果たし状にまみれたおれに対する書状。しかしその中に1つだけ妹紅からおれ宛にきた感謝の書状があった。
まさに紅一点。お前ぶっ倒してやる! と息巻く書状越しからでもわかるむさい男達の中に、この前はありがとう! とても楽しかった! と書状越しからでもわかる純粋無垢で可愛らしい妹紅。これだけでおれの心がどれだけ癒され、救われたことか。
「死ねぇ!」
「我が剣の錆となれぃ!」
ここ最近では翠の読心には慣れ、ストレスはあまり溜まらなくなったが、その入れ換えかのように果たし状全消化するまで休めませんが始まってしまったおかげで、全然ストレスのやつが息を潜めるということにはならなかった。
「うるせえぇ! 黙って攻撃しろ!」
おれはただゆったりと過ごすことが出来ればそれでいいんだ。争いのない、自給自足する必要のない、ただ食っては寝を繰り返し、たまにちょっとしたイベントが起きるような、そんな日々を過ごしたいだけなのに……え? 欲張りすぎ?
「生斗、いつになく暴れてるね」
「鬱憤を晴らしてるんだと思いますよ」
「まあ、見ていて楽しいからいいんじゃない?」
あ、そういえば縁側から見ている女三人衆ーー輝夜、翠、紫がこの前『熊口さんの悪戯しようの会』を結成していたことには驚いた。まず、その会に輝夜が入っていることだ。他の二人は入って当然の面子だが、まさか輝夜が入ってるなんて予想だにせず、輝夜が初めて仕掛けてきた落とし穴にまんまと引っ掛かってしまった。
「つ、強い……!!」
「こっちは四人がかりだというのに……」
「歯が立たない!」
「くそっ、こいつを倒せば楽に都一になれると思っていたのに」
そうそう、何故おれのところに大量の果たし状が来たのかというと、はっきり言って『弱そう』というのが理由だそうだ。
町中でおれを見た連中は、強者たる覇気の感じられない腑抜けたおれの姿を見て、こいつなら俺でも倒せるんじゃないか、と考え、今回の大量果たし状事件が起こったということを刺客ラッシュの初日にきた連中をしばいて吐かせた。
…………ま、まあ能ある鷹は爪を隠すからな。そんじゃそこらの人間の観察眼じゃ、おれの力量を測ることなんて出来るわけない___
「弱そうで悪かったな!」
「ぐあっ!?」
ええ、傷付いてますよ? はい、聞かされたとき落胆しましたもん。
え、なに? おれ弱そうに見えるの? ほら見てよこのグラサン、威圧感たっぷりでいかにも強者感漂わせてるだろ。なんですか、貴方達の目は犬の○でもつまってるんですか!
「馬鹿野郎共! 来るなら全員来い! いっぺんに片付けてやる!」
「くそ! 拙者らを舐めておるな!」
「お主の頚を必ずや我が主に届けん!」
ーーー
「くっ、私達の敗けだ」
「次こそは必ず……!」
負け犬の遠吠えもろくにせず、そそくさと帰っていく果たし状の送り主達。
結局誰一人としておれに傷をつけることはなかったな。まあ、おれは強いから? 所詮弱い物狙いの奴等に遅れをとられる訳ないし?
「はあ、はあ、はあ! に、二度と来んなよ!!」
いかん、久し振りに長時間霊力剣を振り回したせいで腕がもう上がらない。
「さすがは熊口殿、あの量の刺客にものともしないとは」
「いや、中々疲労困憊してますよ、おじいさん」
翠が何かおじさんに吹き込んでるな? おれは疲労困憊してなんかない。ただちょっと腕が上がらなくて今にも倒れそうになってるのと酷い目眩がするだけだ。……あれ、意外と満身創痍?
