。だが、おそらく先日に何かの心傷を受けた【憧憬一途】の伸びは落ちているはずである。あとは少年の主神に対する愛の深さ次第。どういう結果で上がって来るのかは分からない。

 

「ベル君、これを握っているんだ」

「か、神様……このナイフは?」

「――ボク達のナイフだ! 存分に使いたまえ。君と一緒に強くなっていく武器だ。これで君を勝たせる。なんせヘファイストス直々に作ってもらった『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』だからね」

「え゛ぇっ?!」

 

 さすがに、見覚えのあるロゴを確認しベルは驚いた顔をする。直弟子が作った長剣でも、良い物なら数千万ヴァリスもするのだ。これは小刀だが、一体どれだけの価値が……と。

 だが、ベルはしょんぼりする。

 

「……でも正直、これほどの良い武器を貰っても僕自身が……先ほどの渾身の打ち込みも、モンスターの体皮や剛毛へは傷もなく、防具の一部が壊れた程度でしたし」

 

 ベルは、【ステイタス】更新でアビリティ熟練度が強化されることを理解しているが、そうなったとしても、敏捷はともかく、これまでやっと潜った6階層までより倍も深い階層のモンスターへ自身の攻撃が通じるとは思っていない。

 

「僕の攻撃は、恐らくアイツには通じません……だから倒すのは無理なんです」

 

 ベルは、俯き加減に力の無い声でそう語った。

 ――自分は弱い。

 ふと少年の頭には、先日の酒場での獣人な青年からの罵倒と、周辺からの漏れ来る多くの嘲笑が思い出されてくる。

 ――自分は情けない。

 現状に追い詰められ焦っている彼の自信は、完全に折れようとしていた。

 しかし。

 

「じゃあ、ベル君……その攻撃が通じればどうだい?」

「――えっ?」

 

 今までの、ベルの情けない言葉を聞いていたはずで、背中の【ステイタス】の上昇も見ている神様がそう言った事に、少年は僅かな期待から神様の方へと首だけを回し横顔を向けて聞き返していた。

 ヘスティアは力強く言ってあげる。

 

「ベル君、そう卑屈になるもんじゃないよ。ボクが君を信じているんだ。それじゃあ、ダメかい? それに――君の背中のステイタスはまだ上昇しているよ」

 

 ベルも気が付いた。そう言えばいつもより少し更新が長いなと。

 

「神様、本当に……?」

「君はもっと高みを目指せる。自信を持ってくれ。君を信じるボクを信じるんだ!」

「神様……」

 

 その時、通路が急に暗くなったように感じた。

 二人はその元凶が何かを確信しつつ、通路の入口を見る。

 

 

 

つづく




2015年07月03日 投稿

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