サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第十二話

 

 

  ノマドを肇とした闇の勢力は、時に魔界の住人たちだけでなく、魔界の生物を戦力として扱うこともある。

 

  人の世とは違う環境に於いて、当然異なる進化を遂げてきたそれらは、常識外れの力を有するものも少なくない。加えて昨今は遺伝子工学などの先端技術で、改造もしくは生み出された生物兵器の報告も上がり始めている。

 

  眼前のデカブツがどれに属するのかは、虚は興味はないが、その能力を知らないのは若干の不安材料ではある。

 

  それでも、命令されればやらねばならないのが下っ端である。

 

 

  「曽我、私が前に出るから」

 

 

  他の班員たちより前に出て、虚は手元に一つだけ残っている釵を弄ぶ。その様を、眼前の魔獣によく見えるように。

 

  魔獣にも、彼女の武器が先ほど自分の手を貫いた物と同じ物だと理解するだけの知性はあったようで、その注意を完全に虚に注がれる。剥き出しの怒りが彼女に集中する。今この瞬間、魔獣の、他の班員への注意は薄れたということでもある。

 

  魔獣は上半身を地に伏せ、下半身の方が高い、四足獣が獲物に跳びかかろうという構えを見せた。だがすぐに攻めかかることはなく、その姿勢のまま牙を剥き、低く唸り威嚇する。

 

  存外高い知性の片鱗を見せる魔獣の様子に、虚は出来ればどれ程のものか見れた方がいいだろうと考えた。そして幸いと言っていいのか悪いのか、相手はそれを理解するだけの知性があった。

 

  虚は空いてる左手で棒手裏剣を魔獣の顔面めがけて投擲。捻りのない攻撃に、魔獣はそれを払い落とす。そして背を向け一目散。他の班員たちもそれに続き、その後ろを魔獣が追う。そしてターレットの銃撃を避けた丁字路に滑り込むように飛び込む。虚以外は反対側の通路に身を躱し、魔獣は虚だけに注意を向け、他はその隙に奥に向かう。

 

 

  「お前は残れよ、曽我」

 

 

  ちゃっかり班員たちに着いていこうとした紅羽に釘を刺し、結果的に前後で魔獣を挟み撃ちする形になる。

 

 

  「あ~、勿論。逃げようなんてしてないよ」

 

 

  バツの悪そうにそう言う紅羽。無論虚はそれを信じはしないが、言っても仕方がない。

 

 

  「私に殺されたくなければしっかりやりなさい」

 

 

  「イエス、マム」

 

 

  そも紅羽から見た虚がどうなのかはさておき、虚から見た紅羽は今回の班員の中で一番裏がなさそうだからに過ぎない。それでさえ数回話をしたことがある程度、消去法に近い。仮に一つだけポジティブな理由があるなら、それは一度だけとは言え虚が、この戦いの前に直接その動きを見たことがあるということか。

 

  兎も角、幸い他の目は離れた。

 

  只でさえ姉の一件で低い自分の評価。それを更に下げずに肉壁候補を残せただけ良しと考えた。

 

 

  「挟んで殺す、合わせろ!」

 

 

  「時間稼ぎでいいって言ったのに!?」

 

 

  重心を下げて駆け出す虚に、口答えしながらもしっかり行動は合わせる紅羽。突っ込んできた虚に四足獣のような動きで跳びかかる魔獣を虚がスライディングで躱すと、空振りした魔獣の背に向かって紅羽は苦無を放つ。しかしそれに対応して魔獣は尾をぶつけ、尾の背にある甲羅状の組織で弾き落す。

 

  振り返り、次は紅羽に跳びかかるために魔獣は身を屈めようとする。だがその動きに合わせて、スライディング中に釵でブレーキしてうまく魔獣の足元に留まっていた虚が逆立ちの要領でその顎を蹴り上げる。

 

  仰け反る魔獣から、蹴り上げた反動のままに距離をとる。

 

 

  「時間かけた方が多分死ぬ」

 

 

  「そんなに?」

 

 

  「そんなに」

 

 

  自分の横まで跳んできた虚の言葉に、紅羽はうんざりとした表情を見せる。少なくとも紅羽は虚を自分より上の実力者と認識している。彼女が言うのなら、簡単な相手ではないのだろう。

 

 

  「まあ、あんたは好きに動け。こっちでうまく合わせるから、無理に私に合わせる必要ない」

 

 

