サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第十話

 

  ジクジクと、ズクズクと。

 

  自分の奥のどこかに酷く淀んだものが溜まり続けている。吐き出す場所を見つけられないまま、流れ込む元だけが次々と増えていく。

 

  人が一時の愉しみを得る為に作られた、無数の娯楽作品の一つ。あまり一般的とは言えないジャンルの中では、一定の知名度を持っている作品。そんな自分の知っている作品の世界に生まれ変わったからなのか、それとも生まれ変わったという時点で全てが決定的だったのか、兎に角世界の全てが嘘っぽく感じられて仕方がない。

 

  事実、ここは嘘の世界だ。少なくとも私にとっては。所詮はフィクションの中。風景に、出来事に、人間に。掛けられる言葉も、向けられる感情も、自分に対するものなのに、そうだと感じられなくて。

 

  この世界では姉がいた。物心がつく頃に徐々に蘇ってきた前世の記憶と自我、私が私として確立した時には既に姉がいるという事実は私の中に浸透していた。この世界の重要キャラクター、甲河 朧という姉が。

 

  朧は立場としては血の繋がった姉であると同時に、父親に次ぐ師でもあった。朧は熱心に指導してくれていたが、今でも私は彼女を家族と思っていない。私が知っている朧という人物と、実際眼前にした彼女の違いが大きすぎた事への疑問の方が前に来ていて、彼女と人並みの姉妹関係に至る事すらなかった。

 

  結局の所、確かなものが何も見つからず、そしてこんな嘘の世界に存在する自分さえ、果たして本物かどうか。

 

  私の中に溜まり続ける苛立ちの疑問。苛立ちは怒りに繋がり、疑問は恐怖に繋がる。だけど私の中の非現実感が自分の感情さえ猜疑の対象となり、怒りとして、恐怖として、昇華され消費されることもなく、ただただ蓄積されていく。

 

 

 

 

  東京キングダムと呼ばれる人工島は正規の手続きを経て建造された人工島である。島内の建造物も基本的にちゃんとした届出が提出されて建てられている。

 

  諸々の理由で開発計画が頓挫し、政府の管理が届かなくなって以降の建造物以外は、探せば建設計画書などの資料がある程度保存されている。

 

  魔界からの勢力の一つであり、現在の東京キングダムの大部分を掌握しているノマド。彼らがカオス・アリーナとして使用していた建造物群も大凡の計画書が残されている。巨大地下街で繋がった複数の高層ビルで構成される複合商業施設。東京の建造物で例えるならば池袋のサンシャインシティを更に大規模化したものと考えれば大凡正しいだろう。

 

  そんなド級の施設の計画書と、アサギの証言から制作された見取り図。地上部分はアサギが行く機会がなかったため、どうなっているかは定かではない。地下も彼女の記憶にある部分は限られている。分かっている部分の方がはるかに少ないという、本当にないよりマシだとしか言えない代物である。

 

  計画書に添付されている完成予定図を、アサギの証言から判明した変更点を上書きしただけなので、突入するカオス・アリーナ突入組にとっては手探りに近い探索を余儀なくされることになる。

 

  故に、陽動組がカオス・アリーナからどれだけの敵を釣りだせるのか、それが突入組の生存性に多大な影響を及ぼす。何せ正確な情報に不足している状況下で敵陣深くに斬りこまねばならないのだ。単純な敵戦力の他に、科学的、超常的トラップ、常に精神を擦り減らせながらの戦いを強いられることとなる。

 

  そういったこともあり、陽動組はあかたもカオス・アリーナの建造物群周辺で銃声や悲鳴が続いている。

 

  そんな中、一人の対魔忍を追う一団があった。

 

  闇の勢力は、表の世界に対してはその存在を秘匿されている。これは魔族という常識の埒外の存在が一般に明らかになった場合の混乱を避けるためであり、この一点に於いては各国政府などと闇の勢力、双方にとっての暗黙の了解が出来上がっている。

 

  だがここ東京キングダムは、人間界に於ける闇の勢力の領域。そんなことを気にせず大っぴらに魔族を投入できる。

 

  この一団をはじめ、オークと呼ばれる人外の存在が大々的に投入されているのにはそういった理由がある。

 

  さて、オークは言葉を話し、文明の利器を利用することができるなど、その知能は人間に近いレベルにある。だが全体的に粗野で欲望に忠実である。そのため上がどのように命令を言い聞かせても、暴走の危険はなくならない。彼らの一団も御多分に漏れず、後退を始めた対魔忍の一団を、持ち場の防衛という命令をやぶって追撃していた。

