サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実 作:郭尭
対魔忍にとって過去最大規模と呼んでもいい規模の人員が投入されるカオス・アリーナ襲撃作戦。その詳細は、そこから脱出してきた井河姉妹の提供してきた情報を元に作られた。
細かい情報に関しては決して周到とは言えないが、敵地の正確な位置、井河姉妹が脱出した際に把握した限りの見取。それらを頼りにすぐさまカオス・アリーナの強襲が決定されたのである。
決して充分な量の情報が出揃ったとは、間違っても言えない状況ではあるが、例えそうでも拙速に事を進める理由があった。
単純明快。居場所を特定されたノマドが次にどういった行動に出るか。
人員と設備を運び出して逃げ出すか、守りを固めて迎え撃つか。
ノマドがどちらを選択するにせよ、時間を与えるのは悪手である。そう、強く進言したのは他ならぬ井河アサギである。理由は、ノマドに情報を流している裏切り者の存在である。そこから敵に作戦の情報を流される前に事を決着させたかったのである。
そういった上層部の事情はさて置いて、虚にとって重要なのは任務に参加するメンバーである。
虚の任務は、基本的に不知火とのコンビで行ってきたが、今回は特別多くの戦力が動員されることもあり、臨時に班に分けられて行動することになっている。
大きくは、先んじてカオス・アリーナを攻撃する陽動組、内部に侵入しての掃討を行う突入組、そして逃げ出した敵を仕留める組に分けられる。虚は突入組に属する班に組み込まれ、不知火は陽動組で班を一つ率いることになった。
この三つの組の中で、最も強敵とぶつかり易いと想定されるのは突入組である。ために相対的に他の組より戦闘向きの対魔忍が配置されている。
虚が組み込まれた班もその点では例に漏れない実力者が選ばれている。少なくとも上層部はそう判断している。だが虚にとっては文句を垂れ流したくなるような陣容だった。
「殆どヒヨッコのお守りじゃん、これ」
内務省庁内の地下にある、各組ごとに割り当てられたミーティングルームで班の内約が発表された際、虚はそう口にした。
虚の属する班六人の内、四人がこの任務で初陣を迎える新人だったからである。だが、それは初仕事にして大仕事を前に意気込んでいる新人たちにとって、それこそ他の班の新人にも聞き捨てならないものだった。
「おう、ヒヨッコって誰のことだ、ええ?」
その言葉に反応したのは赤いロングヘアの対魔忍、神村 舞華(かみむら まいか)。
気の強さが滲み出ながらも歳からくる愛らしさを僅かに残した容貌を、怒りに歪ませている。虚が私服替わりに着ている、中学のセーラー服の襟を掴んで無理矢理立たせた。
「忍術も使えない七光りが調子に乗ってんじゃねえぞ」
周囲の人間からの虚のイメージは差が極端である。政治から遠い立場にある若年層にとっては、自分たちと同じくらいの歳で実戦に参加している、ある種のヒーローに見ている者もいる。対して不知火など、数少ない比較的親しい付き合いの人間からすれば、家の柵と政争に翻弄される哀れな少女である。
だが、最も多くを占めるのが、家の力で強者の後ろをついて回り、戦績を水増ししているいけ好かないお嬢様である。
対魔忍の、特に若手は総じて傲慢な部分がある。対魔の力と呼ばれる超常の力に目覚めた対魔忍は、魔に属する者たちに対して凄まじい攻撃力を発揮するだけでなく、純粋な身体能力も強化される。表の世界のトップアスリートを優に超える能力を容易に身に付くのだ。優越感を抱くことは理解できる。
また、仕事の都合上魔族だけでなく、人間を殺す必要も出ることがある。故に敢えてその辺りを矯正しないことで、他者を殺す罪悪感を薄める狙いもある。殺しに慣れる頃には、経験則的に分別も身に付くと。
結果、若い対魔忍は総じて無駄に血の気が多く、プラスして実力主義的な考えが広がっている。
そんな考え方が根底にある人間が、年功だけのガキにコケにされた、と感じた。反発が起きない訳がない。
事実、他班も含めた新人たちも、表情が虚の言葉に対する不快感が見て取れる。既に一度実力差を叩きこまれたことのある紅羽を除いて。
さて置き、格下と判断した相手を見下す、という意味では虚も割と似た傾向にある。というよりむしろ彼女の方がひどい。実力の劣る相手を見下すのではなく、他人を人としてすら認識していない。ゲームの世界の創作物「ごとき」でしかない。自分以外等しくモノ、つまり存在そのものが格下なのだ。加えて虚は舞華を、地力だけならともかく、勝てない相手とは見ていない。その程度の相手である。周りに聞える程度の声量で発したお守り発言も、その無自覚な発露である。
