兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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13. 脱兎の如く

 ここは、本日貸切で【ガネーシャ・ファミリア】主催の怪物祭(モンスターフィリア)が行われている会場の、迷宮都市オラリオの東端に建つ円形闘技場。

 その闘技場南側で観客の誘導係をしているエイナのところから離れて、再び酒場『豊饒の女主人』の従業員シルを探し始めるベル達。

 シルは休みを貰って祭りを見に来ているはずなのだが、財布を忘れて出ていってしまっていて、店の同僚であるエルフのリューとキャットピープルのアーニャに少年が彼女の財布を頼まれていた。

 そして―――神ヘスティアの機嫌が些かよろしくない。

 

「ベル君……君は、酒場の女の子といい、アドバイザー君といい、中々女の子との『出会い』が多いんじゃないかい?」

「……」

 

 ベルの対神様本能が訴えていた。今は、何を言っても角が立つと。

 口は禍の元と、東方の国の格言にあるらしい。

 どうしよう。

 そう思ったが……ベルは自然にヘスティアへ笑顔を向け、彼女と握ったままの右手を少し上げる。

 そして、ほんの僅かだけ強く握りながらソレを前後に小さく振った。

 ―――効果は覿面。

 

「……ま、まあ、話を少しするぐらいの異性の知り合いぐらいは、誰にでもいるものかな」

 

 目線を横に逸らし、頬を赤くしながらヘスティアの口許がデレデレとニヤけていった。

 ちなみに、ベルは気付いていないが、今のヘスティアの体は神専用のアイテム、甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)を分身の如く動かしている状態だ。

 つまり《ドール・ヘスティア》である。

 その姿は戦女神。ただ、動きにくいのか今は胸と手甲の防具は外して来ていた。

 神様は、少年の武器として制作した『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を、すでに彼が潜っていると思ったダンジョンでベルに渡し、感動的に驚かせようとこの姿で会いに出て来たが、結局街中で再会しその野望はまだお預け中だ。

 二人が、闘技場外側を周回するようにある広場的な空間から、東メインストリートへ戻ろうとしたとき、ベルの視界の隅に脇道へ入って行く灰色な髪の見知った横顔を捉える。

 着る服は、朝出会ったときのワインレッドと白のワンピース。

 

(シルさんだ!)

 

 少年はシルの歩いて行った脇道に向けて走り出す。

 

「神様、すみません、見つけました。ちょっと走りますよ!」

「えっ、ベル君?!」

 

 彼は振り返らずにヘスティアへ声を掛けつつ、その手を引っ張っていた。

 そうして、脇道に入ろうとしたとき、闘技場の広場に大きな悲鳴の混じる叫び声が広がるとともに、白い巨体の姿が飛び出してくる。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 同時に周辺へ咆哮が響き渡った。

 後方に起こったその異様な状況に、思わず少年と神様は振り返る。

 それは、脇道の路地にまで響いており、メインストリート側へ振り返ったシルは路地口の二人の片方に気が付いた。

 

「ベルさん?! と、もう一人?」

 

 シルは体ごと向きを変えて、来た道をベル達の方へ戻ろうとする。

 そしてベルへと声を掛けようとしたが、その少年の競技場方向を向いた横顔が驚きから恐怖に変わって――こちらに向かって走り出して来た。

 

「シルさん、逃げて! ――モンスターがこっちに来る!!」

「えぇ!?」

 

 シルも全速で180度向き直り走り出していた。

 彼女は50M(メドル)程の脇道の直線を逃げているがすぐ、右後ろ後方からベルが追い付いて来た。そして並走しつつ、脇道に入る前に渡そうと腰のカバンから取り出していた彼女の『がま口財布』を渡す。

 

「シルさん、これを」

「これ、私の?!」

「リューさん達に頼まれたので! アレは僕らが引き付けるので横道へ逃げてください! じゃあ」

 

 ベルは減速し、白い巨体のモンスターを引き離さず引き付ける。

 シルは振り向き困惑するが、ベルは一人では無い。そのもう一人の小柄でツインテールな巨乳鎧戦士の娘は、すでに足取りがフラついて見えた。

 自分までベルに手間を掛けさせるわけにいかないと、シルは前方左横の人一人が通れるほどな細い路地へ走り込んで進んだ。

 少し進んで振り向くと、ベルらは直進して行った。白い巨体のモンスターを引き連れて。

 

(ベルさん……)

 

 シルは表情を引き締めると、細い路地の先へと急いだ。――助けを呼ぶために。

 

 一方ベル達二人は、被害の出ないようにと人気のない方へ走って逃げまくる。

 しかし、ヘスティアは――面白くない。

 すでに『人探し」は終わったし、ゆっくりとデートを楽しみたいのにと。

 引き摺られるように必死で走り回る行為は、怠惰な彼女にはキツかった。

 さらに、他の女のために少年と囮にもなっていたことに納得がいかないのだ。

 ただ、ベルと手を繋いでの逃避行には、それなりに満足しているが。

 それにしても。

 

