兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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11. 標的は白兎(その1)

 ダンジョンに向かう途中、ベルは大通りへ出ると飾りつけ等の準備をする人の多さに戸惑う。まだまだ朝の早い時間であった。いつものこの時間だと人はまばらなのだが、今日は10倍ぐらいの多さである。

 昨日の夕方にも繁華街沿いはいつもより飾りつけがあって、華やかになっていた気がする。

 

(……そうか。今日って何かお祭りがあった気がするなぁ)

 

 昨日バベルの地下で、他の冒険者たちが話しているのを思い出す。

 

(うーん、少し時間が早いけれど、ギルドに寄ってみようかな。エイナさんから祭りについて詳しく聞けるかもしれないし)

 

 ベルはギルド本部へと向かう。

 すると、入り口の扉を入った傍に、セミロングな髪の横顔からエルフ耳が垣間見える制服姿のエイナを見つける。書類を捲りながら何か確認しているようだ。

 

「おはようございます、エイナさん」

「あれ、ベル君、おはよう。どうしたの? 怪物祭(モンスターフィリア)の会場とかへ並びにいかないのって、バックパック?」

「あ、えっとですね……今日はダンジョンへ行こうかと。その前にですね……」

 

 ベルは、自分がこの迷宮都市に来て間が無く、怪物祭について知らないことを話した。そして、どんなものなのか教えてほしいと。

 すると彼女は親切に教えてくれる。

 怪物祭は【ガネーシャ・ファミリア】主催で、今の春先の時期に毎年行われるお祭り。闘技場を一日貸し切り、そこでダンジョンから連れて来たモンスターを調教(テイム)する。暴れるモンスターたちと冒険者兼調教師らが格闘してそれらを大人しくするまでの状況すべてを、闘技場へ見に来た人々へ見世物としているとのこと。

 怪物祭の中心会場となる闘技場に繋がる東のメインストリートは最も賑わうらしい。

 その細かい話まで聞いているとあっという間に20分近く経ってしまった。

 少年は時間を取らせたと謝ると、改めてダンジョン行きを告げる。しかし。

 

「ダンジョンに行くのはいいけど、今日ギルドは怪物祭の為に、換金作業は基本お休みよ」

「えっ、そうなんですか?」

 

 さすがに人手が必要らしく、エイナさんも今日一杯忙しいらしい。しかし、ベルは神様に喜んでもらうためにと、やはりダンジョン行きを選んだ。

 ベルがじゃあと言いかけた時に、別の職員がエイナへ声を掛けてくる。

 

「エイナ、悪いんだけどこの伝票を祭りの飲み物の件で、酒場『豊饒の女主人』まで渡して来て欲しいんだけど」

「えっ、私もこの後別の所に行かないといけないんだけれど……」

「困ったわね、そこそこ急ぎなんだけどな」

 

 エイナ達の困った顔を見たベルは聞いてみる。

 

「あの、僕で良かったら行って来ましょうか? 渡すだけなら今から行って来ますけど?」

「えっと……いいかな?」

 

 エイナの確認に同僚の職員も頷く。

 ベルは伝票の入った封筒を受け取る。

 

「じゃあ、終わったらエイナさんのいつもの窓口にメモでも置いておきますから、確認してくださいね」

「ゴメンね、ベル君」

 

 「いいえ」と言いつつ、ベルはギルド本部をあとにする。

 すると、出てすぐの摩天楼施設(バベル)を周回する広い広場を、西のメインストリートから小走りに結構な人ごみの合間を抜ける様に、後ろを括ったミニポニーな薄鈍(うすにび)色の髪を揺らして駆けて来る、いつものウエイトレス姿では無いワインレッドと白な私服が可愛いシルと出会う。

 

「あれ……シルさん? おはようございます」

「あ、おはようございます、ベルさん。ごめんなさい、お祭りでちょっと急いでるので、またお店で」

「あ……」

 

 伝票の件をと思ったが急いでそうな彼女を、ベルは東のメインストリートへと見送った。楽しみな表情をしていた彼女を、お店まで返すのは忍びないと。時間もまだ早いし、ダンジョンへはそれほど急いでるわけではないので、彼は西のメインストリートへ向き直ると、『豊饒の女主人』を目指した。

 店の近くまで来ると、その入口の扉からウエイトレス姿の女の子が飛び出して来た。

 

「アイツ、もうどこにも見えないニャ。あのおっちょこちょいめ……って白髪頭ニャ」

 

 ベルは目の前の猫耳なキャットピープルの子に、店員として見覚えがあるも名前は知らない。しかし彼女の慌てていた様子に訪ねていた。

 

「おはようございます。なにかあったんですか?」

「シルがこれを忘れていったニャ。アホニャ。店までサボってお祭りを見に行ったのにニャ」

 

