東方生還録   作:エゾ末

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⑮話 フラグでないことを祈る

 

 

 紫がおじさんの屋敷に来てから一週間が過ぎた今日この頃。

 心地好い微風が髪を揺らし、眠るには最適な温度の中、おれは昼間に現れた睡魔と戦いつつ輝夜が習い事をしている部屋の前で胡座をかいていた。

 

 

「……」

 

 

 あ、駄目だ。睡魔強すぎる。後数秒もすればおれの意識は睡魔によって刈り取られるだろう。

 くっ、寝ているのがおじさんに見つかったらまたお叱りを受けてしまう。今週でもう5回も怒られてるんだ。これ以上おじさんを刺激してしまったらあの人の寿命が縮むかもしれない。

 

 

「……」

 

 

 しかし睡魔はおれの意思とは無関係に襲いかかってくる。

 強い……強すぎる! これまで幾度となく超人や妖怪と渡り合ってきた。しかしその中でも睡魔は別格だ。おれの弱味をつけこみ、着実に戦闘不能に追い込んでくる。対抗する手段は己の精神力のみ。しかしおれは睡眠がとてつもなく好きだ。抗うことなんて皆無、つまり抗う手段等ない。

 これ程の相手に勝つ手段なんてあるのだろうか? 否、無理。

 ということで寝ます。おじさんごめんなさい。出来れば見つからないように祈りながら寝ます。

 

 

「邪魔よ」

 

「あだっ!?」

 

 

 睡魔に屈服し、意識を手放しかけたところで誰かに肩を蹴られ、意識が覚醒する。

 くっ、睡魔は消えたけど倒れたときに肘打った所が地味に痛い!

 

 

「掃除中なんだがら廊下で寝ないでちょうだい」

 

「だからって蹴ることないだろ、紫。蹴り返すぞ」

 

 

 薄紅色の着物と頭巾に身を包み、腕捲りをして裾を汚さないようにした姿の紫が、今おれを蹴った犯人だろう。周りに誰もいないし、おれの発言に対して否定してないからな。

 はあ、折角おれが取り持って侍女にしてあげたのにこの仕打ち。怒ってもいいかな? おじさんから色々問い詰められて大変だったんだぞ。何処の出の者なのかとかおれとの関係性はとか役に立つのかとか。まあ、そこのところは百姓出でおれのかっこよさに惚れてついてきた健気な幼女だと言って言いくるめたから大丈夫だったけどなーーそのあと紫にぼこぼこにされたのは言うまでもない。

 

 

 

「この屋敷、中々広いから苦労してるの。そこで寝るぐらいなら手伝いなさいよ。翠は手伝ってくれてるわよ」

 

「おれ、用心棒。ここで用心してる。OK?」

 

「貴方と翠でワンセットな節があるのに」

 

「翠とおれを一緒の括りにするな」

 

 

 ほんと、あいつと一緒にいないときぐらい忘れさせてくれ。最近ではおれの心を読めるようになってますます毒舌に磨きがかかってきたからな。紫を連れてきたときなんかは特に酷く、幼女誘拐だーとかロリコン変態塵とか、ここぞとばかりに罵ってきた。おれは女に罵られて興奮を覚えるような変態ではないからただただストレスが溜まった。

 

 

「はあ、誰か私のお掃除を手伝ってくれる美男子はいないかしら」

 

「大丈夫、おれ美男子()()()()から手伝わない」

 

「ではない、と強調したのは何故かしら?」

 

「ん~、男前っていう意味?」

 

「失笑すらおきない冗談ね。奈落の底に落ちればいいのに」

 

「おい紫、まさかお前、翠に感化されてるんじゃないだろうな!?」

 

 

 さあ、といった表情で首を傾げる紫。くっ、今の環境は精神的につらい! 何か……何か癒しが欲しい……妹紅! 妹紅よ来ておくれ! おれの傷ついた精神をどうか癒してくれ!

