東方生還録   作:エゾ末

107 / 110
⑬話 心を読まれるってなんか嫌だな

 

 

 ~街道~

 

 

 京の都、特に市場が密集している地域では、数えるのも面倒になる程の人が溢れかえっていた。

 

 

「いや~、やっぱ都というのもあっていろんな店があるな!」

 

「……」

 

「……」

 

 

 そんな人通りの多い街道で幾らか人通りの少ない通りを歩きながら、おれは無駄に大きな声を出して楽しんでいるように装っていた。

 

 

「どこかで飯でも食うか? なにか要望がそこにいくけど」

 

「……もう食べた」

 

「……食べてきた」

 

「お、おう、そうか……」

 

 

 しかしそんなおれの努力も虚しく、今の雰囲気は最悪だ。もしかしたら、端から見たら殺伐として見えるかもしれない。

 

 ……はあ、これはちょっと想定外だったな。

 

 

 ____あれは蓑笠を持って妹紅をともに輝夜のいる部屋へと戻った時の事だ。

 

 都を散策するという事で心を踊らせていた妹紅だったが、輝夜を見た瞬間、豹変した。

 部屋にいた輝夜を見て、まず妹紅は困惑し、おれに誰なのかを聞いてきた。

 それで話せる範囲での輝夜の事と、一緒に散策するもう一人だということを説明したら、何故か妹紅が眉間に皺を寄せ、輝夜に喧嘩を売りだした。急な出来事におれは驚き、頭の整理が追い付かない状況で、何故か輝夜は売られた喧嘩を買っていた。

 急遽行われる少女ファイト。脳が追いつかないおれ。荒れるおれの部屋。乱れる黒い髪。脳内で無駄に大きな声で観戦する翠の声。

 

 なんとか争いを止めさせ、その後騒ぎに駆けつけた女房に翠が急にご乱心になったと説明をして追い返し難を逃れたが、状況が最悪であることは変わりなかった。あと今日の散策が終わった後、翠に五体満足ではいられないほどぼこぼこにされるらしい。

 

 何故妹紅は輝夜に喧嘩を売ったのだろうか……そして輝夜もだ。喧嘩をするような奴ではないと思ってたんだが。

 

 

「ねえ、生斗」

 

 

 と、輝夜と妹紅が何故喧嘩したのかについて悩んでいると、輝夜がドテラの裾を掴んできた。

 

 

「お、なんだ。腹減ったのか? よし、要望はなんだ。高級料亭以外なら奢ってやるぞ」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

 そう言うと輝夜はちらちらとこちらを視線を此方に向けては外しを何度か繰り返す。

 そして数秒後、意を決したように輝夜は口を開いた。

 

 

「なんでそいつをおぶってるの?」

 

「あ?」

 

 

 そう言い放つと輝夜はおれにおぶられた妹紅を指差した。

 

 

「ふん、そんなの私が特別だからに決まってるでしょ」

 

「はあ? 頭おかしいんじゃないの。生斗は()の用心棒なの。私の方が特別に決まってるじゃない」

 

 

 自慢げにない胸をはる輝夜。

 おいおい、大声を出すな。他の人に迷惑だろ。

 

 

『なんでそんなにむきになってるでしょうねぇ、輝夜ちゃん』

 

 

 ふん、愚問だな。そんなのおれが魅力的で誰にも渡したくないからに決まってるだろ。

 ていうか翠、あのとき結局一度もおれの中から出てこなかったよな。

 

 

『いや、なんだか出にくい雰囲気だったので、つい』

 

 

 そしてナチュラルに読むな。

 

 いや、もうなにこいつ。もしかしておれと翠って以心伝心しちゃってるのか? 嫌だよそんなの。こいつとは絶対嫌。

 

 

『私も嫌です。反吐がでます』

 

 

 あーもう! 翠お前黙っとけ!

