兎が跳ねる!!   作:夜芝生

3 / 5
お気に入りと点数が凄まじい事に……マジかコレ。
本当にありがとうございます。


狸と兎と次なる任務

「では、こちらで暫しお待ち下さい」

 

 帝都に到着した翌日、アタシはザンクさんとは別行動し、エスデス様に告げられた第一の用件を済ませるべく、帝都の中央に鎮座する城にて皇帝陛下に謁見すべく控えの間で待機していたっス。

 謁見を希望する人間はかなりの数に及ぶみたいで、控えの間は老若男女様々な人達が待機しています。

 

 

ーーしかし、ほぼ全員に共通している特徴がありました。

 

 

 それは、権力、財産、名誉、肉欲……様々な欲望を求める、暗く澱んだ瞳と歪んだ笑み。

 様々な方法で大臣や、皇帝陛下、側近の大将軍……この国のトップに位置する者達と、彼らの下にいる権力者達に、様々な方法で取り入り、甘い汁を吸おうと画策する、有象無象の毒虫達の群れがそこにはいたっス。

 

 

 

……だからここにはあんまり来たく無いんスよねー。

 

 

 

 毒気に当てられて、こっちまで腐りそうっスよ……。

 しかもいくら今を時めくエスデス様も、序列で言ったら彼女も複数いる将軍の1人。

 その率いる軍のいち部隊長なんて末席も末席――火急の用件と伝えてもかなり後回しにされて、その分長い時間ここにいるんで余計不快に感じるっス。

 その上色んな香水とか体臭(これは主に丸々太ったおっさん達が原因っスね)が混じり合って……うえ、気分悪くなりそうっスよ。

 

 その最悪な空間から解放されたのは、約1時間後……名前を呼ばれる頃には、アタシは既に疲労困憊だったっス。

 

……でも、これからが本番ッスからね。

 

 ここで恥をかいたりしたら、それはエスデス様に連なる人達が恥を掻くという事になるっスからね。

 心の中で日頃お世話になっている人達を思い浮かべて気合を入れると、アタシは帝国の総本山たる場所へと足を踏み入れました。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 くるぶしまで沈むんじゃないかって位上質な生地製の赤絨毯を進むと、アタシはその途中で跪いたッス。

 

「――面を上げよ。遥か北の地より、遠路はるばるご苦労であった」

「はっ、お褒めに預かり、恐悦に御座います!!」

 

……あー、やっぱりこういう堅っ苦しい物言いは慣れないッスねー。

 とは言っても、まかり間違っていつもの調子で喋ろうもんなら、一発で無礼討ちかまされそうッスから、我慢我慢。

 心の中で愚痴りつつ、幼いながら威厳の篭った声に顔を上げると、階段の上に鎮座する豪華絢爛な玉座に座る、まだあどけなさの残る顔の少年がアタシを見下ろしていたッス。

 

 

 

――もしかしたらアタシより幼いんじゃないかって位のお歳のこの御方こそ、この帝国の頂点たる皇帝陛下。

 

 

 

 体格に似合わない、皇帝家に代々伝わる装束を身につけているせいで、何処と無くお遊戯めいた雰囲気を感じさせるッスが、そこから放たれる威厳とカリスマ性は凄まじいッス。

 あのエスデス様でさえ、確かな忠誠心を抱いているのを見ても、つくづくそれが本物だと感じさせます。

 

「して、火急の用件との事であるが、如何なる報告であるのか申してみよ」

「はっ!!」

 

 

 

 こういう時は、ハッタリを聞かせながら堂々と――。

 

 

 

 陛下の言葉に一礼すると、アタシは大きく息を吸ってから、あらん限りの大きな声で、アタシは高らかに報告したッス。

 

 

 

「北の地に到着後、我らが主、エスデス様率いる我軍は破竹の勢いで快進撃を続け、先日未明、とうとう北の異民族達の本拠を制圧致しました!!

敵の首魁たるヌマ・セイカはエスデス様が見事打ち取り……北の戦は、我ら帝国が完全勝利を飾りました!!」

 

 

 

――瞬間、玉座の間に控えていた諸侯達のどよめきが辺りに響き渡ったッス。

 

 

 

「――バカな!? つい先日出発したばかりだと言うのに……」

「話によれば、後一年はかかると言われていた筈だぞ!?」

「流石はエスデス将軍……鎧袖一触とはこの事か……」

「あれで帝国最年少の将軍なのだろう? 末恐ろしい事この上無いな……」

 

 

 