 

 

「すいません、お稽古中なので外で騒がないで下さいませんか?」

 

 

 おれらの目の前の戸を開け、注意してきたのは輝夜のお世話係の女房だ。どうやら習い事の邪魔をしてしまっていたらしい。部屋の奥の方にいる輝夜は羨ましそうな目で此方を見ているけど。

 

 

「すいません、全て紫の責任です」

 

「即座に責任転嫁をするなんて器が知れるわよ」

 

「全然転嫁してないだろ! そもそも紫がおれを蹴り飛ばしたのが___」

 

「はあ……騒ぐのなら他所でやってください。迷惑ですので」

 

 

 そう言って女房は戸を閉めた。十中八九面倒がられたな。確かに今の流れだと口論になって長引きそうだったから、今の女房の行動は正しい。ただ、話を言いかけてた此方としてはなんだかもやもやした気分になる。

 

 

「あーあ、紫のせいで叱られた」

 

「いい大人が説教されるなんてね」

 

「お前が来なければ怒られなかった」

 

「ふふ、言い訳なんて見苦しいわよ」

 

「ほう、紫はそんなにおれにキレられたいか? いいのか? 温厚で名の通ってる熊さんがキレちゃうぞ?」

 

「また怒られたいのならどうぞ」

 

「んぐっ」

 

 

 確かにここで騒いだらまた女房に怒られる。それをわかってて煽ってきてるのならおれは紫の頭に拳骨を食らわせる。

 

 

「ちっ、さっさと掃除してこい。おれだって仕事中なんだから手伝い頼みたいなら他当たれ」

 

「職務中に居眠りしていたのに?」

 

「……あれは精神統一していただけだ」

 

「何度も首がこくこくと落ちかけてたけど」

 

 

 さすがにこの嘘は通じないか……

 

 

「ああもう、散れ散れ。見習いの下っぱがここでサボってたら先輩に叱られるぞ」

 

「そうね、こんなところで油を売ってる暇なんてなかったわ」

 

 

 そう言って床拭きを再開して去っていく紫。

 何だろうな。あいつが雑巾がけしてる姿に妙な違和感を感じる。見た目は完全に小学生が掃除しているだけなのに。

 

 

「熊口さん、結局紫ちゃんの手伝い断ったんですね」

 

「ちっ、翠か」

 

 

 後ろから突如声が聞こえたので少々驚きながらも、平然を装い後ろを振り返ると、日陰に身を潜めながら歩いてくる翠の姿が目に映った。

 

 

「舌打ちされる覚えはありませんが」

 

「覚えありまくりだろ。思い出せ、これまでのおれに対する無礼の数々を」

 

「はて、私がこれまで熊口さんになにか無礼をしたことなんてありましたか?」

 

「無礼の塊がなに言ってんだ!」

 

 

 悪口、暴力、騒音、読心。今ぱっと考えてみただけでもこれだけ出たぞ! しかもそれをする相手はおれ限定というところが尚更質が悪い。

 

 

「翠、お前な。記憶力が壊滅的に悪いのは分かったが、せめて他人にしてきた迷惑は覚えとけよ。恨み買われるぞ」

 

「大丈夫です。恨まれるようなことは熊口さんにしかしてませんから!」

 

「覚えてるじゃねーか!!」

 

「あの!! 他所にいってもらいませんか!!」

 

 

 ドンッ! と戸を思いっきり開け、怒鳴り声を上げる女房。

 その顔は真っ赤に染まり、まるで鬼の形相をしていた。

 いかん、物凄くキレてる。

 

 

「すいません……」

 

「謝罪は結構です! 此方まで騒音が聞こえないところまで行ってください!」

 

「は、はい」

 

 

 こんなに怒られるなんて意外だ。それほどまで煩かったってことなのか?

 ま、まあ取り敢えず一刻も早くここから抜け出さなければ。こういうのは素直に聞いておいた方が無駄な争いにならないで済む。

 

 

「ぷぷ、熊口さんどんまい!」

 

「貴女もです!」

 

「あ、はい」

 

 

 くく、翠のやつも叱れてやんの。

 そんなことを思いつつおれは渋々輝夜の習い部屋を後にした。

 ……確実におれ一人だったら怒られなかったよな? 仏像の如く黙ってたよな?

