兎が跳ねる!!   作:夜芝生

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エスデスと三獣士、そしてこの先キーパーソンになる人との交流がメインの回となります。


兎の絆

 

 

 容赦の無い蹂躙激から数日後――アタシはエスデス様が控える天幕に呼び出されたっス。

 

「――ラヴィ、お前に伝令を頼みたい。

帝都に、北の異民族の本拠を叩き潰した旨を報告しに戻れ」

「は、はいッス!!」

 

 その言葉に、アタシはビシっ!! と敬礼を返したッス。

 

 

 

――これも、エスデス軍におけるアタシのお仕事。

 

 

 

 普通だったら早馬でも一週間、飛行型の危険種を使っても数日かかる道程でも、アタシの白兎ならば2日とかからず踏破出来るッスからね。

……まぁ、使いっ走りって言われたらそれまでッスけど。

 

「帰還する日時は……そうだな、『残敵の掃討が終わり次第』とでも伝えておけ。

あとひと月は、それで理由(イイワケ)は立つだろう」

「は、はひっ……!!」

 

 アタシは必死に目線を若干上向きにしながら答えたっス。

 でも、あからさま過ぎたのか、エスデス様はこちらをからかうかのように上目遣いのまま、ニヤリ、と嗤いました。

 

「ん? どうしたラヴィ? お前も混ざりたいか(・・・・・・・・・)?」

「いやいやいやいやいや!? 滅相も無いッス!! ハイ!!」

 

 風が巻き起こるような勢いで首を振るアタシ――その理由は、エスデス様の腰掛けるモノにあったッス。

 

 

『う、うぅ……』

『あ、あ……』

 

 

――それは、かつて精強を誇っていた筈の、北方民族の精兵達によって作り上げられた人間椅子でした。

 以前の勇姿は何処へやら……全裸の上に目隠しと猿轡を噛まされて、力尽きて崩れ落ちるまで、屈辱的な隷属を強いられる、人間としての尊厳を踏みにじられた存在がそこにはありました。

 

 

 あれ程の快進撃で、北方異民族の本拠を潰したエスデス軍が、未だにこの地に残ってモタモタしている理由がコレッス。

 

 

 弱肉強食――強き者の前では、弱者はただ蹂躙されるのみ。

 そして、倒れた弱者をどう扱っても、それは強者の自由であり、当然の権利である――それが、エスデス軍が掲げる絶対的な掟ッス。

 

 

 アタシは見てはいない――そもそも見る気も起きない――ッスが、今頃市街地や、各地の集落では、傭兵の人達や、末端の食い詰め兵士達による略奪や殺戮、陵辱の限りが尽くされている頃でしょう。

 

 

 元々は敵軍の本拠であったこの要塞都市も、そこら中に痛めつけられた死体が吊るされ、毎日のように人々の悲鳴が聞こえる魔都と化しています。

 

 

……ニャウなんかは、出来のいいデスマスクが出来るといちいちアタシに見せに来るから溜まったモンじゃ無いッス。

 

 

 文句を言おうにも、そういった行為を総大将たるエスデス様が率先してノリノリでやってるんでそれも出来ないから困りモンなんスよねぇ……。

 

 

 唯一の救いと言ったら、厳格なリヴァさんはそういった行為には参加しないですし、ダイダラさんが望むのはあくまで血湧き肉踊る敵との戦いッスから、そもそもそういったモノに一切興味無しって事位ッスかね。

 まぁその代わり、リヴァさんは料理と称して毒物劇物のような類いのモノをハンバーガー状にして度々持ってきますし、ダイダラさんはダイダラさんで、暇だからとアタシを戦闘訓練の的代わりにしたりして来るんで、色々な意味でアタシの身が危ないのは変わらない訳で……。

 

 

 

 

 兎にも角にも、ビビリなアタシとしては、すぐにでもこの地から離れたい一心だったッスから、この命令は渡りに船だったっス。

 

 

――例えその内容が、虚偽の報告だったとしても。

 

 

 あの悪魔のような大臣や、超怖い大将軍からのツッコミや探りを躱さなきゃいけない事を考えると、正直気が滅入るッスけど、背に腹は変えられないッス。

 

「と、兎も角任務了解しましたッス!! エスデス軍隠密機動部隊所属、ラヴィ・ラズトン、行って参りまッス!!」

 

 ともあれ、これ以上の長居は無用とわざとらしく大声を張り上げながら、アタシは再びビシッ!! と敬礼すると身を翻して天幕を――、

 

「まぁ待てラヴィ、そう焦るな」

 

 直後、ガシリと肩を捕まれて失敗したッス。

 

 

 ちょっ!? 明らかに5m近く離れた場所に座ってたッスよねエスデス様!?