ために、舞華の振る舞いは、非常に虚を苛立たせるものだった。
虚は舞華の手を振り払うでなく、舞華の後頭部に手を回し、額と額がくっつくまで引き寄せる。
「なにガンくれてんのさ。教育必要?」
方向性は違えど、美少女と呼んで差し支えない二人だが、やっているのはチンピラのメンチの切りあいに近い。というより、やっているのがフード付きジャケットの下にセーラー服を着た虚と、黒いロングスカートと臍の見える丈のセーラー服の舞華である。チーマーVSスケバンに方が正解かも知れない。
一触即発な空気に、紅羽はどうしたものかと班長の立場にある、この場で再年長の人物に目を向けた。
肩に掛かる程度の、ふわりとした質感の、濃い紫の髪。細く開かれた眼と、貼り付けられた薄い笑みがうすら寒いものを見る者に与える。東雲 音亜(しののめ ねあ)、まだ若手と呼べる立場だが、確かな実力者として名を挙げつつある。
そんな彼女はどうやら睨み合う二人を仲裁する気はサラサラないようだ。うっすらと貼り付けた微笑を崩さず、事を見守る構えだった。他班の何割かも遠巻きにその様子を眺めるだけである。虚の言葉が、ミーティングそのものは終わってからのタイミングだったために、話が阻害されることだけはなかったのが不幸中の幸いだろう。
睨み合う二人は周囲の目など気にまるで気にせず、既にいつでも攻撃に移れる状態になっていた。虚はポケットからバタフライナイフを手にしており、舞華も裾からリリアン棒を取出し、一瞬小さく「やべっ」と呟き戻して警棒を取り出している。
そんな二人を止めるために、ようやく動き出した人間がいた。
三つ編みに纏めたボリューミーな、黒に近い紫の髪。眼鏡をかけた大人しめな容貌。そして容貌と裏腹に自己主張する巨乳。舞華と同じく初陣を迎える、美濃部エンジ。
流石にこれ以上は任務に差し支えると考えてのことだった。だが、正しい行動も相手を見なければならない。
「「あ゛?」」
苛立ちを隠そうともしない舞華の怒りの形相と、感情が読み取れないのに威圧感だけはある虚の冷えた目線。
「ひぇっ、その、ごめんなさい」
一切間違っていないのに、つい謝ってしまうエンジ。見た目はヤンキーとチーマーでも、振りまかれている威圧感は比べ物にならない。すぐさま退散しようとしたエンジは、しかし誤って近くの椅子にぶつかってしまう。
ガタン、と。
その音を切っ掛けに、虚と舞華は動き出す。舞華が警棒を振り上げ、虚はナイフを振うために腕を動かす。相手の脳天と喉笛。致命の部位を狙った一撃、されど互いに届くことはなかった。
「いい加減にしろ。これ以上は冗談では済まないぞ」
女性としては長身に属する身長と、エンジにこそ劣るが豊満と呼べる胸。だがやや男性的な容貌。
佐久 春馬(さく はるま)。無手に限れば、恐らく班の中では最も秀でているだろう人物でもある。
何時の間にか近づいていた春馬は、武器を振う二人の肩に手を当てていた。込められた力は僅かだが、確かに二人の動きを鈍らせる。この時点で二人は腕を止めた。振り切った所で、落ちた速度では確実に当たらないからだ。どうせ、避けられる。
だが、これで二人の苛立ちは邪魔をした春馬に向けられることになった。流血沙汰こそ免れたが、今度は三人の睨み合いとなった。エンジのように、気圧された様子はない。結果、三つ巴の状況となり、端から喧嘩まで発展させる気のない春馬だけでなく、虚や舞華も迂闊に手を出せない状況となった。基本的に状況はかえってややこしくなっただけである。
そして、この膠着を破ったのは、この班の外部の人間だった。
「こら、いい加減にしなさい!」
虚と舞華の頭に振り下ろされる拳骨。互いに殺せる会心の一撃を狙っていた二人はそれに反応できずにもろに受けてしまった。
「っつ!」
「いってぇ!?何すん……あ、不知火様」
脳天に響いた痛みに虚は下手人を睨み付け、舞華は怒鳴ろうとして相手が誰なのかに気付く。
「もう、ミーティング、終わったみたいなのにいつまでも出てこないと思ったら。ダメでしょ、後輩を苛めてちゃ。舞華ちゃんも年下相手に大人げないわよ」
虚たちとは違う組に配属された、虚の相方、水城 不知火であった。
「配置に着く前に渡しておきたい物があったから来てみれば。東雲さん、遊びが過ぎますよ?」
不知火は腰に腕を当て、虚の班の班長である音亜を半目で見やる。たいして音亜は悪びれた様子もなく、変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべている。