 

 

 

「うわ、ちょっ!?」

 

「退きなさいよ! 私だって歩き疲れてるんだから!」

 

「嫌だね! 私の方が歩いて疲れてるんだから絶対退かない!」

 

「引っ張ってんのは輝夜か! ちょ、危ないって?!」

 

 

 翠と以心伝心(謎)をしている合間に、輝夜が妹紅を引き剥がそうと後ろから引っ張っていた。

 輝夜、まだ歩いてからそんなに経ってないだろ……

 おれが妹紅をおぶってるのは、彼女が長い道のりを一人で歩いてきたから疲れていると思ったからだ。

 妹紅の年齢は見た目からして7~8歳程。人間であるからして見た目詐偽(例 諏訪子、紫)をしているってことはないだろう。

 そんな子が大人の歩幅で二時間近くかかる道を歩いてきたんだ。

 体力的にも考えて都の散策を歩いてこなすのは難しい。と、判断したのでおれは妹紅をおぶっているというわけだ。妹紅もおんぶされることに嫌がってる様子もなかったし大丈夫なはずだ。

 

 

「ヒソヒソ」

 

「ヒソヒソ」

 

「!!(ま、まずい。今この場で目立つ訳にはいかない!)」

 

 

 目立つと輝夜の素顔を露見させてしまうかもしれないし、犯罪に巻き込まれる可能性だって上がってくる。

 ここはなんとか策を練らなければ……

 

 

「退きなさい! 私が乗るの!」

 

「ふん! お前なんか地べたを這いずってろ!」

 

 

 妹紅、他人の事言えないが口悪いぞ……

 それにしても輝夜もおぶってもらいたいのか? いや、輝夜おまえ、見た目からして12~3歳ぐらいだろ。思春期真っ只中なのにおぶられるなんて普通嫌がるんじゃないか?

 

 んー、妹紅も退こうとしない訳だし、おれの背中も1つしか無いわけだし……

 あ、翠、お前の背中貸してやればいいんじゃないか?

 

 

 …………。

 

 

 

 読めよ! こういうときこそおれの心読めよ、おい!

 

 

『いや、なんだか面倒事頼んできそうな感じだったんで黙ってました』

 

 

 あ、読めてはいたんですね。質悪いな、こいつ……

 

 くそ、どうせ翠の事だから手伝ってはくれないだろう。聞くだけ無駄だ。

 

 

『正解です』

 

 

 ……なにか方法は……霊力を二人に纏わせて飛ばせるってのもありだけどそれじゃあ目立ちすぎるからな……

 

 

「なあ、お前ら。そんなにおぶられたいのか?」

 

「え? あ、いや、おぶられたいとかじゃなくてただ足が疲れたなぁ~、なんて……」

 

「私もただ足が疲れて動きたくなかったから退かなかっただけで……」

 

 

 そうぎこちなく返答する輝夜と妹紅。

 何故ぎこちなく答えたんだ? ……まあいい、取り敢えず二人ともつまりは疲れているってことだな。

 

 

「よし、じゃあそこの団子屋で休むか。腹拵えにもなるし」

 

「「えっ!?」」

 

『うわぁ』

 

 

 ん? 妙案だと思ったんだが二人の反応がいまいちだな。

 

 

「嫌なのか?」

 

「あ、いや別に」

 

「私はいいよ」

 

 

 んー、またしても微妙な反応……もしかして団子屋より服屋の方が良かったのか? でも服屋つっても着物ぐらいでお洒落もへったくれもないんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 ~装飾品店~

 

 

 

 腹を満たしてから改めて散策を再開した。今は装飾品を扱う露店で輝夜達が茶化しているのをぼーっと見ていた。

 ……いや、なんか疲れた。輝夜と妹紅を一緒にすべきではなかったのかもしれない。団子屋でも騒ぐし、そのおかげでおれの頭に串が2本生えたし。

 

 

 

「この髪飾り、安っぽくてあんたに合ってるよ」

 

「この手布、地味でみすぼらしい色がアナタにお似合いよ」

 

「……」

 

「……」

 

「「ねぇ生斗! これ、こいつに似合ってる?!」」

 

「ああ、どっちも似合ってるぞ……いでっ!?」

 

 

 そう言った瞬間、二人から同時に膝蹴りを食らった。なんだよ、率直な感想を言ったまでだってのに。

 

 

「なあ、もう他のところにいかないか? いつまでこの露店に留まってるつもりなんだ」

 