  そもそも虚と紅羽の間にちゃんとした連携を可能にするほど付き合いはない。ならばアサギや不知火といった明らかな格上と組み、相手に合わせることに慣れている虚がアドリブで合わせた方が現実的だと判断した。それでも前に出るのは虚の方であるが。

 

  虚は釵を逆手に、釵の間合いを隠すように持ち、いつものしゃがみ込むような姿勢をとる。

 

 

  「やって」

 

 

  紅羽に苦無を投擲させ、魔獣がそれを払ったのに合わせて跳びこむ。額の角の付け根を狙っての跳び蹴り。重い金属の靴底の齎す威力は、人の顎を粉砕するに十分な威力を有する。だが相手の魔獣はやはりよろめく程度にしか見えない。四足獣らしい、首の頑丈さも備えているようだ。

 

  これがアサギなどなら簡単に首を落とすくらいするのだろうな、と虚は若干の苛立ちを覚える。早めに殺さなければ、地力の差が出て不利になるのは確実なのだ。高いとは言え獣の域を出ない知能と数の差で互角に渡り合っているに過ぎない。

 

  自ら前に出て、紅羽による背後からの援護をこれまでの短い時間の観察だけで予測し、これに合わせて動き続ける虚。他人に合わせて戦うことは得意ではあった。何せ今までの戦いは、ほぼ全て味方という名の監視と共にあった。常に闇討ちの可能性の含まれる中で、僅かな間の観察と気配察知によって例え背後からであったとしても、ある程度の実力者までなら動きを予測して合わせることも十分に可能となっていた。紅羽の忍術への理解など完全に把握できているわけではないが、この場に限ればうまくやれている。

 

  とは言え、その上で互角なのだ。二人のどちらかの集中力が乱れれば、すぐにこの均衡は崩れる。となれば危険を冒してでも今すぐに仕留めに掛からねばなるまい。

 

 

  「曽我!目だ!」

 

 

  虚の指示に、紅羽は魔獣の目に向けて苦無を投擲する。それまでそうであり続けたように、当然の如くそれは魔獣が翳した腕に防がれる。だが、魔獣の動きもまた、何度も繰り返してきた捻りのないもの。その手の位置によって作られる死角の範囲を、虚は把握していた。

 

  低い姿勢で駆け寄り、首周りの毛を引っ掴みながら、乗っかるように背に回る。そして籠手の手首の小さな穴に差し込んでいた、反対の手の人差し指を引き抜く。

 

  指の先から生えているかのように繋がっている極細の糸。それを一連の動きの中で魔獣の首に引っ掛けていた。そして魔獣の項にあたる部分を踏みつけ体を仰け反らせながら糸を引く。

 

  瞬間、魔獣の首から吹き出る大量の血。典田の作品である、虚の籠手には高い剛性と切断性を持つ糸を出すギミックが施されているのだ。対魔忍に於いて戦闘ではなく武具作成に秀でた一族の手によって、魔界の蜘蛛型妖魔の糸を参考に開発された、蛋白性の液体。空気に触れることで固体化し、籠手からの出口の細さの糸となる。

 

  まるでアメコミ蜘蛛男みたいだと虚は思ったが、実態はそこまで便利なものではない。固体化後は粘着性がないので拘束や移動道具としての機能はなく、液体状態では逆に高すぎる粘着性で目標に射出という訳にもいかない。そして何より空気との接触による劣化が凄まじく、実用的な強度を維持できるのが僅か十秒にも満たないためトラップにも使えない。

 

  それでも人間の体を骨ごと切断できる代物である。隠し手の切り札としては価値がある。だから今回も魔獣の首を刎ね飛ばす心算の攻撃だった。だがその攻撃は魔獣の首の骨で止まる。

 

 

  「ちっ!?」

 

 

  そのため痛みにもがく魔獣の動きに虚はバランスを崩す。更に魔獣の血によるものか、想定より早く虚の糸が劣化して千切れ、その背から振り落とされる。これまでの戦いで疲労が蓄積されてきた彼女は、体勢を立て直すのが一瞬遅れてしまった。

 

  食道と気道を切り裂かれた魔獣が痛みと苦しさに悶え、やみくもに体を捩り狂う。その無軌道な動きはで振るわれた腕は偶然にも振り落とされた虚を壁に叩きつける格好になった。

 

  肺の中身を無理矢理吐き出される。咄嗟に右腕を体と魔獣の間に差し込んで直撃は防いだが、それでも魔獣の膂力は凄まじく。

 

