~屋敷前~
「確かここだった筈だよね……
……ここが、
______________________
「ふあ~、やっぱり布団というものは最高だな。これを開発した人に会ってみたい」
そう昼過ぎの自分の部屋で呟く。
絶賛寝起きなんだけど気分がいい。昼過ぎまで寝るのなんて仕事がある日とかはありえないんだからな……いや、寝坊はあるからありえないことはないんだけど。
今日おれはおじさんから休暇をもらっている。昨日の宴会でまだ酒が抜けていないから無理だろうというおじさんからのはからいだ。そのお陰で思う存分寝ることができたな。
今から激しい運動をしても吐かないくらいはもう酒も抜けてる。寝る前に酒は飲んだけどな!
「起きて早々煩いですよ。折角静かに過ごしてたのに」
と、すぐ近くの台に石を並べ、鑑賞していた翠がおれの言動を咎めてくる。
翠、別にいいだろ。ここはおれの部屋だぞ。
「はあ、熊口さんは本当に幸せですよねぇ。昼過ぎまで寝て、そのうえ寝起きに目の前に美少女がいるだなんて」
「人の寝てる側で石を鑑賞する暗い女がいたら逆にびびるだろ」
まあそんなことはどうでもいい。今日おれには予定があるんだ。
この都を散策するという予定がな。前にもこの都には来たことがあるが、その時はまだ今のような大きくはなかった。おれがいったときは今の5分の1程度の大きさで発展途上だったからな。今はどんなふうに変化しているのかちょっと気になってたんだ。
それに昨日不比等の屋敷から帰るとき、不比等からたんまりと御礼金を貰ったからな。そのお金で食べ歩きなんかもいい。
休みをもらえたのなら逃す手はない。
「はあ……んじゃ、ちょっと顔を洗ってくるわ」
「はいはい、いってらっしゃい」
ふふ、翠、おれはこのまま夜までこの部屋に帰るつもりはないぞ。
翠を連れていったらあれ買えこれ買えって煩いからな。
余計な出費は抑えるに越したことはない。
「っておい!? なんでおれの中に入ろうとしてんだよ!?」
そう翠を置いてく作戦を企てつつ、襖を開けて出ようとしていたら、いつの間にか後ろにいた翠が背中からおれの中へと入ろうとしていた。もう翠の両手はおれの中へと入ってしまっている。
「別にいいじゃないですか、中に入るくらい」
「顔を洗いに行くだけですぐ戻ってくるんだぞ!? それだけなんだから態々中に入る必要ないだろ!」
「いえ、熊口さん、何か今日企んでるような雰囲気を出していたので、一応ついていきます。もしかしたらそのまま外出するかもしれませんしね」
「!? ……はぁ」
おれはギクッ! ってなるのをぎりぎりで抑え込み、呆れたふうに溜め息をつく。
くそ、なんでわかってんだよこいつ! なんでおれの雰囲気を感じ取れてんだ! まあ確かに何百年も一緒にいればわかるような気もするけど!
くっ……出鼻から予定が狂ってしまった。大抵おれの企みの出鼻を折ってくるのって翠なんだよな。もうこいつと縁切ってやろうかな……
「はあ、わかっ……『もう嫌! こんなの毎日毎日頭がおかしくなるわ!』……またか」
今日もまた輝夜の駄々っ子が始まったか。
『やっぱり嫌ですよねぇ。休みの日もなく毎日毎日習い事ばっかり』
そう翠の声が頭の中から響いてくる。
くっ、こいつもう完全に入りやがったな。
「どうせまた少ししたら戻ってくだろ」
習い事に関しては仕方ない。輝夜を高貴な姫君にするためには必要なことらしいからな。
おれがいくら可哀想に思ってても輝夜のサボりに関与することはないってことだ。
……と数秒前は思ってました。
何故かどんどんと走る音がこちらまで近づいてくる。逃げ回ってるのか? と、一瞬考えたが、その考えは外れ、その足音がおれの部屋の前まで来ると鳴り止み、そして障子が勢いよく開けられた。
「生斗! 匿って!」
「帰れ」
そう言い放ってきたのは先程の怒鳴り声の主、輝夜。
障子をそ~っと閉め、荒い息をたてながらおれの部屋へとずがずが入ってくる。
「お願い! このままじゃあいつが来ちゃう!」
と、顔をおれの顔と目と鼻の先まで近づけてくる輝夜。
くっ、顔を近づけて来るな! なんか恥ずかしいだろ!