 畏怖と賞賛の入り混じったお偉いさんの言葉を聞いて、内心アタシは我が事のような嬉しさで一杯だったッス。

 如何に恐怖の対象のように扱われていたとしても、心から尊敬する人が賞賛されているのを喜ばない人間はいなッスからね。

 

「おお……それは真か!! 長く続いた北の異民族達の侵略にもようやく終止符が打てよう……大義である!!」

「陛下直々のお言葉、光栄の至り……話が主もお喜びになりましょう」

 

 そしてそれは皇帝陛下のお言葉で最高潮に達したッス。

 が――、

 

 

 

「やはりお前の助言通り、エスデスを彼の地に送り出した余の采配は、間違っていなかったという事だな、大臣?」

「ヌフフフフ……そうで御座いますよ、真に陛下は名君であらせられますなぁ」

 

 

 

……直後に玉座の後ろから響いて来た声に、完全に霧散させられました。

 

 

 

 現れたのは、太鼓のようにでっぷりと肥えた体を引き摺りながら、この世で最も尊いと言われる場所で傲岸不遜にも手にした肉の塊を食べ散らかす老人。

 たっぷりと蓄えられた髭が彩る口は、常に歯を剥き出しにしながら禍々しく弧を描き、細められた目の奥の光は、この世の全ての汚濁を集めたかのように淀んでいたっス。

 

 

 

――コイツこそが、帝国の腐敗の大元凶にして、皇帝を意のままに操り、権力を振るう佞臣の巨魁……大臣オネストッス。

 

 

 

「エスデス将軍のご活躍に、陛下も非常にお喜びです――今後もどうか、帝国の発展に寄与して頂きたいものですねぇ」

「……ありがとうございます」

 

 言葉こそ丁寧ッスが、その一言一言にはこちらを探るような毒が込められているッス。

 それに当てられて、思わず顔を顰めそうになりながら、アタシはどうにか頭を下げました。

 

「ヌフフフフ、帝国に仇なす者達を排除出来た事は誠に喜ばしい……是非エスデス将軍には華やかに凱旋して頂き、帝都の民達を鼓舞して頂きたいものですなぁ」

 

 来た――アタシは拳を一層強く握りしめ、流れ出そうになる冷や汗を必死に抑えたッス。

 何気ない一言に見えるッスけど、十中八九、これは次に主張すべき言葉への布石に違いありません。

 

 

 

「――勿論、その褒美として次なる獲物も用意してさしあげましょう。

エスデス将軍の血の滾りを鎮めるに相応しい相手ですよ、ヌフフフフ」

 

 

 

 そして、それはその通りだったッス――エスデス様が危惧していた通り、大臣は既に次なる相手を用意していたようッスね。

 

 

――でもっスね、確かにエスデス様は強い敵をこそ望んではいるッスけど、それを理由に外道共の走狗になるつもりなんて更々無いんスよこのクソ狸。

 

 

 内心で大臣に向かってアッカンベーしてやったッス……つまり、もうアタシの覚悟は完了済み!!。

 

 

 

 ここからが正念場ッスよ――!!

 

 

 

「――お言葉ではありますが、大臣閣下。

現在エスデス軍は各地に潜った残党の処理を行っており、それらの掃討が完了するまでは、帝都に戻るのは今暫くお待ち頂きたい……との言葉を、話が主、エスデス様から承っております」

「――――ほほう?」

 

 その言葉に、大臣の上機嫌な笑みが一瞬だけ固まり――同時に、奈落の穴のような眼光がアタシに向かって放たれたッス。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、アタシはまるで自分の足元が底無しの毒沼にはまり込んだかのような錯覚を覚えたっス。

 エスデス様の眼光が氷の刃とするならば、大臣のソレは、まるでこちらの心を見透かしながら、黒く染め上げようとする悪魔の吐息。

 

 

 ついさっきした筈の覚悟が、あっという間に折れそうになるのを感じます……ヤバい、膝が震えて来たッス。

 

 

「これはこれは、天下に名だたるエスデス軍にしては珍しい慎重っぷりですねぇ。

それに何より、あのエスデス将軍が、抵抗出来る程度(・・・・・・・)の敵を取り逃がすとは……これまた珍しい事です」

「…………っ」

 

 こちらを挑発するかのような言葉を並べ立てる大臣に、思わず漏れそうになる言葉をアタシはどうにか抑える事に必死だったッス。

 ここで何か下手な事を口にすれば、それを手がかりにコイツはこちらの弱みを握って来るんスから……。

 

「――はい、敵ながらに天晴と、エスデス様も仰っておりました」

「フムフム……流石は噂に名高い北の勇者。一筋縄とはいかなかったようですねぇ」

 

 