「なぜっ、神様が狙われているんですか?」

「し、知るもんか! 初対面だし、追われる覚えが無いよ」

 

 そう、競技場外広場に飛び出してきた白い巨猿は周囲を探す様に見回すと、ベル達を見付けたように一直線で向かって来たのだ。

 二人はモンスターから逃走する姿で、すでに街自体がダンジョン化した気さえしていた。そうして、巨猿を騙し空かししつつ漸く『ダイダロス通り』へと辿り付く。ここは歪に形成される街内が細めの複雑な迷路道を作り出している。

 ベルは、巨体のモンスターでは動きが制限され追跡も迷い難しそうな、この迷宮的場所へと誘導してきたのだ。だが、ベル自身もこの地区を良く知らない。あくまで賭けである。

 

 迫ってくる巨体のモンスターは、白い毛並で筋骨隆々な身長4M程ある巨猿『シルバーバック』。

 登場階層は11階層。上層でも深いところにいるモンスターだ。

 かなり【ステイタス】が上がっているベルだが、まだ未知の領域の強さの相手と言えた。

 

(……僕が今、戦っても勝利するのはまず難しい。それより、祭りだから強い冒険者が居るはずだ。今は時間を稼ごう)

 

 一方、ヘスティアも『冒険者』として行動を始めていた。

 ベルと街を走り回り、慣れない体ですでに足はヘロヘロであったが泣き言は吐いていない。

 これから少年と日々ダンジョンに潜ることになるのだ。

 先日の、ベルがボロボロの姿も見ている。

 そう言う世界へ共に行こうとしている自分を、彼女は鍛えようとしていた。

 

(ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーー!)

 

 心に『ベル君』と書いて『我慢』と読む。愛しい眷族を想い、ダメ神な彼女は必死に耐える。

 とは言え、今の現状は甘くないことを思い知るのだが。

 

 

 

 

 

 円形闘技場では、凶暴なモンスター達が檻から次々に逃げ出したと、問題になりつつあった。

 その一部には20階層級のモンスターも数体含まれ、Lv.3以上の二級冒険者以上でなければ、ほぼ返り討ちに逢うほどの対応が難しいものも含まれている。

 

「ガネーシャ様っ、一大事です!」

 

 開かれている怪物祭について、闘技場最上部の観覧席から観客と調教(テイム)の進行状況を見守っていた神ガネーシャの元へ【ファミリア】の構成員の一人が報告に上がって来た。

 

「――そうか、何を隠そう、俺がガネーシャだ!」

「いや、もう分かっておりますので、ってそれどころではありません! 捕えていたモンスター達の檻が一部空になっております! すでに場外へと逃げ出している模様です」

「………………一大事ではないか!」

 

 なにか更に自己主張を述べようとしたのだろうが、深く席へ沈んでいた体をバッと前方へ乗り出して彼は叫んでいた。流石の内容に、彼も自己主張どころでは無くなったらしい。

 すぐに、構成員からの話に耳を傾ける。

 それによると、【ガネーシャ・ファミリア】の構成員とギルドの職員らが原因不明の前後不覚な状態にされ、鍵が持ち去られて不明な第三者により開けられた模様。

 ガネーシャは、闘技場で行なわれている調教(テイム)に視線を落としつつ、脱走したモンスターの数を確認すると指示を出した。

 

「よし、大至急モンスター達を追討させろ。団員だけではなく、他の【ファミリア】とも連携を取る! この場にいる神に協力を要請しろ!」

「し、しかしそれでは、こちらの面目はもとより、相手に付け込まれる隙を……」

「俺は、【群衆の主(ガネーシャ)】だ! 市民の安全を最優先にしろ。我らの至福は子供たちの笑顔。それ以外は捨て置け!」

「はっ、申し訳ありません!」

「祭りもこのまま続ける。観客はしばし留め置け。混乱をさせぬよう各自最善を尽くせ!」

「わ、分かりました。それと、犯人捜索は……」

「ふっ、構うな。全体数に対して放った少数から、何か『特定』の狙いがあるとみる。今は乗っておけ。市民全体の安全を最優先だ!」

 

 右手を伸ばして「皆行け!」と指図する声に、観覧席に控えていた2名も含め、各方面への伝令に下がって行った。

 

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が行動を起こし始めた頃、競技場外のエイナ達も騒ぎ始めていた。

 

「モンスターが、逃げた?! おまけに、そんな深い階層の?」

 

 同僚の話を聞いたエイナは驚きを隠せない。

 目撃された数体は、下級冒険者ではまず相手にならない20階層級のモンスターであったためだ。一般市民に対してはもはや言うまでもない。放置すれば一方的な大量殺戮劇となろう。