『姫様! 姫! どこへいったのですか! 早くお戻りになってください!』
女房の声が近付いてくる。輝夜を探しているんだろう。
くっ、どうする? 輝夜が逃げ出したとき、いつも女房はおれの部屋に来て、姫様はいないか、と尋ねてくる。
つまり、このままいくと女房はおれの部屋を見に来るということだ。
輝夜を差し出すか、それとも匿うか。
くっ…………ええい!
「えっ……きゃ!?」
やけになったおれは輝夜をすぐ近くにあった布団に押し倒した___
ーーー
「熊口様、姫様がここにきていませんか?」スゥ
「いや、知らないけど」
案の定、部屋を見に来た女房に、机に肘をつけながらしらばっくれる。
くっ、おれはなんて事をしてしまったんだ……
「あの……そこの布団が膨れているのですが。しかも黒髪が見えます。もしかして姫様では……」
「翠だ。昨日あいつ、夜更かししていたみたいで疲れてたからな。おれの布団で寝させているんだ」
「は、はあ……一度顔を拝見させてもらってもよろしいですか?」
疑われてるな……よし、ここは軽めに脅すか。
「止めとけ、あいつは寝顔を見られるのが嫌らしいんだ。もしそれでも見るというのなら腕の一本や二本、折られる覚悟をしていた方がいいぞ」
『いや、嫌がるのは熊口さんにだけです』
「ひっ……し、失礼します」スゥ
そう言って障子を閉める女房。
……ふぅ、なんとか騙せたか。
『まさか私を使って退くとは……熊口さん、後で覚悟してくださいね。勿論、腕の一本や二本折られる覚悟を』
おっと、一難去ってまた一難ときたか。しかも避けられぬ運命ときた。よし、折られそうになったら日向に出て逃げてやろう。
「ありがとね、生斗。布団に押し倒しされたときは一瞬驚いたけど。まさか布団に身を隠させるためだったなんて」
「おれがお前を襲うわけないだろ」
『そうですね。熊口さん、ヘタレですから』
結局おれは輝夜を匿うという選択をした。お陰で予定がどんどん狂っていく。
「んで、これからどうするんだ輝夜。いつまでもここに居座らせる訳にはいかんぞ」
「ん~、ちょっとだけ。もう少しだけここにいさせて」
「はあ……」
出て行けっていっても結局出ていかなさそうだな。
仕方ない、まだ時間はあるし居させてやるか。
そういう意味でおれは溜め息を吐く。それを見て輝夜はにやけ、そのまままたおれの布団の中に潜り込む。
「おいおい、布団からは出ろよ。干すんだから」
「別にいいでしょ、1日ぐらい。……うわぁ、やっぱり生斗の匂いがする」
「そりゃそうだろ。さっきまでそこで寝てたんだから」
『可哀想に……きっと輝夜ちゃんは不快な気持ちを我慢して熊口さんの布団の中にいるんですね……!』
なわけないだろ。そんな我慢する必要どこにあるってんだよ。
「な、なあ、別に無理しなくてもいいんだぞ。嫌だったら出ても……」
何故か翠の言葉が引っ掛かったおれは、一応嫌なのかどうか輝夜に聞いてみる。
「いや? なんだか安心する匂いがするから嫌じゃないわ。前に一度嗅いだことがある気がするんだけど……」
「前に一度? おじさんか?」
「お爺様はお年寄り独特の匂いがするもの」
お年寄り独特の……加齢臭か。どちらかというとおれの方が年寄りだから加齢臭出てそうなんだけど……まあ、輝夜の言う限りじゃおれから加齢臭は出ていないということだ。
……ていうか人から安心する匂いなんて言われたのは初めてだな。
そうか? おれの匂いって安心するのか?
『ちっとも安心しませんよ』
いや、嘘だね。現に輝夜は安心するって言ってるしな!
ていうか翠おれの心情読むんじゃねーよ馬鹿!
「ふ、ふーん、そうか。それなら思う存分いれば良い」
「思う存分? 思う存分って今いったわよね!」
「……あ」
「じゃあお言葉に甘えるわ。生斗の部屋の布団で思う存分寛ぐことにする」
「いや、今のは冗談だ。少ししたら習い事に戻れ。バレたらおれが叱られるんだからな」
それに都散策の予定が……
『別にいいじゃないですか。バレなきゃいいんですよバレなきゃね』
うるせー、お前は責任とられないからそんなことが言えるんだろ。ていうかなんで翠、未だにおれの中にいるんだよ。出ろよ!