 それなのに音はおろか気配すら知覚させないで接近するって、相変わらず人間辞めてるッスよこの人!?

 

 

……その時のアタシの顔は、多分食べられる直前の仔マーグパンサーみたいになってたと思うッス。

 

「嗚呼、いいぞその表情……何とも言えずそそられる……やっぱりお前は可愛い奴だよ、ラヴィ」

「は、ひゃっ……そ、そそそその……ぁぅ……」

 

 まるでこっちの魂ごと舐り尽くすような熱い視線で絡め取られながら、例え同性であったとしても蕩けるような、それでいて見る者を不安にさせる危うい笑みを向けられると、アタシの体はかぁっ、と熱くなって、もう何にも抵抗も反論も出来なくなってしまうッス。

 

 

 

 あっ、やっ……!? あ、顎に手を当ててクイッっと!? こ、これ以上は駄目ッス!!

 

 

 

 慌ててその手を振り解いて、追い詰められた側とは逆方向に慌てて逃げたっス……天幕から逃げ出すって選択肢を選べないって辺り、アタシの小市民っぷりがどれだけか理解してくれるでしょう。

 

「むう、つれないな……拾ったばかりの頃はこのぐらい押せば軽く押し倒せたというのに……。

それを嘆くべきか、はたまた私の手を振り解いた成長を褒めるべきか……判断に迷う所だな」

 

 顎に手を当てながら、すこぶる残念そうに小首を傾げるその姿は、いつも戦場で見せる厳格な姿とは裏腹な年頃の少女のように可愛らしい動作でした。

 

 

……まぁ、動作は可愛くても、その思考は肉食獣そのものッスけどね。

 

 

「――だが、そうだな……無理強いして強引に攻めるのも悪くない。

お前をそういう風に攻めるのは、中々に新鮮だと思うんだが……どう思う?」

 

 そう言いながら、屈むようにこっちを覗き込みます――って目の前に胸が!? 胸の谷間がぁっ!?

 いくら同性とは言っても、このボリュームを目の前に差し出されたら、ドギマギするに決まってるじゃないッスか!!

 

 

 

……一瞬、それ以上に悔しくなったのは秘密ッスけど。

 

 

 

 コラそこ、アタシの体を見て『つるーん』とか『ぺたーん』ってオノマトペを想像するのを止めるッス。

 

 

 

「ど、どう思うって言われてもッスねぇ……!?

と、ともかくっ!! それはそうと残りの用件を聞かせて欲しいッス!!」

 

 アタシは再びドSな笑みを浮かべ始めるエスデス様の思考に割り込むように、大声を上げながら質問したッス。

 

 

 

――如何に遊んで(・・・)いるとは言っても、エスデス様はこの軍の指揮官ッス。

 

 

 

 飼いならされたマーグファルコン(長距離の過酷な環境下で伝書鳩代わりに使われる危険種ッス)でも済ませられるような用件を、伝令の究極系みたいな帝具持ちのアタシに任せる訳がありません。

 

 

 

 つまり、この伝令任務にはそれとは別に他にプラスαの何かがあるって事ッス。

 

 

 

 どうっスかこのアタシの完璧な論理的思考!! アタシだって日々成長してるんス!!