 エイナは、一瞬にして毅然とした表情で周りの職員たちに同意を求める。

 

「どこでもいい、すぐに有力【ファミリア】へ連絡を取ろう! 直接冒険者でも構わない!」

「そ、そんな勝手に動いちゃってもいいの? 後で上に何を言われるか……」

 

 エイナも含めて、そこに集まっていた数名は下部構成員であった。先程の西ゲートのトラブルで上位の責任者は此処を離れていた。

 だが、迷っている時間はないとエイナは語る。

 

「誰かが傷ついて、手遅れになるよりずっといい! それに神ガネーシャも人命優先に理解がある。他の【ファミリア】に救援を求めても反対しないはず」

「そうだよね、取り返しのつく今の内に」

 

 周囲の同僚らも頷き、素早く役割を分担し始めた時。

 輪になっていたギルド職員らへ後ろから不意に声が掛かる。

 

「おい……、何かあったのか?」

 

 エイナを初め、振り返ったギルド職員全員の目が驚きと……恐れに固まる。

 そこには、2M(メドル)を超えるガッチリとした体躯の長身な獣人、迷宮都市オラリオで最強の――Lv.7に到達しているオッタルが、無意識で無感情な鋭い目線を向けて見降ろすように立っていた。

 

 ――彼は、ただ主神フレイヤにお願いされただけである。

 

『私はいいから、後片付けをしながら、邪魔が入らないかをちゃんと見ていてちょうだい』

 

 そして、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインも少し離れた場所で、騒然と集まっていたギルド職員らの様子へ静かに小首を可愛く傾げて立っていた。

 おまけの様に彼女の腰付近へ纏わりついている、「デート、デ~トやん♡」と言う神ロキの顔面へ軽く肘鉄を炸裂させて。

 

 

 

 

 

 ベルとヘスティアは、『ダイダロス通り』の複雑で良く分からない入り組んだ街並みに通る道を必死で逃げる。行き止まりも偶にあり、周囲からはスリリング過ぎる命懸けの鬼ごっこと化して見えたことだろう。

 尻尾と見紛う長く白い銀の髪を靡かせ、モンスター『シルバーバック』は通れない細い道に対して、迂回しつつ追跡を止めることなく何処までも追い縋って来ていた。

 

『ルググゥ…………!』

 

 ベルは、その執念的な怒りの唸り声にビクリと小さく震える。

 巨猿の両腕には、引きちぎったような長く太い鎖がまだ付いたままである。

 距離がある間は気にならなかったが、それが詰まって来ると偶に振り回す鎖が飛んでくるのだ。

 距離を取ろうにも、すでに神様の体力がそろそろ限界に来ているのが分かる。

 引き離せなくなって来ていた。

 ヤツの狙いは神様のようで、一方で接近を邪魔するベルに対しては異様な敵愾心を膨らませてきている様に感じていた。

 そんな時、ついに屋根伝いに頭の上を越され前に出られた上、路上で対峙する位置になった。

 『シルバーバック』は凄い形相で神様を庇う形のベルを睨んで来る。

 

『グゥウウウッ……』

 

 そして凄まじい速度で、二人へと飛び込んで来た。

 ヘスティアを正に奪い取ろうと。

 だがベルも必死だ。大切な神様をモンスターに襲わせるわけにはいかない。

 格上の『シルバーバック』の挙動に全身全霊を集中していた。

 持てる敏捷を最大にして、掴みに来る『シルバーバック』の右腕と鎖をカウンター気味に躱し、ヤツの左後方へヘスティアを抱えて全力で走り抜ける。

 右腕を外から内側に体ごと全力で振り込んで来ていたため、裏拳的な動きにはすぐに移れないと踏んだのだ。

 『シルバーバック』が左後ろへ振り返った時には、二人は脇の道へと曲がり進んでいた。

 そんなやり取りを数回繰り返すうちに、ベル自身も疲れが見え始める。

 神様を抱えて全力で動くのはやはりスタミナ等への負担が大きかった。

 逃走が始まって時間にして、まだ三十分をそれなりに過ぎたぐらいか。一時間は経っていないと思われる。

 しかし、格上のモンスターから全力で追われ続けて―――逃げる事に二人は限界を迎えつつあった。

 相手は圧倒的。その巨猿は諦めない。誰も助けに来ない。

 ただ逃げるだけでは、敵は居なくならなかったのだ。

 

 そして―――少年は『闘う』事が怖くなっていた。

 

 幼少のころ、自分では絶対に勝てない、目の前を恐怖で覆い、そこに立ち尽くす恐ろしいモンスターの事が、ベルの頭の片隅にチラついていたから。

 

 

 

 だから、また、逃げていた。

 

 

 

つづく




2015年07月01日 投稿

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