 なんだか納得がいかない。あの二人にしてやられた気分だ。

 

 ーーなお、後日翠と紫がこそこそとおれの邪魔をする同盟を組んでいたことが発覚したため、アイアンクローをお見舞いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 ~庭園~

 

 

「紫! 今日はお姉さんである私が貴女に色々なことを教えて上げるわ!」

 

「私と知識で勝負しようということ? 望むところよ。泣きべそかかせてあげるわ」

 

 

 とある日の昼間、おれは紫と輝夜が庭にて何かをしていたので柱の角に隠れて見守っていた。

 二人が絡んでる所なんて初めてみたから興味本位で覗いて見たが、どうやら輝夜はお姉さん面したいがために紫に自分の知識がどれぐらいあるのかを自慢しようとしているようだ。……確かに背丈的には確かに輝夜の方が上だが、紫はああ見えても50年以上生きてるらしいぞ。

 まあ、あいつが妖怪だということは伏せてるし、そんなことを言ってもただの戯言に取られるだろうけど。

 

 

「ほら、この花。紫分かる?」

 

「フヂナでしょ。これくらい常識でしょ」

 

「や、やるわね。彼処の池にいる魚は___」

 

「鯉」

 

「えっと、じゃああれは___」

 

「釣殿」

 

「んーと、あれ___」

 

「反橋」

 

 

 思った以上に紫の知識量凄いな。おれ、あの造りの亭の名前が釣殿っていう名前だったなんて全然知らなかったんだけど。

 

 

『幼児以下の底脳ですからね、熊口さんは』

 

 

 なんだよ、翠。お前はあれが釣殿だったり、反橋だったりとか分かってたのかよ。

 

 

『………………当たり前じゃないですか。私をなめないで下さい』

 

 

 おい、今の間はなんだ? 是非とも説明してもらいたいな。

 

 

「くぅ、中々やるわね」

 

「じゃあ次は私の番ね」

 

 

 そんな会話(念話?)を翠としているうちに問題の攻守が交代していた。うん、今のところ輝夜は全然お姉さんぶれていないな。全部紫に答えられてしまってる。

 

 

「あの反橋と反橋の間の___」

 

「中島……よね?」

 

「ふぅん、よくわかったわね。それじゃああの石で出来た柱のようなものは?」

 

「ん~……あ、石灯籠!」

 

「あの木は?」

 

「梅!」

 

 

 おお、輝夜もちゃんと答えられてる。おれ、今のところ二人の問題総合して鯉と梅しか分からなかったんだけど。

 

 

『私はそれに加えて石灯籠も解りました』

 

 

 つまりは3問しか答えられなかったって事だろ。

 ていうか庭だけでもこんなに多くの名称があることに驚きなんだけど。これが建造物に移ったらもっとありそうだな。頭がパンクしそう。

 

 

「ふふ、どうやら貴女を甘く見ていたようね」

 

「私も。ただの金髪の変な子だと思ってたわ」

 

 

 そう言って握手し合う二人。知識勝負で友情が芽生えたような瞬間を目の当たりにした。

 

 

「でも次はもっと難しいわよ。名称だけでなく説明までしてもらうのだから」

 

「ふふ、名称だけ覚えるなんて馬鹿のすることよ。ちゃんと作られた意義なんかも調べてるんだから」

 

 

 

「……」

 

 

 馬鹿……馬鹿、ねぇ。遠い昔、おれが訓練生だった頃、筆記テストの時いつも前日に名称だけ暗記していた記憶蘇ってきたんだけど。その時の筆記の内容なんて1つとして覚えてないのは言うまでもない。

 

 

「くっ……!!」

 

「熊口殿、何をしているのですか」

 

「子供に知識だけでなく勉学に対する姿勢までも負けたことに絶望しているだけです」

 

 

 おれがあの二人に負けた悔しさに膝と手を床につけていると、いつの間にか後ろにいたおじさんが話しかけてきた。

 何だろうな。最近皆おれの背後をとるのが流行しているのだろうか。まさか何の力も持たないおじさんにすら背後をとられるとは……さすがに警戒のしなさすぎなのかもしれない。これからはもう少し緊張感を持って行動することにしよう、と思う。うん、思うだけ。どうせやろうとしても明日になったら面倒になって止める。三日坊主にすらならない。

 

 

『三日すら持たないなんて。ほんとに熊口さんは___』

 

 