いや、ほんと調子に乗って十数人を一度に相手するんじゃなかった。ただでさえ昨日も刺客の相手してたというのに……
「お、おじさん、おれ……やりましたよ」
庭から彼方の縁側まで声が届いているかどうかは分からないが、一応声をかけてみる。
いや、聞こえないだろうな。おじさん、年だし。
「生斗~」
おじさんを少し馬鹿にしていると、おれの名前を呼ぶ声が皆が集まっている縁側から聞こえてきた。
……あの声は輝夜か。ちょっと声がこもっていたから一瞬分からなかった。
輝夜も縁側からおれの活躍ぶりを見ていたが、しきたりやらで顔を晒せなかったので蓑笠に口を布とで顔を隠されており、ほぼ誰なのか分からない。
「ここに、私が作った握り飯があるわ。是非此方にきて食べてみてー」
そう言う輝夜の手には笹の上に置かれた少し歪な形をした3つのおにぎりがある。
か、輝夜が作ったのか……いや、まあ嬉しい。女の子の作ったものなら大抵なものは美味しく食べる。
「はあ、はあ……出来れば今は水の方がありがたいけど……ありがとな」
そう言っておれは重い足を引き摺るようにして歩き出す。
あ~、やっと息が整ってきた。
普通にゴリラ2号や糸目陰陽師よりキツかったんだが。
「のろのろしてないで早く来てくださいよ。私も食べたいんですから」
「はいはい、わかっ……」
翠に急かされ、ちょっと早歩きで向かおうとしたが、ある予感が脳裏に過ったおれは足を止めた。
ちょっと待て。もしかして何か罠があるんじゃないか。
以前、おれは輝夜の策略により落とし穴に落ちた。もしかして今回も____
と、縁側までの道を辿ってみる。
……あ、彼処なんか怪しいぞ! 他の箇所とほとんど相違がないが、おれの目は騙されない。輝夜達の目の前の地面は微妙に他と違う感じがする! 確証は全然ないけど!
ふっ、あいつらめ。一流に同じ手は通じないということを教えてやる。
引っ掛かったふりをして直前で飛び退いてやる。
それであいつらが残念がれば勝ち。それを種にあいつらをいびってやろう。
完璧な作戦! ここ最近してやられっぱなしだったが、それを返すときが来たんだ!
「何そこでつったってるの。早く来なさい」
「(んー、遠くだと熊口さんの心読みにくいですね。ろくでもないことは確実だと思いますが)」
よし、作戦が決まったなら実行するのみだ。
「ああ、今行く」
そう言っておれはわざとゆったりとしたペースで歩みだす。
これによりあいつらに苛つきを感じさせ、尚且つ罠の直前に避けるというさらに苛つきを倍増させる。これまであまり人を苛つかせるようなことをあまりしては来なかったがやろうと思えばうざったらしい行動なんて幾らでも取れる。それを覚えるだけの年月を生きてるからな。
「あ~、足痛い。ゆっくりいかないと無理だな、これ」
「「「(わざとらしい!)」」」
ゆっくりだが一歩、また一歩と縁側近付いていく。
おれの見立てではあいつらの手前よりもう少し奥に設置している筈だ。その方がおれが落とし穴に引っ掛かった時に見やすいからな。
それをおれが飛んで避け、どや顔をする。
うん、あいつらの悔しがる姿が目に浮かんで滑稽だ。
「……!」
そしておれは見立てていた少し違和感のある地面まで近付いた瞬間。前に飛んだ。
その光景をみて目の前にいた3人プラスおじさんは驚愕の表情に染め、おれを見ている。
ははは! 見たか! お前らの策略は失敗に終わった!
「____あっ」
そしてついに、違和感のない地面へと着地したのだが、その着地した足を余所見をしていたせいで捻り、バランスを崩してしまう。
「あ、ちょっ……」
バランスを崩したおれの身体はそのまま目の前の地面に向かって急降下していく。所謂転けている真っ最中ということだ。
あまりの一瞬の出来事におれは反応が遅れ、空を飛ぶことを完全に忘れていた。
そしてついにおれは地面____
___ではなく、縁側の角に額をぶつけた。
「!!!!?!!」
ああああああぁぁああぁ!!!
突如としてくる、予想を遥かに越えた衝撃。それはおれの脳を大きく揺らし、尚且つ額の肉を切るには十分過ぎる威力を有していた。
声にならない悲鳴をあげたおれはその場で額を両手で押さえながら転げ回る。
「……」
「……」
「……」
いっ、痛い! インパクトは普段よくしている骨折のそれとは比較にならない!
「生斗、何がしたかったんだろう……」
「おそらく、ろくでもないことですね」
「自業自得ね」
「熊口殿……」
このあと、なんとか治療を受けてなんとか回復することができた。
あと、落とし穴なんてものは元から存在しておらず、ただのおれの思い違いだったようです。つまり今回はただの自業自得。それに加え女三人衆に疑っていたことがバレ、それに関して散々弄られました。泣きたいです。
あ、でも輝夜が作ったというおにぎり、ちょっとしょっぱかったけど美味しかったな。
現在、生還録の修正版、『生還記録』を執筆しています。
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