「安心するといえば……」
「おい、話題を逸らしても……」
「生斗自身といるときも安心する」
「は?」
「いや、なんだかね。一度生斗と会ったことがあるような感覚がするの。この前が初対面だったはずのに」
「おれはお前のような大和撫子の更に上をいった存在を見たことはないぞ」
「ほんと、何でだろう……もしかしたら前世で生斗のような人と会ったことがあるのかもね」
「前世、ねぇ」
それなら可能性は無くもないな。人が死んで、記憶を消されてまた転生の輪に入り、新しい生命として転生する年月ぐらいは生きてるし。
と、前に得た情報を元に考察していたが、その考察するに至った輝夜の発言の前に言ったことを思いだし、その考察は一瞬にして忘れ去られた。
…………そういえば今さっき、輝夜、おれといると安心するっていったか?
おれといると安心する?
『おれといると安心する』?
それってつまり、おれが
はっはー、だよなぁ。やっぱりおれって頼りになるんだよなぁ!
『うわ、熊口さんが調子に乗り出した』
「ははは、輝夜よ。実はおれ、これからこの都を見て回ろうしてたんだ」
「え、そうなの?」
『やっぱり、熊口さん私に黙ってそんなことをしようとしてたんですね』
「だからな。いっそのこと輝夜も都を見て回らないか? 輝夜お前、まだそんなに都見学したことなんてないんだろ?」
「え……いいの?」
「ああ勿論! この
ははは、おれは何をいってんだろ……
まあいっか。後の事は後から考えればいいんだし!
「んじゃ、おれは輝夜の顔がみえないようの蓑笠とかの準備してくるから、ちょっとそこでまってろよ」
「うん!」
はぁ、そんな可愛らしく返事するなよ……
ーーー
~廊下~
「はぁ、おれはなんて約束をしてしまったんだ」
『今頃ですか』
「ああ、今頃だ……なんでおれはあのとき調子に乗ってしまったんだろうか」
輝夜を屋敷の外へ無断に連れ出そうなんて……こんなのおじさんに知られたらクビ不可避だろうなぁ……
「お、熊口殿! 丁度よかった」
「!?」ビクッ
と、廊下の奥からおじさんの声が聞こえてきた。ふ、ふぅ、噂をすれば来ましたな。
「なんですかおじさ……ん?」
おじさんを目に捉え、そのままおじさんに何の用か聞こうとすると、その後ろに人影があることに気づいた。
「おじさん、後ろにいるのは誰ですか?」
「ああ、あの子ですよ。昨日の宴にいた……」
「妹紅だよ! 1日ぶり! 生斗!」
「あ、妹紅か」
と、おじさんの後ろから顔を出した紅い眼をした少女の妹紅。
『え、この子誰ですか? だいぶ熊口さんになついてるようですが……』
翠、妹紅のことは後で教えるから少し黙っててくれ。
「なんで妹紅が?」
「どうやら一人で来たらしいんですよ。熊口殿に会いに行くために。いやはや、子供に好かれますな、熊口殿は」
「……も、妹紅、本当か?」
「うん、そうだよ。ここまで来るの頑張ったんだから!」
よくあの道のりを一人で来れたな。見た目的にまだ小3ぐらいなのに。
「それでは、わしは失礼します」
「え、ちょ……」
そう言っておじさんはふらふらと去っていく。……まだおじさんは酒が抜けきって無いのか。
「生斗! また生斗の武勇伝聞かせて!」
「えーっと……」
まさかこのタイミングで妹紅が来るとは……どうする、輝夜と約束してしまったし、都の散策を取り止めにすることはできない。だからといって結構長い道のりを歩いてきた妹紅を放って置くのも人としてどうかと思う。
どうしたものか。なにか、なにか良い案は…………は!!
「妹紅、今から一緒に都を散策しないか?」
「え?」
いっそのこと、妹紅と輝夜と一緒に都を散策すれば良いじゃないか!
なんだか生斗君がモテモテな気が……
ま、まあとにかく! 次回はまさかの妹紅と輝夜が出会っちゃいます! 果たして、二人の関係はどんな感じになるのでしょう……