 あーあー、煩い煩い。おれは今おじさんの対応に忙しいの。

 

 

「はあ、そうですか。別に気にすることでもないと思いますが。熊口殿は熊口殿の良いところがあるのですから」

 

「お、おじさん……!」

 

 

 おそらくおれが落ち込んでるので励ましてくれようとして出たであろう即興の言葉。その何気ない言葉であれ、おれの心には奥深くまで染み込んでいった。

 

 

「おじさん、おれ____」

 

「それはともかく熊口殿。少し話があるのですが」

 

「え? あ、はい。なんですか」

 

 

 打って変わって感情のないような無機質な声をするおじさん。隠そうとしているのだろうか顔は無表情を装っているが眉がぴくぴくと痙攣している。

 え、あれ? おれ、おじさんを怒らせるようなことしたか? 思い当たる所がありすぎて霧がないんだけど。

 

 

「ここで話すようなものではないので、ひとまずわしの部屋に行きましょう。妻も呼んであります」

 

「は、はい」

 

 

 おじさん、いつになく真剣かつ恐い顔をしていらっしゃる。ここまでおじさんが真面目な表情をしているのは初めてだ。本気で不味いことをしてしまったということなのだろうか……

 

 

「あー! 蟋蟀よ蟋蟀! 久々に見たわ!」

 

「あらほんと……近くで見ると中々凄いわね。特に腹部分が」

 

「そう? 虫なんてどれもこんなものよ」

 

 

 彼方は知識対決からコオロギ観賞に変わってるし。精神年齢が子供なのか大人なのかよくわからない二人だな。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 他の部屋とあまり大差のない広さの家主であるおじさんの部屋へと入ると、中にはおじさんの妻、おばさんとその目の前に置かれている十を越える書状の山が部屋の中心を陣取っていた。

 

 

「そこへお座り下さい」

 

「……はい」

 

 

 おじさんに指示され、おれはおばさんと書状の対面に腰を下ろす。それを見たおじさんはおばさんの隣に座った。

 なんだ、本当になんなんだ。何故こうもしんみりしているんだ? ていうか書状の山がある意味が分からない。なんだ、恋文か? 噂を聞き付けた女達がおれに恋文を大量に送りつけたのか? ん、それなら納得がいくぞ。おれは不比等の屋敷で実力を見せつけてる。あの貴公子の家で、しかも沢山の見物人がいたんだぞ。噂にならない訳がない。その噂があらゆる女の子達の耳に届き、是非ともお付き合いしたいということでここに持ってきたんだろう。それならおじさんが怒ってる理由も、雇われ者なのに何故娘よりお前の方がモテてるんだという嫉妬ということにすれば合点がいく。

 いつもの冗談の筈だったのに……こんなことってあるもんなんだな。

 

 

『ないです。絶対ない。文が届いたとしてもそれはおそらく果たし状でしょう』

 

 

 おやおや、翠さんも嫉妬ですか。ははは、モテ男は辛いな~。

 

 

『っ! とてつもなく腹が立ちました』

 

 

 おれとしては爽快でしかない。

 

 

「さて、何から話しますかな」

 

 

 心の中で翠を煽っていると、おじさんが困ったように白い髭の生えた顎を擦る。

 

 

「まずは熊口殿を叱らねばならないでしょう」

 

 

 困った素振りを見せたおじさんに、おばさんは呆れたようにため息をしておじさんに助言をする。するとおじさんはそうだな、と呟き、おれの方を向く。

 

 

「熊口殿、不比等殿拝見の次の日にわしが暇を与えたときに姫を連れ出したでしょう」

 

「!!」

 

 

 何て言うことだ。何故おじさんはおれがあのとき輝夜を連れ出したことを知ってる? 確かに証拠隠滅なんて全然してないし習い事から逃げ出した輝夜が暮れまで見つからないという不自然極まりなかったし、そもそも輝夜の部屋におれが贈った装飾品の品々が大量にあるけど! もう何週間も前の事だからもう大丈夫だと安心しきっていたのに、まさかこのタイミングでくるとは……

 

 

「何故、それを……?」

 

「証拠が沢山あったからです」

 

 

 ですよね。証拠がなければこんなこと言いませんよね。

 

 

「本当は以前から薄々分かってはいたのです。しかし、どれも決定的なものではなかったので黙っておりました」

 

「……」

 

「しかし、今回この書状の()()が熊口殿が姫を外に連れ出したことを決定付けた」

 

 

 そう言っておじさんは書状の一つを取りだして開封し、それをおれの前に置いた。

 

 

「これをお読みください」

 

「はい……」

 

 

 この書状が決定的な証拠? どういうことだ。忍者かだれかがあのことをリークしたってな感じか?