「だって生斗がなにか買ってくれるんでしょ? それならなるべく豪華かつ私に似合った物を選ばなきゃ……あ、あれは? あの一番奥にある髪飾り」

 

「ああ、ああいうのは貴公子様が買うようもんだ。買って欲しいのなら貴公子様と結婚するんだな」

 

「へへ、断られてやんの」

 

 

 妹紅、なんだか輝夜に対して辛辣なんだよなぁ。おれに対しては普通なのに。なんでそう突っ掛かるんだか。

 

 

「ねぇ、生斗が決めてよ。私に似合うの」

 

「あ、おれがか?」

 

 

 妹紅の態度に疑問に思っていると、その本人から自分へのプレゼントを決めて欲しいと催促された。

 んー、おれに女への贈り物を選べと言うのか。生まれてこの方、異性へプレゼントしたのは母親と、翠にぐらいだってのに。因みに翠には適当に石をやった。……ん? そういえばあいつが石を集めるようになったのっておれが石をやってからのような……やっちまったな、まさかあいつに変な趣味目覚めさせたのおれだったとは。

 

 そう翠に対して少々の罪悪感を感じつつ妹紅への贈り物を選んでいると____

 

 

「ん、なんだこれ……」

 

 

 他の品とは明らかに存在感が違う、タオル程の長さの布の織物に目を惹いた。白の生地に赤の線が引かれている。生地が薄い……これ、リボンか? なんでこんな所に……ここのところリボンをしている人なんて滅多に居なかったから、この時代には無いのかと思ってたが。

 いや、それよりもこの異様な気配だ。一見普通の織物のように見えるが、霊力で目を強化したら明らかに違うことが分かった。

 このリボン、僅かにだが何かしらの力が感じる。まるでこの前みた糸目陰陽師の御札のような___

 

 

「ん? 生斗、何ぼーっと見てるの? ……わー、この織物綺麗!」

 

「あ、妹紅!?」

 

 

 おれが妙なリボンについて考察していると、横から入ってきた妹紅がそのリボンを手に持ち、振り回し始めた。

 

 

「ねぇ生斗、これ買ってよ! 色も私好みだし気に入った!」

 

「紅白が好きなのか……ってそうじゃない!」

 

『いいじゃないですか別に。呪いの類いじゃないんだし』

 

 

 は? 翠お前何言って……

 

 

『私、忘れがちだと思いますが死霊なんですよ? これでも私、呪いについて結構詳しいんですから。あの織物についてるのは呪いではなく加護ですけど』

 

 

 加護ってあれか? おれのグラサンについている神の特典みたいなやつか? ていうか死霊だからって呪いについて詳しいというのはちょっと違う気もするんだが。

 

 

『熊口さんのグラサンについては本当に意味不明ですが、あの織物には作り主の加護がついてますね。もう1つの質問についてはのーこめんとという事でお願いします』

 

 

 ノーコメントね、はいはい。まさかだとは思うけどたまに身体が重くなったり一日中頭が痛くなったりとしたことがあったけど、実験でおれに呪いをかけてそれで呪いについての知識を得たとかではないよな?

 

 ……まあいい、呪い云々は置いといて今は加護についてだ。

 作り主の加護……糸縫い職人の加護がついてるってなんかぱっとしないな。

 

 

『加護はその製作者が相当な実力者であり、尚且つその物に強い想いが込められていなければまず付属されません。糸縫いといえどその織物を製作した方を馬鹿にはできませんよ。熊口さんじゃ永遠に物に加護なんて与えることは出来ないんですから』

 

 

 ……翠、言ってくれるじゃないか。今度試しに何か作って試してやる。もし加護がついたら翠、お日様の下でラジオ体操な。

 

 

「生斗、急に黙りこんでどうしたの? やっぱりこいつなんかに贈り物とかしたくないから?」

 

 

 と、心の中で翠の話を聞いていると輝夜が歩み寄ってきた。

 

 

「そんなわけないでしょ。あんたへの贈り物をどう買わないように仕向けるか考えてるに決まってるじゃん」

 

