東方生還録   作:エゾ末

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5話 朝飯は1日の原動力だよな

 

 

「そういえば熊口君、実は娘も今度の編入試験を受けるんだ。仲良くしてやってくれ」

 

 綿月隊長がおれとの別れ際に言った一言。あんなゴツい人の娘って……いかん、その子もゴリゴリなのしか想像できない。

 

 まあ、そのことについては深くは追求しないでおこう。

 もしかしたら親がゴツくても、娘は美少女って可能性もあるんだし。でもなんでその娘が今頃編入試験なんて受けるんだ?入隊試験は結構前に終わったって聞いたんだけど……

 その疑問について、帰る途中に永琳さんに聞いてみると____

 

 

「ああ、あの子、入隊試験のこと忘れてずっと修行してたのよ。」

 

 

 うん、ゴリゴリな人の可能性がうんと羽上がったぞ。修行で入隊試験すっぽかすて……

 

 

 

 

 と、そんな会話をしてからもう9日が経った。ついに明日は編入試験だ。

 永琳さんは仕事の合間を縫って、おれの霊力操作について教えてもらったりした。

 最初は試験なんてやる気なんてほぼ皆無だったんだけど永琳さんが____

 

 

「もし合格できなかったらこの国には必要ないと見なされて追放されるから」

 

 

 と脅された。これはさすがに焦った。

 まあ、そんな感じで9日をグータラしたり霊力操作の練習したり筆記テストの勉強したりグータラしたりしてた。

 はい、勿論グータラする度に永琳さんに叱られました。

 でも、グータラしている時間はおれにとって至福の時間でした。

 

 

 

 霊力操作については永琳さんいわく、かなり上手いらしい。

 そんな実感は微塵もないけど。競争相手とかいないわけだし。

 でも褒められるのは確かに嬉しい。しかもあの永琳さんにだ。あまり長い間一緒にいたというわけではないが、永琳さんがどれぐらい凄いのかは十分に分かる。

 分厚い資料を流し読みぐらいの速さで読んで、完璧に理解していたし、勉強で分からないことを聞いたら、その答えの解説だけでなく、それに類似した事まで事細やかに説明されたりした。

 これ以上言うと限りがないので、この辺にしておくが、兎に角おれが言いたいのは、永琳さんは本当にパーフェクトな人だということだ。

 そんな人から褒められたら普通の人ならどうする?

 勿論、照れる筈だ。

 だが、おれは少し違った。

 何故なら、おれは変な癖があったからだ。

 

 

「すごいんですか? え、まあ、おれぐらいになるとこれぐらい楽勝かな? なんちゃって!」

 

 

 と、褒められると調子に乗って、自画自賛してしまう癖があった。

 

 勿論の事、その場を凍りつかせたのは考えるまでもない。

 

 ……うん、自分の癖の事、完全に忘れていた。自重せねば、いや、ほんと……

 

 

 

 

 さて、この9日間のことを振り返るのはこの辺にして、取り敢えず今日はもう寝よう。明日はついに試験日だからな。

 大丈夫、いつも通りしていればなんとかなる。永琳さんも合格()できると言ってくれたんだ。合格()できると。

 

『は』の部分を強調して言われていたが、永琳さんが言うなら間違いないだろう。 

 いつも通りにやればいけるんだ。よし、おれなら行ける!

 そう、自分に自己暗示しながら、おれは瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、全然寝れなかった。

 鏡をさっきみたら目が充血してましたよ。

 くそう、やはり自己暗示しながら寝たから余計にプレッシャーがかかったのか……

 そして今はまだ太陽が顔を出していないのに試験会場まできてしまった。永琳さんからは意識が高いわねって言われて調子に乗ったけど、実際はただ寝れなかっただけです。

 

 

  グゥ~

 

 

「腹減ったな……」

 

 

 そして朝飯を食べるのを忘れたのはかなり痛いな。

 朝飯は1日の原動力っていうぐらい大事な物なのに……でもここから永琳さんの家に戻るのも面倒だし……

 うう、人の三大欲求の一つを忘れるくらい緊張していたなんて……これは重症だな。

 

 

「あの……」

 

「ん、はい?」

 

 

 永琳さんの家に戻ろうかどうかを迷っていると、後ろから誰かに話しかけられた。

 ん、誰だろうか。おれに話しかけてくる奴なんて……

 そう思いながら、話しかけてきた人の方向を向いてみると、そこには、見知らぬ美少女が、不安げな表情をしながら此方を見ていた。

 え、誰だよこの女の子。おれの知り合いの中でこんな美少女なんていないぞ。

 髪はロングでで頭に黄色いリボンをつけてある。肌は化粧をしているかのように艶やかで、目は少し気強そうなつり目だが、逆に美しさに磨きがかかっている。

 え?なんか腰に結構デカイ木刀ぶらさげてるんだけど……まさか、余所者のおれを始末するための刺客か!