……まぁ実際は芥呼ばわりだった上に、粉微塵にされたんスけど、そこは方便って奴ッス。

 

 

 アタシの言葉に、大臣はわざとらしく頷きながら、大臣は再び肉を一欠片食い千切り、咀嚼して飲み下すと、でっぷりとした体を引き摺るように、こちらに向かって歩み寄って来たッス。

 そして腰を折り曲げ、こちらの顔を覗き込むように見下ろします。

 

「……ですが、最早彼らはその英雄を失っています。つまりは烏合の衆も同然です。

そのような奴らに時間を割くのは、無益なように思えるんですがねぇ?」

 

 そして、近づかれるという事は纏わりつくような圧力も強まる事に他ありません。

 喉がカラカラに乾いて、息が上手く出来ないせいで、頭がぼうっとしてくるのが分かるっス……ダメッス、気をしっかり持つっスアタシ。

 どうにか混乱しそうになる頭の中を必死に落ち着かせ、次なる言葉を間を置かずに言い放ったッス。

 少しでも隙間を開けてしまえば、それだけでもコイツの前では致命的に成り得るッスからね。

 

「――っ……大臣も、エスデス様の気性はご存知の筈。

あのお方は、例え蟷螂の斧であったとしても、徹底的に帝国にとっての脅威を根絶やしにしなければならないと思っております。

それこそが皇帝陛下の御為にもなる、と」

「それは何とも天晴!! 正しくエスデス将軍こそ帝国でも随一の忠臣と言っても過言ではないですぞ」

「あ、ありがとうございます」

「――しかしですねぇ……」

 

 にっこりとした笑みを浮かべる大臣――けれど、次に続いた言葉に、アタシは冷水を浴びせかけられたような錯覚に陥ったッス。

 

 

 

「――そんなエスデス様の忠義は有り難いのですが……次なる敵もかなりの脅威でしてねぇ。

何せ、皇帝陛下がおわす帝都のお膝元(・・・・・・・・・・・・・・・・)で、不埒にも暴れまわる凶賊共なのですから」

「――――っ!?」

 

 

 

 やって……しまったッス……!!

 アタシの発言に粗を見つけるや否や、大臣は一気にまくし立てて来ました。

 

 

「遥か北に隠れる敗残兵と、陛下の喉元にいる一騎当千の凶賊……聡明なるエスデス将軍の配下である貴方ならば、どちらがより脅威か、お分かり頂けるんでは無いかと思うんですがねぇ?」

「それ、は……」

 

 大臣が言うように、冷静に考えてみれば、それは子供でも分かる理屈だったッス。

 そんな事にも気付かずに迂闊な発言を……っ!! 数分前の自分をぶん殴ってやりたいっス……っ!!

あまりの悔しさに、思わず拳を堅く握り締めるッスが、そんな事をしても状況は好転しません。

 

「……そんな訳ですから、エスデス将軍にはどうか早急に、帝国に帰還して欲しいのですよ。

これは皇帝陛下もお望みの事――それがどういう意味かはお分かりですな?」

「…………は、い」

 

 嫌味たっぷりな言葉に、アタシは項垂れたまま答える事しか出来なかったッス。

 反論出来ないアタシに満足したのか、幾度も嫌らしく頷きながら、大臣は勝利宣言をするかのように、玉座の間に響き渡るような声で宣言したッス。

 

 

 

「それでは、エスデス将軍には一刻も早く帰還して頂きませんとなぁ!

貴女の白兎の力があれば、このような些細な連絡もすぐに届きますし……では早速、書記官に命令書を――」

 

 

 

 悔しさと、怒り……それ以上に、尊敬する人から命じられた事を果たせなかった悲しさが、アタシの頭の中を駆け巡っていました。

 

 

 

――エスデス様……ゴメンなさいっス……!!

 

 

 

「――そこまでだ、オネスト」

 

 

 

 涙が溢れそうになった瞬間、予想外な助け舟が玉座の間に現れたっス。

 重々しい鎧の音を響かせながら、どんな豪胆な兵士でも震え上がるような眼光を持つその人が現れた瞬間、周囲の空気が一気に重さを持ってのしかかってくるような威圧感が場を支配したっス。

 

 

 

「……これはこれは、貴方が謁見の場に参加するとは珍しい事もあるものですなぁ」

「何、久々に執務が早めに終わったのでな……もののついでだ」

 

 

 

 一瞬忌々しげに口を歪めながらオネストが慇懃無礼に挨拶すると、その人もまた眉根の皺を一層深くしながらそれに応えたッス。

 

 

 

 

 彼の名はブドー……帝国の軍事におけるトップであり、この国で最大の武力を持つ大将軍っス。

 

