神々の狂乱   作:初代小人

14 / 31
書き上がってから気づきました。今回3000字普通に超えてることに。
長いですが割と気に入ってる話です。それではどうぞ。


恋人

暗く、冷たく、歪で異様。

彼はそんな場所で生まれた。

生まれた、という表現が正しいかはわからない。

 

 

 

彼には生命が宿っていない。例えるならばそう、AIが搭載されたロボット。

生命が宿っているように見えるだけのハリボテ。

そして彼はそこ以外の場所を知らない。

だから彼にはそこが暗く、冷たく、歪で異様なことは分からない。

 

 

 

ただ彼は1人ではなかった。

彼のこの世界での唯一の居場所である虚無の海底には、1人の人間の女性が仰向けになって浮かんでいた。

プカリプカリ。そんなふうに浮かぶ彼女は浮かびながらも水面に出ることは決してない。

彼は寂しさのあまりその女性とコンタクトを取ろうと試みた。

しかし彼女は毎回拒んでしまう。

その事が最初は哀しくて、悲しかった。

しかし何時からだろうか。

その事に彼が卑屈になり始めたのは。

 

 

 

あるいは最初からそうだったのかもしれない。

やがて彼の周りには氷が漂うようになった。

その氷はやがて大きくなり、海底全てを覆い尽くし、目の前に浮かぶ女性と彼との間を完全に断ち切ってしまった。

それは彼の意思による変化でも、女性の意思による現象でもなかった。

なぜならその氷は、彼の、そして女性の孤独感を象徴するものだったからである。

 

 

 

(えっと…ここはどこだろう。)

穏やかな海底で異形の怪物の名乗りを聞いたサラは本来できないはずの呼吸をごく普通にすることが出来た。

(これは…夢…?私ったらついに白昼夢まで見れるようになったのかしら?だとしたらいよいよ不味くないかしら?)

などと半ば現実逃避のようなことを思案していると、目の前の怪物がまた口を開いた。

「これは夢ではない。そなたの精神世界、心の中だ。」

それを聞いたサラはようやく目の前の異形と会話を始める。

「私の…心の…中?どういうこと?」

「そのままの意味だ。ここはそなたの心。ここの環境はそなたの精神状態によって左右される。足元を見てみろ。」

という虎馬の指示に従って足元を見ると、そこには小さな海底火山があり、辺りの氷を辛うじて溶かしていた。

その海底火山は一つだけではなかった。

よく良く見てみると、あちらこちらにまばらに存在している。

「そなたの心は戦いの最中に久しぶりに熱くなり、その結果として海底火山が出来て、氷を溶かしたのだ。そしてそのタイミングで我が接触を図り、今に至る訳だが、どうしたい?」

と、虎馬は唐突に問いかけてくる。

 

 

 

「どうなりたいって…どういう意味よ。」

サラは虎馬の意図を計りかねて問い返す。

すると眼前の氷に、無数の鋭い小石に全身を貫かれようとしている自分が写った。

「我はそなたの心の傷が具現化した怪異だ。と同時にそなたの封じられた力その物なのだよ。それは即ち、我がそなたに力を貸せば、そなたは一時的に本来の能力を取り戻すことが出来るという事でもある。本来の力さえ取り戻せばこの戦況の打開など容易かろう?」

確かにそのとおりだ。二年前よりも前の私ならすぐに逆転することが出来る。

「私に力を貸してくれるの?」という問いに虎馬は、

「勘違いするな。我の力は元よりそなたのものだ。力を返す、という方が正しいのだ。時間が無い。力が必要なら目の前の氷に触れろ。」

と答えた。

 

 

 

私は指示通り目の前の氷に掌を当てる。虎馬はというと、俯くように額を氷に当てている。

と、私の掌と虎馬の額との間に幾何学的な光の線が幾本も走る。

そして力が漲るような感覚が私の体に訪れる。

それと同時に鋭い痛みが頭に走り、私は頭を抱えて蹲って倒れ、そのまま気を失った。

意識が落ちる寸前に私は、懐かしい声を聞いたような気がした。

 

 

 

 

気がついた時、たくさんの石礫が私を貫かんと襲いかかり、あと数瞬後にはそれらを受けてしまう所だった。

それに対して私は右手を振り、水蒸気爆発を起こし、石礫をすべて払う。

それを見てグラウンとグロウドは明らかにたじろいでいる。

相対する私には余裕があり、悠々と二人に向かって歩みを進める。

グラウンとグロウドはその歩みを止めるべく様々な攻撃を仕掛けるもののその全てが水蒸気による爆発に吹き飛ばされ、、氷の厚い壁に阻まれ、流れる水に押し流される。

砂漠ステージだろうが関係ない、そう言うような圧倒的な力量と魔力の量。

正しく最強の魔術師に、グラウンとグロウドが付け入る隙などあるはずがなかった。

そもそもサラが液体、気体、固体の三態を操れた頃には他の者の追随を許さないほどの圧倒的力量だったのだ。

 

 

 

二人がかりで来られたとてその差が埋まるはずもない。

私は右足を強く踏み込み、グラウンの足元から鋭い氷山を生やす。

電脳世界とはいえリアルに作られたこの世界をグラウンの血が湿らせる。

グロウドはいよいよ怯え、第二分隊全員とともに降伏し、MSF分隊対抗戦を棄権した。

一番の関門であった第二分隊に勝利を収めた頃には、もうほかの隊は全滅していた。

長い戦いだった。

深い感慨に耽りながらもサラは電脳世界から退出(ログアウト)するのだった。

 

 

 

 

第1分隊がMSF分隊対抗戦優勝の栄光に輝いた1週間後のことだった。

サラの元をグロウドが訪れた。

「力戻調子如何?」(力が戻ってから調子はどうだ?)