 

  「甲河さん!」

 

 

  叩きつけられたままに倒れ込んで動かない虚に、紅羽はすぐさま駆け寄って抱きかかえて魔獣から距離をとる。

 

  魔獣の方にそれを追撃する余裕はない。通常の動物なら確実にその首が胴体と泣き別れする筈の傷である。彼女たちにとって幸いなことは、対峙した魔獣の体の造りが尋常の生物の範疇にあったことである。結果として致命傷を受けた魔獣は、されどその強靭な生命力によってすぐさま死ぬこともできず、斬られた激痛と呼吸を断たれた苦しみにのたうち回る。お陰で彼女たちが追撃を受けることもなく、この場を離れる余裕ができた。

 

 

  「このまま上に戻る。胸の骨を痛めたっぽい」

 

 

  呼吸の度に鈍い痛みが走る胸を押さえ、虚は紅羽に告げる。少なくとも今の虚は戦力として心許ない。まだ先の魔獣と同等の敵が潜んでいる可能性を考えると、虚はこの場に留まりたくはなかった。 

 

 

  「う~ん、しょうがないかな」

 

 

  班のメンバーと合流しないことに対する不安もあったが、それでも紅羽は虚に同意した。虚に肩を貸し、来た道を戻ろうとする。未熟な自分では負傷した人間を連れて上手くやる自信はなかった。一旦地上に戻って管制から指示を貰いたかった。

 

  虚は呼吸を可能な限りゆっくりとすることで痛みを鎮める。鼻の利く紅羽が先導するが、すぐに二人の足が止まることになる。

 

 

  「怪獣大決戦かよ……」

 

 

  増設エリアを抜け、本来の地下街エリアに戻ってきた二人の目の前に現れた光景。

 

  怪力無双の対魔忍、大戦斧を振り回す八津 紫。両手に盾を構え、弾丸のように暴れまわる顔の上半分を覆う覆面の蛇神族の女。

 

  漸くたどり着いた広間で二人は縦横無尽に暴れまわり、周囲の壁や柱をも粉砕していっている。

 

 

  「ここ通っていくの?」

 

 

  紅羽の問い。

 

  幸い、紫もその相手をしている蛇神族、セラステスも二人の存在には気付いていない。

 

 

  「無理、死にそう。っつか死ぬ」

 

 

  その破壊の嵐の内を通り抜けようなどという気が起きるほど、虚は無謀ではなかった。

 

  仕方ない、と巻き込まれる前に別ルートを探そうか、それとも奥に隠れて怪獣大決戦が終了するまでやり過ごすか。少し悩んでいた所、二人は無理にでも元の通路の奥に逃げ戻ることになった。

 

 

  「ぶっ飛べ対魔忍!」

 

 

  セラステスが両手の盾を合わせて一つにする。戦闘機に描かれるようなノーズペイントを連想させる顔のような絵図が現れる。そして五メートルはあろう長大な蛇の下半身をくねらせ、砲弾のように紫へと突撃する。

 

  それを紫は戦斧で受け止めるが、セラステスの大質量を止めきれず、フロアの支柱の一本を粉砕する。

 

 

  「こっち飛んできた!?」

 

 

  そうして砕かれた柱が巨大な瓦礫となって、通路に飛び込んできた。

 

 

  「あんクソバカ力!」

 

 

  脱兎の如く通路の奥に逃げる二人。瓦礫は通路の入り口の大半を埋め、隙間こそあるがそれは人が通れる程のものではなかった。

 

  取り敢えず、怪我をせずに済んだことに安堵する紅羽。エントランスから帰るという方法は物理的に潰れてしまったので、班員たちと合流しようと虚へと顔を向ける。彼女は背負っていた可変弓を展開していた。

 

 

  「ちょっ、何を!?」

 

 

  鏃の部分を爆弾に換装した矢を番え、瓦礫の僅かな隙間を狙って放つ。矢は瓦礫の向こう側に消えていき、すぐに爆発音が響いた。

 

  瓦礫の向こうで響く二人分の叫び声。

 

 

  「私は八津紫に火力支援したんだ。そうだろ?」

 

 

  「……そっすね」

 

 

  虚の攻撃が確実に紫を巻き添えにする心算で放たれたのは紅羽にも明らかだったが、敢えてそれを口にすることもなかった。どうせ、彼女の忍術もあって死にはしないことは明らかだったので、虚の苛立ちが飛び火してくる可能性は避けたかったのだ。