「はんっ、ガキが一丁前な口叩いてんじゃないわよ。冗談はその気色悪い眼の色だけにして」

 

「ああ? この私とやろうってんの? この箱入り小娘!」

 

 

 また始まったか。何回やれば気が済むんだこの二人。

 

 

「おい、店内で騒ぐな。後おれからしたらどっちも甘々の子供だからな」

 

 

 取り敢えず一旦この二人を落ち着かせないとな。さっきから店の人が鬼の形相で此方を見てるし。

 

 

「それじゃあ、生斗は買ってくれるの? これ」

 

 

 おれの意を汲んだのか妹紅が口喧嘩を止め、先程の疑問を再度ぶつけてくる。手には翠曰く加護つきの特殊リボンが携われており、上目使いでおれを見てくる。

 ……んぐっ、中々の破壊力だ。このままじゃ何かに目覚めそう____いや、おれはグラマーなお姉さんが大好きだ。危ない性癖に目覚めるわけがない。

 

 

「なあ妹紅、他のものにしないか____」

 

「お願い、私これがいいの」

 

 

 そう言って懇願するような表情をする妹紅。幼い容姿に潤んだ瞳が相俟って破壊力は絶大だ。大抵の人間ならばその可愛らしさに負け、思わず財布の紐を緩めてしまうだろう。それほどまでに今の妹紅の表情は愛しい。

 

 

 ____買ってやろうかな。

 

 

 ……っていやいや、ここは冷静に考えた上で決めなければならないだろう。一時の感情で決められることではない。

 加護がついているとはいえ、その加護がどんな効果があるのか分かったもんじゃない。もしかしたら敵意を持った者が近付いたら自動的に爆発したりとかするかもしれない。そんな不確定要素の含んだ曰く付きのリボンを贈り物としてあげるぐらいなら借金してでもこの店で一番高い装飾品を買ってやる。

 よし、そうだ。妹紅には悪いがここはガツンと買わないと言ってやろう。手持ちを全て無くす覚悟も出来た。よ、よしおれは言うぞ。この織物は買わないと____

 

 

「すいませーん、この織物1つ下さーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーー

 

 

 ~夜 生斗の部屋~

 

 

「いやはや、本当に熊口さんのロリコンっぷりには驚きました。わりと本気で引いてます」

 

「いや、違うんだ。つい御礼金を全部使ってしまったのは、あの二人のおねだりしてくる姿が可愛かったからではないんだ!」

 

 

 輝夜を一度屋敷に送り、その後妹紅を不比等の屋敷まで送ってまた引き返した後、おれは自分の甘さに頭を抱えていた。

 内容は今の翠との会話を察する事ができるだろう。

 

 妹紅のおねだりをつい承諾してしまい、曰く付きリボンを買ってしまったせいで、輝夜が妹紅に対抗。おれに簪をおねだりしてきた。その甘えてくる輝夜の姿に又もやおれは己の財布の紐を緩めてしまった。

 結果、それにまた対抗した妹紅がおねだり。またそれを輝夜が対抗。ありとあらゆる手でおれの財布を軽くさせにかかってきた。

 

 止め所はあったんだ。なのに何故だ。何故不比等からの御礼金を使い果たすまでおれはあいつらに貢いだんだ。

 まるでおれがあいつらの財布じゃないか。

 くそっ、まだ年端もいかない女子二人に鴨にされてしまうなんて! ……いや、おだてられて調子に乗ったおれが悪いんだけどさ。

 まあ、あいつら二人揃っての散策は二度としないと決意したよな。

 

 

「あ、そう言えば翠、お前に質問があるんだが」

 

「何故急に熊口さんの思ってることを的確に当てられるかですよね」

 

「それだよそれ。散策中はあまり気にしないようにしていたけど、よくよく考えると中々気持ち悪くないか?」

 

 

 何故こいつはおれの思ってることがわかるんだろうか。前まではたまにおれの思ってることを当てることはあったけど、今日のは異常だ。おれの思ってることをことごとく言い当ててきた。これはスルースキルが神がかってるおれからしても看過できない。特に翠から心を読まれるなんて最悪にもほどがある。まず口喧嘩で勝つことができなくなるし、事あるごとに悪口を挟まれてしまう。後やらしいこと考えられなくなる。

