東方生還録   作:エゾ末

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⑭話 二度とあの空間の中には入りたくない

 

 

「……起きた直後に見る光景じゃないな」

 

「素敵な場所でしょ?」

 

「悪趣味過ぎて吐きそう」

 

 

 安眠していたところに、身体を揺すられている感覚がしたので物凄いだるい感覚に襲われながらもなんとか目を開けてみると、そこには真っ暗な空間に無数の目玉が浮いているというくそ気味悪い空間が広がっていた。

 ……確かおれの覚えている限りでは、気を失うまで自分の部屋にいた筈だ。翠に顔面を思いっきり殴られてから記憶がない、ていうか気を失ったから本当に自分の部屋にいたかは定かではないが、少なくてもこんな空間に自主的に行ったということは決してないだろう。

 誰がやったのかは分かっている。昨日、おれが妹紅を送り届けた後に街道をぶらぶらしているときに偶然再会し、おれと同じように別空間を作り出すことができる人物がこの拉致の犯人だ。

 

 

「なんでおれなんか拉致ってんの? 紫」

 

 

 そう、その犯人というのはおれの目の前で屈んでいる紫だ。この気色悪い空間は前に一度見たことがあるから一目で分かった。

 

 

「言ったでしょう。明日貴方の所へ行くと」

 

「これの何処が来てるってんだ。思いっきりただの誘拐じゃねーか」

 

 

 そう言っておれは胴体を起き上がらせる。

 ったく、何がしたくて紫はおれをこんな空間に連れ込んだのだろうか。意味もなくただ連れてきたのならたぶん拳骨食らわせる。寝起きに気色悪いもんみせられたんだ。それぐらいの報いは当然だろう。

 

 

「ま、私が貴方を態々この空間に連れ込んだのには勿論のこと訳があるわ」

 

「おお、それは是非とも聞きたい」

 

「……何故握り拳を作ったのかは不明だけれど____実は熊口生斗、貴方に折り入って頼み事をしたいの」

 

「拒否していい?」

 

「聞く前からそれは酷いわよ」

 

 

 そうか、そうだよな。

 紫。紫からの相談かぁ。まだ付き合いも浅いってのに……なに、そこまでおれの事信頼してるってこと? いやまあおれって超便りになるしめちゃくちゃ性格も良いしグラサン似合ってるし? 信頼するなってのも無理な話だけどさ。流石に2、3回しか会ったことのない奴のことを信頼するってのは止めた方がいいぞ?

 

 

「なににやけてるの?」

 

「い、いやなんでもない」

 

 

 まさか褒められてもないのにあの顔をしていたようだ。紫が若干おれから離れたからわかる。妄想も大概にしておかないとな。

 

 

「話を戻してもいいかしら?」

 

「聞くだけなら」

 

 

 まあ聞く分ならいいだろう。聞くだけならな。少しでもおれの損するような事ならばお断りすればいい。

 

 

「貴方の今住んでる屋敷に住まわせてほしいの」

 

「おじさんに聞け、おれに言うな」

 

「貴方に取り持ってもらいたいの」

 

 

 おれに仲介しろっていうことか。

 

 

「なんでだ。お前におれん所に住みたいという理由を聞かせろ。もしかしておれと同棲したいとか?」

 

「そんなわけないじゃない。昨日言ったでしょう。人間というものをよく知るために、色々と研究してると。それならば身近に観察できた方がいいじゃない」

 

 

 あー、昨日なんかそんなこと言ってたな。

 おれと紫は昨日、偶然再会し、ちょっとだけ話をした。その話というのが今紫がいった人間観察だ。どうやらおれと出会って以来、人間というものに興味が出たらしい。おれと別れてからはいろんな都や村に能力を駆使して人間に化けたり不法侵入したり盗撮したりして人間について勉強してるのだとか。

 

 

「おれのとこである必要は?」

 

「少しあるわ。貴方のいる屋敷ならば合法で人間観察が出来るし、なにより貴方がいる」

 

「ん? やっぱりおれと同棲したいってことか?」

 

「殴るわよ。貴方のような人間として異質な存在と比較出来るということよ」

 

「殴っていいか?」

 

 

 確かに少しは異質かもしれないが対照実験みたいなのにおれを使うんじゃない! そもそもおれの思考はそこらの一般人とそう変わらないからな!

 

 

「それで、私の頼み事、了承してくれるかしら?」 

 

「ん? 無理に決まってるだろ」

 

「……そう」

 

 

 少し見ないうちに口調も変わって大人びた雰囲気をかもちだすようになったとしても、こんな事に頭が回らないなんて紫もまだまだだな。

 

 

「なんであの屋敷の用心棒であるおれが妖怪という危険因子を態々紹介しなければいけないんだ。もしお前がおれの雇い主であるおじさんやその身内をに傷つけたりでもしたらおれにまで被害がくるんだぞ」

 

「そんなこと百も承知よ。それを踏まえて頼んでるの」

 

 

 そう言って口に手を当てふふ、と笑う紫。

 

 

「私は貴方のこと、結構高く評価してるのよ。だから()()()頼み事と言ったの」

 