 なかなか辛辣な言葉のあと、布袋状で口金が付いた『がま口財布』を見せられる。

 

「母ちゃんに土産を買ってくるとか言って出て行ったニャ。財布が無くては買えないニャ」

「……そうですね。一応、シルさんにはさっきギルドから出たところで会ったんですけど。随分急いでる感じでした」

 

 そこで、店の入口からもう一人出て来る。

 

「アーニャ、どこ……って、おはようございます、クラネルさん」

「おはようございます」

 

 礼儀正しい挨拶をウエイトレス姿の美しいエルフの娘がしてくれる。向こうは少年の名前を知っているらしい。美しさに頬が少し赤くなるが、ベルはこの子の名前も知らないので挨拶しか返せない。キャットピープルの子はアーニャという名前なのは分かったが。

 

「リュー、もう手遅れニャ。ここに来るときに、白髪頭がギルドから出たところで会ったそうニャ」

「でも、お祭りを楽しみにしていたのに……あの子。……あのクラネルさん、頼まれてくれませんか、この財布をシルに渡してほしいのです。この店のスタッフは今日、特に忙しくてここを離れられないのです」

 

 そう言って、リューと呼ばれたエルフ耳な彼女はベルの手を取って懸命に頼んで来た。あの気難しいと聞くエルフの娘がである。優しいベルには無下に出来なかった。

 

「分かりました。東のメインストリートへ駆けていくのを見ましたからそっちを探してみます」

「はい。シルは怪物祭の催しを見に行ったので、その辺りに居ると思います」

「あ、その前にギルド本部から女将さんへ伝票を預かって来ましたので」

 

 そう言って、ベルらは一度店の中に入った。

 リューらとのシルの話も出しながら、女将さんに伝票を渡すと、「わかったよ、伝票わざわざありがとうよ。背中の荷物はウチに置いて行きな、楽だろう?」

 

 ベルは申し出を有り難く受けて、バックパックを上階へ置かせてもらうと店を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 時刻は朝の8時半を過ぎる。

 すでにメインストリートには、大勢の一般人も流れ始めていた。

 商店街は先程からすでにフル稼働を始めている。

 出店も普段は置かれていない通りのど真ん中にも並んでいて、両脇の繁華街の建物を始め頭上には紐に連なる色とりどりの旗が靡(なび)く。モンスターを表す凶悪な獅子と、【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムの2種類だ。

 迷宮都市の大部分が、祭り一色に染まり始めていた。

 そんな東メインストリートの入り口近くにある、内装が木目調の落ち着いた雰囲気の喫茶店。

 バベル周回路の一部と、通りの入り口付近が一望出来る上階の窓側席へ一人の女神が静かに座っている。その銀色の瞳は誰かを探す様に、ゆっくりと動いていた。

 

「……」

 

 そして何かから隠れるかのように、長い紺色のローブを羽織っている。

 しかし、フードを深くかぶりながらも引き寄せるかのように、店内から多くの視線を集めていた。

 自然に周囲を『魅了』してしまう『美の神』、フレイヤは今朝も摩天楼最上階から白髪の少年を見かけていた。だが今日はお祭りの日。

 偶にはと楽しみを求めて下へと降りて来ていた。

 

「いよー、待たせたか?」

 

 フレイヤは「いいえ」と否定しながら席へ迎える。相手は淡い赤髪の神ロキだ。

 『美の神』がここに座っていたのは、ロキからの呼び出しに応えた形でもある。

 挨拶に続いて、『神の宴』でのロキがヘスティアに乳語りでヘコまされ、その後『寝込んでいた』話になる。

 しかし、ロキはもう一人連れて来ていた。ロキの後ろに立ちっぱなしの少女。

 フレイヤは催促する。

 

「いつ、その子を紹介してくれるのかしら? 一応初対面なんだけど」

「紹介いるか? ……ウチのアイズや。アイズもフレイヤに挨拶はしとき」

「……初めまして」

 

 ヴァレンシュタインは、そう静かに挨拶をする。

 その白い肌に、金が髪と瞳に輝き、可憐で幻想的に美しい。

 一方で勇名はすでにオラリオを越えて世界に響いている女剣士。もちろんフレイヤも知るところである。

 そして――まだまだ底の見えない強さを秘めている。

 

「可愛い子ね。……なるほど、ロキが惚れ込む理由も分かるわ」

 

 ようやくロキに着席を促され、ヴァレンシュタインもロキの隣に座った。

 フレイヤは【剣姫】の帯同について尋ねる。

 ロキ曰く、「祭りやし、ラブラブデートを堪能するんじゃあ! この子は誰かが気を抜いてやらんと一生休みもせん」という。が、話半分でフレイヤは騙されない。

 『美の神』は更に聞く。

 

「そろそろ、私を呼び出した理由を教えてくれない?」

 