「いや〜あれから何回試してもダメなんですよね〜」

「安心」(よかった)

「あ!でも貴方達ともう一回戦ったらまたもどるかもしれないなぁ〜?」

そう言うとグロウドは、「急用思起。吾戻」(急用を思い出したから戻る。)と言ってそそくさと帰っていった。

「ふーーー。」

と深く息をついて再びのんびりしようと思った時だったわ

「廃工場敷地内で不審な爆発が発生。座標は…」

と、ポケットの中の小型無線機から出動命令が入る。

すぐに第1分隊の中の少数精鋭部隊を率いて現場に向かう。

そこでサラたちが見たものは、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の敵勢力を全員倒し、リーダー格の人物を討とうとした時だった。

血に染まった地面に、“何か”を持った目標(ターゲット)が見える。

その目標(ターゲット)が持っている物が何であるかは知っている。

それなのに体は勝手に前へと進む。

“前までは”そうだった。体が動かないのである。その代わり、いつも見る光景を少し離れたところから見る。

「お前らは!我らの大事な同士達の!命を奪った!目には目を!歯には歯を!命には命で持ってその罪を贖うがいい!」

 

 

嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ…

そして叫んだ男は掴んでいたモノーーーサラの当時の恋人であるペルクスの心臓をナイフで貫く。

男は返り血に染まり、満足気な表情でペルクスの死体を無造作に放り投げる。

「ペルクス~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

視界がぼやけ、最も大事なものを失った絶望でサラの流水の鎧が凍りつく。

そして夢は覚め……ない。

 

 

 

ペルクスの死体がマリオネットのように唐突に立つ。人間にしては不自然な立ち上がり方である。

そして嵐が訪れ空を灰色の雲が覆い、吹き荒れる暴風はサラとペルクス以外の全てのものを吹き飛ばし、辺りを綺麗な更地にする。

 

 

顔が真っ青で血にまみれていたはずのペルクスにはいつの間にか生気が戻っていた。

そしてペルクスは

「あぁ、サラ。御免よ。随分君を苦しめてしまった。」

これは夢だ。それをサラは知っている。

それなのに。サラの双眸からは涙が溢れて止まらない。

 

 

 

「ほ、本当よぉ。何、何簡単に殺されて死んじゃってんのよぉ。あれからどれだけ寂しかったか、悲しかったか。どうしてくれるのよぉ。ねぇ!」

「すまない。本当はサラを見守るだけのつもりだったんだけどあまりに辛そうだったから…嗚呼そうだ。僕が死んだ後、君の心に生まれた「虎馬」という怪異は君の心の傷を具現化している。そこに僕の魂を上書きした。虎馬の正体は僕だ。悪夢を見せるつもりじゃなかったんだ。それも、ごめん。」

「ペルクス、貴方体が…」

ペルクスの体は光の粒になって消え始めていた。

「もう時間が来てしまったのか。最期に、最期に、逢えて、少しでも話せてよかった。」

「まっ、待ってよ!ペルクスと話したいこともやりたいこともまだまだ沢山あるんだよ…」

「ゴメンね。サラ。あと言い忘れてたことなんだけどね。」

「何?」

 

 

 

「僕が死んだのは、殺されたのはサラのせいじゃないよ。僕が弱かったから殺されたんだ。」

「え…?」

 

 

 

「それからもう一つ。サラには幸せになる権利と義務がある。僕なんかのことは忘れてさ、新しい恋人を作りなよ。もう二年も経ったんだよ?僕はサラの笑顔が見たいよ。」

「そんな…そんなこと………出来るわけないじゃない…」

ペルクスの体がいよいよ光になって天に昇り始め、端の方から消えていく。

 

 

 

「どんな事になっても、サラがどんな道を選んだとしても。僕は、僕だけは君の味方でいるよ。君は絶っっ対に1人じゃない。どうやら別れの時が来てしまったようだ。今まで愛してくれて、ありがとう。たくさんの幸せを、ありがとう。今度は君が幸せになってね。」

 

 

 

そう言ってペルクスは涙で濡れたサラの頬を拭い、そっと唇をサラと重ね、その一瞬後にサラにペルクスの感触と温もりを遺して儚い光の粒となって、高く、高く、天へと昇っていった。

 

 

To be continued…

 




今回でサラ外伝・虎馬は終わりです。
一応注意書きしておくと、最終回ではないです。
これ、原本書いてる時も「もうこれで終わっていいんじゃね?」って思ったんですけど、ロキ君の方がまだまだ解決してないんで。残念ながら終われない。かと言ってこの話はこの時系列でしとかないといけないから最後に持っていくことも出来ない。結果としてこの最終回(?)な感じになってしまったというのがこの話です。
もう一度言います。この話は最終回ではないです。連載は続きます。
という事で次回もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。