 

 

「なんでと言われてもですねぇ。熊口さんが今日起きてから自然と流れてくるんですよねぇ。熊口さんの感情が、不快にも」

 

「なにそれ気持ち悪い」

 

「まあ、一番有力な線は私があまりにも熊口さんとの一体期間が長いから心が同期し始めているって事ですかね」

 

「一体期間って、翠がおれの中に入っていく時のことか?」

 

「はい」

 

 

 一体期間が長いから心が同期し始めたって……いや、それは無いだろ。それならおれにも翠の心が読めるようになる筈だ。にも拘らずおれは翠の心を読むことは出来ない。

 大まかな感情は長年の付き合いで読めるが。

 

 

「なんででしょうねぇ」

 

「……おれはもうこれ以降、お前が心読むことにツッコまないからな」

 

「お勝手に。私も好きで心読めてるわけでは無いですし」

 

 

 はあ、もうこの件について考えるのは止めよう。悩ませるだけ無駄だ。

 

 ……それにしても今日は散々な日だったな。二人は喧嘩するし金使い果たすし歩き疲れたし翠はおれの心読むようになるし____

  ()()()()()()()()()()

 

 妙に濃い一日だな。ていうか最近疲れることが多い。変態やゴリラ2号、そして陰陽師と戦ったりと無駄に戦闘が多いし。

 妖怪の山と張るレベルだぞ、この週内戦闘回数の多さは。

 

 ああもう止めよう。考えるだけで疲れてきた。今日はさっさと寝よう。飯も妹紅を送り届けた帰りに食べたし。

 

 

「あ、熊口さん。寝る前にやりたいことがあるのでまだ寝ないで下さい。ていうか寝かせません」

 

「はあ? なんでだよ」

 

 

 もう布団も敷いてるし、歯も磨いたし身体も拭いた。寝る準備は万端なんだが。

 

 

「さて、ここで問題です。私がやりたいこととは果たしてどんなことでしょう?」

 

「迷惑極まりない深夜お喋りか?」

 

「いいえ、違います」

 

 

 そうおれの発言を否定をすると翠は此方に向かって歩いてきた。

 そのまま座っているおれの前へ来た翠はおれを見下ろし、肩に手をあててきた。

 

 

「おい、なんだよ」

 

「実は熊口さんが妹紅ちゃんを送りに出ていった後にですね。何人かの侍女の人達と会ったんですよ」

 

 

 侍女に会った? そりゃあこの屋敷には十数人もいるんだから会う確率は高いだろう。

 

 

「だからどうしたんだ。まさかその侍女からおれのことが好きって伝えてくれとでも言われたか?」

 

「自惚れもここまで来ると呆れてきますね。殴りますよ?」

 

「冗談に決まってるだろ」

 

 

 ___これはマズい。

 長年の付き合いだから分かる。翠は今、怒っている。こいつはいつも怒りの感情を表に出さないからな。出すときは大抵、今のようにおれの身体の何処かに手を置いてくるか口数が少なくなる。今回は前者のパターンか。

 

 まあ、つまりはおれが何が言いたいのかというと____

 

 

 ___今すぐこの場から離れろってことだ。

 

 

「あ、話すのちょっと待ってくれないか? 厠に行ってくる」

 

 

 ここは自然に、逃げようとしていることを悟らせないようにこの場から抜け出そう。

 なに、おれぐらいになれば人一人欺くことなんて赤子の手を捻るように簡単な事だ。

 一応女である翠はおれの厠についてくることはないし、これまでの経験上でもついてこられた経験はない。それに乗じて他の部屋で寝ればいい。

 

 ふふ、なんて機転の利く嘘をつけるんだおれは。一瞬にしてこんな法螺を吹く己が恐ろしいな。

 

 

「いや、さっき行ったばかりでしょう。『トイレは寝る前に済ませとかないとな!』と無駄にキメ顔して」

 

「……」

 

 

 うっ、なんて馬鹿な嘘をついたんだおれは。一瞬にしてバレる法螺を吹く己がある意味恐ろしいな。

 

 

「なんで今、嘘をついたんですか? いや、お見通しなんですけどね。熊口さんの考えることなんて」

 

「ほ、ほう言ってくれるじゃないか。それじゃあ今、おれが考えていること当ててみろよ」

 

「はい、今のように話題を切り換えてなんとか私に話をさせないようにしようとしてますね。ほんと、魂胆が浅はか過ぎる」

 

「うぐっ……」

 

 

 

 おれのお得意の話題変換まで読まれるとは……これで数多の面倒事を後回しにしてきたっていうのに!