 ロキは「単に駄弁(ダベ)ろかなと」と返すが、「嘘ね」と薄笑いで問う。

 面倒くさくなったロキはニッと不敵に笑う。

 

「何やらかす気や?」

 

 【宴】への参加といい、最近の『美の神』に本能的な危険臭を覚えていたのだ。暴れるのは元々ロキの専売特許でもある。だが今は『下界』の生活に満足している。【ファミリア】の面々も協力状態にあり、多くが楽しみにもしているフィリア祭を掻きまわされたくないのだ。

 今日【剣姫】を連れているのも実はそういう事への対策だ。彼女一人で一級パーティ並みの戦力になる。

 

「フフッ、何を言ってるのかしら、ロキ」

「とぼけんな、アホゥ」

 

 話次第では叩き潰すぞと朱色の瞳は告げている。団長のフィンへも指示済みだ。都市最大【ファミリア】だろうが、都市の大部分の【ファミリア】全部を相手には出来まい。

 厄介なのはフレイヤの所の獣人(オッタル)だ。しかし、それも魔法等で一時的に【剣姫】を底上げすれば十分対抗できると考えている。

 二神の間に無言な神威が交錯する。気圧され、人々が店から逃げ出すほどの。

 だがフレイヤの少し緩い雰囲気からロキは、伸るか反るかの大規模な『遊び』ではない事に気付く。

 

「……男か?」

 

 それに答えず、フレイヤはフードの中の表情へ微笑を浮かべるのみ。

 ロキは呆れたように溜息を付いた。

 伸るか反るかは非常に『楽しい』が一発の大花火のようなもの。後が続かない。溜息は付いたが安心もする。

 

「で、他の【ファミリア】の子供を気に入ったちゅうわけか」

 

 彼女の悪癖……男癖の悪さは有名なのだ。

 そして『美の神』の魅了に見初められれば、『下界』の子たちにほぼ逃れる術はない。

 だが、相手の【ファミリア】によっては大きな諍(いさか)いになる可能性もある。

 例えば、ヴァレンシュタインを取られるなら、【ロキ・ファミリア】は集団で襲ってくるだろう。

 フレイヤがまだ大人しいのは、そんな色々と理由があるのかもしれない。

 ロキは、『美の神』の男神たちとの悪癖も詰(なじ)った。

 だがフレイヤは、涼しい顔で『多くの繋がりは融通を呼ぶ』と利点をあげた。

 その『趣味と実益』を兼ねる筋金入りの悪癖さに、「はぁ」と手を頭の後ろに組んで仰け反りつつロキは呆れる。

 しばらくの間、人々の楽しむ声を下に聞きつつ、快晴の空を二神は静かに眺める。

 

「で、どんなヤツ?」

 

 起き出し、ロキはテーブルに肩肘をついて野次馬根性丸出しで聞く。

 

「アンタがこんな周りくどいのはあんまりないから、変な気を使ったやんけ。教えてもらう権利くらいあるんちゃうか?」

 

 するとフレイヤには珍しく、銀の瞳がどこか遠い目をしている。

 

「まだ強くはないわ。少しの事で簡単に傷つき泣いてしまう子よ。その子が『神の恩恵』を受けた瞬間に……私が感じるほど綺麗な輝きが頭の中に見えたの。透き通っていた。あの子は――初めて見る輝く色を抱(いだ)いているわ」

 

 だから見惚れてしまったと。いつしか、そう言う彼女の声が微かに震えていた。

 

「だから……今は大切に『心を込めて』見守っているだけなの」

 

 そう静かに言った彼女の視線の先を、今、白髪紅目の少年は元気に駆け抜けて行った。それはギルド本部に寄った後の彼の姿であった。

 

「――」

 

 自然な雰囲気を残したまま、フレイヤの窓外へ向いていた銀の目線が食い入る様にそれを追う。少年は冒険者の防具を纏い、時折足を止め周囲を見回しながら闘技場の方へと向かっていく。

 『美の神』は、日頃から少年へ『心を込めて』贈るモノをいくつかの考えていたが、今日は『お祭り』に相応しいものにしてあげないと、とロキへ目線を戻して立ち上がる。

 

「ごめんなさい、急用を思い出したわ」

「はぁ?」

「また今度、会いましょう」

 

 ぽかんとするロキ。そのまま『美の神』が階段を降りるまでを見送った。

 一応もう、話から祭りも含め、【ロキ・ファミリア】へは余り影響はないようなので気が抜けた感がある。

 

「……なんや、アイツ。なぁ?」

 

 そう同意を求めたが、そのヴァレンシュタインは窓の外に目を向けたままだ。

 

「……? アイズ、どうしたん?」

「いえ……なにも」

 

 はっとして、ロキを見て答えたが、その直前に目で追っていたのは、あの白い髪の少年だった。

 

 

 

つづく




2015年06月26日 投稿

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