 

 

 

 そして、正直アタシは驚きが隠せなかったッス。

 何故ならこの人は「武人が政治に口を挟むべきでは無い」という信念の下、こういった場所には滅多に姿を見せず、もっぱら近衛兵の練兵か、軍事関連の命令書とかの決済……または、自ら出撃していたりするのが殆どなんスよね。

 そんな人がこの場に姿を現し、その上ほぼ同格であるとは言え政治的な決定をしようとした大臣を押し留めるなんて、少なくともアタシは一度も見たことが無かったッス。

 

 驚いて、呆けた顔をしたままでいると、ブドー大将軍がこちらに目を向けたッスが……チラリ、というよりギョロリと言った感じなので、恐怖の対象がただ単に大臣からこの人に変わっただけのような気がしてしょうがないッス。

 やっぱ死ぬほど怖いッスこの人……エスデス様も怖いッスけど、この人の雰囲気にはどうにも慣れないんスよねー……。

 

 

 周りにいた諸侯の方々もそうなのか、ヒソヒソ声も出せずにチラチラと視線を向ける事しか出来ないみたいッス。

 

「おお、ブドーではないか。忙しいとは聞いていたが、もう良いのか?」

「はっ、各方面からの報告を纏めておりましたが、ひと段落ついたため、無礼ながら遅れて参上致しました。

……申し訳御座いませぬ」

「構わぬ。

軍事の事は細かには分からぬが、お前ほどの者が時間をかける事なのだ――余人には真似出来ぬ大業である事を、余は理解しておるぞ」

「勿体無きお言葉――」

 

 そんな中、誰もが声を失うような存在感を放っている彼に、皇帝陛下は普段通りに挨拶を交わしたっス。

……慣れているんでしょうけど、やっぱり凄いっすスこの御方。

 ホントに大臣なんかの影響受けてなけりゃ、確実に名君として名を馳せたでしょうねぇ……。

 

「オッホン!! 陛下、挨拶はその辺にして頂いて――にしてもブドー大将軍?

いきなり久々に現れたと思ったら、これまたいきなり私の話に割り込んで来る……一体どういう了見なんでしょうねぇ?」

 

 そんなアタシの思考は、大きく咳払いした大臣によって引戻されたッス。

 そうッス……まだアタシの危機は去ってはいないんスよね……。

 

「どうもこうも無かろう。確かに私は政治には関わるつもりは無いが、それが軍事に関わる事ならば話は別だ」

 

 そう言うと、ブドー大将軍は一枚の羊皮紙を懐から取り出したッス。

 つい先程開封されたのか、その端の部分には紋章の押印された蜜蝋の跡が残っているッスね……ってアレ?

 あの紋章、何処かでみたような……?

 

「つい先程、北のエスデス将軍からマーグファルコンによる文が届いた。

それによれば、先日彼女らが討った北の勇者は影武者の可能性があるため、更に徹底した残党狩りを行いたい、との事だ」

 

 あー、やっぱウチの軍の紋章でしたかー、道理で見たことあると思ったッスよー。

 

 

 

……って、えええええええっ!?

 

 

 

 ん、んな情報聞いて無いッスよ!? ど、どどどどどういう事ッスか!?

 あの粉微塵になったイケメンさんが影武者!? でも、あの槍捌きはホンモノでしたし、そんな事ある訳……!?

 

「んん……? それは真ですかなぁ? どれどれ少し拝見……」

 

 そんなアタシの動揺を他所に、大臣がブドー大将軍から羊皮紙を受け取ると、何度も何度も読み返したッス。

 

「ふ~む、どうやら本物のようですな……しかし、影武者ですか……これは確かに厄介ですねぇ」

「ふん……確かに厄介だ。何せ、いるかどうかも分からんのだからな(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 しかし、ブドー大将軍の何かの含みを込めた言葉を聞いて、ようやくアタシはその手紙の意図に気付く事が出来たっス。

 

 

 

――これは、エスデス様の策に間違い無いッス。

 

 

 

 恐らく、あの方はアタシが大臣に言いくるめられてしまう事を考え、あらかじめ保険をかけておいたんス。

 アタシが出発する何日か前に、あらかじめ文をしたためたマーグファルコンを飛ばしていたんでしょう。

 

 

 

 手紙の内容は……恐らく嘘八百に違いないッス。

 けれど、各地に散らばった残党の中に、ヌマ・セイカさんの影武者か、はたまた本人がいるのか、それともそんな情報は真っ赤なウソなのかは、実際にその全てを虱潰しにしなきゃ誰にも分かりません。

 

 

 