……実はついさっきまで、天幕から逃げる事に夢中で、呼び止められるまで気付けなかったなんて事は無いッスよ、ええ。

 

「――まぁ、獲物の肉は捌きたてよりも熟成させた方が良いと言うしな……我慢するとしよう」

 

 今の平穏と引き換えに、確定するアタシの何処までも暗い未来――アカンッス、また冷や汗が出てきたっス。

 と、ともかくっ!! 今は取り敢えず第二の任務に集中集中ッス……。

 

 

 

「2つ目の用件は、帝都にいる『ヤツ』と合流して、情報収集を頼みたい。

私がいない間の大臣を始めとした中央情勢に、各地の革命軍や異民族の動向や討伐状況……色々あるが、メインは最近帝都を騒がせているという、例の暗殺集団についてだ」

 

 

 

 気を取り直して始まった任務の内容は、ありきたりなようで、かなり重要なものだったッス。

 

 

 

「暗殺集団――ナイトレイド……ッスね?」

 

 

 

 アタシが確認の意味を込めて問いかけると、エスデス様は頷いたっス。

 

 

 ナイトレイド……帝国に反旗を翻す革命軍によって、腐敗しきった帝都で悪逆非道を繰り返し、民を苦しめる外道共を討つために結成されたという彼らは、主要メンバーの全員がそれぞれ文献にも残る程の強力無比な帝具を所持していると聞いています。

 中でも顔と出自が判明しているリーダー各と古参の四人には、帝都の貴族でも一生遊んで暮らせるんじゃ無いかってくらいの多額の賞金がかけられているッス。

 

 

 その義賊的な立ち位置から、ある程度の情報統制が敷かれた皇帝のお膝元たる帝都でも、一定の支持者がいるという革命軍の中でも稀有な立ち位置のチームッス。

 

 

 そう言った意味では、大臣の下で旨い汁を吸っている奴らにとっては、正に目の上のタンコブ――近々大規模な掃討作戦が開始されるんじゃないかっていうのが、帝国兵達の間ではもっぱらの噂。

 

 

 

……ん? って事はつまり――、

 

 

 

「察しが良くて助かるな。恐らく奴らの討伐には、私が任される事になるだろう。

……これは、そのための前準備であると思ってくれていい」

 

 ピクリ、とアタシの眉が跳ね上がった事に気付いたのか、何処か嬉しそうに笑うエスデス様。

 

 

 

――あー、やっぱそうなるッスよねぇ……。

 

 

 

 何せエスデス軍は、現状6人(・・)の帝具使いを擁してます。

 帝具使いを倒せるのは、一部の例外を除けば帝具使いのみ――エスデス様に声が掛かるのは、確定事項みたいなモンッスね。

 

「だが、討伐を終えたからと言って馬鹿正直に帰還したならば、ロクな準備や下調べもしないままに面倒事を押し付けられるに決まっている。

――オネストにならばともかく、取り巻きの有象無象共に囀られるのは我慢ならん……想像しただけで、思わず手が滑ってしまいそうだ」

 

 何か嫌な事でも思い出したのか、エスデス様は不機嫌そうに顔を顰めたッス。

 

 

 オネストっていうのは、現皇帝陛下を傀儡の如く操って、帝国の全てを牛耳っている大臣の事ッス。

 本人の性格は、この世の悪逆非道の悉くを凝縮させて煮詰めたような正に悪魔、って感じの外道ッスけど、例え好き勝手していても、一切尻尾を掴ませないまま、国が腐りきって崩れ落ちない絶妙なバランスで運営する手腕は化け物染みてるッス。

 エスデス様曰く、それ相応の見返りさえくれてやれば、それなりの恩恵には預かれるらしいので、一定の評価はしてるみたいッスけど。

 

 

……まぁ、問題はその周囲の取り巻き――はっきり言って、アタシから見ても下衆で無能な俗物共の吹き溜まりって感じッスから、徹底的な実力主義なエスデス様からしたら、将軍っていう立場さえ無ければ、多分皆殺しにしてるんじゃないっスかね?

 

 

 まぁ、それはひとまず置いといて……内容は理解したッスが、問題はどの程度まで詳細な情報を集めるかッスね。

 それによっては、こっちがどう動くか――ぶっちゃけ、どれだけ危ない橋を渡るかが決まるッスから。

 

 

……まぁ、エスデス様が直々に指示する位ッスから、生半可な内容じゃないのは目に見えてるッスけど。

 

 

 そして案の定、告げられた内容はアタシの予想通り、過酷なんてレベルのものじゃ無かったッス。

 

「報告では、『ヤツ』が見つけたスパイから最低限の情報は得ているらしい……贅沢を言えば、何とかして直接対峙して、戦力を把握しておきたい所だな」

「ゲッ……!? て、『帝具戦』ッスか!?」

 