 まあ、その疑問も目の前に置かれた書状を読めば解決する。

 そう考え、おれは書状を手に取り、その書状の内容を読むことにした。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 

 あ、そういうことね。はい、分かりました。____いかん、めっちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 書状の内容はおれの思っていた通り、恋文だった。しかし、おれ宛ではなく、輝夜と妹紅宛だった。

 書状の内容を軽く説明すると___

 

『私は○○の貴族だ。とある噂で造の用心棒が絶世の美女二人連れていたということを聞き、是非ともそのお二方の片方を是非とも我が妻に迎え入れたいので、面会を願いしたい』

 

 本当はもっと堅苦しく、長々と、そして遠回しに書かれていたが、内容はざっといってこんな感じだ。

 この文を見ただけでも、おれがあの二人を連れて都散策をしていたことが一目瞭然だ。この貴族がおれがおじさんとこの用心棒だと分かったのも大体想像がつく。不比等のとこの一件だ。噂ってのは凄いものなんだな。一日で貴族の耳にまで届くのだから。確かにおれは周りの服装とかちょっとこの時代とは噛み合ってないから少し目立つし、なによりグラサンがある。おれの象徴ともいえるこのグラサンがおれが噂の人物だと決定付けられたのだろう。うん、きっとグラサンだ。

 まあ何であれ、あのときおれがおじさんとこの用心棒であることはバレてるんだ。考える必要はない。

 それよりも先程の予想がとてつもなく恥ずかしい形で外れてしまった事が問題だ。確実に後で翠に弄られる。

 

 

「この書状に書かれているのは熊口殿と姫、並びにあの不比等殿のご息女ですよね」

 

「……はい」

 

 

 言い逃れは……しない方がいいな。証拠は上がってるんだ。ここで下手に言い逃れして今の印象を更に悪くさせるようなことはしたくない。

 

 

「はぁ……やはり、ですか」

 

 

 おれがおじさんの質問に肯定すると、おじさんはまた深いため息をした。

 

 

「何故連れ出したのです」

 

「……」

 

 

 これはどう答えるのが正解なのだろうか。幾らかある回答を述べたところで、結局叱られる未来しか見えない。

 

 

「おれが連れていきたいと考えたからです。あと輝夜の息抜きも兼ねてと思い____」

 

「その息抜きで危険な目に遇ったらどうするのですか」

 

「……」

 

「姫は今大事な時期なのです。貴方の勝手かつ浅はかな行動で姫を危険な目に遇わせるのは止めていただきたい」

 

「……はい、すいません」

 

 

 うん、予想していた説教とほぼ同じこと言われた。勿論言い返すつもりはない。言おうとしてもおれの頭で考えられるのは下手な屁理屈しか思い浮かばないからな。

 それに今回の件は反省してるといえば嘘になるが、おじさんの真剣な表情を見て、罪悪感が湧いた。

 今後ああいう行動は控えるように___

 

 

「しかし、息抜きということ自体には賛成できます」

 

「は?」 

 

「ここ最近、姫は習い事ばかりで息抜きというものがあまりできていなかった。熊口殿が連れてきた紫とやらが来てからは多少は機嫌は良くなっていましたが……やはり休みを定期的にいれた方が良いのかもしれますな」

 

「そうですね、姫も熊口様と出掛けた次の日は大層機嫌が良かったですし」

 

 

 おじさんの言葉におばさんが肯定すると、二人は顔を向き合い、お互いに頷いた。

 

 

「熊口殿、次にまた勝手なことをしたら、解雇だけでは済みませぬからな」

 

「はい、以後気を付けます……」

 

 

 何故今二人が顔を見合わせたのかは不明だが、まだ説教は続行されているのだろう。ここは正直に反省しているところを見せなければ。ということでとても落ち込んでるふうに俯かながら涙ぐんでみる。

 

 

「あの、そのわざとらし過ぎる演技は場合によっては怒りを買うのでやめた方が良いですよ」

 

「……演技ではないです。今どれだけ自分が反省しているのかを体で表現しているだけです」

 

 

 馬鹿な、おれの完璧な泣き真似が見破られた、だと……!