 

 

「間違ってたらすいません。貴方、熊口生斗さんですか?……あと何故構えたんですか?」

 

「あ、はい。正真正銘の熊口生斗です。あと何故構えたのかは貴方が一番わかっている筈だ」

 

「何も分からないのですが……父上の言った通り変わった方ですね」

 

「え、父上?」

 

 

 いやいやまさか。なんか前にあのゴリラに娘がいるってのは聞いたけどまさかね。

 こんな美少女があのゴリゴリの娘なわけないだろ。きっと、執事の孫とかそんな感じな筈だ。あのゴリラ以外の知り合いとなるとあの年老いた執事ぐらいだし。

 

 

「あ、私まだ自己紹介してませんでしたね。

 私の名前は綿()()依姫。貴方が先日会った綿月大和隊長の娘です」

 

 

 ……綿、月?

 

 

「あの、ちょっとごめん。今名字をよく聞き取れなかったんだけど。あと父上って?」

 

「聞こえなかったのですか。すいません、私の声が小さかったばかりに……

 んーと、名字は綿月で、父上は熊口さんがこの前図書館で会った綿月大和という名前の人です」

 

 

 マジカヨ。本当にまじか。聞き間違いと思ったけどまじだった。

 父はゴリゴリ、娘は美少女って漫画の世界だけだと思ってた……どうやったらあのゴリラからこんな可憐な美少女が産まれるんだよ! 遺伝子詐偽だ!

 

 

「ああ、依姫さんね。綿月隊長から聞いてたよ。自慢の娘だって」

 

「え?父上がそんなことを!? いつも何も褒めてくれないから不安だったんです……教えてくれてありがとうございます!」ガシッ!

 

「……え? いや、どういたしまして?」

 

 

 うわ、いきなり両手掴まれてお礼されたから少し仰け反ってしまった。

 ……ていうかあれだけでこんなに喜ぶとは。これまであまり親から褒められてなかったのか?

 それだったら褒めてやれよ、あのゴリラ……

 

 

「それにしても熊口さんって意識が高いんですね!まだ日も昇ってないのに試験会場にくるなんて!」

 

「依姫さんこそ来てるだろ」

 

「はは、実は眠れなかったんですよ。もし明日落ちたらどうしようって」

 

 

 うわ、おれと同じ理由じゃないか。もっとも、あっちはおれと違って目は充血してないが。

 

 

「依姫さんも緊張するんだ。実はおれも寝れなくてな。寝れなすぎて目が充血するくらい」

 

「え、元からではないんですか?」

 

「なわけないだろ!? 常時目が充血してるって恐怖でしかないぞ!」

 

「あ、すいません。目が赤いからそのサングラスで隠しているのかと思ってました」

 

「酷い!」

 

 

 中々心に刺さることをいってくれるじゃないか……

 

 

「疑問に思ってたんですが、父上が言うにはそのサングラスはとれないということでしたが……それって本当なんですか?」

 

「ん、グラサンのこと? ああ、とれないよ。おれも取ろうと思ってたんだけどくっついて取れないんだよ。無理矢理とろうとしたら頭ごと引っ張られて痛いし」

 

 

 いや、ほんとなんでだろうな。

 あ、そういえば永琳さんがなんかよくわからない液体で耳の表面を溶かして取ろうとしてきたときはほんと焦ったな。あのときは泣きかけた。

 

 

「不思議ですね……」

 

「おれはあんなゴツい人から依姫さんが生まれたことについてのほうが不思議だ。

 あとなんだその目は。どうやっても取れないぞ。だからその取りたそうな手を退けてくれ」

 

 

 

 

 まあ、そんな雑談をしているうちに人が集まってきた。

 空をよくみれば日も照り始めている。

 

 よし、ついに始まるのか。おれの今後の生活のかかった戦いが!!!

 

 そう思っていると、門の中から、受け付け用紙を持った試験官の人が出てきた。

 

 

「はーい、編入試験希望者の人は証明書と受験番号を見せてくださーい。」

 

 よし、証明書ももってる。受験番号は確か六桁で

 1243……1243………1243…………

 

   ………………。

 

 

 ……あれ?

 

 

「受験番号わすれたぁぁ!!!?」

 

 

 このあと全力疾走して受験会場から永琳さんの家を往復してなんとか受験受付に間に合った。

 あと依姫さんと永琳さんに同じように呆れたような顔をされた。

 

 くそ、永琳さんの家に戻るのなら最初から戻って朝飯を食べておけばよかった!!

 

 


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