 アタシが思わず潰れたカエルみたいな声を上げてしまったのは、情けないッスけど仕方ないと思います。

 

 

 

――『帝具戦』……それは、強力無比な帝具使い同士が対峙し合う戦いの事ッス。

 

 

 

 正にこの世の摂理すらも捻じ曲げる程の力を持つ帝具ッスが、それ故にその力がぶつかり合ったならば、正に天変地異の如き様相を呈します。

 そしてその戦いの後、残るのは1人だけ……帝具使い同士が戦えば、相打ちはあっても、どちらも生き残る事は有り得ないと言われているッス。

 

「安心しろ、まだお前がナイトレイド共に対抗出来るとは思っておらん。

可能ならばすぐに離脱すればいい……だからこその白兎だろう?」

 

 引きつった表情のアタシを見て、困った奴だとエスデス様は溜息を吐いたッス。

 まぁ確かに、帝具戦が生じるのはあくまで正面からぶつかり合った場合――最初っから逃げる事前提で動けば、その条件には当て嵌まらないって事ッスね。

……そ、それなら安心ッス。

 

 

 とは言っても、一時的とは言え、百戦錬磨の帝具使い達と対峙する事には変わり無いんで、結局は死ぬ可能性あるんスけど、そこまで文句言ったら何も始まらないッスしね……。

 

 

 それにある程度の命の危険なんて、この人に拾われてから覚悟の上ッス!!

 

「――了解したッス!! それでは、改めて行ってくるッス!!」

「ああ、また帝都で会おう――それまでいい子にしていれば、また可愛がって(・・・・・)やる。

楽しみに待っていろ」

「ヒエッ……で、ででででではすぐに準備して来るッスうううううっ!!」

 

 声を置き去りにしながら、這々の体で天幕からダッシュで立ち去ります。

 こ、これから出発の準備やら、三獣士の皆さんに一言挨拶しなきゃならないッスからね、ええ!!

 け、決して怖いからって訳じゃないッスよ!?

 

 

 

――あ、で、でも、可愛がるってどんな拷問(プレイ)をするつもりだったんスかね……?

 

 

 

 その内容がお預けになるのはちょっと寂しいというか残ね――――!?

 

 

 

「…………ってわーっ!! わーっ!! ストップ!! ストップッスよアタシ!!」

 

 

 

 な、なななな何を一瞬でも考えたんッスかアタシ!? 馬鹿っスか!? 自分の事ッスけど馬鹿ッスか!?

 

 

 

……え? もう手遅れ? 完全に調教済み?

 

 

 

…………。

 

 

 

………………。

 

 

 

……………………。

 

 

 

…………………………アハハ~、ソンナコトナイッスヨー。

 

 

 

 と、ともかくアタシは(今日何度目か分からないッスが)気を取り直すと、天幕から最低限の荷物を引張り出して、三獣士の皆さんの所を駆けて行くのでした。

 

 

 

 そんなアタシを、周囲の帝国兵の皆さんは生暖かい目で見つめていたッス。

 

 

 

……うぅ、穴があったら入りたいッス。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 三獣士の皆さんが寝泊まりする天幕に顔を出すと、まず目に入ったのは上半身裸のままベルヴァークを目にも留まらぬ速さで素振りするダイダラさんでした――冷気に当てられた体からは、白い湯気が上がってるッス。

 ここ、バナナで釘が打てる位の気温の筈なんスけど……相変わらず脳筋バカの考えてる事は理解に苦しむッス。

 

「よう、ラヴィ!! 何だぁ? 訓練しにでも来てくれたのか?」

「違うッスよ!! それとは別の用件ッス!!」

 

 慌てて頭を振って否定します――そうでもしないと、あっという間に襟を掴まれて拉致されちゃうッスからね。

……それにアレは訓練とは言わないッス。アレはただのベルヴァークの的代わりになってるだけッス。

 それでも、当たる寸前には止めてくれますし、アタシ自身の鍛錬にもなってるんで、ちょっと複雑ッスが。

 

「あぁ、例のナイトレイドとか言う奴らの情報集めか。面倒臭えなぁ……帝都中を虱潰しに探して、さっさと叩き潰しちまえばいいのによ」

 

 ダイダラさんの思考は脳筋なだけあって、とってもシンプルッス。

 それが出来ればどんなに楽かとは思うんスけどねー……。

 

「まぁ、それだけエスデス様も慎重になってるって事なんじゃないッスかね?