 

 

『完璧でないから見破られるんですよ』

 

 

「はあ、熊口殿は如何なる時でも我を通しますよね」

 

「それは褒めてるんですか?」

 

 

 おれの質問に敢えてなのか答えず、おじさんは話を戻す。

 

 

「とにかく、わしの許可なく姫を連れ出さないで下さい」

 

「許可?」

 

「はい、許可です。わしの許可を得られれば外出は認めます。人目につかない場所限定ではありますが」

 

 

 認めるのか……先程おじさんとおばさんが休みの同意をした理由はそれか。怒ったのは念のため釘を刺すため。雰囲気は完全に釘を指すだけのものではなかった気がするけど……

 それにしてもおじさんはあんなことしたおれをまだ信じてるんだな。人目のつかないところなら連れ出してもいいって、もしおれが性欲の化身だったら危なかったぞ。おれがこれまでそういった素振りを微塵も見せなかったにしても、娘を男性と人目のないところに行かせようなんて、余程信じてないと出来ることではない。

 つまり、おじさんはおれの事を本当に信頼している!

 

 

「おじさん、おれ、おじさんの期待を裏切らないよう努力します」

 

「は、はあ、ありがとうございます? ……ならばこれからは職務中に居眠りしたり夜の見回りをサボらないようにしてくださいね」

 

「それはちょっと無理ですね」

 

『早速期待裏切ってるじゃないですか』

 

 

 いやぁ、夜はどうしても眠たくなってしまうからね、これは治そうにも身体がそういうふうに出来てしまってるから無理だ。夜更かしはお肌に大敵だしな!

 

 

「それはさておき、熊口殿の勝手な行動とってくれたおかげで、姫に転機を向かわせる事ができました」

 

「……? どういうことですか」

 

「この恋文の事です。少し波立っただけの噂で沢山来たのです。もう少し名を知らしめればもっと位の高い方からの恋文もいただけるかもしれませぬ」

 

 

 そうおじさんは言うと、曇りない笑みを見せる。やはり親にとって娘を貴族の嫁に嫁がせたいのだということをその笑みを見て分かる。その娘である輝夜が貴族の嫁になりたいのかは不明だが。

 

 

「ん、結果的にはおれのおかげでおじさんたちの目的に近づけたってことですよね」

 

 

「結果論を言えばそうですが、そのような偶然の産物を盾に罪を軽くしようとするのはよろしくないかと。お仕置きはちゃんとありますからね」

 

「おばさん厳しいです。おれ、悲しい」

 

 

 さすがおばさん、これまで関わりが殆どないのにおれの性分を把握してる。

 

 

「……って罰あるんですか!?」

 

「勿論です」

 

 

 最悪だ、この人達のことだから説教だけで終わるだろうなと高を括っていた。なんだ、どんお仕置きをするんだ? 肩叩き? おつかい? 介護? 最後の一つ以外ならどんとこいだ!

 

 

『熊口さん完全にふざけてますよね』

 

「わしらが与えるお仕置きはこの書状の半分の内容を承諾することです」

 

 

 そう言って目の前にある書状の束の半分ほどを横に退けるおじさん。この量の書状の承諾……なに、これ全部恋文じゃなかったの? 輝夜達に対する恋文をおれに承諾させるのはまずないだろ……もしかしておれ宛の書状なのか、これ? てことはつまり____

 

 

「なんですかおじさん達、おれに一夫多妻にさせたいんですか」

 

「「は?」」

 

 

 は? て。何を意味のわからないことを言われたときみたいな反応をしてるんだか、二人とも。だってそうだろ。恋文以外におれに書状を送る理由が見当たらない。きっと先程述べた通りありとあらゆる女の子達がおれ宛に求婚の書状を送ってきているに違いない!