……所謂、悪魔の証明って奴ッスね。

 

 

 

 そして、今までの北の異民族が長年帝国を苦しめてきた最大の要因は、あのイケメンさんだった事を考えれば、もし仮に影武者であろうと、彼の姿をした存在のそのものが、神輿になる可能性も否定出来ないッス。

 つまりは――、

 

「――故に、エスデス将軍にはこのまま北に残って貰う。

このまま軍を退いては、再興されてしまう可能性もあるからな……その芽の全てを摘み取る事を考えれば、最も適任なのは誰かは、貴様でも分かるだろう、オネスト」

「ふむ……そうですな。では、そういう事にしておきましょう(・・・・・・・・・・・・・・)

「ああ、そういう事(・・・・・)だ」

 

 こういう展開になるッスよね――まぁ、2人ともどうやら気付いてるみたいッスけど。

 ただ、現場の判断が優先されるような事態である以上、軍事のトップであるブドー大将軍と政治のトップである大臣のどちらの判断が優先されるかと言えば、確実に前者に軍配が上がります。

 そして、大将軍は外患の敵を優先して叩く主義――エスデス様が支持される可能性は高いッス。

 結果はご覧の通り、ほぼエスデス様の思惑通りで万々歳なんスけど……。

 

 

 

 

……うぅ~、思惑通りになったとは言っても、アタシの預かり所の知らない場所で行われた事なんで、イマイチ釈然としないッス。

 

 

 

 まぁ、結果オーライなんでそれはそれで構わないんスけどね。

 

 

 

 そして、しばらく大臣と大将軍、何人かの文官がやり取りを交わし、陛下がそれを承認する事で、エスデス様の北方残留は正式な決定となったッス。

 これで取り敢えずは、アタシのメインの仕事は終わりました――後は……、

 

「――ラヴィ・ラズトン。退出後この文について多少聞きたい事がある。後で執務室に出頭するように」

「は、はいっ!!」

 

……ブドー大将軍への説明ッスね。

 正直、大臣と相対するのと殆ど変わらない位怖いんスけど、今の所はエスデス様サイドに立ってくれてはいる人なんで多少はマシッスけどね。

 溜息を吐きそうになるのを何とか我慢して、アタシは再び玉座の陛下に向かって一礼して退出し、今度はブドー大将軍の執務室へと急ぐのでした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一刻ほど経った後、アタシはブドー大将軍の執務室にいました。

 

「――ご苦労。そこに掛けて良い」

「は、はははははいッス!!」

 

 大将軍の言葉に、アタシは声を震わせながら質素な椅子に腰掛けたッス。

 周りを見回すと、本当にここは城の中なのか?って位質素で、それでいて無骨な部屋ッス。

 

 四方の壁には様々な方面の戦場の状況を書き記された地図が並び、書棚には埃や泥、血のようなシミに塗れた命令書の束――恐らくは、戦場から送られてきたモノっスね――が、所狭しと整然と並べられているッス。

 

 使い込まれた執務机と椅子、それから客人を応対するのに必要最低限の椅子と机、大将軍のトレードマークたる紅い板金鎧(プレートメイル)の鎧掛けが置いてある以外は、私物の類や、装飾品は一切無し。

 正に軍事関係の仕事を行うためだけに誂えられた空間って感じッスね。

 

「――いつもながらに思うのだが……貴様の主は、もう少し自らの意図を隠す事を覚えてはくれんのか?」

「は、はぁ……面目無いッス」

「まぁ、貴様に言っても仕様が無い事ではあるが……フォローするこちらの身にもなって貰いたいものだな」

「ご、ごめんなさいッス」

 

 開口一番、ブドー大将軍はこめかみを揉みほぐしながら、大きく溜息を吐いたッス。

 謁見の時と比べれば、大分砕けた態度ッスけど、相変わらずその威圧感は健在――アタシはただ縮こまる事しか出来なかったッス。

 

「――ただ、奴の気性があの程度の敵で収まるとも思えんし、昂ぶりを抑えられるやも知れぬ敵に対して、慎重に吟味したいという奴の意図も理解は出来る……今回は不問としよう」

「あ、ありがとうございまッス!!」

 

 その言葉に、咄嗟に立ち上がり、頭をガバリと下げるアタシ。

 それに対してブドーは手をひらひらと振って自分に着席するように促したッス。

 

「勘違いするな。貴様の2つ目の任務が、我々近衛にとっても有用だと判断したまでだ。

エスデス将軍の独断専行自体を許した訳では無い――それをくれぐれも、奴に伝えておけ」

「り、了解しましたッス……」

 