 

  彼らに追われているのは男好きする豊満な女性。金髪のロングヘアをツインテールに纏め、眼鏡をかけている。彼女の振う武器は鞭。だが彼女の繰り出す攻撃に、オークたちは然程怯む様子もなく追いすがっていく。

 

  前線に出るような対魔忍ならばその実力は、悉く常人の及ぶものではない。この金髪の女性も同様であり、その鞭捌きは敵の皮膚を割り、肉を裂く威力がある。だがオークたちはそれを恐れた様子はない。

 

  元来殺すことを目的に作られていない鞭は、どれほど威力があろうとそれは肉体の表層を傷付け痛みを与える物である。或いは先端に色々と括り付けることでその性質を変えることは可能だが、彼女の持っている鞭はその手合いではない。

 

  そして女性を捉えた後のお楽しみを考えれば、つまり欲望の暴走と熊並みの打たれ強さも相まって、ポテンシャル以上の能力を発揮している。……仕事をこなす、と言えない辺り慰めにもならないが。

 

  兎も角、オークたちの一団は多少の流血を伴いながらも、対魔忍の女性を追い、近くにあるビルの一つに突入する。やがて彼女はビルの一室にこもる。

 

  本来はオフィスビルとして使われていた、もしくは使われる予定だったのだろう、そういう間取り。部屋の中にも長らく手入れされていないだろう机が幾つも放置されている。椅子が見当たらない辺り、恐らくは運び入れの作業が中途半端なタイミングで放棄されたのだろう。

 

  その奥に、机の一つに体を屈めて隠れる女性。オークたちは彼女の位置を見失い、だが部屋にいることは確信し、銃を構えゆっくりと部屋へと踏み入っていく。最早逃げ道はない。虱潰しにして、その後は楽しみが待っていると信じて疑わない。

 

  仮にこの一団の誰かが、この部屋に違和感を感じられたならば、或いは逃げ出せた者もいたかも知れない。

 

  部屋に僅かにそよぐ風、そして花弁と香り。だが、風に気付く細心さは元よりなく、花弁を視界に入れても気にする冷静さもない。そして香りは自分たちの流した血の匂いによって嗅覚に届くことさえなく。

 

  何人かのオークが唐突に倒れこむ。倒れなかったオークも、漸く自分たちの体の異変に気付く。

 

  四肢に力が入らず、深い呼吸ができない。理屈は分からないが、自分たちが罠にかかったのだと言うことだけは理解できた。

 

  兎に角逃げなければならない。力の入らない身体ではあの女を弄ぶどころか、敵に襲われれば自分の身を守ることさえできない。

 

 

  「あら、もうお相手してくれないのかしら?」

 

 

  いつの間にか、身を隠していた金髪の対魔忍が姿を現していた。最早、隠れている必要はなくなったのだろう。手に持っている鞭も、今まで振っていたものではなく、まるで茨の蔦のような物になっている。これが本来の彼女の武器なのだろう。

 

 

  「手加減してお相手してあげてたら喜び勇んで追いかけてくれるなんて、ホント脳ミソの足りないおバカは楽ができて嫌いじゃないわ」

 

 

  そう言って金髪の対魔忍は茨の鞭を振う。その攻撃は、まだ動くことのできるオークのアキレス腱を狙い、茨の棘で腱を削ぎ取っていく。オークたちの野太い悲鳴に金髪の対魔忍は見下すような笑みを浮かべる。

 

  だがそんな言葉は彼らに届いていない。

 

  何にしてもこの場を生き残るのだ。生きていれば後はどうとでもなる。相手は一人。逃げようとしている仲間は数人。オークは打たれ強い。処理には時間が掛かるだろう。運悪く最初の一人に選ばれなければ、逃げられる目は充分ある、と。

 

  結論から言えば、そんな考えは甘い幻想に過ぎない。この場には、追い詰めたのではなく誘い込まれたのだ。ならば退路となる場所に、何もない筈があろうか。なんとか扉から這い出たオークたちの、目線の先に立っている人間の足。顔を挙げた先にはガスマスクを被った対魔忍たちの姿があった。

 

  各々の得物が振るわれ、オークたちは抵抗など出来ないままその命を刈り取られていった。

 

 

  「まるで毒ガスだな。効率的ではあるが、ぞっとしない」

 

 

  生きている敵がいないことを確認して、班の指揮官である男の対魔忍が呟いた。

 

 

  「そういう使い方が一番分かり易いのは否定しませんけど、それしかできない訳ではありませんよ」

 