 

 

「何を勘違いしているのかは分かりませんが、まずはこの書状の内容を見てはいかがです?」

 

「そうですね。如何に情熱的な内容なのかこの目で拝見しなければ失礼ですし」

 

 

 さてさて、いったいどんなことが書かれているのだろうかね。できれば写真付きだと嬉しいなーーこの時代に写真なんてあるわけないだろうけど。

 そんな期待を胸に膨らませつつ、おれは封を解き、中身を確認()()()とした。

 そう、しようとした。しかし、内容をみる文面の前に書かれていた大文字に目を奪われ、その後に書かれた文を読むことが出来なかった。

 

 

「お、おじさん、これ……!」

 

 

 その文面の前に書かれていた大文字。

 それは_____

 

 

「は、『果たし状』って書いてあるんですけど……」

 

「はい、そうですよ。今わしが渡した書状の1つを除いて全ては果たし状です」

 

 

 そう、書かれていた大文字とは、『果たし状』の4文字であった。

 はたしじょう?はたしじょうってどういう意味だったっけ? 新手の恋文かな? もしかしたら果たし状とビビらせておいて実は本文で『冗談です、ウフフ』的な女の子のお茶目の可能性があるかもしれない。いや、そうに違いない!

 

 

「うわあぁ! めっちゃ拙者と勝負しろって書いてる!!」

 

「「……」」

 

 

 勘違いの猛攻だ……恥ずかしすぎる勘違いを連発させてしまった。

 

 

『勘違いではなく妄想ですよ』

 

 

 淡い期待を持ってしまった。最近女の子達に囲まれた生活をしていたからちょっと天狗になってしまっていたのかもしれない。これ、おれモテ期きたな、と。

 その結果がこれだ。老夫婦に若干生暖かい目でみられ、翠に弄り倒され(予定)、果たし状に対する怠さが倍増した。

 

 

「おじさん、他のお仕置きにはしてもらえませんか」

 

「駄目です。あとわざと負けるのも許しません」

 

 

 鬼だ……これまで優しかったおじさんの姿は何処へやら、今おれの目の前には鬼が二人胡座をかきながら此方を睨み付けてくるように見える。

 

 

「(あああ! 本当にあの二人と散策しなければよかった!!)」

 

『痛快ですね! 女の子達を連れ出したり覗き見したりした罰が当たったってことですよ!』

 

 

 くそ! 翠の野郎ご機嫌な口調で喋りやがって! 後で覚えてろよ!

 

 

『うわっ、そういうのを世間一般で八つ当たりって言うんですよ』

 

 

 八つ当たりしてほしくなかったら挑発するな!

 

 

「頑張って下さいよ、熊口殿。果たし状を全て討ち破れば、この上ない宣伝効果となるのですから」

 

 

 おじさん、絶対にそれが本命の目的でしょ。罰が重すぎる。見てこれ、果たし状の数。軽く10通は越えてるよ。なに、下手したらおれ死ぬよ? 数の暴力って結構凄いからね?

 

 

「はあ……分かりました。本当は超絶にやりたくないんですがやります。たまには身体を動かさないと毒ですからね」

 

 

 と、ちょっと余裕げに承諾する。今心の中でやりたくない意思を全面に押し出したが、その我儘はどうせ通らない可能性が高い。無理です、勝てっこありません、と言ってもおれはおじさんに実力を知られてしまっている。それにこのお仕置きはおじさんらにとって大いに利益になる。半ば無理矢理にでも押し通されるだろう。本当にやりたくない意思を見せれば彼方も鬼ではないからやらされることは逃れられるかもしれないが、おれがここにいる理由はおじさんに孝行するためでもあるーー最初はただの気紛れだったが、この人達と接していくうちに目的が老体のこの人達に孝行をしたいと思うようになった。

 だから結局受けることにした。まあ、相手があのゴリラ2号しかり糸目陰陽師しかりの色物でなければそう手こずる事はない、たぶん。おれのこれまでの経験と知識、あとやる気があればいけるだろう。

 

 

『慢心ここに極まり。熊口さん、それやられるフラグですよ』

 

 

 此方が決心してるところに水差さないで! それっぽく捉えてしまうだろ!

 

 


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