 

  ついでに言えば紅羽自身危険に晒された怒りというのは勿論あったが。

 

 

 

 

 

  対魔忍による襲撃に対し、誰もが反撃に出ているわけではない。それはその者たちが惰弱であったり、臆病だったりということとは違う。無論そういう者たちもいるが、そもそもカオスアリーナには非戦闘員も多くいる。

 

 

  「そっちの資料はいい!それより向こうの臨床データを急げ!そんなこと言わなくても分かれよ!重要度の違いも判断できないなんて何のための脳みそだ!」

 

 

  カオスアリーナに設置された個人ラボの一つ。その主であり、撤収作業の指揮を執っている男もそういった非戦闘員である。

 

  ノマドに於いて、狂気の魔科医として悪名高いフェルストの高弟として高い地位にある。

 

  魔界由来の、医療や人体改造などを扱う技術者を総じて魔科医と呼ぶ。この男、桐生(きりゅう) 佐馬斗(さまと)も天才と評するに相応しい技量と才覚を持っているが、傲慢且つ短気な人格もあって身内に敵が多い。

 

  そんな彼だが、部下は割と有能な人材がそろっていた。佐馬斗の人望、などでは全くなく、ノマド内でエリートとして出世が早く、吸える甘い蜜が多いからである。

 

  持てるだけの荷物を部下たちに持たせ、佐馬斗たちは部屋を後にする。向かう先はより地下に。一部の幹部のみに知らされている脱出路へと。

 

  荷物運びを除き、武装した護衛が先行して通路の安全を確認する。幹部の護衛を任されるだけあり、比較的優秀な者たちで編成された護衛たちは油断なく四方に注意を向ける。

 

  訓練された兵士たちは四方を警戒し、佐馬斗を護送する。だがそれを無駄にする事態。

 

  先導する数人の警戒の埒外、突如崩れ落ちる天井。

 

  落ちてくる瓦礫と、その原因となった超質量の蹂躙によって、その能力を発揮する機会さえなく押しつぶされた兵士たち。

 

  砲弾のような衝撃、次いで暴風のような質量の暴走。金属の盾と十メートル近い大蛇の体躯。それは周りの壁などを破壊しながら駆け去っていく。

 

 

  「おい!なに勝手に死んでんだよ!お前たちの仕事は俺を脱出させることだろ!?無責任だろ、役立たずども!」

 

 

  轢き潰された部下たちを悲しむでもなく、役割をこなす前にこの世から退場したことに対して、ヒステリックに喚き散らす佐馬斗。自身を中心に世界が回っている彼に、他者に対する労りや憐憫は微塵もない。

 

  そんな彼の前に、先の怪物が作った天井の穴から落ちてくる人影が一つ。巨大な戦斧を持った、長髪の対魔忍。体のあちこちに傷を作り、痛みで表情を歪めている。だが、その傷はすぐさま復元され、スーツにだけ傷が残る。

 

  傷が消えた対魔忍は、佐馬斗たちに気が付き、立ち上がり彼らと相対する。

 

  佐馬斗は目を奪われた。目の前の女の美しさとその生命力に。

 

  この日、桐生 佐馬斗は運命と出会った。

 

 

 

 

  ……なんてことになってたりするんかな、今頃。まあ、そうだとしてもすぐに首チョンパされるんだけどな、あの白衣。

 

 

  「ん?なんか言いました?」

 

 

  前を歩かせている曽我が振り返る。

 

 

  「別に、それより索敵はしっかりやれよ」

 

 

  早く同じ班の、それがだめでもせめて誰かしら味方と合流しないと。打ったあばらや腕だけでなく、気付かないうちにぶつけたのか左目がひどくズキズキする。

 

  ああ、早く帰りたい。

 

  そのために、私は曽我の後ろをついていく。このカオス・アリーナの地下をより深くに。

 

 

 

  後書き

 

  台風の影響で大分温度が下がってきた今日この頃、皆様お久しぶりです。どうも、郭尭です。

 

  長らくお待たせして申し訳ありませんでした。魔獣との戦闘シーンで行き詰まり、その後新しい就職先に慣れるまで時間も取れず、そのまま文に触れる機会が減っていったわけで。

 

  兎も角、今後も少しづつ書き続けていこうと思います。それではまた次回、お会いしましょう。

 

 


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