……それにダイダラさんだって、出来れば――経験値でしたっけ? それが一杯手に入れられそうな人と戦いたいじゃないッスか?」

「おお!! 考えてみたらそうだな!! いいねぇいいねぇ!! ラヴィもようやく理解してくれたか!!

俺がどれだけ最強のための経験値を望んでるのか……理解者が出来て嬉しいぜぇ」

「いや、毛ほども理解出来ないですし、するつもりも無いっスよ念の為」

 

 何やら勝手に盛り上がってるダイダラさんに向かって、アタシはビシッと手の平を突き出して否定したっス。

 

「なっ……!? 何だよ畜生、連れねぇなぁ……」

 

 何故かショックを受けて、ベルヴァークを取り落として蹲るダイダラさん。

 ええい、2mもある巨漢が地面にしゃがんでのの字書いても全然可愛くも無いしウザったいだけっスから止めるッス。

 それに何でアタシが虐めたみたいになってるんスか。

 

「五月蝿いなぁ……何を騒いでるのさダイダ――って、ラヴィじゃん。どうしたのさこんな所に」

 

 そんな騒ぎを聞きつけたのか、天幕の中から、今度はニャウが姿を現したッス。

 アタシの姿を見た瞬間、何故か頬を赤らめながら、ニコニコ上機嫌な笑みを浮かべて近づいて来たッス。

 元々美少年なだけあって、素の状態ならアタシでも思わずドキリとしてしまいそうに可愛らしいんスけど、その手に持った血に塗れたナイフと、服や顔などのあちこちに飛び散った鮮血がそれを台無しにしてるッス。

 

「でも丁度よかったよー♪ 今新作(・・)が出来上がった所でさ、結構自信作なんだけど――」

「絶対に嫌ッス」

 

 その新作とやらが何かは容易に想像出来るんで、皆まで言わせずに遮っておいときます。

 

「むー、何だよラヴィのいけずー。ノリが悪いったら無いよねー」

 

 するとニャウは唇を尖らせながら何やらブーブー言ってきますが敢えて無視ッス無視。

 それでもしつこく「ねぇーねぇー」っと纏わり付いて来るッス……勘弁してくれないッスかね。

 

「あっ、それともとうとうボクのコレクションに加わってくれる気になった?

だからアタシの前で浮気は許さないッスー、とか?」

「んな訳あるかああああああっ!! どういう思考回路してるッスか!!」

 

 あっ、ヤベッ反応しちまったッス。

 こちらが反応したのを良い事に、更に笑顔を深めてガシリ、とニャウはアタシの防寒着の袖を掴んだッス。

 

「それなんだったら、ちょっとは見てくれても良いじゃん♪

自分の顔が並ぶ前に、先輩に挨拶しとくのもオツなんじゃない?」

「どういう理屈っ……だーかーらー、放すッスううううっ!!」

 

 ああもう!! コイツ本当に一軍を率いる将の1人なんスかね!?

 こういう姿を見る限り、完全にサイコな我侭お坊ちゃんにしか見えないんスけど!?

 

「おーおー仲いいねぇ。妬けちまいそうになるぜ」

「――黙るっスよそこの脳筋ダルマ」

 

 しかも立ち直ったダイダラさんが訳の分からない茶々入れて来るモンッスからアタシのストレスは最高潮ッスよ!!

 

 

「――何やら騒がしいと思えば、やはりお前かラヴィ」

 

 そんな風にニャウやダイダラさんをあしらっていると、今度はリヴァさんが姿を現したッス。

……って、やはりって何スかやはりって。人聞きの悪い事言わないで欲しいッス。

 

「エスデス様から詳細は聞いている――まだ年若いというのに、お前には苦労をかけるな」

 

 そう言うと、リヴァさんはそっと目を伏せながら頭を下げてくれました。

 元、という肩書が付くとは言え、将軍を務められる程に目上の人――そんな事されたら恐縮してしまうッス。

 

「い、いやいやいや!? リヴァさんが頭下げる事なんて無いッスよ!!