 

  金髪の対魔忍は抗議というより軽口に近い口調でそう言う。

 

  彼女の忍術「花散る乱」は、木遁術に属する忍術で、植物を操る能力の一環で植物に含まれる成分の製造に優れている。今回は毒素の製造に使われたが、逆に治療に応用することもできる。使う側の発想によって性格の変わる術である。

 

  ともあれ、男はこの初陣の女対魔忍の慢心の見える態度に思うところがあった。とは言え、そうである理由を知っている彼としてはうまい諭し方も分からないため、口にすることもないが。

 

  懸念はさて置き、彼らの任務は概ね上手くいっている。彼らが敵を始末するほど、外郭の敵が手薄になり、突入組の侵入の難易度が下がるのだ。

 

 

  「それじゃあ、次を釣りに行きましょう。班長も、突入組の妹さんが心配でしょうしね?」

 

 

  「それがないとは言わないが、私情で動きはしない」

 

 

  彼、八津 九郎(やつ くろう)は、金髪の対魔忍と同じく今回初陣を迎える八津 紫の兄である。対魔の力を生まれ持っていなかったため、自衛軍のレンジャー部隊を経験したという稀有な経歴の持ち主である。訓練中の事故で視力を失った際に対魔の力に目覚め、軍を退役し対魔忍となった。

 

  彼とて対魔忍としては経験の浅い人間だが、任務の特性上連携の経験を積み辛い中、軍という連係プレーの重要視される所を経たという経歴を買われ班長任務に就いていた。

 

  九郎はマスクを外し、やや強面の素顔を晒す。両目を隠すサングラスのようなゴーグルが残っているため、完全な素顔でもないが。

 

 

  「俺のことはいい。とにかく次だ」

 

 

  「了解です。班長の妹さんが楽できるように頑張ります」

 

 

  目の見えない九郎だが、今の彼女の表情くらい見ずともわかる。得意になっているのが隠せていない笑顔だ。

 

  後に「花の静流」と呼ばれることになる高坂 静流(こうさか しずる)の初陣は順風なものとなった。

 

 

 

 

  カオス・アリーナへ直接侵入して攻撃を行う突撃組。その方法は班の編成や予定された侵入経路によって違う。

 

  十数個ある班の中で、取り分け派手に始まったのが虚の属する班であった。

 

 

  「それじゃ手筈通り、お願いね」

 

 

  班長である東雲 音亜の言葉に、虚は口の中に含んでいた兵糧丸を飲み込んで動き出す。

 

  鞄一杯に詰め込まれた手榴弾。カオス・アリーナとして使われている巨大地下街へと繋がるビルの一つ。そのエントランス前にバリケードを敷いている魔族の一団に向け、在庫処理かのような勢いでばらまかれていく。

 

  尚、前回の武器調達でスタングレネードが殆ど手に入らなかった代わりに多くの手榴弾が手に入ったが、置き場所に困りだしたので本人にとっては本当に在庫処理であったりする。

 

  さて置き、爆発物による分かり易い面制圧で敵の動きを阻害しその動きをコントロールすることができる。この攻撃も敵を打撃することではなく、敵の位置を誘導するためのものである。

 

  とは言え、虚にそこまで的確に集団の動きをコントロールするほどのスキルはない。にも拘らず、敵をうまく一か所に集めていっているのは、当然それを誘導している人間がいるからである。

 

 

  『次は右のバリケードの手前に落としてください』

 

 

  美濃部 エンジ、この班において最も爆発物に造詣の深い人物である。

 

  虚の使う装備の多くは米連の横流し品である。彼女の使う手榴弾も同様である。そして先の紛争で相対的に地位が下がったとは言え、腐っても世界最強の軍事組織で採用されている代物である。一定以上の本質と豊富な実践データを有する。エンジは正確にその性能を把握して、虚に指示を出し続ける。

 

  爆発に煽られ、何人かは破片で動けなくなっているが、多くは巧妙に一定のエリアに集められていく。

 

 

  『音亜さん、そろそろ……』

 

 

  『了解。じゃ、甲河さんは下がって。神村っさん、予定通りにね』

 

 

  エンジの意向が、班長である音亞を通して班員に通達される。虚はその場を離れようとし、付近の雑居ビルの一室に身を隠していた神村 舞華は窓からその身を晒す。

 

 

  「あいよ!吹っ飛びな!」

 

 

  肩に担いだ、バズーカ砲のような火砲を狭い範囲に集められた敵集団に向ける。

 

 