「不知火さんは過保護だと思いますよ?こういうのは後腐れなくした方がいいんです」
不知火は音亜とは、仕事を含めて余り関わりを持っていない。実力はあるが性格的に癖のある人物だという噂くらいは知っていたが、成程普通ではないと思った。
「他に用事がないのなら虚ちゃん借りていきたいんだけど」
不知火の言葉に音亜は頷いた。
「はい、じゃ、仲直りしてからね。虚ちゃんは神村さんに、ごめんなさい、ね」
まるで大人が子供を諭すような言葉と態度。まあ、虚の年齢を鑑みれば子供ではあるが、それでも子供扱いが過ぎる。どうにも、自身のや秋山家の子供たちに対するものと同じに扱っている節がある。
虚からすれば不満のある扱いであるし、何よりも舞香に謝る必要性が感じられなかった。が、そんな思っている通りの対応をすれば七面倒な説教が待っているのを虚は知っている。嫌々ながら、頭を下げる虚。
そして舞華はある意味保護者付きの子供の謝罪を、例えそれが心の籠っていない物でも、受けない訳にはいかなかった。
同じ班になったヒヨッコとの喧嘩は、まあ私自身の言葉も一因ではあるのだろう。だけどまあ、あいつらなんかのために言った言葉を撤回する心算はなかった。ただまあ、不知火が来ちゃったわけで。面倒の方が御免だったので舞華に頭を下げておく。
それとは別に、私にも反省すべきところはあった。思ったことを撤回する心算がないのは変わらないけど、口に出すべきではなかった。班員ということは、いざという時の壁役に使える相手な訳で。
基本的に私は周りから敬遠される立場にある。私の無表情と性格、そして政治的立場のせいで。
表情と立場は仕方がない。少なくとも私に解決方法はない。性格の方は、これも厄介。もっと社交的であったほうが色々と都合が良いんだろう、というのは理解している。ただ、そう理解した上で、自分を変えようと言う気が微塵も起きないのは置いといて。
兎も角、自分から孤立を深める結果ような結果になってしまったのは、正直失策だった。
まあ、なってしまったものは仕方がない。仲直り、って気にもなれないから必要以上あのヤンキー女と関わらないようにしよう。
ついでに班長とかも喧嘩止める心算はなかったみたいだし、信用しない方がいいか、実家のいざこざ的な意味で。
さて置き、不知火に連れ出された私は廊下で何かが入った小さな巾着を渡された。
「これは?」
「虚ちゃんの友達の皆から預かったの」
何故か嬉しそうにそういう不知火。ってか、友達って言えるような相手に心当たりがないんだけど。
巾着を開けてみると、中は一センチ未満大の黒い丸い物。ニンジャレーション、兵糧丸か。いや、匂いからすれば変わり味噌玉か。
「あの子たち、まだ任務に参加させてもらえないから、せめてこうやって役に立ちたいって」
ああ、楪や蓮たちね。あれ、友達扱いだったんだ。本人たちも、周りからもそう見えるんなら、連中デビュー後は動かし易いかも知れないな。組む機会があればだけど。
私は一つ摘まんで、少しだけ齧る。しらすとか海苔と……まあ、その他色々。悪くないけど、ちょっとしょっぱいかな。
「まあ、小腹空いた時に頂きます。お礼言っといてもらえますか?」
そんなに会う機会が多い相手じゃないし、子供の相手は面倒くさいし。
「だ~め、そういうのはちゃんと自分で言いなさい」
「はぁ……」
なんか諭すような言われ方した。ちょっとイラっとしたけどさっきの今だ、我慢する。仕方ないので了解を伝えると何故か嬉しそうに微笑んだ。
まあ、次に会ったらその時に礼を言おう。ついでにできれば水渇丸(兵糧丸のガム版のようなもの)が良かったな。戦闘前に胃に入れずに済むし。
まあ、いいわ。さて、大仕事、生き残れりゃいいなぁ、っと。
ここ数年の中では花粉が大人しいと感じる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
今回は班員決定に割と迷いました。決戦アリーナがエロゲー本編とは違う世界線なので原作イベントがやや速足で起きているらしいのですが、それでも決戦アリーナの時期は五年以上は後かと仮定。で、決戦アリーナのキャラの年齢をデザインから推測して、五年前くらいに登場してもよさそうな年齢と外観のキャラを選んでいます。
今後、設定資料でこっちの年齢推察が間違っていても、出してしまったキャラはそのまま突っ切ります。
こういう意味では魔族キャラは制限緩いんですよね、年齢と外観が繋がらないので。
さて、敵はどう都合付けるかな。
それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。