元々エスデス様に拾われた命ですし、このぐらいの事なんて苦労の内にも入らないッス!!」

「――そうか、ありがとう。そういってくれると、あのお方に仕える冥利に尽きるというものだ」

 

 アタシの言葉に、慈しむような笑顔を浮かべるリヴァさん――そう言えばこの人も、大臣に贈る賄賂を渋ったのが原因で無実の罪で処刑される寸前に、エスデス様に拾われたんでしたっけ。

 こんないい人が突然変異みたいに出て来るんスから、そう言った意味ではまだまだ帝国も捨てたモンじゃ無いって事なんスかね?

 

 

 

――しかし、次にリヴァさんが言い放った言葉に、アタシの体はまるで足元の凍土の如く凍りついたッス。

 

 

 

「――それならばせめて、途中で食べる弁当くらいは作ってやらねばな。

丁度新作が出来上がった所だ……持って行くといい」

 

 

 

「え゛…………?」

 

 

 

 一見完璧な軍人に思えるリヴァさんの唯一とも言っていい欠点がコレ……凄まじい破壊力を持つケミカル手料理を何かと振る舞おうとして来るんスよこの人。

 ちなみにどのぐらい凄まじいかと言うと、あのエスデス様が数秒気絶するレベルッス。

 

 

 

――ちなみにアタシもその時食べたんスけど、一口で昏倒した上に数日間トイレの住人になったッス。

 

 

 

 しかも本人はまるで自覚してない上に、動機は100%完全な善意……しかも断ると、滅茶苦茶落ち込むので、罪悪感も一塩……なので結局は食べちゃうんスよねー。

 

「おおっとおっ!? そういやそろそろいい加減体が冷えてきたから着替えに戻らねぇとな!!」

「あ、そうそうボクもマスクの仕上げがあるからまた後でねー」

「む、そうか……それは残念だな。また機会があったら振る舞わせて貰おう」

 

 そしてアタシよりも被害を受ける機会の多いニャウとダイダラさんの2人は、わざとらしい大声を張り上げながら信じられないような素早さでその場を後にしました。

 しかもそれを信じちゃうリヴァさん……アナタ、人が良すぎるッスよ……。

 

「ち、ちなみに今日の材料は何なんスか?」

「――む、気になるかね」

「そ、そりゃそうっスよー、リヴァさんの料理って中々に独創的(・・・)ッスから、ひと目見ただけじゃ分かんなくって」

 

 逃げ遅れたアタシは、なるべく機嫌を損ねないように、尚且つ今回の代物が辛うじて食べられるのか、食べられないものなのか、情報を少しでも掴みます。

 これぞ隠密機動部隊で培った話術――!! 

 あ、ちなみに食べられないようだったら白兎の能力全開で逃げるッス。

 

「ふふ、そう言って貰えるとは光栄だ。

……ただ今回は、従軍中なだけあって、そこまで凝ったモノは作れなかったがね」

「そ、ソウナンスカー、残念ッスネー、アハハハ」

 

 前半は嬉しそうに、後半は少し残念そうなリヴァさんに答えるアタシの言葉は、おそらくきっと、完全な棒読みだったでしょう。

 でも、これは朗報ッス。リヴァさんが『凝った』時、その破壊力は費やした時間に合わせて増大するッス。

 つまり、あまり凝っていないという事は、それだけ被害が少なくなるという事――!!

 

 

 

 

 

「で、肝心の材料は――?」

「今日の材料は、マーグパンサーの骨のダシで煮込んだ、ツンドラトカゲのモモ肉だ。

それをパンにサンドしてハンバーガーを作ってやろう」

 

 

 

 

 

――――はいアウトー。

 

 

 

 

 

「――月兎(つきうさぎ)っ!!」

 

 

 

 

 

 アタシは瞬時に白兎の力で宙を舞い、その場からダッシュで離脱したッス。

 ちなみに解説しておくと、マーグパンサーの骨は料理人曰く灰汁とエグみの製造機って言われる代物で、ツンドラトカゲっていうのは、寒冷地に棲息する2級危険種で、体液は高級な湿布の素になるって言われてて……ちなみに味も湿布そのものッス。

 ンなモン食わされた日には、一発でダウンするのは目に見えてるッス。

 

 