  「冥土バズーカ!ぶっ飛べ!」

 

 

  彼女の忍術、火遁「愚麗寧怒(グレネイド)」。凄まじくヤンキー臭漂うネーミングセンスと単純な爆発を起こすという火遁としては非常にスタンダードな術である。で、あるのに固有の名を与えられているのはその威力である。

 

  出力の制御が難しく、現在の舞華自身の制御ではどうやっても広範囲殲滅攻撃としかなり得ず、使い所が限られてしまう。そしてその威力を制御するために開発されたのが彼女の専用装備「冥土バズーカ(舞華命名)」である。

 

  実弾を装弾するなど、実弾兵器としての機能を持たず、純粋に舞華の火遁の出力、範囲、指向を操るだけの、完全な制御装置である。ために、技術的な価値はさて置き、他人には武器としての価値は皆無である。

 

  その冥土バズーカから発射されるバレーボール大の火球。それは敵陣の中央に着弾する。瞬間、強烈な衝撃とともにその体積からは想像もつかない巨大な火柱が上がる。火柱は敵を飲み込み、文字通りの火達磨ににしていく。

 

  この一撃によって、この場の敵はほぼ殲滅された。虚たちの班は突入の準備が整ったことになるのだが、

 

 

  「おい、時代遅れのスケバンモドキ。てめえわざとか」

 

 

  予定より強い威力で放たれた舞華の攻撃の余波により、吹っ飛ばされた虚は抗議の声を上げた。

 

 

  『ああ、悪いな。俺の愚麗寧怒は威力ありすぎてコントロール難しいんだわ。ま、忍術使えない奴には縁のない悩みか』

 

 

  「ああ、つまり専用に装備作ってもらったうえで扱いきれてないわけ。分不相応な力を持っちゃってかわいそうに」

 

 

  『ああん?喧嘩売ってんのか、こら!』

 

 

  舞華の嫌味に虚が皮肉で返し、二人は口喧嘩に突入しそうになる。

 

 

  『はいはい、作戦中に喧嘩しないの。舞華ちゃんも、そういうのは訓練中にやるものよ』

 

 

  『お、おう……』

 

 

  一応たしなめる音亜の言の、ついでのように発せられた一言に流石の舞華も頬を引き攣らせた。虚にもだが、通信の向こうで浮かべられているだろう薄ら笑いが容易に想像できた。

 

 

  『それじゃあ春馬君、先陣はお願いね』

 

 

  『承知した』

 

 

  そして露払いを終えた戦線に現れたのは寸鉄纏わぬ、下着に近い対魔忍スーツの姿の佐久 春馬。彼女の忍術は佐久の血筋に代々受け継がれる忍術、『対魔殻』。ここに合わせて形成される、対魔の力を固形化した完全密閉型の鎧を生み出し纏うものである。

 

  純粋な攻撃力と、装甲に留まらない各種攻撃に対する高い耐性。そしてそれらが術者の動きを阻害することは一切ない。高い格闘術の技量も受け継いできた佐久の家系にとって、これほど相性の良い術は他にあるまい。

 

 

  『対魔殻、夜叉髑髏!』

 

 

  先陣を切り、春馬は突貫する。彼女の後を追うように他の班員たちも駆ける。

 

 

  「覚悟完了、と強殖装甲、どっちだろうね」

 

 

  カオス・アリーナ、充分と言い難い状況で強行されたこの戦い。虎穴に他ならない。それでも虚は恐怖を抱くことができないでいた。

 

 

  「紅羽、あんた何もしてないんだからアレと一緒に突貫してきなよ」

 

 

  『無茶言わないでよ!死んじゃうって』

 

 

 

 

 






  後書き

  梅雨なのに雨が少なく、水不足が心配な今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?そうも、郭尭です。

  今回はだいぶ遅れて申し訳ありません。言い訳させてもらえば、自分のパソコンが壊れてしまい、新しいのを買うのに時間がかかってしまいました。

  さて、今回は主人公あんまり出番ありませんでしたが、次回から本格的に戦闘になります。あまり活躍を見せる機会が少ないキャラも出るでしょうが、できる限り出番は作る予定です。

  後、虚の性格で色々ご意見が出ていますが、ぶっちゃけ対魔忍のキャラで性格に難のないキャラがどれ程いるいるのか、と思って意図的にアレな部分を作っています。なので不愉快にさせたらやりすぎたかもですが、善人に見えない、素直に応援し辛い感じになっていれば意図した通りです。

  それでは今回はこの辺で。また次回お会いしましょう。

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