「熊口さーん、起きてー」ベシベシ
おぼつかない視界の中、三角頭巾を頭につけた肌白い女の子が此方の頬を何度も叩いてくる姿が見えた。
「ん~、あと2日は寝させて……」
「2日!?せめて1秒にしてください!」
「1秒は短すぎだろ……」
どうやら気絶していたらしい。……ん?ていうかここどこだ?つーか翠も普通に出てきてるし。
「どうせ単純な熊口さんならここが何処かとか疑問に思ってるんでしょ?仕方ない、この私が教えてあげます。
ここは神子さんの屋敷です。そして熊口さんは丸一日寝ていました」
「あ、そ。翠、教えてくれるのはありがたいがなんでいちいち罵ってくる?」
と、起き上がろうとしてみる
「いででっ!……なんだ、一回死んでなかったのか」
「はい、残念ながら」
「おい、なにが残念ながらだ」
どうやら死んでないらしい。死んだら一度リセットされて傷ひとつ無くなるからな。
んー、別に10個もあるから一回ぐらい死んでもいいんだけどなぁ……ってそれは流石に嫌だな。生き返るからって死んでもいいって発想は良くない。
「腹に包帯巻かれてる……ていうか服も変わってるじゃねーか」
いつものドテラに黒T、青ジーンズの格好ではなく、浴衣に着替えさせられてる。
うむ、誰が着替えさせたのか気になるところだ。
「いやぁ、それにしても驚きましたよ。熊口さんが戦った人がまさかあの人だったなんて……」
「ん、誰なんだ?」
「ほら、あの人ですよ!青娥さんが言ってた……」
「ん、それって「入るわよー」……え」
「あら、起きてたの?」
ま、まじか。急に襖を開けて青娥が入ってきた。
なんで青娥がここにいるんだ!?
「翠、生斗の具合は?」
「ええ、良好ですよ」
「なんで青娥が?」
「ん?そんなの決まってるじゃない。愛しの生斗が倒れたって聞いたから急いできたのよ」
「……嘘つけ」
「あら、バレましたか。でも全部が嘘って訳じゃなくてよ?」
「はいはい」
さて、どうしたもんか。腹痛いし青娥きたし……良いこと全然ないな。
「それじゃあ、私は太子にこのこと伝えにいくわ」
「……は、太子?」
ちょっと今聞き捨てならないこと聞いたような?!
「え、生斗知らないの?貴方が戦った相手、
厩戸皇子よ」
「…………え、本当?」
「本当よ」
「…………」
マジデスカ……
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「この度はすいませんでした」
「エ、ハイ、ダイジョブデス」
なんでだよ……厩戸皇子って男じゃなかったのか?いや、歴史の教科書にも男で嫁もいたって書いてあったし……
もしかしてこの世界ではおれのいた世界とは歴史上の人物がまた違うのか?
これは今度寝たときに神に聞いてみるしかないな……
「熊口さん、白目向いてますよ」
「エ、……は!いかん、現実逃避するところだった!」
「現実逃避する要素ありましたか?」
そりゃあるだろ。戦ってた相手がかの有名な聖徳太子だったんだから。
もしあのとき大怪我させてたらと思うと……
「それよりも生斗。やっぱり貴方なら来ると思ってたわよ。こんなに早く来るとは思っていなかったけど」
「おれは元々来るつもりはなかったんだけどな……」
「私も驚きました。まさか仙人の青娥と生斗が知り合いだったなんて……でも一番驚いたのは生斗から翠が出てきたところでしたが」
「あのときはものすごい悲鳴をあげてましたよね」
「い、いや、あれを驚かない人なんていませんよ」
どうやら神子は翠ともう話したことがあるらしい。
「んで?その太子様がなんでうどん屋なんかにいたんだよ。いちいち屋敷でなくても食えるだろうに」
「そ、それはですねぇ。ちょっと庶民の気分を味わってみようと思いまして……民の気持ちもわからず束ねることなど出来ないと私は思っているので」
「だから変装なんてしてたんだな」
「そうです。しかしその途中で寄ったうどん屋に貴方が来て……」
「それで突っ掛かってきたと?」
「はい。私には『十人の話を同時に聞くことができる』。それは人の本質、そして欲を読み取ることが出来るのです。そうだと言うのに貴方の欲が異質でつい……」
「……そうか」
欲が異質と言われて良い思いはしないがたぶん本当のことだろう。確かにおれは命を軽んじてる部分があるしな。
「それで?神子はこんなことしてる暇あるのか?仕事とかあるはずじゃ……」
「あ、そうでした。今日までに目を通さないといけないものが…………すいません、それでは私は失礼します。」
そういって神子は部屋から出ていった。駆け足で行ったあたりかなり立て込んでいたようだ。
「はあ……さて、どうしたもんかね」
「ふふ、貴方も今日からここに住むでしょ?私が言えば直ぐに住めるはずよ」
「いや、なんでだよ。住まねーよ……ていうか青娥、貴方″も”ってことはお前、ここに住むのか?」
「ええ、今日から住み込みで太子とその部下二人に道教を教えることになりましたわ」
「ま、まじか」
そんなことになっていたとはな。そして青娥がどうやって神子と接触できたのかも気になる。
「どうやら表向きでは仏教を進め神子さん達は道教するそうですよ?」
「そんなの知るかよ。仏教や道教なんておれは興味はない。」
「ふふ、いずれ興味が湧くわ」
何処からそんな自信がでてくるんだか……
「それじゃあ、私も行くとするわ」
「あ、そうか?んじゃな」
「ええ、またね」
ん、ちょっと待て、聞きたいことがあった。
「青娥、一つ聞きたいことがあるんだが。」
「ん?なに?」
「おれの服着替えさせたのって誰だ?」
「ああ、それね。……私よ」
「は?」
「だから、私よ」
「へ?!」
「おっと、早く行かなきゃ。それじゃあね~」
と、おれが少しの放心状態になった瞬間に青娥は部屋からでた。
え!?ちょ、まってくれよ!青娥がおれの服を着替えさせてたのか!?
「!!」バッ!
と、悪い予感しかしなかったおれは急いで毛布をはいで、下半身の方を見てみる。無論、パンツが履いているか確かめるためだ。
そして見たその先には________
「『冗談よ、騙された?』?」
と書かれた紙があった。
「ぷぷぷ……やっぱり熊口さん、服のこと気にしてたんですね。そうだろうと思ってあらかじめ置いておいたんですよ」
「み、翠……貴様……!」
「え、ちょ!?発案したのは青娥さんですよ!?」
「同罪だ!!」
と、痛む体に鞭打って立ち上がる。
「こ、ここは逃げるが勝ちです!」サッ!バタン
「あ、こら逃げるな!……ぐっ、くそ、腹の傷が……」
くそぅ、またあの二人にしてやられた……絶対に許さないからな……
因みにおれを着替えさせたのはゴリゴリのおじさんだったらしい。
おう……意識手放してて正解だった