 リヴァさんには悪いッスけど、アタシもまだ死にたく無いので……。

 

 

 そんな訳で、アタシはエスデス軍の拠点をグダグダなままに出発したのでした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「むう、確かに重要な任務とは言え、あそこまで急ぐ事は無いというのに……相変わらず、せっかちな娘だ」

 

 

 

 白兎の力で飛び立ったラヴィを見送りながら、リヴァは少し残念そうに呟いた。

 実はラヴィに次いでエスデス軍の中では新参者の部類に入るリヴァであるが、彼自身は既に古参のように馴染んでいる。

 その原因は、間違いなくあの純真無垢な少女のお陰であろう。

 

 

 

 

――無実の罪を着せられ、エスデスに拾われた直後の彼は、誰にも心を許す事が出来ず、当初はダイダラやニャウに対しても一切心を開く事は無かった。

 

 

 

 

 しかしそんな彼に、ラヴィはよく懐いた。

 幼い子どもというのは敏感だ――荒々しい武人の気質を持つダイダラや、生来の残虐性を秘めたニャウよりも柔らかな、リヴァの清廉潔白な性質を感じ取ったのだろう。

 良く笑い、泣き、怒り……まるで感情のバーゲンセールのような彼女と交流する内に、リヴァの凍りついた心は解きほぐされた。

 彼女がいなければ、今のように再び自分が軍を率いる事も無かっただろう。

 

 

 

……ただ、エスデスのみを盲目的に信奉する、悪鬼羅刹の類になっていたに違いない。

 

 

 

「そしてエスデス様もまた、変わられた……」

 

 ラヴィを拾ってから、それまでただひたすら苛烈で冷酷、絶対強者として君臨していたエスデスも、その影響を受けつつある。

 かと言って覇王の性質が弱まった訳では無い――それらはそのままに、しかし下の者に対する優しさ……言ってしまえば鞭だけでは無く、絶妙なアメを与える才を開花させつつある。

 もしそれが完全に花開けば、エスデスという存在は、更なる上のステージに登る事だろう。

 

 

 

――帝都で皇帝の傍に控えるブドー大将軍ですら、凌駕するほどの存在になるに違いない。

 

 

 

 そして、影響を受けているのは何もリヴァやエスデスだけでは無い――残りの三獣士の2人もまた、そうだ。

 

 

 

 ただひたすら最強という称号に固執していたダイダラも、人として致命的な歪みを持つニャウも、大きく変わりつつある。

 

 

 

 ダイダラはその戦闘スタイルと体格の大きさから、戦場においてはラヴィの露払いや護衛を任される事も多い。

 それ故に彼は、ただの猪武者から兵や周囲に気を配る事の出来る『将』としての片鱗を見せ始めている。

 

 

 

 ニャウは元大貴族の御曹司という立場と、天才的な能力を持っていた事から、対等に接する事の出来る存在がおらず、その血を好む性質に歯止めがかからなかったという過去を持っていた。

 が、エスデスの庇護という後ろ盾を持つラヴィは、唯一とも言って良い対等な関係を持つ同年代の少女である。

 彼女と交流する間に――未だに歪んではいるものの――ニャウは人に対する正しい好意の現し方を身につけつつある。

 

 

 

「だからこそ……無事また会おう。お前は、我らにとっての宝なのだからな」

 

 

 

 それ故に、リヴァは彼女の無事を祈った。

 こんな事を言っても彼女は必死に否定するであろうが、ラヴィは既にエスデス軍における同志の証である、四人目の『獣』なのだから。

 

 

 

(フッ……まだ帝国には、あのような有望な子供もいるのだ。

まだまだこの国も捨てたモノではないぞ)

 

 

 

「……なぁ、ブラート」

 

 

 

 最後の一言は、今は何処にいるとも知れぬ、何処までも一本気で、正義の心に溢れていた部下であり、友であった漢に向けて呟かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それはそうと、このままでは折角の料理が無駄になってしまうな……仕方無い。

少々量は少なくなってしまうが、兵たちに振る舞ってやるとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……台無しであった。

 ちなみに、その料理を振る舞われた帝国兵達は、謎の病気(・・・・)を発症し、帝都へ向けて後送されていったという。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

――数日後、アタシは帝都のうらぶれた裏路地の一画にあるあばら屋の前に居たっス。

 