 再び鋭い眼光を飛ばされて、またしてもしおしおと萎びるアタシ……こういう自分の性分、時々情けなく成るッスねぇ……。

 

 

 

――でも、いつまでもこんな感じじゃいられないッス。

 

 

 

 アタシは自分の心に喝を入れると、背筋を伸ばしてブドー大将軍を見据えて口を開きます。

 

 

 

 

「――で、アタシは今回の見返りに何をすれば宜しいッスか?」

 

 

 

 

 アタシがここに呼ばれた訳は、何も説教されるためじゃ無いッス。

 あの厳格なブドー大将軍が、そんな事のためにわざわざ時間を作る訳が無いッスからね。

 という事は、今回の件にかこつけて、隠密機動部隊であるアタシに用があるという事ッス。

 

「ふむ……やかましく逃げ回るばかりだったあの小娘が、中々どうして立派に育ったものだ。

エスデスにも、意外な才能があったと見える」

 

 そんなアタシを見て、一瞬だけブドー大将軍の顔が綻びます――時々こういう表情するからズルいんスよね、このツンデレおじ様は。

 小さい頃は、そんな小さな優しさにすら気付けないで、顔見た瞬間泣き出しながら逃げまわったモンッス。

 

「まぁ、ある程度一丁前に育たなきゃ、今頃死んでるような環境だったッスからね……これぐらいは」

 

 けど、昔を懐かしむのはほんの一瞬――再びブドー大将軍は普段の厳しい表情に戻り、アタシに告げました。

 

 

 

「――ならば話は早い。

一つ目の条件は、かの凶賊――ナイトレイド共に関して集めた情報を、我々にも提供して貰いたい」

 

 

 

 これは容易に想像が付くッスね。

――帝都にも、数多くの警備兵や衛兵が控えているッスが、ごくごく一部を除けば、その実力は各方面に派遣された兵士達と比べれば数段劣るッス。

 

 

 城には精鋭中の精鋭である近衛兵が控えてはいるッスけど、彼らの本文は陛下と城の警備なので、いちいち賊のために出動させる訳にもいきません。

 

 

 そのため、ナイトレイド達が凶行に及んだとしても、彼らのような強力無比な帝具使いを撃退したり、捕縛したりする事はおろか、その影すらも掴めない事が殆どッス。

 その上、僅かな目撃情報に、噂話やホラ話の尾ひれが付いて、その実態は完全に闇の中……こんなんじゃ、討伐なんて満足に出来る訳が無いッスよね。

 

「了解したッス――近日中に、部下の人達に現時点での報告書を纏めさせるッス。

定時報告の日時と場所は後ほどって事で」

 

 この条件を、アタシはすぐに頷いて受け入れたッス。

 情報を提供するっていう事は、それらを共有するって事で、その方がこちらも動き易いし、こちらの得られる情報もその分多くなるッスからね。

 

 

 

「――2つ目は、帝都の中での案件に力を貸して貰いたい。

警備兵や衛兵では手が出せず、こちらの諜報部を回そうにも、今は前線の動きを把握するのに手一杯でな……」

 

 

 

……これは、ちょっとアタシにとっても予想外の条件でした。

 まぁ手が回らない所を手伝ってくれって事なんでしょうけど、帝具使いを2人擁する部隊にわざわざ頼むって事は、100%厄介事って決まってるッスからね。

 

「んー……それに関しては、モノによるッスねぇ……ちょっと、見せて貰っても良いッスか?」

 

 ブドー大将軍が差し出した資料を見ると……それは、最近の帝都の門を通過した、地方から上京してきた人達の目録だったッス。

 帝都の城壁の中に入る以上、例え帝国民と云えども入国審査みたいなものがあるッス。

 ただ滅茶苦茶人数が多いんで、ちょっとした身元の確認や、帝都に来た目的等を聞かれた上、書面に名前を登録する……って感じの軽いヤツッスけどね。

 

 これはその一部のようッスけど……見れば、所狭しと書かれた名前の多くに、赤い線が引かれていたッス。

 

「これは?」

「――登録後に行方が分からなくなった者達だ」

 

 ひー、ふー、みー……見ただけで、ざっと2、3割の人間がいなくなってるって事ッスね。

 

「でもコレぐらい普通じゃ無いッスか?