「もし他のやつになら何て言うんだ?」

 

「貴方なら解る筈よ」

 

 

 いや、まあ今解ったけども。今の紫の言い草のおかげでな。

 今の紫の言い回しからして、おれへの『頼み事』はそれ以外の者にとっては『命令』ということになるんだろう。

 やけに上からだが、それを指摘できないのもまた事実。紫の実力は知らないが妖力だけで言えば大妖怪クラス、前はこいつが馬鹿だったから勝てたが、知識をつけた今の紫には正直勝てるかどうかわからないーーたった2ヶ月ちょっとの間で変わりすぎな気もするが……

 ___話を戻すが、紫がおれに対して『頼み』と言った理由は、あいつがおれと友好的でありたいという表れなんだろう。確かに友人に対して『命令』なんか言う奴はそうはいないだろう。

 しかし、この場合だと意味合い的には頼み=命令となっていることは変わりない。

 何故なら、今のおれは紫に人質をとられている状態だからだ。

 おれが寝ている間に誘拐してきたのも、この事を気付かせる意味が大きいだろう。おれもそれで気付いたし。

 

『私なら何時でも貴方の雇い主を殺すことが出来る』

 

 おれの思い込みの可能性もあるが、最悪を想定しておいた方が万が一の時に備えることができる。

 紫が何故さっきから余裕の表情を見せている理由が分かったな。おれに断るという余地はない。

 おれの仮定が正しければな。

 

 

「さて、今の件を踏まえてもう一度聞くけど____私を貴方のいる屋敷に住まわせてくれないかしら? 勿論、ただとは言わないわ」

 

「……なあ、なんでそこまで人間に興味持ったんだ? 初めておれと会ったときなんか『人間嘘つき! 食ってやる!』って毛嫌いしてたくせに」

 

「……前にも言ったでしょう。私が人間に興味を持ったのは貴方に起因してるの。

 これまで全ての者に忌み嫌われた私に物怖じしないおかしな者を見つけたら興味も湧くものでしょ」

 

「おれ以外でも紫に対して物怖じしないやつなんて巨万と知ってるんだが」

 

「そんなことは今はどうでもいいの。私が最初に興味を持ったのは人間という種類よ。僅かな時しか生きられぬというのに貴方のような超人的な力を持てるということに心惹かれたもの」

 

 

 ……おれ、何百年と生きてるんだけど。その末に手に入れた力なんですけど。

 

 

「力を持つことに心惹かれるなんて、少し危ないな」

 

「まあそれはきっかけに過ぎないわ。それから色々調べるうちに力以外の人間の魅力に気付かされたの」

 

「ふーん、是非ともその魅力について教えてほしいね」

 

「言葉だけでは言い尽くせないほどいっぱい。それに比例して悪いところもあるのだけどね」

 

「まあ、良いところだけしかない奴なんてこの世に一人としていないだろうけどな」

 

 

 それに人それぞれ個性がある。悪いところ良いところがあるからこそ個性というものが出てくるんだ。

 

 

「さて、質問にも答えてあげたのだからいい加減貴方も応えてくれてもいいんじゃない?」

 

「んー……」

 

 

 面倒、やりたくない。というのがおれの本音。しかし話を聞く限りでは別に危害を加える心配はないように見える。

 これでもおれは人を見る目はある方だ。相手の人柄や強さなんて少し見れば分かる。他にも心情も相手の微妙な声や表情、仕草なんかでも読み取ることが出来る。

 それもこれも無駄に長生きしているが上に手に入れたものだ。

 そんなおれからしても紫が今まで発言したものはほぼ全て本心だ。どれも違和感のある仕草や声音の変化もなかったからな。

 これで間違えてたらただおれが恥ずかしい奴になるが今回に対しては多分合っている。

 なんてったって紫がおれと話しているとき、一度としておれから目を逸らさなかった。

 全然違和感を見せないから此方から出させようと紫の顔をずっと見ていたが、逆に彼方もずっと見てきたから、おれの方が恥ずかしくなって少し顔を赤くしてしまうほどにな。

 

 

「皆に危害を加えるようなことはしないよな」

 

「それをして私に利益が発生するような事は微塵もないと思うのだけれど」

 

「まあそうだけども。でも確認しておかないだろ」

 

「ということは?」

 

「……はあ、本当は了承なんてしたくないんだけどな。おれに面倒事を持ってこないという約束なら取り持ってやらんでもない」

 

「___そう」

 

 

 紫は平静を装おうとしているようだが、おれが了承すると口の端がぴくぴくと動いてるのがわかる。嬉しいなら嬉しいと素直に喜べばいいのに。ちょっと見ないうちに大分面倒な性格になったな、こいつ。

 

 

「はあ、目覚めた早々気色悪いもん見せられた挙句、妖怪を屋敷に住まわせる手引きもしなきゃいけないなんて……それだけでも今日が厄日だと確信できるな」

 

「吉日かもしれないわよ?」

 

「それだけは決してない」

 

 

 ま、おれに被害がでないのなら別にいいか。とりあえずこの精神的に病みそうな空間からは一刻も早くおさらばしたいかな。

 

 

 

 


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