 

 

 北からここまで来る間は、時々危険種に襲われそうになったりしたッスが、そこは流石の白兎――軽く逃げ切って、ほぼ平穏無事にここまで辿り着く事が出来ました。

 そしてここは、アタシの所属する隠密機動部隊が所有するセーフハウスの一つッス。

 一定のリズムでノックをすると、程無くして鍵が開けられ、一見すると髭もじゃの浮浪者……けれど、良く見ればその視線はこちらの一挙手一投足に注がれ、身のこなしの一つ一つが訓練されたものだと分かります。

 この人は隠密機動部隊に所属する一般兵の方ッス。

 

「お疲れ様です、ラヴィ隊長(・・)

 

 一応アタシの部下って事になるので、恭しく挨拶してくる一般兵さん。

……最初は恐縮するばかりだったッスけど、今は大分慣れる事が出来たッス。

 

「――ご苦労様ッスー。『あの人』、いるッスか?」

「はい――既にエスデス様からの連絡を受けて、昨日から待機しておられます」

「了解ッス、それじゃあこれから先は内密な話になるッスから、そろそろ上がっていいッスよ」

 

 そう言って、一般兵さんの手に給金代わりの銀貨が入った袋を手渡して、ご退出願います。

 勿論、この人はウラも取れてる信用出来る人なんスけど……一応、事情を知っている人間は限りなく少ない方が良いッスからね。

 そして更に奥に隠された扉を開けると、そこには外見のボロさからは信じられない程に整った空間が広がっていたッス。

 整然と並べられた、様々な言語で書かれた文書や密書の類、色々な人から押収した証拠品など……ここには後ろ暗いものから真っ当なものまで、帝国の様々な情報が詰め込まれているッス。

 

 

 

――その独特な空気を持つ空間の中に、1人の大柄な男性が座っていました。

 

 

 

「おぉ、これはこれは隊長殿……また会えて光栄だねぇ。

こんなに早く戻って来たって事は、とうとうクビにでもされたのかい?」

 

 トレンチコートに身を包んだその人は、何処か癖のあるネットリとした口調で鷹揚に挨拶してきました。

 相変わらずの不遜な態度に、アタシは呆れ顔で溜息を吐いたッス。

 

「……いちいち聞かなくても『視れば』分かるでしょ。相変わらずいやらしい性格してるッスねー」

「クククッ、悪い悪い……どうにも汚い心ばかり『視て』ばかりいるもんでねぇ。

アンタみたいな真っ白で馬鹿正直な心は、ついつい堪能したくなるのさ……愉快愉快」

「褒めても何にも出ないッスよー」

「……だが、悪い気はしないだろう?」

「まぁ、否定はしないッスけどね」

 

 綺麗に磨かれた歯を剥き出しにして笑うその人の額には、丸い瞳を象った宝玉が光り、それはギョロギョロとアタシの一挙手一投足を見つめているッス。

 うーん……分かってはいるんスけど、ジロジロ見られるのはあんまり好きじゃないッスねぇ……。

 

 

 

 

「――おっと済まない済まない。コイツを使っているとどうにもクセが抜けなくてねぇ」

 

 

 

 

 まるで私の心を読んだかのように、肩を竦めるその人――いや、実際に心を『視て』いるんス。

 それはエスデス軍が所有する最後の一つであり、洞視、遠視、透視、未来視……5つの『視る』力を自在に操る、瞳型の帝具――その名は、《五視万能》スペクテッド。

 

 

 

 

 

――そう、この人こそが、エスデス軍に所属する帝具使い最後の1人。

 

 

 

 

 

「はぁ……まぁいいッス。それよりも仕事ッスよ……ザンクさん」

 

 

 

 

 

「ククク、分かっているとも……ナイトレイドか……中々に楽しめそうじゃないか……愉快愉快」

 

 

 

 

 

 またしてもアタシの心を読みながら、かつて監獄で千の首を狩り続けてきた処刑人である私の部下――ザンクさんは心底楽しそうに笑いました。

 

 




多分、原作と比べて最も大きな変更点であるザンクさんの登場。
アカメが斬る!は、三獣士や彼含めて、使いきりにするのが勿体無いキャラが多いですよね。

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