 

 あ、よくよく思えばよく使ってるのならそりゃ読まれるな。

 

 

「はあ、もう面倒なんで行動から始めさせてもらいます」

 

 

 そう言い放つと、翠はおれの手首を掴み、

 

「あ、ちょっ……あがががっ!!?」

 

 思いっきり握りしめてきた。

 その握り締められた手首からめきめきと軋む音が聞こえ、今にもおれの腕と手の関節が外れようとしていた。

 

 

「ちょ、ちょっ、やめろぉぉ! 外れる! 手首外れるから! おれの手が着脱可能になっててまう!」

 

 

 翠の握力……というより純粋な力勝負ではおれでは太刀打ちできない程翠は強い。腕相撲や競走で翠に勝った試しがない程だ。スペックは鬼並み。そんな奴から手首の関節外されそうになってる。

 今すぐにでも対処しなければ! 

 と、おれが抜け出そうとする構えを取ろうとすると____

 

 

「そんな冗談が言えるのならまだ行けますね」

 

「いだだだだだだ!!?!?」

 

 

 力に任せて翠はおれを押し倒し、腕挫十字固めを極めてきた。勿論手首は強く握られたまま。

 

 

「ギブっ!ギブだって!」

 

「駄目です」

 

 

 いかん、着々とおれの腕の関節が逆に曲がっていく感覚がわかる!

 ていうかなんでこんなことされなきゃいけないんだよ!? おれなんかやったか?!?

 

 

 

「やりましたよ! さっきの話の続きですが、侍女の方々と何人かと会ったんですよ!」グググ

 

「は、話すなら少し緩めて!?」

 

「嫌です。それでですね、その侍女達からどんな反応を取られたと思います?!」ググググ

 

「知らん! 緩めろ!!」

 

「悲鳴を上げられて皆逃げだしたんですよ! 熊口さんが今朝流したデマでね!」グググググ

 

 

 その事か! 完全に忘れてた! 

 

 

「ま、待て翠! その事は謝る! 明日女房におれから言っておくから取り敢えず関節極めるの止めてくれ!」

 

「問答無用!」ググググググ

 

「がああああ!!?」

 

 

 お、折れる! 折れる! 折角この前足が治ったばかりなのに次は右腕が折れるのか!? どんだけ自分の骨折られるのが好きなんだおれは!

 

 

「どうしたのですか熊口様! ……んなっ!?」

 

 

 と、腕を折られることを半ば覚悟していたおれに天の声が聞こえてきた。

 今、おれの部屋の戸を勢いよく開けてきたのは女房だ。どうやらおれの叫び声を聞き付けて駆けつけてくれたらしい。

 

 

「女房さん、これが翠です」

 

「!?」

 

「やはり熊口様が言っておられたことは正しかったのですね……」

 

「ちょ、違いますよ!?」

 

「し、失礼します!」

 

 

 そう言ってばたんと戸を閉めて出ていく女房。あの噂好きの女房の事だ。瞬く間に侍女達の耳に届くことだろう。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 乱入者により、翠は呆然としたまま閉められた戸を眺め続けていた。

 そのお陰でおれは緩まった十字から脱け出し、極められていた腕を曲げ伸ばしし、動くかどうか確認する。

 

 

「なぁ、翠」

 

「……はい」

 

 

 そしておれは半ば放心状態の翠の肩に手を置き___

 

 

「ざまぁ!」

 

 

 全力で煽った。

 

 

 この数秒後におれの部屋で大乱闘が起こることになったのは言うまでもない。

 

 いやぁ、久しぶりに翠に一矢報えた気がするな!

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。