 地方から来たお上りさんが、騙されたり、金巻き上げられたり、もしくは食い詰めて飢え死にするか、スラム街の住人に……なんて事、今の帝都じゃ当たり前じゃ無いッスか」

 

 残酷だとは思うッスけど、コレが今の帝都の現状ッス――中央が腐敗し切っているという事は、その末端も同じこと。

 そんな帝都の実情を知らない、夢と希望に溢れた者達を骨の髄までしゃぶり尽くそうとする輩は、ゴマンといるッス。

 

 

 

……中には、警備兵とか衛兵にも、そういった奴らの片棒担いで奴らもいたりするッスから、世も末ッスね

 

 

 

 

「――その通りだ……嘆かわしい事ではあるがな」

 

 一瞬、陽炎のように怒りを滲ませるブドー大将軍……この人もよく誤解されるッスけど、陛下と、この帝国を真剣に考えている人なんスよね。

 ただ、他にやる事が多すぎて、その手を差し伸べられないだけなんスよ。

 

 

 

「それだけならば、私もいつもの事だと、衛兵や警備兵にそういった事案の防止を命じるだけだっただろう。

……だがそれに、上級貴族が関わっているとしたら、どうだ?」

 

 

 

 そう言うと、ブドー大将軍は新たな羊皮紙をアタシに向かって差し出したッス。

 それは、警備兵から提出された報告書だったッス。そこには――、

 

「――クローゼル家っスか……帝都でも有数の財産を持ってる上級貴族事ッスね」

「……報告によれば、かなりの数の地方民の人間が、彼らに施しを受けた上で、屋敷に招かれていったらしいが――」

「その殆どが、再び門から出て行った形跡が無い、と……」

 

 ブドー大将軍の言葉を引き継ぐように、アタシは資料を見ながら思わず呟いたっス。

 何スかこれ……何処からどう見ても真っ黒じゃないスか。

 恐らく親切にかこつけて、中で色々とやってる(・・・・・・・)んでしょうね……。

 

「――警備兵や衛兵じゃ、権力が違いすぎて手が出せず、官憲を動かそうにも、金を掴まされてるのか、ロクに動かないかおざなりな調査でお茶を濁されるって所ッスか」

「その通りだ……コレ以上は、させんがな」

 

 ミシリ、と音を立てて、一枚板で出来た執務机の天板がひび割れます――怒りのあまり、力を込めすぎたみたいッスね。

 アタシとしても、気に食わないッス――外道なら外道らしく、堂々と振る舞っていればいいんスよ。

 いちいち善人ぶるなんて、やり方が小さいッス。

 

「状況証拠は掴んでいる――後は、直接的な証拠のみだ。貴様には、それを掴んで貰いたい」

「了解ッス。じゃあその間、ナイトレイドの調査はお任せするッス」

「承知した」

 

 手短にそれだけ告げると、ブドー大将軍は羊皮紙にサインすると、こちらにそれを差し出したッス。

 

 

 

――これで、この一件はブドー大将軍からの正式なお墨付きを貰った事になるッス。

 

 

 

 つまりは、ある程度ならば彼の裁量で許されるって事ッス――どんな手を使ったとしても。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ブドー大将軍からの執務室を退出し、城から出て、セーフハウスに戻る途上――アタシは周囲に誰もいなくなったのを見計らって、口を開いたっス。

 

「――概要は大体『視た』ッスよね。ナイトレイドの調査の前に、ちょっと一仕事ッスよ」

「ククク……了解。ここ最近は温い仕事ばかりで腕が鈍っちまってねぇ……久々に錆を落とせるって訳だ――愉快愉快」

 

 すると、路地の暗がりから、すぅっとトレンチコート姿の男――ザンクさんが現れたッス。

 頭の中を覗かれるのは好きじゃ無いッスけど、こういう秘密裏に事を進めたい時は便利ッスよね、スペクテッド。

 

「――で、どういった策をお考えかな? 我らが隊長殿は」

「……わざわざソレ聞くんスか」

「直接聞いた方が面白いだろう……愉快愉快」

「こンの……!! 刑務所でヘタれてた時に励ましてあげた恩を忘れたッスか……!!」

 

 でも、この人の人格は好きになれないッス……!!

 アタシが頭の中で考えてたけど、絶対にやりたくなかった策を『視た』上で、アタシがそれを口にするのを完全に面白がってやがるッスよコイツ!!

 

「そういうアンタも、公園の噴水みたいに反吐をぶち撒けてたじゃあないか……お相子ってヤツだろう?」

「ぐっ……まぁいいッス……今回は――」

 

 

 

 そして、顔を真っ赤に染めながら告げたその内容に、ザンクさんが示した反応は――爆笑だったッス。

 

 

 

「クハ……クッ……ハハハハハハッ!! それはいい!! 傑作だなぁ!! 愉快愉快!!

これは三獣士やエスデス様にもいい土産話が出来るってもんだなぁ、愉快愉快!!」

「ええええええいっうるさいうるさいうるさいッス!!」

 

 悔し紛れに白兎の脚甲で思いっきり蹴ってやるッスけど、スペクテッドの力で難なくかわされて無駄に終わります。

 このっ……!! 八つ当たりすらさせてくれないんスかあの帝具……!!

 

「おっと危ない危ない。そんなに恥ずかしがる事なんか無いだろう? いい策じゃないか、ククク」

「ぐっ……ううううううう~!!」

 

……でも、彼の言う通り、恥ずかしいけどかなり有効なのは間違いない今回の策。

 

 

 

 

 ザンクさんへの怒りをどうにか抑えながら、アタシの頭は今回どう立ち振る舞うかを考えます。

 

 

 

 

――でもその時アタシはその事に関して頭が一杯で、この一件が今後の人生を左右する一幕になるとは、夢にも思っていなかったッス。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ふえー、ここが帝都ッスか~……でっかいッスねー……それに人が一杯ッス……」

 

 帝都の中央に位置する噴水広場に、体をボロのようなマントで覆った小柄な少女の姿があった。

 背中に背負った中身のパンパンなリュックのせいで、余計に小さく見える。

 肩辺りで切り揃えた癖のある黒髪をたなびかせ、同じく黒い瞳を目まぐるしくキョロキョロとさせながら、ソバカス混じりの顔を輝かせるその様子は、正しく田舎から来た世間知らずのお上りさんといった風情だ。

 

「――ねぇ、そこの貴女?」

 

 そんな彼女に、突然声が掛けられる――振り向くと、そこにはひと目で上質と分かるドレスに身を包んだ、ウェーブのかかった金髪を持つ上品そうな少女が立っていた。

 その傍らには屈強な護衛が控え、背後には豪華な飾りのついた馬車――明らかに貴族、それもかなりの上級の家柄だ。

 

「へ? ひ、ひぇっ!? き、貴族様がアタシに何か用ッスか!?」

「ふふ、そんなに驚かないでもいいわ――貴女、地方から上京してきた旅人でしょう?」

「ええっ!? ど、どうして分かるッスか!? も、もしかして超能力者……!?」

「あははっ、違うわよ――貴女の様子を見れば、すぐに分かるわ」

 

 そう言って微笑むと、少女はスカートの裾を摘んで優雅に一礼する。

 

 

 

「私はアリア――貴女が良ければ、私のお屋敷に招きたいのだけれど、宜しいかしら?」

「う、うええっ!? あ、アタシが貴族様の!? いやいやいやいや!! そんなの恐れ多いッス!!」

 

 

 

 唐突なアリアと名乗る彼女の言葉に、ブンブンと頭を振る少女――だが、それを傍らにいた護衛がとりなす。

 

「アリア様はお前のような旅人から話を聞くのを大層気に入られているのだ」

「ここは、お言葉に甘えておけ」

「そ、そうなんスか……? じ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 

 

 

――その瞬間、アリアと少女は人知れず微笑んだ。

 

 

 

 

 それは奇しくも、同じ感情によってもたらされた笑み――即ち、獲物を捉えた捕食者の喜色だった。

 

 

 

 

 

(――さぁ、仕事の時間ッス)

(――さぁ、楽しい宴を始めましょう♪)

 

 

 

 

 

 そして、その様子を全く別々の遠くから見つめる二組(・・)の影。

 

 

 

 

 

「ククク……さぁて、久々の外道の首斬り……楽しみだねぇ、愉快愉快」

 

 

 

 

 

 路地裏からかつて首斬りと言われた男が、額の瞳を怪しく光らせながら舌なめずりし、

 

 

 

 

 

「ターゲットがまたお上りさんをゲット……ったく、今日で二人目だぜ?

欲張り過ぎだっつーの……どうする?」

 

 

 

 

 

 建物の屋根の上から金髪の、野性味溢れた美しさを持つ豊満な女性が、傍らに控える禍々しい意匠を施された長刀を携えた黒髪の少女に問い掛ける。

 

 

 

 

 

「――彼女には悪いが、私達の動きに変更は無い」

 

 

 

 

 

 女性の言葉に、少女は冷徹に、淡々とした声で答える。

 

 

 

 

 

「夜まで待って皆と合流しだい……」

 

 

 

 

 

 

 

「――――葬る」

 

 

 

 

 

 

 

――長刀の鯉口が、少女の決意を示すかのように静かに切られた。

 

 

 

 

 

 

 帝国最後の動乱、その切っ掛けとなった邂逅まで――あと、6時間。




申し訳ありませんが、暫く投稿も執筆も出来ない状況になりそうです……。
続きはもう少々お待ちください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。